錬金術師、過去の勇者を調べる
異世界召喚されてから1ヶ月が経ちました。
岩野先生のおかげなのか、僕たちは王城の空き部屋で生活でき、最低限の自由は確保できた。
その代償(?)として【隠者】となった岩野先生は紅学園2年7組とベビルベリー王国との窓口となり、大変お疲れな状態になっている。
南無三
そして思った通り、僕を含めた戦闘能力皆無である6人は「落ちこぼれシックス」と陰で言われているらしい。
何故陰で言われているらしい、と曖昧なのかと言うと、やはり女帝・雪風野分さんを敵に回したくないからなのだろう。
それでも密かに、そして徐々に王国の方もクラスの方も戦わずに同じように飯を食べる僕たちに対して、不満や苛立ちという部分が出て来はじめている。
王国側は戦闘能力のない僕たち6人を、どことなく避けている、あるいは見下している部分がある。
おそらく、僕たちが死ぬようなことがあっても大した損害にならないと思っているだろう。
クラスメイトの方も雪風野分さんの存在が牽制となって表立った危害はないが、1ヶ月もあれば、やはり戦わないのに同じ扱いを受けている僕たちに不満の声がでていないわけではない。
やっぱりそろそろ覚悟を決めて、王城から去った方が身の安全を確保できるかもしれない。
幸い、僕は役職と異能のおかげで食いっぱぐれることはないだろうし。
ちなみに戦闘能力があるクラスメイト達は既に戦闘訓練をしており、その中でも、
伝説の勇者である【指導者】の織斑一誠君
伝承がほとんどない未知数の実力を持つ【八卦見】の高町なずなさん
立てた策は百発百中の成功率を誇り、武勇も優れる【策士】黒田清隆君
人間離れした氷の魔術を操る【雪女】雪風野分さん
以上の4人、通称「勇者幼馴染みパーティー」は王国の近くにある洞窟ダンジョン『奈落』で近衛騎士副団長監督のもと実践訓練を積んでいる。
流石、異世界。ダンジョンあったよ。
なんでもこのダンジョン、500年前の戦いによって生まれたものらしく、世界に5つあるダンジョンの1つなのだとか。500年経つが、未だ未開の地が多く、全貌がわかっていないそうだ。
ちなみに奥に行くほど、下に潜るほど底の見えない崖が目立つため‘奈落’という名前らしい。
そんな中、戦闘能力のない僕たちはそれぞれが自由に動いているに近い。
【夢守人】というよくわからないが、まともに戦えないらしいチェシャ猫のような夢浮橋現さんは、親友で同じく戦闘能力がない【橋姫】橋爪陽乃さんと料理場へ行ったりあっちこっち行ったりしており、
【紅葉神】鑪釵さんは自分の役職能力と異能制御のために引きこもり、
【迷い人】の球磨川は能力なのかわからないが、クラスで集まるとき以外は基本行方不明で何をしているのかわからない。
そして【決定者】の前田と【錬金術師】の僕は2人で王城の資料室に入り浸っていた。
前田はどういうわけか王国を知りたいということで周辺の地理や歴史、様々な制度を知りたいというわけでそういう関係の本ばかり調べており、僕は僕で伝承に伝わる過去の勇者たちについて調べている。
伝承などに関する知識が【役職】のおかげで知っているのに、何故僕が調べているのかというと、知識として知った伝承の中に違和感があったからだ。
「やっぱりいくら探しても500年前の勇者たちが何者だったかわかりそうなのはないなぁ……500年前ってなると、もとの世界なら戦国時代ぐらいだろうから、その辺の痕跡ぐらいはありそうなのに……」
まず1つ目の違和感。
勇者たちの名前が一切でてきていないことだ。
伝説として伝わってくる全員が役職の名前でしかなく、伝説の勇者の【指導者】さんすら、名前がない。
「むしろ何か訳があるのかな…?」
しかし、名前を隠す理由なんて思い付かない。
「わかっているのは35人呼ばれて、全員が戦いで命を落としているってことか……」
もっとも十数人は魔王との戦い以前に死んでおり、役職すらわからないけど。
「というか、『魂を見透かす魔王』が有名だけど、それを含めて十魔王って呼ばれる存在がいるのに、『魂を見透かす魔王』についてしか記録がないのがまた引っ掛かるなぁ」
これが2つ目の違和感。
伝説の中には『魂を見透かす魔王』を含む『十魔王』と呼ばれる存在がいるのに、名前しかあがっておらず、それらとの戦闘に関する話もない。
「まるで意図的に存在を隠されているような……いや、いくらなんでも考えすぎか。」
そんなことを呟きながら僕は資料室をあとにし、人気のない裏庭に移動した。
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「あ、いたいた。黒金君!!」
資料室からでて、とにかく人目につかないように裏庭の方に向かっていると、
手を降りながら1人の少女がこちらにやって来た。
サイドテールの茶髪、モデルのような高身長(僕より高い)、スタイルもバランスがとれている。まぁ、若干胸が同年代と比べると大きいとは思うけど。
浮かべる笑みは暖かく、見る人が見れば惚けてしまう魅力がある。
彼女の名前は高町なずなさん。
織斑一誠君や黒田清隆君、雪風野分さんの幼馴染みであり、女帝・雪風野分さんと対等に話せる数少ない生徒だ。
そして僕がここから去る決心ができない原因だ。
「今日も資料室で調べもの?」
「いえ、もう終わりました。高町さんは今日はダンジョンに行かないんですか?」
彼女と会話するとなると、自然と敬語になってしまう。
クラスのトップカーストと喋るわけだ。緊張だってする。
彼女は苦笑しながら、
「一誠君とのわちゃんがちょっとね。だから今日のダンジョン探索修練は終了。
というわけで、いつもみたいに私のこれ、診てもらえる?」
そう言って彼女は手に持った槍を僕に渡してきた。