天狐、覚醒する
「くあっ・・・・!?」
何が起きたのか私はその瞬間理解できなかった。
しかし、次の痛覚と足元に落ちたもので理解した。
左腕を肩からバッサリと切り落とされたのだ。彼の宣告通り、これだけの距離を開けながら。
正直、想定外過ぎて訳がわからないし、切り落とされた痛みで今にも叫びたい。
でも、私は【天狐】。女神様に近い存在たるもの。この程度の痛み、どうということはない。
そう思えば落ち着けるし、落ち着ければ治癒もできる。
才能と、あるいは命と引き換えに一時的な蘇生すら起こすことができる【仙狐】の力を応用した治癒術で癒し始める。
もっと綺麗に腕を斬られたなら、動くかはわからないが、再びくっついたかもしれないが、ところどころ、ズタズタに裂かれて再びくっつけるのは無理だと感じさせられた。
この傷はわざとそうなるようにしていると理解すると、心が何故か歓喜しているのに気付いた。
腕を落とすだけの実力があるのがわかったからなのか?でも、そんなことで喜ぶような性癖は私にはないのだけど・・・・・
『なっ!?ちょ、剣太君!?何してるんですか!?』
「え、やっ、左腕切断しただけですけど・・・・」
『バカですかぁ!!!なんで姫様の冗談真に受けてやっちゃってるんですかぁ!?』
そうこうしていると、師匠と黒金さんが言い合いし、それが闘技場に広まり、そして観客席からも叫び声が聞こえる。
それらを聞いて私の中にはある感情が目覚め始めた。
それは怒り。
師匠は私の身を案じているのはわかる。何せ私の父方の祖母に当たるのだから当然だ。厳しい稽古はつけてくれるがとにかく狐可愛がりするのだ。
それは嬉しい。私を愛してくれているのだから。
だけど今のこの腕を斬られるような状況は私が望んだことだ。それを私の意思を無視して止めようとしてくるのは許せない。
そもそも今回のきっかけは母様が私の意思を無視して婚約させようとしてきたのが原因だ。
そして、その話に最初はやる気がなかった癖に、急に訳のわからない理論で私と戦うことを決意し、私を得るための戦いで私を得ようとしてこない黒金さん。
さらに私が参るまでやると言っているのに、この程度の負傷で批難し叫ぶ里の者達。
それらを思い浮かべるとイライラする。
特に私を得るための決闘なのに私を見ない黒金剣太さんには腹が立つ。
貴方は高町なずなさんという人が心の中にいるということを私に話した。それなのに急にやる気になったくせに私を見ない。
それが腹立たしい。
・・・・・・腹立たしい?
はて?何で私は黒金剣太さんに見てもらえないことを腹立たしいと思うのでしょうか?
高町なずなさんという方がいるのに私を得ようとしているから?
否。それは関係ない。私が腹立たしいと思うのは彼が私を得ようとしていないのだから。
・・・・ん?私を得ようとしていないのだから?だから私は腹が立つの?それはなぜ?
ーーー『いや、うん、待って、ごめんなさい。今のは失言だった。
高町なずなさんはそうだね……周りの評価とかを気にせず自分が見たものを信じて動くタイプかな?
実際、クラスじゃ浮いていた僕達にも普通に接してくれたからね。
で、そんな性格なのに優しいから、自分に不利益が生じるとわかっても他人に優しくする天使…あ、いや女神メンタルの人だね。』
・・・・・・そうか。私をあの時見せたキラキラとした目で見てくれないから。そしてそう見てもらうには私が好かれなくてはいけない。そして好かれたいと思うということは、私は彼に好意を抱いている。
だからさっき、私の腕を落とす実力があることを知れて喜んだんだ、彼が私を上回れるかもしれないと思ったから。そして、惚れた相手が私を見てくれないから苛立つんだ。
それを理解した瞬間だった。
私の中で何か止めていたものが外れ、私の内側から溢れてきた。
そして、それを私は理解していた。【天狐】の本来の力。私に長年欠けており、母様やお祖母様が持っていた‘愛’という力だ。
その力を踏まえて、私は騒然とする場を整えるため、そして注目を集めるために上空へと爆発を放つ。
「ギャーギャーギャーギャーと喧しいですよ、外野の皆さん?」
私の言葉と爆音に場は静まり返り、全員がこちらを向いてきた。
上々ですね。ではこのまま、私の思いを放つとしましょう。
「私は彼に何度も言ってますよ?『両腕落とすぐらいのことでもされない限り私は降参しませんよ』と。
そして彼はそれをやってのけようとしているだけ。部外者が口出ししないでもらえますか?」
『や、でも、姫様、そうは言われましても・・・・・』
「言っておくけど、私、だいぶ頭に来てますからね、師匠?
勝手に婚約を組まされかけ、相手からは見てもらえず、挙げ句この程度の負傷で外野が騒いで批難して・・・・・これ以上私のことを無視して、私のことを勝手に決めつけてくるなら、例え師匠や母様相手でも殺しに挑みますよ?」
『ーっ!?』
そう言いながら解説席にいる師匠に、族長席にいる母様に殺気を飛ばしてみると、師匠は驚きながらも魔力を練っていつでも迎撃できる体勢に、母様は嬉しそうにニコニコと笑っておいでになる。
確実に「計画通り」と内心ほくそえんでいるのがバレバレです。それがまた苛立たせますが、まずは横に置いておきましょう。
「反論はないですね?」
睨みを周りにも効かせれば、全員静まり返り恐る恐る行儀よく座った。
さて、では場は整いましたし、決着をつけましょう。
「・・・・お待たせしました、黒金君。いえ、剣太さん。」
「・・・・・・こう、やった本人が言うのもあれだけど、ほんとにいいの?大丈夫?」
ふふふ。本当に優しいですね。
最初はその甘さに苛立ちましたが、私をここまで追い詰めることができるだけの実力を見せつけて、なお慢心せず、下手に立ちながら上から優しさをかけようとする芯のぶれなさは、彼が真なる強者であるという証。
あぁ、わかりましたよ、お祖母様、母様。そしてお祖父様。あ、あと今は亡きお父様。
恋とは、愛とは、この人の子を産みたいと思うことなんですね‼
「大丈夫ですよ。むしろ今は清清しいほどですね。
なるほど。これが、このことがそういうことなんでしょうね。確かにお祖母様があれだけ強いはずです。そして剣太さんが強いわけです。」
「えっと・・・・・」
「さぁ、決着をつけましょうか、剣太さん。
生憎思ったより血が流れたのでちょっとフラフラしますけど、本気の、本当の、本物の【天狐】を相手させるならちょうどいいハンデですね。」
そう、私の覚悟の仕上げに右腕を落としてください、剣太さん。その剣をもう一回振ればできるのでしょう?
だからこそ、抗いますよ、私は。貴方の子を孕む女として脆弱な意思を見せるわけにはいきませんから。
貴方の手自らでこの右腕を落としてもらいます。
私を見て、剣太さんは剣斧を握りしめ、カッと目を見開き覚悟を決めたようでした。
「はぁっ!!」
そして、早く決着を着けるためか、その場で振り下ろそうとしてきたので、速攻で私は【紅狐】の力で産み出した土の腕で振り下ろしきられかけた剣斧を握る。
その早業に彼は驚いたようで、剣斧から手こそ離さないがどうにかして抜け出させようとしていた。
ですが、それは愚策です。
「フーッ」
大きく息を吸ってから、魔力を混ぜた霧を吹き出して目眩ましをし、同時に方向感覚を狂わせる幻術を見せて視界を遮る。
「経験しているならわかりますよね、剣太さん?
私達の里を守る【霧狐】と【幻狐】の力です。これで貴方は私を捕捉できなーー」
そこまで言いかけた所で強烈な突風が吹き、霧が晴れ、そこには大きい団扇を持って右目の布を外した剣太さんがいた。
「霧払いの団扇。即興で作ったから今みたいな霧を払うぐらいしかできないけど、十分相手はできたよね。」
即興と言いつつも、あれほど自分に自信がないと言っていたとは思えないほどの自信を持った目をしていた。
あぁ、それでこそ、私が子を産みたいと思った人ですよ、剣太さん。




