錬金術師、過去を見せられる その参
その言葉が発せられた瞬間だった。
『…はっ!!俺は………って兄弟!!しっかりしろ!!すまん、俺が!!』
『だ、大丈夫だ、兄弟。
兄弟は女性に手をあげても、ケガだけはさせないと信じていたからな。』
『ぐっ……俺は……俺は………何をしていた……?』
『桑原君!!正気に戻ったんですね!!』
矢を受け、同士討ちをしていた人達が攻撃をやめ、頭を押さえながら立ちすくんでいた。
『いや、流石に、祝福の呪いをなかったことにはできてないし、できないから、一時的に正気に戻しただけだよ、米原さん。
矢を受けた人たちは理解できてるんじゃないのかな?まだ頭に「天使に仇なす異教の者を殺めよ」って言葉があるはずだし。』
言葉を発した人物、推定太公望はそんなことを言ってきた。
それにしても、なかったことにはできない?どういうことだろう?
『何をした、人間?』
『僕の異能を使った。それだけさ、鳥人間』
忌々しそうな表情のミカエルを見て、推定太公望は挑発をしていた。
『異能だと?我が祝福がそれで打ち消せると?』
『相変わらず自分に都合が悪いと話を信じないやつだね、君は。
僕の「元」異能、被害を軽減する程度の「軽微因」だったら祝福をどうにもできなかったね。
でも、今の僕はすでに成長しているからね。祝福ぐらいなら一時的に弱められるさ。』
推定太公望は相手を小馬鹿にするようなネットリとした声質で解説する。
というか、結構重要なことなのに解説しちゃうんだ。
それは相手も思ったらしく、
『バカな奴だ。弱めるだけと公言するとはな。
ならばまた祝福を与えればよいだけだ。』
『バカは君だよ、ミカエル。
【ミカエルが放つ天使の祝福の効力を限り無くなかったことに】』
推定太公望の言葉が発せられた瞬間、ミカエルが再び展開した光の矢の光量が一気に無くなり、か細いものとなった。
『貴様ぁ!!』
『沸点低いよねぇ、相変わらず。榛名ちゃんもこりゃ確かに挑発するよね。』
リアルで髪を逆立てキレたミカエル相手に何事もないように対応する推定太公望。
まぁ、確かに煽り耐性無さすぎるとは思う。
多分、前田なんかと相対したらキレ過ぎて頭の血管が切れるんじゃないかな?
『だが、祝福を再び与えることはできる!!死ねぇ!!』
『もはや大義名分もなく、ストレートに「死ねぇ!!」とか言っちゃうのか。』
そんな揚げ足をとってはいるが、はっきり言えば状況が全て改善されたわけではない。
さっきから「限り無く」と言っている所から、完全にはなかったことにできていないと思う。
つまり、今展開されている矢も、当たればアウトということだ。
そして先程の号令で再び矢が降り注ぎ始める。
しかし、それらの矢は、
『兄弟!!』
『和田君!?』
『兄弟、いや、石田。富士宮。俺の後ろにいろよ。正気を保っていられるうちにお前らは絶対守る!!』
『桑原君!!』
『ぐっ……惚れた女を守れなくて、何が男じゃゴラ゛ァ』
先程同様射落としたり切り落としたりで対応し、またすでに矢を受けた人達が盾となり矢を受けていない人々を庇った。
『よし、みんな聞いてね。
あと2分。2分だけ耐えて。そうしたら強制転移が起きるから。
ただ、矢に当たった人達は安全のために飛ばせない。
そして、たった1回だけの【限り無くなかったこと】にしてしまったから、今後僕に出会っても正気にはもう戻せない。
だから、全力で、全力で希望を守るんだよ。いいね?』
そう言いながら、推定太公望はミカエルの真正面に立ち、手にしていた棒を振り回し、魔導を放ちながら、相手を牽制し始めた。
僕は、いや平塚才人さんは矢を切り、弾きながら動いた結果、さっき見かけた矢を受けたチャラ男の近くに来ていた。
『太鼓原君、どういうこと!?』
『よしとけ、米原。あのお人好し狂人は時間稼ぎをしてくれてんだ、俺達のために。
それより時間がねぇなら、アレを受けた俺の…正気の俺の最期の言葉を聞いてくれ。苗桐も、霧家も……ちょうどいい。相棒。てめーも頼む。』
チャラそうな見た目だった今の彼の姿は、何か覚悟を決めた男の目をしていた。
『何を……何言ってるの、桑原君!?』
『そうだよ、桑原君!!諦めちゃダメだ。希望はまだあるはずだよ!!』
『……2人とも。話を…聞きましょう。』
『……怜慈』
相棒、と呼ばれたことから、たぶん目の前の桑原さんは平塚才人さんにとって親友だったのだろう。
記憶だけで感情まではわからないけど、今の呼び掛けた声は僕が前田や球磨川、園田さんや龍造寺さんへ向ける感情がこもっていたと思う。
『あの祝福って奴は俺の中にある黒い感情を強め続けてきやがる。
わかってたんだよ。さやかちゃんが苗桐に惚れてるのはよ。だから、割りきってたはずだった。
だけど、俺はそれから目を背けていただけだった。今も目の前の憎い恋敵を殺せ、惚れた女を殺して永遠に自分のものにしろって声が頭に響いてる。より強くなっていってる。
だから正気の内に、歪んでない内に伝える。
米原さやかちゃん。俺は中学入ったときからずっと好きだったぜ。』
米原さやか、と呼ばれた黒髪ロングの少女は嗚咽を漏らして泣いていた。
『苗桐。テメーはさやかちゃんが惚れたんだ。
霧家同様、守ってやれ。それが男の約束だ。』
『桑原君……』
『かっ。野郎が泣くんじゃねーよ、バーカ』
笑みを浮かべ、苗桐と呼ばれた青年と拳をぶつけ合う。
『霧家ちゃん。苗桐は頭はいいが、お人好しのバカだ。
さやかちゃんも苗桐に甘くて、つい追従しちまうとこがある。
だから、2人を頼む』
『……あなたに……言われ………なくても…わかるわよ………』
霧家響さんは涙を堪えて答える。
『相棒』
『おう』
『さやかちゃんに真正面から告白して、残った俺の悔いは、大のアンチ恋愛至上主義のテメーが恋するところが見えないことだ。
俺が正気じゃなくなった後、気張って彼女なり嫁なり作れよ』
『………善処は……ずる。』
『泣ぐなよ……バガ野郎。俺まで泣げでぐるじゃねーかよ』
桑原怜慈さんは途端、顔を歪ませ泣き崩れた。
『何で!!何でごんな゛目に俺が遭わなきゃいけねーんだよ!!クソが!!あほあほあほあほあほあほあほあほあほあほあほあほあほあほ!!』
そして、急に平塚才人さんの首もとに掴みかかってきて、
『だのむ、相棒…俺のごうがい゛を……無念をはら゛じでぐれ……』
『あぁ…やってやるよ……お前を…お前の仇はどっでやるよ!!』
その悔しさと怨みがこもった言葉を聞き、平塚才人さんの声もついに涙声になった。
『あと1分で発動するよ!!
まだ正気を保ててる被害者達は思い残さないようにしなよ。希望を託すんだよ』
ミカエルを相手取りながら推定太公望はみんなにそう告げる。
あの人、危険人物ではあるけど、悪い人ではない気がしてきた。
そして、あと数十秒という僅かな隙だった。
『逃がしてなるものか!!』
『しまっ――!!』
その僅かな隙をついて推定太公望と交戦していたミカエルが矢をこちらへと放ってきた。
そして矢の向かう先にいたのは……
『うわっ!!』
『きゃっ!?』
米原さやかさんに向かっていたのを、彼女を突き飛ばして庇った苗桐さんと同じように平塚才人さんを突き飛ばした霧家響さんを貫いた。
『苗桐!!霧家!!』
突き飛ばされ、尻餅をつきつつも現状をすぐ把握した平塚才人さんは絶望的な悲鳴のような声をあげる。
『ま…まだ、大…丈夫!!頭がボーッと…してくるけど……まだ、僕は正気だ。
それより…ごめん。桑原君との約束、守りきれそうにないや。だから平塚君…あとは任せる』
そして彼は大きく息を吸ってから、
『【指導者、苗桐誠一が命ずる。
この場にいる人間が祝福を受けた人間と相対するとき、正気に戻れ!!】』
そして、僕の、平塚才人さんの視界はさっきまでいた場所ではないところに変わっていた。




