錬金術師、巻き込まれる
パチパチパチと拍手の音が聞こえてきた。
「いやはや、お見事、お見事。よくぞ倒した。
と褒めたいけど、合格はそこのぽっちゃり君と高町さん、黒髪のお嬢ちゃんだけだね。」
召喚したタウロスオーガが倒されたというのに、ローブ姿の男はふざけたようにヘラヘラと笑いながら僕たちに告げてきた。
「貴様のわけがわからん試験など知らん。
そして、それについて合否を与えられる謂れはない。
そもそも貴様は倒したら合格などとほざいていただろうが。それを反故にするとはどういう了見だ?」
黒田清隆君が不快感剥き出しで食いかかるが、相手はヘラヘラした笑顔をひっこめ、呆れたような顔をして答える。
「倒したら、って言ったけど、君、ほとんど戦ってないじゃん。艮に攻撃しても倒す気概がない軽い攻撃ばかりで、とてもじゃないけど『生きよう』『倒そう』と思っているようにはみえなかったね。
そっちの何も考えていない【指導者】の青年君も戦わず、むしろ窮地を招いていたし、最後にお膳立てされて剣を振っただけなうえ、ちゃんととどめすら刺せてない。
そんな人達と、最初から倒す気で戦っていた彼女達と、途中から助けに入って一心不乱に戦ったぽっちゃり君が同じなわけないだろ?
それに不合格の君たちに僕がわざわざどうして試験目的を言わなくちゃいけないのさ。不合格者は不合格者らしく、立場を弁えなよ。」
その声には不合格と言った2人を明らかに蔑んでいる感情が混じっていた。
黒田清隆君は忌々しそうに睨むが、相手はそれを無視して僕たちに話しかけてきた。
「じゃ、まぁ、とりあえず合格した子達も今は王国に返してあげるけどさ。
事が起こったら、君たちを迎えに来るから、よろしくね」
彼が発言のよくわからない意味を尋ねようとした瞬間、雪風野分さんは氷の魔術による弾丸を生成し、相手へ撃ち込んでいた。
しかし、相手は咄嗟に避け、氷の弾丸は地面に当たり、そこを一瞬で凍結させた。
相手は驚愕したように声をだした。
「うわ、危なっ!?もうちょっとで凍らされるところだったんだけど!?」
「のわちゃん!?」
高町なずなさんが親友の突然の行動に驚き、尋ねるが、それをスルーして彼女は不快感を露にした声で、
「何が『事が起こったら、君たちを迎えに来るから、よろしく』よ。
この世界は誘拐に対して何の悪びれもないのかしら?勝手すぎだと思うわよ。
そもそも、貴方が何者か知らないけれど、王国に所属する騎士を殺した時点で重犯罪者よ?今、ここで捕縛されても文句は言えないのよ?」
と批難をした。
すんでのところで回避した男はため息をついて続ける。
「いや、まぁ、そう言うのもわかるよ。黒髪のお嬢ちゃんは正論だ。
仮でも王国に所属していた騎士を殺したうえ、君たちに試練として『艮』タウロスオーガを差し向けて、あげくそのうち連れに来るからって、どう考えても犯罪者だね、うん。自分で言っててもドン引きだよ。
ただ、まぁ、僕も組織の上からの指示だし、断れないのよ、目的のためにはさ。」
あれ?なんだろう。今の言葉、どこか引っ掛かる部分があったような……
「目的?他者を殺し、同意を得ず人を連れ去ることが目的だなんてこの王国と同じね」
雪風野分さんの皮肉というか、毒舌を相手は苦笑いしながら受け答える。
「うわぁお……サイト君と同じようなこと……まぁ、事実その通りのようなものだからねぇ。否定できないし、しないよ。少なくともあの王国に関しては。
ただまぁ、僕らの組織の目的は君たちを連れていくことだけじゃないからね。
僕らはただ、あの憎いクソ天使共を討伐したいだけだから。」
ふぁっ!?
待って、ちょっと待って。天使達の討伐を掲げているってつまり……
「まさか貴方は魔族なんですか?」
この世界の知識によって知っている僕が恐る恐る尋ねると、その言葉に他のみんなも驚きつつ、警戒心を一気に高める。
彼は目を見開いて驚いたが、すぐ苦笑しながら、手を叩き、
「いやはや、これは驚いたよ。
ご明察。俺はあの忌々しいクソ天使共に『魔族』って定義された存在だよ。」
と実に忌々しそうに言い放った。
魔族。
この世界において、最も信仰されている『天使教』に敵対し、数多くの国や天使教の施設を攻撃、破壊してきた存在だ。
天使教の伝承によれば、魔族達は500年ぐらい前に突如現れ、天使達が仕えていた女神を殺し、世界を我が物にせんとしようとした存在らしい。
また、その女神を殺した際に、『十魔王』と呼ばれる女神や天使達と敵対していた強大な力を持つ存在とも繋がって、人間界を恐怖と絶望で支配しようとしていたそうだ。
で、その中でも特に魔族との関わりが強かったとされるのが、『魂を見透かす魔王』であり、それを葬ったのが天使の祝福を受けた勇者【指導者】なのだ。
そういう出来事があったため、天使達を崇めるようになってできたのが天使教だそうだ。
その500年前以降もたびたび魔族は様々なところ ―主に天使教の聖地と定められているところや天使教を信仰していない国― で目撃されており、また破壊活動も起こしていることから、未だに世界を我が物にせんと画策しているのだとか。
ただ、魔族と呼ばれる存在も様々な種がいるらしく、例としてあげれば、異世界召喚のお約束であるエルフも、亜人と魔族に分類されているそうだし、『魔獣人』と呼ばれる動物的特徴を持った、要するに獣っ娘とかは、大半が魔族扱いだ。
特に犬耳を持つ【人狼】族と、狐耳を持つ【妖狐】族は完全に魔族扱いであり、天使教の国では討伐対象になっているぐらいだ。
それから妖精も魔族と定義されており、彼らの力を借りて行う妖精魔法と呼ばれる魔導は今では宗教によって禁術扱いされている。
正直、天使教が定めるあやふやな魔族の定義や、いろいろな知識から判断するに、魔族とはただ単純に天使教に敵対している存在のことを指しているだけじゃないかなー、と僕は思っている。
魔族は女神を殺したと天使教では言われているが、その魔族と定義する存在の中には女神の1柱である『生と死、そして輪廻転生を司る炎の女神【常世神】コットリオン』を信仰している『猫又族』などもいるわけだし、そもそも、天使信仰に女神信仰がすげ替えられているなど、いろいろとおかしい部分がないとは言えない。
が、魔族と呼ばれる存在がテロリスト的活動をしている部分があることを考えると、流石に宗教が勝手に敵対者にしている、とは言いきれないのも事実だ。
「はぁ、やれやれ。
ぽっちゃり君は意外と鋭いなぁ。情報とか日本に比べたら、規制とかされているから、完璧にバレないと思ってたのに、まさか天使倒したい、って言っただけでバレるとはね。
まだ1ヶ月しかこっちで経ってないんでしょ、日本から来てさ。
よく知っているよ、まったく。」
やれやれ、と肩を竦める魔族の男の発言に僕たちは息を呑んでしまった。
まさか魔族から、日本の名前を聞くとは思ってもみなかったからだ。
「貴方は、やっぱり……」
僕が仮定した500年前に召喚された人物か尋ねようとしたときだった。
ピシッピシッ
「えっ?」
嫌な気配がする音が聞こえた次の瞬間、突然の出来事が起こった。
先ほどの戦いのせいなのか、下が奈落の空洞であるこの洞窟の床の一部が抜け落ちたのだ。
その崩落は僕とタウロスオーガの首がない死体、そして魔族に殺された副団長の死体を道連れにして。
突然すぎて僕は現状を理解できず、ただ落下し始めた。
「黒金君!!」
「ダメよ、なずな!!貴女まで巻き込まれるわ!!」
僕に手を伸ばし、一緒に落下しそうになった高町なずなさんと、それを止める雪風野分さんの声。
「ちっ。振り戻しがもう来たのか!!くそったれが!!かのうなら任せた!!」
そして魔族の男の大声が底の見えない奈落へ落下していく僕に見え、聞こえた最後の光景と音だった。




