扇動者、逃亡を図る
夕飯後。
麗奈と澪は俺と一緒にこの城の武器庫の近くにいた。
「さてと。じゃあ逃げる際の逃亡資金及び武器として、ちょっと迷惑料を貰いに行くか。」
「迷惑料ねぇ。」
「確かに無理やりこの世界には連れてこられたから、間違ってはないよね、うん」
「だろ?それに麗奈の異能を生かすには大量の武器があった方がいいしな。」
麗奈の異能【技心暗器】は一見、暗殺や不意討ち専門に見えるが、重量無制限で物を隠し持てることができる。
つまり、倉庫的な仕事もできる、なかなか優秀な異能なのだ。
で、これから迷惑料と慰謝料として武器庫からごっそり剣や盾、槍や弓矢を貰ってから亡命させてもらう予定だ。
はっきり言えば、やるのにリスクしかないが、やらなきゃやらないで不完全燃焼気味で気持ち悪いからな。黒金を貶めた罪は俺らからすれば重いわけだし。
「で、慶ちゃん、どうするのさ?
武器庫って言うだけあってちゃんと見張りとかいて奪えないと思うんだけど?」
「安心しろ、澪。
今回の逃亡のためにわざわざお前らにメイド服を、俺は下級兵士の格好をしたのにはわけがあるからな。」
そう言って策を話すと、
「…さっすが慶ちゃん。」
「うん…流石慶一君だよね、えげつないというか、嫌がらせやいたずらする天才というか……」
口でこそ呆れられたが、2人の表情は大変生き生きしていた。
仕方ないよな。更正したとはいえ、俺達は悪行するのは得意だし。
「つーことで、ちょいここで待っててくれ。
2人の動きにかかってるから頼むぜ。」
そう言って2人を近くの人気がない角に隠れさせてから、俺は全力で走って息を切らしながら、武器庫番をしている2人に声をかけた。
「《城内で不審火が確認されました》」
「何!?」
「不審火だと!?だが、何故我らにその報告を?」
いぶかしむ2人の倉庫番に動作を加えながら説明する。
「《ボヤ程度でしたが、賊だった場合、勇者様方のお命があるいは陛下のお命の危険が、または武器庫へ被害を与え、我が国の兵力を落とす策やもと【策士】様がおっしゃられたため、確認のために参りました。》」
その言葉を聞き、2人は「勇者様が言う通り、確かにあり得るな」と頷く。
当たり前だが、ここまでの話は全部嘘だ。
不審火もでてないし、黒田の野郎からそんな話もない。
だが、俺の異能と役職を使ってやれば……
「了解した。確認のために武器庫開門を行う。」
とまぁ、こんな感じに疑わせることなくできるわけだ。
さて、改めて今さらだが、俺の役職と異能について説明しよう。
役職【扇動者】は、他者の何かしらの感情を昂らせ、冷静さを失わせる、詐欺とか手品とかに役立つ役職だ。
今回はこいつで「不審火による不安」と「策士が動いたという安心感」を煽ってこちらへの不信感を感じさせなくしたわけだ。
で、この役職よりヤバいのが異能【思い込んだが吉日】だ。
簡単に言えば、他人に思い込みをさせるだけのものなんだが、ここで人間の脳の面白いことがある。
「ブアメードの実験」というのをご存知だろうか?
オランダだったかでやった実験の名前で、目隠しをした人物に軽い痛みを与えてから、その部位に水滴をスポイトで垂らしながら、
「今お前の足をナイフで切り、血が出ている。このままで続けたら死ぬぞ」
みたいなことを言い続けて、水を垂らし続けたのち、致死量の出血に至ったと宣告したら、被験者は自分は死んだと勘違いして心臓麻痺で死んだ、っていう話だ。
まぁ本当かどうかはわからないが、これとは逆に偽薬、プラセボと呼ばれる話なら有名だからわかりやすいだろう。
つまり、思い込みで人は殺せるし、逆に癒すこともできるってわけだ。
な?この異能、ヤバいだろ?何せ凶器なしで人を殺すことができかねないからな。
で、だ。この役職と異能がヤバい組み合わせの理由は、簡単に説明すれば、頭で『思い込みだ』と認識されても、『もしかしたら…』と思っただけで、そこを【扇動者】で煽って思い込ませて操ることができるってわけだ。要するにマインドコントロールってやつに近いことができるわけだ。
まぁ、現実的に考えて、そこまではできないだろうが、前に球磨川達に試したらそこそこ通じたので、なかなか危険性は高いと思われる。
ちなみに、今、武器庫管理をしている兵士達には『目の前の人物は同僚の兵士である』と思い込ませているから、話をあっさり進めれているわけだし、嘘を本当だと思い込ませているからすんなり武器庫にいれてもらえたわけだ。
さて、ここから武器をごっそり奪うにはこの人達をどうにかしなくちゃならねーな。
「異常はないようだ」
「そうですか。それにしてもいったい不審火の原因は何なんでしょうかね?《不審者がいるんですかね?》」
「私達に尋ねられてもな……」
「それもそうですけど、警戒するに越したことはないですから。
…もし不審者がいたとしたら、今、ここが開いているのがヤバいかもしれないですよね。」
「む。確かに一理ある。」
「メイド達や兵がそれなりに巡回しているかもしれないですけど、《見に行った方がいいんじゃないですか?》」
「…うむ。確かに。おい、俺は少し見てくるから、お前たち2人でここの監視を頼む」
そう言って中年の兵士は澪と麗奈が潜む曲がり角へと向かう。
…普通、俺に見させにいくとか思うだろうに、そういうこと考える余裕や疑う隙すら与えないとか、マジヤバいな、これ。
ま、そんなことより、武器庫の中にも向こうからの声が聞こえてきた。
「む。メイドか。巡回ご苦労である。
不審者をこの周辺で、ぐわっ!?何を、ぐふっ…」
何か鈍い音とともに見に行った男性は悲鳴すら上げることなく沈黙させられた。
流石俺が信頼できるだけある2人だわ。
まぁ女子とはいえ、役職と異能で強くなっていればあれぐらいには勝てるよな。元々、喧嘩慣れしている部分もあるから容赦もないし。
さて、こっちも仕事しますかね。
「なんだ、今の声は!?」
「わかりません!!ただ、何者かに襲われた可能性があります。ここは私が見守りますので、助けに行ってください」
とまぁこんな感じに、混乱しているところに【扇動者】で煽れば、
「わかった。貴様も気を付けるようにせよ。場合によっては応援を呼べ!!」
と駆けていくわけだ。
で、お約束通り澪と麗奈にボコられて捕縛されたっぽい。
うん、チョロいわぁ。
――――――――――――
「まさかここまで簡単に行くとはなぁ」
気絶させ、猿ぐつわ噛ませて縄で縛られた兵士2人を武器庫に押し込みつつ、中身を麗奈が回収する。
「確かにね。で、慶ちゃんは何をしたの?」
周囲を警戒しながら澪が尋ねてくる。
さすがにこんだけチョロく進めば疑うよな、うん。
「ま、その辺は追々な。かなりヤバい力だからよ。」
「はいはい、了解。麗奈、もういい?」
澪に尋ねられた麗奈は瞬間消失マジックのように触れた武器を消してから、こちらに向いた。
……見た目全然変わってないが、マジでどこに収納してんだ、これ。
「OKだよ。武器庫の5割持ったよ。
でも慶一君。もっと持っていかなくていいの?」
「全部持ってったらこの国が魔族とかに攻められた場合、簡単に滅んで高町が死ぬかもしれねーだろ?流石にそれはヤバいだろ、黒金の精神的に考えても」
「それもそっか。まぁ、どうでもいいけど。で、これからどうするの?」
パンパンと裾の埃を払いながら麗奈は尋ねてくる。
「安心しろ。適当な書類でっち上げて馬車乗って行くぞ。」
「ひゅー。詐欺働くとかさっすが慶ちゃん!!」
「やるからには王家御用達車両でも盗んじゃおっか!!」
この2人、実にノリノリである。
「ま、王家御用達は無理だろうが、上級の馬車ぐらいは借りるとするか。
ついでに逃げやすいように騒ぎも起こすか」
俺は悪どい笑みを浮かべながら2人と作戦を始めた。
――――――――――――
「……やっべ。まさかここまでうまくいくとは。」
『王家御用達』馬車に揺られながら俺達3人は夜刀神国へと馬を走らせていた。
御者は人間離れした感覚を持つ澪がやってくれている。
「みんなバカだよねぇ。
火災が起きたって私達が言っただけで信用して言いふらして大混乱とかさ。」
「いや、ある意味必然の結果なんだぜ、麗奈。
確か中国に『街中に虎が出たという嘘を3回ついたことで、それが本当だと街中に広がり、大混乱が起こる』ってような話がある。
つまり嘘でも情報が浸透してしまえば本当だと思われるっつーわけだ。
何があったかはわからないが、爆発音もあったから余計にな。」
「なるほどねー。まぁ、それだけじゃなく、慶一君が何かやったのはわかってるけどね」
麗奈の言葉に御者台の澪からも同意の言葉が飛んでくる。
やっぱ付き合い長いだけあって鋭いなぁ、うん。
「ところで慶ちゃん。
こんな目立つ馬車、どうするのさ?」
「もうちょいしたら道端で装飾剥いだりいろいろでして質素な馬車にするか。で、売ればいいしな。」
そんな感じで俺達は夜刀神国へと逃亡を始めたのだった。
活動報告にて、キャラ裏話を書いてたりします。
そのキャラに関する質問ならそこで受け付けます




