錬金術師、迷子になる
実はここからが本編たる第1章にあたったりする
勢いよく旅を始め、先が見えないほど真っ白な濃霧に包まれた竹林を歩むこと1時間経ったぐらいだろう。
現れた鳥居を見て、僕はもう何度目か忘れたため息をつく。
鳥居の足元には目印においたガラクタがあった。
「また戻ってきたのか……」
話には聞いていた、妖狐族最終防衛ライン最前線‘霧幻の山林’の性能に僕は文字通り狐につままれていた。
‘霧幻の山林’
それは霧を操り目眩ましをする【霧狐】と幻術を得意とする【幻狐】の2役職を持つ妖狐達が自里に他者を近付けないために張っている結界魔導のようなものだ。
ようなもの、というのは、かつてサニャーア天使教国軍が対魔導結界用アイテムを用いて攻めてきたのだが、突破できずに逆に返り討ちを食らったことがあるのだ。
おそらく、魔導だけじゃなく、三國志でお馴染みの「奇門遁甲八陣」みたいに霧に合わせて地形も活かされているからではないかと予想する。
奇門遁甲八陣だとしたら、石柱はこの鳥居みたいな感じで。
「嘉納武蔵さんにフシミまで送ってもらえばよかった。」
何事も経験、と思って‘霧幻の山林’へ行きたいと思った過去の自分を殴りたい。
鳥居の足元で休憩として腰をおろして若干後悔と疲労からそんなことを思っていると、腰に帯刀した妖刀‘魂魄用無’から白鬼院小梅さんから声をかけられた。
「ねぇ、けー君。
ボク、この現状を打破する方法を知っているんだけど、聞きたい?」
そしてその聞き捨てならない発言に疲れきっていた僕は食いついた。
「打破する方法…あるんですか?この無理臭い現状で。」
「……うん、まぁ、あるよ、うん。」
短い付き合いとはいえ、珍しく言い澱まれる。
何か非道なやり方なのだろうか?
「あまり好ましくない手段は嫌ですよ?」
「あ、いや、まったくの正攻法だよ。」
正攻法?
ここにきて正攻法があるのか?
「そもそも、さ。
これって他者を、つまり自分達妖狐族以外を里に近付けないためにやられているわけじゃん?」
「そう聞いてますね。」
「じゃあ、さ。妖狐族なら問題なく進めると考えられるよね?」
「ですね。仲間まで迷わせるつもりはないでしょうし。」
侵入者の迎撃システムであって、味方まで巻き込んだら欠陥もいいところだし。
うんうん、と頷く僕に白鬼院小梅さんは少し間をおいてから、気まずそうに言った。
「…こう1時間以上歩き回らせて今さらなんだけどさ。
‘役職解放’で【天狐】のくーちゃんの力を使えば、妖狐族として進めないかな?」
……………その発想はなかった。
ちょっとショックでがっくりとorzみたいな体勢になるぐらい落ち込んでから、僕は役職解放を使った。
――――――――――――
「こちら第7鳥居門警備所。
先ほど突如現れた侵入者は通常通り迷っていたが、突然落ち込んだかと思うと、刀を構え、それ以降、急に迷いなく里の方へと歩み始めた。
警戒レベルを1段階上昇を要請。
同時に防衛警備総隊長に一報をいれることを本部に具申します。」
『こちら本部。了解した。
引き続き侵入者に警戒し、場合によっては武力行使も許可する。
それから総隊長だが、すでに向かってしまわれたため、問題ない。』
「了解。引き続き侵入者を警戒、場合によっては武力行使許可受諾。」
――――――――――――
‘役職解放’で【天狐】の力を借りてみると、今まで見えなかった霧が見通せるようになった。
思った通り、魔導によって作られた霧だけでなく、自然発生した霧と各地にある鳥居を基点とした迷路のような複雑な道で方向感覚を失わせていた。
そしてそこに幻術による平衡感覚まで狂わされればそりゃ道に迷う。
今、【天狐】同然になっていることで霧の魔導と幻術は無効化しており、動物としての感覚で研ぎ澄まされた5感によって霧を見通し嗅ぎ分け迷わずにいられる。
本当に難易度が高い。
そう思いながら駆けていると突然目の前から火球が飛んできた。
あまりの突然さに認識してから反応ができず、それを回避も防御もできず直撃させられた。
が、
「……あれ?今、火球にぶつかりましたよね?」
まったくダメージはなかった。
いや、もしかすると天使の矢のように精神や魂への攻撃かもしれない。
「白鬼院小梅さん、何か魂に影響は?」
立ち止まり、魂の専門家たる白鬼院小梅さんに尋ねると、気の抜けたような声で、
『うんにゃ。なーんにも。
というか、普通にあれ、妖狐族が得意とする狐火の術だから、物理ダメージ系だよ。』
と攻撃の種類を教えてくれた。
しかし、物理攻撃って言われても、ねぇ?
「……僕、なんともないんですけど?」
白鬼院小梅さんは、やれやれ、といったような口調で、
『そりゃね。
今のけー君は【天狐】なんだよ?女神様達に近いとまで言われた最上級大妖狐だよ?
並の狐火ぐらいなら纏ってる魔力で打ち消せちゃうから痛くない、痛くない。』
「うわぁ……理不尽ですねぇ。」
というか、そんなに濃厚な魔力を纏っていたのか、僕。
そして、眼帯で隠している右目で見ればダメージない理由が一発でわかることだったのか。
そんなことを思っていると1人の女性が目の前に現れ、立ち塞がった。




