閑話 ボーバン帝国に伝わる歴史の話
すこーしだけ何となく胸糞があったとわかる描写があります。気になるほどではないですが。
昔々、2人の冒険者がいました。
背の高い剣士の名前はトンガー。
背の低い槍使いの名前はリッコウ。
2人は粗暴な面もありながら、規則は守る模範的な冒険者でした。
ある日のことです。
2人は貴族からの依頼で大森林に隠れ住んでいるという妖精の肝を取ってくることになりました。
妖精の肝は今ではもはや目にかかれない幻の食材ともいえる妖精の肝臓のことですが、当時では市場に出回ることはほとんどありませんが、密かに珍味として食べられており、魔力が高まると言われていました。
魔力が高ければそれだけ老いや病に強くなり、長生きできるということで多くの貴族や王族がそれを食べたいと願っていました。
2人は大森林に隠れ住んでいる妖精を狩りに出かけると、美男子と美女が仲睦まじそうにしているのを見つけました。
その2人の背には妖精族の特徴である羽が生えているのがわかります。
トンガーは言いました。
「これは幸先がいい。2つも胆が手に入れられる。」
リッコウは言いました。
「だな。ついでだし、女の方は楽しませてもらおうじゃないか。どうせ必要なのは肝の部分だけだしな。」
こうして、2人はその妖精に襲いかかり、妖精も反撃しますが、人間相手にはなすすべもなく殺され、2人は肝を手に入れました。
その日の晩のことです。
2人は夜の森から帝国の中継地点、今で言うタッカーニャ公国の町に戻る途中、行きでは見かけた記憶のない1軒の宿屋を道中で発見しました。
「こんな宿あったか、リッコウ?」
「いや、覚えはないなぁ。だが、夜の森から帰る途中で野宿せずに済みそうだと思えばラッキーじゃないか、トンガー。」
「だな。昼前から入って、出てみれば夜だったんだ。ちょっと時間をかけすぎたみたいだから、夜は野宿するしかないと諦めかけたが、運が良かったな。」
2人はその宿に入っていったのを最後に消息を絶ちました。
それから5年後のことです。
トンガーとリッコウに肝を取ってくるように依頼した帝国の貴族ポテル伯爵は、トンガーとリッコウが行方不明になったことで手に入れられず、しかしそれ故にますます欲していました。
そのため、それ以後も依頼をしますが、手に入れられなかったと報告する者もいれば、トンガーやリッコウ同様消息を絶ってしまう冒険者もおり、結果、冒険者ギルドの中では関わってはいけない依頼として扱われ、相手にされなくなり始めていました。
「くっ。何故私が悪いというような扱いを受けねばならない!!私は依頼し、それをこなせず死んでいく冒険者が悪いのであって、私は何も悪くないではないか。
あの狂皇女の大虐殺から行き長らえた数少ない直系貴族である、このルビー家をたかだか平民の集まりごときが蔑ろにしおって!!」
自室でワインをヤケ飲みながらストレスを吐き出すポテル伯爵の前に突然、美女が現れたといいます。赤い髪に黒い皮の衣服を纏った姿はまるで神話に出てくる堕天使のようでした。
勿論、伯爵も無能ではありませんから、咄嗟ながらも刺客と判断し、ワインボトルを投げつけました。
しかし、まるで通り抜けたかのように女には当たらず、ワインボトルは壁にぶつかり砕けてしまいました。
「貴方がポテル・ルビー伯爵でいいのかしら?」
「何者だ、貴様は!!」
「私が答える必要はないわ。答えなさい、貴方が妖精の肝を取ってくるよう依頼し続けている伯爵ね?」
「…っち、くだらん!!私以外に誰がポテル・ルビーだと言うのだ!!」
「そう。良かったわ。これで貴方にはよりいっそう容赦なくできるわ。」
そう言った女はまるで霧のように消えていきました。
ワインボトルの割れる音を聞き付けた屋敷の者たちも、部屋に入ると気が立っている主がおり、今の話を聞き、首をかしげるしかありませんでした。
それからというもの、伯爵の家の者たちのみならず、その領地の者は、男であれば腹を切られ、身を焼かれる悪夢を、女であれば目の前で大切な者を焼かれ、犯された後、腹を切られる悪夢を、子であれば親や祖父母、恩人が目の前で切られ焼かれ犯され殺されるのを何もできずに見させられる悪夢を連日連夜見るようになり、多くの人間が伯爵領から出ていきました。
伯爵はそれらの悪夢をすべて見させられた上、さらに家具に襲われて何度も殺される夢、崖から落下させられ殺される夢、夢の中で起きる夢を見た夢を見た夢を見るというループする悪夢などを見せられ、とうとう現実と夢が区別できない廃人になってしまいました。
伯爵領から逃げた人たちはそれ以後も悪夢を見せ続けられ、さらにはそんな彼らと交遊関係を持った人たちまで、同じ悪夢を見始めるようになりました。
帝国は事の一刻を争うことと判断し、どうにかしようとしますが、夢相手にはどうしようもありません。また、狂皇女ルリーシアが己の死と引き換えに撒き散らした呪いによって皇帝の血族は約500年前から1本しか残っていないため、下手に介入して皇帝陛下に影響が出てしまっては国家存亡の危機に陥りかねません。
それゆえ、緊急性が高いとわかっていながらも後回しにしなければならなかったため、ますます被害は拡大する一方でした。
ただ、伯爵領から来た住民が殺される事件が起きた際、その人に関わっていた人物のみならず、その関わっていた人物の交遊相手達も、さらにそのまた別の交遊相手達も嘘のように悪夢を見なくなりました。
今まで無制限に広まり、多くの問題を産み出していた悪夢の解決法がルビー伯爵領の元領民達を隔離すればいいと聞いた国は、ルビーナイトメア病という名前のもと、元伯爵領の住民を捕らえ、出口のない大きな壁に覆われたルビー伯爵領に隔離すると嘘のように悪夢がなくなりました。
ここが今でも有名なルビーナイトメアの壁と呼ばれるところですね。
それからが大変でした。
ルビー伯爵領の領民達は迫害され、帝国中から嫌われ、領地から出ようにも出口のない壁に阻まれてでることができず、そしていつしかその地にいた人々は3年を待たずして殺し合いや飢餓、病によって全員が息絶えた、と言われています。
何せルビー伯爵領の内情はルビーナイトメア病を患わないために中と関われないため、知ることができず、隔離された人々がどうなったかというのはほとんどわかっていないからです。それに加えてルビーナイトメア病は無くなったのかさえわかりません。ただ、少なくとも人間の生活音はしないため、全員死んだと判断されたようですが。
これが帝国領土でありながら唯一の治外法権地区ができた経緯の歴史の話であり、今なお多くの謎、例えばポテル伯爵の前に現れた謎の女性や何故悪夢の内容が老若男女で別々ながらも同性同世代では同じ内容である等、を持った病の話なのです。
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「歴史の話、読み聞かせご苦労様です、シスター・ルセリア」
「いえいえ、マザー。こんな怖い話をするのは初めてでしたよ。」
「ふふふ。そのわりにはとても上手でしたよ。ところどころ初めて聞くような部分もありましたが、それがより恐ろしさを招き、子供たちも世の中にある怖さというものを実感したことでしょう。
それにしても貴女がここに来てもう3年になりますか。早いものですね。」
「マザーのお話は他国でも聞こえていましたからね。敬虔な天使教徒であり、孤児達を養い育てる冒険者なシスターであると。」
「あらあら。世間の話とは本当に愚かなものですね、シスター・ルセリア。私が敬虔な天使教徒だなんて、笑い話でしかないですよ。」
「ですね。私達の信仰するものは天使教ではありませんから。」
「こらこら。天使教じゃないわけないじゃないですか。天使教じゃないですか、立派な。」
「そうでしたね。私としたことがついうっかり。知り合いですからどうもピンとこなくて。」
「それは本当に羨ましいことですよ、シスター・ルセリア。さて、それでは子供たちと午後からの鍛練を始めましょうか。」




