錬金術師、誉められる
「ぐぅえっ!?」
「…………ふん。」
綺麗な一本背負いで床に叩き落とされ、蛙が潰されたような情けない声をだす僕に不機嫌そうな顔でこちらを見下ろす紺さん。
「……なんというか、ここまでひどいとは、想定外ですよ。」
僕のあまりの弱さに茶枳さんが苦笑いを浮かべる。
「一応小さい頃は父さんに貰った木剣を素振りしたり打ち合ったりで鍛えてたんですけどねぇ……」
倒れたまま言葉をだすと紺さんが不機嫌そうな声で、
「あなたのお父様があなたと同レベルかあるいは甘やかされていたんじゃないですか?
こんなにぎこちない動きしかできない雑魚なんですから。」
と辛辣な発言をする。
僕はその言葉に苦笑いでしか答えられなかった。
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鍛練所で鍛え始めること2日前。
事情を茶枳さんから説明された紺さんはあからさまに嫌そうな顔を浮かべ、渋々といった感じで受け入れてくれたものの、彼女は自身の高スペックさを見せるかのように組手において本気で叩き潰してくるし、ことあるごとに止めるように言ってきて僕は承諾しようとしては茶枳さんがたしなめる、というやりとりばかりしている。
しかし、まぁ、僕の運痴ぶりには脱帽せざるをえない。
茶枳さんは「話には聞きましたが、まさに呪われたように才能を感じませんねぇ。練習しても進歩が感じられませんし。」と頭を抱え、紺さんは「身の程知らずですね。今ならまだ間に合いますから尻尾を巻いて逃げたらどうですか?」と辛辣に言われる。
紺さん自身も勢い余って決闘を承諾してしまい、プライドと立場的に引くに引けないため、僕に棄権を促しているっぽい感じだ。厄介なことである。
ちなみに逃げようとしたら、茶枳さんによくわからない力で捕縛され、逃げだせれなかった。
これが現世神【茶枳尼天】の力なのか………
そんなわけでここ2日間鍛えられ、組手をして3日目に突入しているのである。
――――――――――――
「ここ2日でわかったけど、黒金君、体術の才能がないですね。」
いつも通り僕を叩きのめしてから着替えに出ていく紺さんの後ろ姿を見ながら茶枳さんは言う。
「いや、前からそう言ってるんですけど。」
「いえいえ。普通、才能がなくても教えられた動きをすればそこそこ動けるものなんですけど、黒金君の場合、足さばきも力のかけ方もビックリするぐらいどんくさくて、どんくさくて。」
「あはははは………」
辛辣だわぁ……苦笑いしかできないよ。
「まぁ、体術にこれ以上進展が見えないし、武器の方にいきますかね?
小梅さんによると、そっちもあまり芳しくないらしいけど、ま、そんなことはおいといて、黒金君の【役職】を鍛えるついでに、大剣・双剣・太刀・槍・棍棒を明日までに作ってもらえます?刃は潰しておいてくださいね。」
「わかりました。明日までにはできますよ。」
「ん。じゃあ今日はここまで。お疲れ様でした。」
茶枳さんはそう指示して出ていった。
起き上がり、体を揉みほぐしていると、壁に立て掛けていた刀から白鬼院小梅さんが話しかけてきた。
『いやはや久々の物作りだね、けー君』
「久々……いや、2日前に作りましたよ、あの球技大会で。」
『あー、そっか。こっちは時の流れがありながらないようなもんだから忘れてたや。
しっかし、だっちゃんもなかなかやるねぇ。
才能のなさを確認しつつならばどう生かそうかと考えているんだもの。いやはや、やっぱり人にものを教えるってのは慣れた人がやるべきだねぇ。』
しみじみと呟いてから、思い出したようなフリをした口調で、
『で、けー君。
いい加減、覚悟は決まった?』
「決まってませんよ。
僕には高町なずなさんがいるんですから。」
ことあるごとに勝たせようと、紺さんを得させようとしてくる白鬼院小梅さんにうんざりしながら答える。
「というか、なんでそこまでして僕を紺さんと結ばせようとするんですか?」
流石にウザかったので、気になっていたことを苛立ちながら尋ねると、
『ん?けー君や。ボクは他の人達にはそう言ってるけど、けー君にはこっちゃんを手に入れろ、なんて言ってないよ?』
「………はい?」
想定外の返答に僕は彼女に抱いていた悪感情が霧散してしまった。
『あの場じゃああ言った方が収拾がつくだろうと思ったし、そもそもボクは君のために動きながら、君に自主的に復讐を手伝わせようと思っているんだよ?
だったら、高確率で鍛えられ、かつ不足してる実戦経験を積めそうな機会があったら、そう動くさ。』
サラッとなんということもないように白鬼院小梅さんは自身の企みを言う。
「………なんというか、こう、都合がいいといいますか、調子がいいといいますか……」
『はっはっは。何を今さら言ってるのさ。
ボクは最初から君を自主的に復讐を手伝わせようと思って、旅させることにしたって言ったじゃんか?
それをけー君も了承したじゃないか。』
「………まぁ確かにしましたね。」
初めて刀の中で話した時にそんな話をした記憶は確かにある。
とはいえ、ここまで明け透けに企みを言われるとなかなか好感が持てるなぁ、人間味があって。
『あきれたかい?それとも怒ったかい?』
「どっちかというと好感度が上がりましたね。」
『なっ!?なんで上がるのさ!?』
からかうように尋ねられたので、素直に返すと、白鬼院小梅さんは明らかに動揺した声音になった。
「僕はそういう人間らしい感情とか欲望とか出す人は好きですよ。」
珍しく動揺していたのでからかいの続きとして素直にどう好感を抱いたかを説明すると、プルプルと震えたような声で白鬼院小梅さんは叫ぶ。
『へ、変態だぁぁぁ!!』
「なっ!!失礼な!!」
大変心外だ。
こちらは素直に誉めただけなのに。
『だって、そんな変人チックなこと言うとか、変態じゃん!!
しかも死人であるボクを口説くとか正気の沙汰じゃないね。
むしろ瘴気の沙汰だよ。』
「いや、上手くないですから、それ!!」
文字に書かなかったらわかりにくそうなボケを……
「というか口説いてませんから!!」
『…え?あ、うん、も、もちろん知ってるよ。
そんなボクが年下に好感度が上がったって言われただけでオチるチョロインだと思わないで欲しいね。
あ、いや、チョロインだと勘違いしないでよね!!(キリッ』
「なんでツンデレっぽく言い直すんですか……」
本当にノリと勢いで生きてるなぁ……いや、死んでるか。
『あ、危なかった。
生きてたら死んでた……』
「ん?何が危なかったんですか?」
『ん?どしたの、けー君。ボクは何も言ってないんだけど?
それよりもほら。早く作ろうよ。』
明らかに何か誤魔化された。
何か危ないことでもしただろうか?
まぁ、いっか。
「さて、じゃあ作りますかね。」
――――――――――――
翌日。
「これはすごいですね……」
その辺にあった土や石、木から作った、指示されたものを見て、振るった茶枳さんは驚嘆する。
紺さんも目を見開き驚いている。
「そんなにすごいですか?」
「そりゃもう!!
大剣は刃の部分だけでも私の腰ぐらいまであるのに、重量を感じさせない軽やかさとか反則ですって。
で、太刀は太刀で、美しさと鋭さを兼ね備え、風切り音が鋭いですね。刃がついてたら恐らく舞散る木の葉を一刀両断するのも簡単でしょうね。
槍は折れず曲がらずしなやかで頑丈で、振りやすく使いやすいです。
双剣も握りやすく、手から滑りにくいため、攻撃の勢いですっぽ抜ける危険性はなくせるという素晴らしさ。
棍棒もまた、単純な作りですが、とても頑丈で傷がつきにくいという、理想の形ですよ。
こんな刃がついていたら、普通に名刀や名剣、場合によっては国宝になり得るようなのを1日で作れるとか、【錬金術師】って反則じゃないですか!?」
そ、そこまでなんですか。
いや、まぁ、【錬金術師】だけじゃなく、“夢幻の創造”があるおかげなんですけどね。手を明かさないために言いませんけど。
興奮する茶枳さんをよそに紺さんは双剣を握り、振る。
シュンシュンと風を切る音にあわせて、巫女軍服の袖がひらひらとはためき、まるで神に捧げる舞のようで、思わず僕は目を奪われ、見とれてしまった。
ある程度して、動きを止めた紺さんは複雑そうな表情で見とれていた僕を見返し、
「大変不本意ですが、これほどまでの名品を作ることができるとは、お見逸れしました。」
と言葉をかけてきた。
一瞬理解できず、一拍間を置いてから、誉められていることに気付いて僕は「恐縮です」と頭を軽く下げた。
嫌われている相手から誉められるとか想定外だわ……
「では、武器を使った実戦組手を始めましょうか。」
茶枳さんの言葉にあわせて、僕は大剣を、紺さんは双剣を手に持ち、そして構えた。




