各々、動き始める ―指導者はやはり知らない―
奈落で襲撃を受けたあと、すぐに俺はなずなを慰めに行きたかったが、王様に呼ばれ、先に説明していた清隆と一緒にクラスに事の顛末を伝える用事ができ、先ほどようやく自由になれた。
そういうわけで、遅くなったが、なずなの部屋を訪ねると、
「今はまだ入ってほしくないから、扉越しに話してほしい。」
と言われた。
やっぱり昔から、なずなは優しい子だ。
あんな風に俺たちを助けたようにみせて、その実、魔族と繋がって俺達を殺そうとしていた黒金のことをここまで悲しむだなんて、普通ならできないことだ。
そう思うと、ますます黒金のことが許せない。
清隆によれば、黒金のあのとてつもなく強い剣や、どこからともなく武器を取り出したあの現象、そして苦戦することなく魔物へダメージを与えることができたのは魔族と取り引きしたに違いないらしい。
勇者の中の勇者である俺が苦戦した相手に戦闘能力のない黒金が無傷でダメージを与えるなんて、手引きされていたとしか考えられないそうだ。
清隆にそう言われて、俺も確かに納得せざるを得なかった。
清隆の推論によれば、俺たちを魔族に襲わせ、誰かが死ぬのと引き換えに颯爽と助けに来て、恩を着せるつもりだったのだろう、とのことだ。
話を聞けば聞くほど、そしてなずながそんな奴を相手に悲しんでいると思うと、実に許せなかった。
俺はなずなが元気になれるように明るく声をかけた。
「なずな。黒金は俺達を殺そうと企んで、クラスを裏切った存在だ。
そして、俺らを裏切った代償として、あいつは崩落に巻き込まれたんだから、自業自得だろ?
いつまでも悲しまずに、前を向こうよ」
一瞬、扉の向こうで息を呑んだような間があってから、なずなの震えた涙声が聞こえてきた。
「う、うん。
それでも黒金君はクラスメイトだったし、あんな風に死んじゃうのはひどいじゃん。」
……本当になずなはお人好しだ。
あんな目に遭わされたというのに、それでも悲しむなんて。
やっぱり俺が側にいて守ってあげないと心配だ。
「なずな。
開けてくれないか?
直接、君と話したい」
しかし、なずなは震え声で答える。
「ごめん、一誠君。
今、泣き顔ひどいし、誰にも見られたくないの。
だから、無理だよ」
そう言われてしまっては仕方がない。
諦めて俺はその場から退散した。
――――――――――――
一誠君を最初に入れなくて正解だった。
入れて話していたら、間違いなく感情に任せて平手打ちぐらいはしていた自信があった。
のわちゃんはこれを読んでいたのかな?
だからいつもみたいに一誠君達を入れるな、って言ったのかもしれない。
それにしたって、
「助けてくれたのに、あんな言い方はないよ!!」
私は壁に立て掛けてある槍を見ながら、悔し涙を流した。
一誠君のあまりの言いぐさに思わずカッとなり、その怒りがバレないようにしたら、声が震えてしまった。
しかし、本当に呆れるほど一誠君はあり得ない話を鵜呑みにしていた。
クラスでもまとめ役な一誠君が鵜呑みにして、真実として発言したら、クラスの大半の子はそれを信じてしまうだろう。
つまり、黒金君の冤罪の汚名は完全になってしまうわけだ。
権力と大衆によって定められたことは、もう覆せないかもしれない。
覆そうにも、そうするための情報も知恵も策も権力も何もない。
「私は無力だ……」
込み上げてくる自分の不甲斐なさへの怒り、黒金君を取り巻く絶望的状況への悲しみ。
思わず私は落ち着くために黒金君に創ってもらった槍を手に取り、柄の部分を撫でながら深呼吸をした。
「……だからって、後悔はしない。
私は自分で大見得を切ってまで決めたんだもの。
黒金君が帰ってこれるように、黒金君を守るためにここ残ることを」
そう言って私は自分を励まし、鼓舞した。
そして同時に願った。
黒金君が無事で、また会えるように。
――――――――――――
なずなの部屋から移動している途中、クラスメイトの女子のグループに声をかけられた。
最近な感じのギャル系の子が2人、優等生タイプの子が3人、地味な感じな子が2人の7人グループだ。
「織斑君、大丈夫だった?」
と、心配そうに尋ねてきた金髪ウェーブツインテールで日焼けした、その見た目は完全に遊んでそうなギャルな子は九十九里浜浦風さん。
見た目に反して、というと少し失礼だけど、世話焼きで姉御肌な女の子だ。
「危うく死にかけたって話だったけど?」
と聞いてきたのは、実家は道場で、剣道部所属、文武両道才色兼備な周りのクラスメイト達より大人っぽいポニーテールの神崎佐織さん。
「黒金の奴、裏切るとか最悪ね」
黒金に対して忌々しそうに呟く眼鏡っ娘は、清隆に次ぐ成績優秀者で、クラスの女子をまとめている先の2人のリーダーともいえる西園寺柚木さん。
この3人は主に中心になって、女子を引っ張ってくれる、クラスでもかなり重要人物達だ。
凄いのは、ギャル系グループも優等生系グループもオタク女子系グループも彼女達のおかげなのか、軋轢もなにもなく、非常に仲がいいのだ。
普通ならどこかで揉めるらしい(清隆談)けど、それがないというのは素晴らしいことだ。
俺は彼女達の問い掛けに笑みを浮かべて答える。
「まぁ、危なかったけど、清隆や野分、なずなのおかげでなんとかなったよ。
それにしても、まさかクラスメイトに裏切っている人がいるなんて思わなかったよ。」
「えっと、やっぱり黒金君が裏切ったのは確定なの?」
九十九里浜さんが心配そうに尋ねる。
俺は頷き、真実を話す。
「清隆によれば、黒金は俺を殺すのと引き換えに自分の立場をあげようとして魔族と取り引きしたらしい。
ただ、俺以外の人が殺されかけたから、慌てて飛び出してしまったみたいだよ。」
「マジで?最悪じゃん、黒金。
クラスメイト売るとかマジないわ。サイテー」
「まぁまぁ、海ちゃん。
それで傷は大丈夫なの?」
怒るもう1人のギャルを宥めながら、九十九里浜さんが尋ねてくる。
「傷は大丈夫だよ。なずなに治してもらったからね。」
「へー、高町さんすごー。
回復も攻撃もできるなんて反則じゃん?浦風もできないん?」
「あー、一応できなくはないけど、ユッキーが感嘆するなずなちゃんレベルは無理かなー」
「向き不向きというやつだな。
私も【侍】だから刀を使いこなし戦えるが、素手の戦いでは遅れる相手がクラスにそれなりにいるからな。」
「十分、佐織さんもチートなんですけどね」
いやはや、姦ましいなぁ。みんな仲良さそうでよかった。
俺はやっぱりこういう日常の平和を守りたい、と彼女達の明るい声と笑顔を見て、改めて思った。
「あれ?あそこにいる2人って雪風さんと……球磨川だっけ?あの目が死んでる男子じゃない?」
騒がしくしていた7人の内の1人の女子が指を指した方を見ると、確かに俺の幼馴染みの野分が球磨川と一緒に歩いていた。
何やらお互いに言い合っているようだが、しばらくするとお互いニヤリと笑みを浮かべたり、かと思えば睨みあったりと、仲が良さそうだ。
野分があんなに表情を変えながら男子と喋っているなんて初めて見た。
……なんだろう、凄く面白くない。
「そういえばさ。あの目が死んでる男子って黒金と仲良さげじゃなかったっけ?」
「あー、そういえばそうだったかも。
確か前田君とか園田さん、あと龍造寺さんともよく集まっていた気がするかも。」
「園田も龍造寺も女子グループに特に関わってこないし、よくわかんないよね。」
「そうそう。
よくわかんないけど、何でか前田君に2人とも心酔してる感じだし」
「……球磨川君、だっけ?
彼も黒金君みたいに私ら殺そうとしてるとかあり得るかな?」
「うわ、やっば!!あり得るかも!!
どーする、西園寺?今のうちにどうにかした方が安全じゃね?」
「……まぁ落ち着きなよ、みんな。
別にまだ危害加えられたわけじゃないんだし、無視しといていいんしゃないかな?」
「まぁ、なにかを企んでいても、叩き斬ればいいだけのことだ。問題はあるまい。
ところで浦風。どうした?やけにジッと彼らを見ているじゃないか?
君も彼らに警戒しているのか?」
「べ、べ、べ、別に警戒してないし!!
そもそも球磨川君も雪風さんも見てないし!!」
西園寺さんと神崎さんは他の4人を抑えたが、九十九里浜さんはどうやら警戒しているようだ。
確かに彼女達の発言はあり得る可能性だ。
あの黒金と仲がいいなら、彼らもまた魔族と接触して裏切っている可能性もありそうだ。
とりあえず清隆に相談して警戒しておこうかな。




