錬金術師、目覚める
忘れられていそうな主人公君に戻ります
「………ん?」
再び意識を取り戻したとき、僕は暗闇にいた。
いや、岩壁にある光るキノコやコケによって、ぼんやりと明るいから、完全な暗闇ではないけど。
周りを見渡すが、光るキノコとコケがくっついた岩壁、そしてタウロスオーガにとどめとして刺し、穂先がボロボロになった魔槍ゲイボルグが地面に転がっていただけだった。
「……?地面……ゲイボルグ……ふぁっ!?」
ぼんやりとしていた意識が急に平常に戻ってきた。
冷静に考えたらおかしい。
どこまで落ちたのかわからないが、今のように上の光が見えないほどの高所から落ちて、何故僕は生きていられているんだ!?
カチッカチッ
そんな混乱している頭に、何やら石をぶつけ合うような音が聞こえ、ふと後ろをみると……
「ひいっ!?」
暗闇の中で赤く光る眼が大量にこちらを見ていた。
よく見れば地上でも見かけたイナーヴァラビィトだ。
そして、さっきの音は、ウサギに見えて肉食の彼らが獲物に噛み付くときの歯を鳴らす音だろう。
つまり………
「「「「「「キシャァァァアアアアアア」」」」」」
「ひいぃぃぃぃぃ!!!?」
僕を餌と認識して襲いかかってくることは言うまでもない。
慌ててゲイボルグを手に取って収納しつつ、襲いかかってきた彼らから全速力で逃げ出した。
が、日頃の運動不足が祟って、すぐに追い付かれそうになる。
「まずいまずいまずい……どどどどうすれば!!逃げ場はないん……あったぁ!!」
息を切らしながら僕はアレを思い出した。
「出でよ、『どこからでもドア』!!」
すると目の前に木製の扉が出現した。
僕が製作した工房への入り口だ。
それを速攻で開け、入ってすぐに閉めた。
「あ、危なかった……」
命の危機を脱し、僕はその場に座り込んだ。
イナーヴァラビィトは見た目が兎なわりに、狼のような集団狩猟能力に加え、ピラニアのような獰猛さもあるため、1対複数ではまず勝ち目はない。
地上で彼らを狩ることができるのも、群れから離れている、一匹狼ならぬ一匹兎を狙ってだからこそできる。
中には1対1でも重傷を負わされることもあるため気を付けなくてはならない。
それにしても、この工房がなかったら、身体能力が劣っている僕だったら確実に捕まって、食べられていただろう。
……しかし、そうなると意識がなかった間、どうして僕は襲われなかったんだろう?
死肉だと思われた?うーん……わからん。
不思議に思いながら、僕はこっそりドアについた窓から、外の様子を伺う。
どうやらイナーヴァラビィトの群れはここからいなくなったようで、僕はゆっくりと外にでて現状の確認を始める。
周囲から察するにおそらく『奈落』の最下層あるいはそれに準ずる階層だと思う。
というのも、崩落とはいえ穴から落ちたわけだけど、上を見ても光がないことから、光が届かないぐらい下まで落ちたと考えた方がいいと思う。
それに落ちる前のところの周囲には落ちたら助からなさそうな穴がいくつかあったけど、ここでは全く見かけないからだ。
あと、今いるところは緩い傾斜になっているところから、多分坂の下が奥になっていると思う。
つまり、地上に行くには傾斜の上に向かえばいいはずだ。
「作った作品をいれてる収納空間も問題なく開けるし、森で採取した薬草やイナーヴァラビィトの皮と肉もある。
これだけあればしばらくは大丈夫だろうし、とりあえず地上を目指していこう。
問題はどれぐらいの距離があって、食料は足りるか、ってところだけど……食料は最悪襲ってきた相手を倒して剥ぎ取ればいいかな?」
そんなことを呟いていると、ふと気付いた。
「なんだ。能力で作ればいいじゃんか。穴抜けの紐なり、穴抜けの玉なり、ダンジョン脱出系アイテムを」
そうと決まれば近くにある石をそれなりの数拾い、工房に籠った。
――――――――――――
結論から言おう。
「なんで作れないの!?」
なんども能力を使って生成を開始しても、全く反応しないのだ。
石の生成物を分離させようとしても、いつもみたいに電子配列を変えようとしても何も起こらない。
イメージして物を作ろうとしてもガラクタしかできない。
できたことと言えば、採取した薬草を調合して、薬ができたぐらいだ。
「どういうことなんだ、これ!?
何?反則せずに脱出しろ、ってことなの?
というか、なんで調合はできるのに、生成はできな………まさか」
思い付いた可能性を試すために、鍛冶の知識を動員して、工房にあった前に作った鋼材を溶かし、粗悪品な名状しがたきバールのようなものを作ってみる。
そして生成中に気付いた。
「やっぱり能力が、いや異能が使えない」
イメージする能力で補っていた高速生成ができず、普通の鍛冶速度になっている。
おそらく、『打撃武器なのに斬撃ダメージ』というエンチャントもできてない。
「多分、どういう理論かはわからないけど、異能は働かず、役職能力も弱体化している感じかな?」
原子や電子への干渉は【錬金術師】の領域だけど、それもできないから弱体化は間違いない。
異能『夢幻の創造』の力では物が作れず、知識を使い、能力を使わずに調合した薬は作れた。
以上から、先ほどの仮定に至るわけだ。
「そうなると徒歩で地上まで行かなきゃいけないわけか……車とかバイクとか自転車も作れないから、なかなかこれは厳しいかな」
何せ日頃から体育ではお荷物だし、体力も並みより低めだ。
それに付け加えれば、先ほどのイナーヴァラビィトの群れがいる現状、前進しようにも時間がかかるのは間違いない。
「よし!!悩んでいてもしょうがない。
上を目指して進もう!!」
そう決心して、僕は一歩踏み出した。
――――――――――――
「「「「「「キシャァァァアアアアアア」」」」」」
「ど、『どこからでもドア』!!」
工房の扉を開き、もう数えるのもやめた、何度目かのやり過ごしを行う。
誰だよ、上に行こうとか言ったの。
さっきからイナーヴァラビィトの群れに歩いて5分置きぐらいに襲われて、そのたびに工房に入ってを繰り返しているから、全く前に進めていない。
むしろ後退しているレベルだ。
僕はやり過ごしのために扉にもたれかかり、ため息をついた。
「罠なり装甲車なり創れればいいんだけど、まさか生産チートを封じられるなんて想像してなかったよ……」
真面目な話、八方塞がりである。
……いや、八方塞がりではないか。
「あとは奥、か……」
何度かのイナーヴァラビィトとの攻防によって、後退すればするほど彼らの追撃距離は短くなっていることがわかった。
普通なら、ラッキー、とか思うかもしれないが、イナーヴァラビィトは見た目が兎なだけあって警戒心も高い。
この世界の食物連鎖的にも絶対的捕食者ではなく、中間に位置する、狩ることも狩られることもある存在だからだ。
そんな彼らが一定の範囲しか活動せず、ある境界線から警戒をする、ということは即ち、その縄張り範囲外にはヤバイのがいる可能性が高い、ということだ。
つまりこれより奥にはかなり危険な生物がいる可能性が高いのだ。
「すっごく行きたくないけど……でも、もう奥にいくしか道が無いんだよな……」
僕は渋々覚悟を決め、工房の扉を開き、こちらを遠くから見つめるイナーヴァラビィトの群れに背を向け、奥へと歩み始めた。
――――――――――――
「報告。
例の青年が魂珀墳墓へ向かい始めました。以上。」
『りょーかい。
引き続き監視と警戒を怠らないよう頼んだよ。
何せついにあそこの前にまで連中の一部が空間接続してるからさ。何か起こされる危険性あるから。以上』
「了解です、高町君。オーバー」
『気を付けてね。あとあいつらに会ったらよろしく言っといて、嘉納さん。オーバー』
誤字脱字ございましたらご連絡くださいませ。
ちなみに、黒金君は勘違いをしています。どこかは内緒




