錬金術師、過去を見せられる その伍
しばらく真っ暗だった平塚才人さんの視界と意識が戻ったとき、岩でできた個室のような所のベッドの上にいた。
すぐ近くには衰弱し、こちらの手を握りながら伏している平塚紅さんと、そして山村榛名さんの沈痛そうな表情がいた。
そして、平塚紅さんが何をしたのかを山村榛名さんから聞いて、平塚才人さんは、自分が長くないことを理解した。
平塚紅さんは妖狐族の獣人だ。
狐耳と狐尻尾を持った種族であり、他者を欺く技術に関しては、他の種族の追従を許さないほど優れていた。反面、力は弱く、同じ獣人系の人狼族と比べれば人間からの迫害を知恵で乗りきった人々が多く、実力行使された場合、大半は殺されてしまった。
そんな種族の彼女が平塚才人さんと出会った頃は、妖狐族の中でも、生まれ持って感情の無い無機質な人形を操り、無意識を使って欺くことができる【紅狐種】であった。
さらに役職も狐火を操ることに長けた【宙狐】というものだった。
しかし、4年もの間、天使達に抗い、操られた勇者達と戦い、仲間の勇者達と親しくなり、そして最愛の人物と愛し合った結果、妖狐族の使う術全てが使える最強の種【天狐】へと【紅狐種】から昇華していた。
そんな彼女が瀕死の、いや、一回完全に死に、魂が体から抜けかけた最愛の人物を呼び戻したのは、己の魂の力、すなわち妖力や霊力と呼ばれる生命力と引き換えにたった一度だけ蘇生をする【仙狐】の力を使ったからであった。それほどの代償を払いながら、この力は仮初め、というより一時的な蘇生でしかないらしい。つまり、彼女は己の力と引き換えに平塚才人さんを蘇らせたのだ。
平塚才人さんは横で衰弱している最愛の妻に涙声で尋ねる。
『くーちゃん……なんで………』
『才人君は…まだ、やることがあるでしょ?
だから…そのためなら、私は……紫は茶尼に任せたから…』
弱々しく微笑みながら彼女は答える。
『さっきね…瀕死の状態で高町君と鬼夜叉族の人が撤退してきたよ……』
『………まさか』
『うん…リィル君も朱天さんもクラマさんも百鬼夜行も天狗衆も命と引き換えに…捕られてはダメな才人君を守ったの……才人君…お願いがあるの』
弱々しく、しかししっかり、平塚才人さんの手を握り彼女は続けた。
『きっと…魔王と呼ばれた私達の魂も…あいつらにはいい餌になっちゃうから……自決するなら…私も一緒に…ね?』
『な、何を言うかと思えば……俺もくーちゃんも死ぬわけないだろ?』
『……才人君。わかってるでしょ?……私が使った蘇生でも…才人君はもって後1時間もあるかどうかだよ?
そして私も…長くないよ……死という運命をねじ曲げるのは……命の代償でも足りないんだから……』
『くーちゃん……』
『………平塚。夫婦間で話し合うのは大切だが、彼女が言う通り、時間がない。
すまないが、皆に解放軍雌伏の号令をかけに来てほしい。』
山村榛名さんが申し訳なさそうに、苦しそうな表情を浮かべながら言ってきた。
平塚才人さんは苦々しそうに、
『それぐらい山村が言えば…』
と言うが、山村榛名さんは首を横に振り、
『解放軍の中心は誰だかわかっているだろ?
私のために、紅さんは命と引き換えの術を使ってくれるのか?
フェン君や酒呑さん、クラマさんは命と引き換えに時間を稼いでくれるのか?
再び妹に会うためだけに戦ってきた、あのドシスコンが撤退のために重傷まで負ってくれるのかい?
百鬼夜行や天狗衆、その他多くの皆が命を懸けて戦ってくれるのかい?
これらは全部、君がこの7年で積み上げた信頼関係や絆があるからこそだろ?
だから、最後まで信頼に応えて、君が皆に指示をだすべきじゃないのかい?』
『それは…まぁ、確かにそうかもしれんが……』
平塚才人さんの返答に山村榛名さんは苦笑する。
『普通なら私が君にそうさせたんだから、と責めてくるところだと言うのに、君は本当に人がいい。』
『いや、まぁ、確かにきっかけはそうだったけど、そう決めたのは俺だし、『みんなを助けようと戦い続けたお前やくーちゃんを見捨てるわけにいかないだろ。』……山村ぁっ!!』
『くっふっふ……ここ214回ほど同じセリフを聞けば覚えるさ。
妻帯者が妻の前で他人の妻を口説くのはいかがなものかと思うぞ、平塚。』
『なっ!?』
山村榛名さんは真顔のままではあるが、明らかにからかうように言ってきた。
ちなみに横からは物凄い殺気というか、何かおどろおどろしい感情をぶつけられている。怖い。
ちなみに山村榛名さんは、姓こそ変わっていないが、前周回からの縁で太鼓原望月さんと夫婦関係に近い関係らしい。
そんな様子を見ながら、からかっていた雰囲気を無くし、山村榛名さんは頭を下げてきた。
『……すまなかった。2人には娘の紫ちゃんと一緒に幸せに生きてほしかったというのに、結局面倒な上、引き返せない道に引きずり込んでしまって。』
と唐突に謝罪をしてきた。
平塚才人さんと平塚紅さんは目を合わせてから頷き合い、
「さっき自分で言っただろ?結局何があっても俺はお前を助けただろうし、くーちゃんを助けただろうし、他の連中も助けただろうからさ。そんなに思い詰めなくていいんだよ。」
「うん…そうだよ、榛名さん……
何があっても…私は才人君に会っただろうし……みんなを助けようと協力しただろうし…今みたいに命と引き換えに…才人君を助けただろうからね……罪悪感を持つ必要はないよ……」
2人の言葉に山村榛名さんは驚いたように目を見開き、そして涙をこぼしながら笑みを浮かべ、
『本当に……1億と10824回、ほぼ毎回お互いを愛し合っているだけあるよ。』
『ほぼってなんだよ、ほぼって。』
『私が狂ったり、あの日に死んだり、そういった君達を見れなかった時期があったからね。
それにしても、そうか……何回聞いてもやっぱり嬉しいものだ。それを聞けるから、私は毎回後悔や罪悪感を抱いても前を向くことができるよ。
さて、平塚。みんな、もう集まっている。行くとしよう。
紅さんは動けなさそうだから、そこにいるかい?』
『…そういうわけには……って言いたいけど…ちょっと無理かな……もうだいぶ体が動かなくなってきちゃったや』
『……わかった。なにがなんでも死なないように気力を保つんだ。
もし今死ねば、平塚の最後の活躍をしれずに後悔するだろうな』
『……本当に…ズルい言い方…絶対死ぬもんか』
『それでいいさ。
急ごう、平塚。君の時間も限られているからな。』
――――――――――――
やってきたのは、体育館ように広い岩壁の部屋だった。この場所の記憶はないけど、僕が落ちた‘奈落’の最深部の場所だ。
天井にはかがり火や発光茸などがあって、光が届かない場所とは思えないほど明るい。
そんな場所には、壇上もあり、その上には教壇のようなものがあり、マイクもあった。
まぁマイクと言っても、音響魔法がかけられただけのものだけど。
広間にはすでに様々な種の人々がおり、騒然としていながらも、規律ある軍としてなのか、騒がしい挙動はなかった。
そして、彼らは全員、壇上にあがった平塚才人さんを見た瞬間、静まり返りこちらを見てきた。忠誠心高過ぎである。
『あー……まず言っておく。』
壇上に上がった平塚才人さんは最初、そう話してから、その場から少し離れて正座し、
『すまん。もう俺は死の運命から逃げられん。
今もくーちゃんに何とか命を繋いでもらっている状態だし、そのくーちゃんも死にかけてる。
だから、みんなとの約束を破ることになることを謝罪する。本当にすまん。』
これ以上ないほど綺麗に土下座した。
突然のことに再び騒がしくなるが、誰かが近付いてきたら静かになった。
顔をあげると透き通るような水色の髪で、特徴的な氷のように薄く透明な羽を持った北欧系の美女がいた。
平塚才人さんの契約妖精、コルド・ティターニアさんだ。
『主様。土下座をおやめください。貴方様との契約妖精である私やその眷族にそのような態度を取る必要はございません。
まして、他の皆様にも主様が頭を下げるような必要はございません。』
『コルド……だが、俺はお前達全員が平和で安全に暮らせるように戦うと約束したのに、戦いをさせ、そして俺は約束を果たさず死ぬことに……』
『約束を果たしていない、ですか。
ではここにいらっしゃる皆様にお尋ねします。
我が主様が皆様と約束した内容、果たされていないことに怒りを覚える方はどれほどおられますか?』
その問いかけに誰一人として反論なく、それどころか、
『サイトさんがいなかったら、我が一族は滅んでたことを思えば、今の生活は平和で安全ですよ』
『うちの一族もサイトさんに助けられたんだ。感謝こそすれ、憎んだり恨んだりなんてないな』
などと擁護する声があがった。
それを受けて、北欧系美女はこっちを優しい表情で見つめ、
『わかりましたか、我が主様。
確かに主様が言う通り、私達の多くは戦い、中には戦死したもの達もおります。
特に瀕死の主様を天使共から逃すために天狗衆は全滅し、百鬼夜行も1人以外死に絶えました。神代の魔物にして最強の生物に至ったリィル様も天使共へ大ケガを負わせたのと引き換えに散りました。
ですが……いえ、ここからは私が言わないほうがよいですね。』
そう言った彼女の後ろには3人の人物がいた。
1人は褐色肌で細身ではあるが、筋肉質であり、クールなイケメン。尖った耳 ―俗に言うエルフ耳― が特徴的な男性。
もう1人は2m以上はあろう巨漢で、こめかみの辺りから上へ捻れた牛のような角が生えた男性。
最後の1人は銀髪ポニーテールで、黒のライダースーツのような衣装を纏い、頭の上には犬耳が、お尻には犬尻尾がある女性。
それぞれの顔は今まで見てきた記憶にあるから覚えている。
森人族族長、鬼夜叉族の百鬼夜行で生き残った新兵、人狼族族長だ。
最初に話し始めたのは、天狗衆を神と崇めつつ、彼らと交流して生活してきた、最強の魔術師兼狩人一族である森人族の族長、テュロス・ストックさんだった。
『ヒラツカ殿。
我らが神、天狗様方の長、クラマ様はこう仰られました。
「小僧。ここでお前さんを逃がすために散るのは運命じゃったんじゃろう。
死に場所を求め、外界から来たワシらからすれば心置き無く散れる場を用意してくれたことに感謝する。」
とのことです。
我ら森人族全員もまた、かの方々の悲願を叶えていただき、礼こそすれ恨み辛みはございません。』
礼を言うテュロス・ストックさんの次に話し始めたのは、ボロボロと大粒の涙をこぼしている百鬼夜行に所属していた鬼夜叉族の若者、兵羅呉諏さんだ。
『魔王様よぉ…朱天様は最後まで戦いに身をおけることに歓喜しとりました。
わでは一族に皆の奮戦を伝えるために生かされる新兵ですけん、むしろ皆と共に戦えなかったことが悔しかことですたい。』
その悔しそうな言葉の次には忍び装束っぽい衣装を纏った人狼族族長、イン・ソーフィさんが口を開いた。
『フェンリル様は我らが信奉する通りのお方でした。
守るべきもの達のためならば己の命を省みず、戦う姿はまさに我らイン家、ジン家、ラン家、ホン家、パイ家、ズー家、リュ家全ての誇りです。』
人狼族の女性は誇らしげに話した。
なんというか、解放軍って平塚才人さんが中心でまとめてはいるけど、それぞれの種族が互いのために戦っている感じだから、平塚才人さんを特に責める必要がない感じなのかな?
『……だが………』
『くどいですわね、平塚才人!!
あなたは何でもかんでも背負い込みすぎですわよ。』
そう言って群衆から1人の女性が文字通り飛行して飛び出てきた。
金髪灼眼縦ロールで胸部マシマシながらスタイル抜群な外人のような見た目とは裏腹に黒地に真っ赤な彼岸花と金色の蝶を散りばめた着物を遊女のように着崩した格好の彼女は、人間のまま人外になった平塚才人さん達のクラスメイト、‘宵闇の支配者たる魔王’【吸血姫】セレア・バラライカ・山田さんである。
彼女はまだ土下座のなごりで正座していた平塚才人さんの襟首を掴みあげて、強制的に立ち上がらせ、
『私達は貴方に助けられる前までも戦い続けていたんですわよ?
今さら戦わせていた、と言っても「お前は何を言っているんだ」ですわよ?
だから何も気負う必要はありませんし、約束を守る守らないはどうでもいいことですのよ。』
そして手を離されて尻餅をついたこちらをスルーして彼女は群衆に言葉をかける。
『皆様が平和で安全に暮らせるようにしようとしていた平塚才人の想いを誰か裏切られたとお思いですか?
違いますわよね?誰も平塚才人ただ1人だけに平和で安全に暮らす夢を背負わせていませんものね。
ここにいる皆が、それぞれの故郷や隠れ里にいる者達全員がそれを実現するために生きてきたのです。
今、平塚才人は夢半ばで散ることを私達に謝罪しました。
ですが、彼に非はありますか?答えは否ですわ。
皆の夢が彼の夢であり、彼の夢が皆の夢なのですから、夢半ばで散られることを悔しく思いこそすれ、謝られる謂れはない!!
そうですわよね、皆様!!』
その瞬間、静まり返っていた群衆は、一斉に「そうだそうだ」「間違いねぇ」などと同意の声をあげた。
その光景を見て呆然としていたこちらを振り返り、彼女は不敵に微笑み、
『わかりましたわね、平塚才人。
貴方が罪に思う必要はございません。
だから、貴方は最後にやることはただひとつ。
私達に最後の指令を下しなさい。「再び、次こそ天使まで殺すために力を溜め、潜伏せよ」と。』
その威風堂々とした態度は罪悪感で押し潰されていた平塚才人さんを立ち直らせただけでなく、僕自身も打ちのめされたようだった。
平塚才人さんはマイクで群衆に伝えた。
『みんな、俺を信じてくれて、そして許してくれてありがとう。
俺はこれからみんなに最後のお願いをする。
まずは妖精族および族長コルド・ティターニアに命ずる。‘妖精郷’で力を蓄え、また人間を監視してくれ。』
『御意ですわ、我が主様……また、またいつか会えるよね、お兄ちゃん?』
頭を下げて了承しながら、“絶対零度の妖精魔王”コルド・ティターニアは“平塚才人を慕う妹分”として涙をついにこぼして尋ねる。
『あぁ。またいつか会おうな、コルド。だから泣くな。
次に森人族および族長テュロス・ストックに命ずる。自分達の隠れ里を守り、クラマさん達の想いを無駄にするな。』
『承知いたしました、我らが魔王陛下。』
ニヤリと笑いながら、“神隠し”テュロス・ストックは了承する。
『魔王陛下って皮肉はやめろよ。ったく。
次に鬼夜叉族の戦士、兵羅呉諏に命ずる。
誰よりも生き延び、鬼夜叉族に酒呑朱天達百鬼夜行の奮闘を伝え続けよ。そして、鬼夜叉族はそれを誇りとし、鍛練をより励め。』
『はっ!!朱天様方の武勇を誇り、それに劣らぬよう鍛練をさせていただきますだ。』
眼から大粒の涙を流しながら答える。
『鬼の目にも涙、か』
『笑わんでくださいよ、魔王閣下』
平塚才人さんの冗談に笑みを浮かべながら、皮肉を返された。
『すまんすまん。だから魔王閣下はやめてくれ。
次、人狼族および族長、イン・ソーフィ。
君達は妖狐族と同等なレベルで苦難が訪れるところに隠れ里があるから、これからかなり危ないだろう。だけど、君達獣人は人間に近いから、融和のためにも生き続け、抗い続けてくれ。』
『かしこまりました、我らが神の友』
少し寂しげに笑みを浮かべて彼女は了承する。
『最後だからって皮肉とか嫌がらせとか言いすぎだろ、お前ら……
次。吸血鬼族および族長セレア・バラライカ・山田』
『正直そろそろ安弘姓にしたいのですけどね。』
『俺に愚痴られても知らん。旦那を押し倒してどうにかすればいいんじゃね?
で、お前達は数だけなら一番少なくて、正直滅びる危険性が高い。だから血を繋げ、生きることを最優先に生き続けろ。』
『言われるまでもありませんわ、我が級友にして煉獄の覇王様』
クスクスと笑いながらセレア・バラライカ・山田さんは了承する。
『あとお前は中二病治せ。誰が煉獄の覇王だ、誰が。ったく』
こうして平塚才人さんは解放軍と共に戦った全種族に命を下し、そして最後にこう締め括った。
『俺はみんなと最後までいられない。そのことはめちゃくちゃ悔しい。
だが、みんながまた天使共と戦うために生き延びて生き続けてくれることを信じてる。
だから決して屈せず諦めず、足掻き続けてくれ。
以上をもって解放軍を一時解散する!!これより各自拠点に戻るように。太鼓原や夜刀神、あと嘉納と各自族長の指示に従うように』
こうして解放軍は人間や天使達から勝ち逃げしたものの、決定打にかけるため、一時解散されたのだった。
うーむ。今回で過去話は終わる予定だったのに、まだまだ続くんじゃよ、になってしまった




