謎のメイド、現れる
「爆音が響いたので、まさかと思い駆けつけてみれば、カガチヒュドラがやられているとは……」
絶望の谷の最深部へ私と共に落ちた青年を尾行し、連絡をしているうちに見失ったと思ったら、“魂魄墳墓”の入り口『大蛇門』の前で轟音がしたため、急いで駆けつけてみれば、思わず目を疑う光景を見てしまいました。
神代の魔物であり、平塚君へ忠誠を誓って【墓守】となっていたカガチヒュドラの木っ端微塵となった無惨な姿とそこから少し離れたところにいた瀕死の青年がいたからです。
彼の右手にはロケットランチャーが握られており、惨状からあれがカガチヒュドラを仕留めたと見るのが妥当でしょう。
とはいえ、アレぐらいでここまで壁や天井、扉が血塗れな状態にならないでしょうから、何か特殊な術式があると見るのが正解でしょう。
さて、冷静に判断していますが、急いで彼をあそこにつれていかねば、死んでしまいます。
タウロスオーガにカガチヒュドラと2体も神代の魔物を仕留めた彼を見殺しにするのは流石にもったいないですからね、こちらの側としましては。
私は彼に近付き、改めてどうなっているのか診断した。
……ふむ。肺に肋骨が刺さり、右肩の腱が切れ、胃が負傷し、右目に牙が刺さり、カガチヒュドラの役職【狙毒者】による呪いという名の致死毒を受けているようですね。
よくこれで瀕死の状態でいられます。普通なら死んでますよ。
それにしても、これほどの状態になるまで手出しすることを禁じるとは、存外あの人もドSといいますか、人でなしといいますか……まぁ、理由はだいたいわかりますけどね、あの人ですし。
だいたい、あの駄目仙人が面倒事を起こすのが問題ですね、まったく。いい歳して“太公望”なんてイタい名乗りまでして、恥ずかしい。
私は内心で愚痴りながら、瀕死の彼を丁寧に抱き抱え、大蛇門を開き、懐かしいところへと向かいました。
……あ、これは使えそうですね。持っていきましょう。
――――――――――――
大蛇門の中にある“魂魄墳墓”は小さめのコンサートホールほどの広さに反し、その中心に真っ黒な刃がない刀が突き刺さった台座があるだけです。
私はその台座に近付き、彼をその近くに横たわらせ、刀を引き抜いてから彼に突き刺しました。
「うぐぅ」
若干今、呻き声が聞こえた気がしますが、治療行為ですし、カガチヒュドラ相手に勝って死んでない以上、これぐらいでは死なないでしょう。
さて。あとは私が接続すればいいだけですが、
「やれやれ。高町君の言う通り厄介者が来ましたか」
面倒な気配を感じたので入り口の方を見ます。
そこには少年と男性がいました。
男性の方は神官のような衣装、少年はギリシャ神話の神々が着ているような布を纏っているところと背中から生えている鳥のような羽から見て、わかりやすすぎる存在に、私はため息をついて、彼らをジッと睨みました。
あちらはあちらで、私を見て、仰々しそうに忌々しい演技ぶった挨拶をしてきました。
「白と黒の侍従服の女……『無貌の魔王』の懐刀、ムサシ・カノウ殿とお見受けいたします。」
「忌々しい末端程度のゴミのような最下位の天使ごときが私の名を呼ぶとは実に不愉快ですね」
私、嘉納武蔵は青年を睨んだまま、メイド服に隠し持っている投擲用棒手裏剣を構えます。とりあえず青年の方は天使系ですね。
あちらは私の言葉にピクッと反応してから、少年が苛立たしそうに、
「薄汚い魔族の女が我らを愚弄するか!!
我らを大天使ウリエル様の使徒と知っての発言か?」
と傲慢に、虎の威を借る狐発言を言ってきました。
やはりあの脳筋駄天使は眷族も低脳で品がないですね。
さて、こちらの少年はキューピッド系ですか。
本当に下っ端の雑魚のようですね。
「やはりあの脳筋駄天使の手先の者でしたか。
カガチヒュドラを打倒もできない実力者の癖に頭が高いですよ?」
「我らが主、ウリエル様を愚弄するか、薄汚い魔族!!」
「愚弄?事実を述べているまでですよ?
それで。あなた方の目的はなんでしょうか?
まぁ、おおよそ見当はついてますよ。あなた方はこの刀にある魂が欲しいのですよね。
これだけの量あるものを持ち帰れば出世は間違いないでしょうからね。そちらの雇用形態がどのようなのかは詳しく存じ上げませんが。」
「わかっているのなら、貴殿の横にある死体の魂とそれに刺さっている29もの上質な魂が封じられた刀を本来の仕事として回収させていただきましょう。
そうだ。ついでに、あなたも浄滅させ、天へと連れて参りましょうか。
堕ちたとはいえ、あなたもまた上質な魂のようですからね。」
「お断りさせていただきます、三下様方。
こちらの青年はまだ生きておられており、現在治療中です。
またこちらの刀を奪おうとは言語道断です。あなた方に渡さないために平塚君達は私達の友を封じこめたのですから」
これらのせいで奪われた自由のために戦った彼らを渡すと思っている、この傲慢さが実にムカつきます。
やはりろくでなしどもですね、これら。
「……やはり魔族という蛮族には言葉が通じませんか。」
そっくりそのままその言葉はお返しいたします。なんなら熨斗や御中元、その他諸々をつけてもいいぐらいです。
天使とキューピッドの2名はその言葉と同時に私へ光の矢を射てきました。
どうやら私の名を知っていても私の強さを知らない雑魚のようですね。
私は手裏剣を投げて迎撃するフリをして、
「『時元回廊』」
『異能』を発動させました。
すると相手の矢と私の投げた手裏剣は一瞬にして消え、次の瞬間、天使達2名にその攻撃が降り注ぎました。
が、まぁ案の定、障壁を張られたので傷は与えられませんでした。
「ぐっ。おのれ魔族が!!素直に浄滅されればいいものを。」
「忌々しい!!何をした!!」
とはいえ、嫌がらせにはなったようですね。
さて、では更に嫌がらせをしましょう。
「何をしたかバラすほど私はバカではありません。
とりあえず1週間ほどあとに再びお会いしましょうか。
『時元回廊』」
私は言葉と同時に相手を驚かせるために、彼ら同様、背中から黒い羽を出しました。
「なっ!?」
「我らの羽だと!?」
しかし、天使の青年とキューピッドの少年は驚愕し、たじろいだと同時に姿を消しました。
ふぅ。やれやれ。
私は忌々しい羽を消しながら、一息つきました。
嫌がらせのためとはいえ、あれらと同じ羽を生やすのは癪なものですね、まったく。
さて、ようやくですが治療を本格的に始めましょう。
彼らに会うのも久しぶりですね。
刀の柄を握り、私は再び異能を使いました。
「『時元回廊』」




