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連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜  作者: 川島 晴斗
第三章:呪詛のパッション
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第十二話

 文化祭前日、今日はリハーサルをやった。

 舞台に立つのはちょっとだけで演奏はなかったけど、それは部室の方で。

 まだまだ雑なところも多いけど、2ヶ月超の練習もあって、演奏については問題ない。


 ただ、歌が少し難しいようだ。

 理優と環奈の2人で歌うのはそうだけど、コーラスが思いのほか合わないらしい。

 聴いてる方としても、難しいコーラスなのは伝わってきた。

 単調なコーラスの部分でも、強弱1つで台無しにしてしまうから。


「……難しいかなぁ。結構長いしねぇ」


 曲の止まった視聴覚室にて、環奈が頭を掻いてボヤく。

 歌の中で環奈は超低音の声も出し、声の強弱も万全でとても上手い。

 だけど、理優は初心者だ。

 歌を歌ったこと自体少ないだろうし、声量が少し難があるらしい。

 別に、声が出てないんじゃない。

 強弱ができず、環奈が強く言うところで同じ声量で言ってしまうぐらいだ。


「……私じゃ無理、かな?」

「ううん、そんな事ない。ただ、やっぱ苦しいね。どうするリーダー?」

「え? 僕?」


 突然環奈が僕に目を向けてきた。

 演奏については一番上手いんだけど、歌詞考えたのは環奈だから、修正とかはそっちでして欲しいんだけど……。


「……瑞揶が能力使ってくれるしかないと思ったんだけど?」

「あ、そういうこと……」


 どうやら用があるのは僕じゃなくて超能力らしい。

 確かに、今回の演奏はどうしても失敗できない。

 超能力を使うのはやぶさかじゃないけど、できる限りは練習で何とかして欲しい。


「……なんかダメそうな顔してるね。とりあえず、誰か見本になれない? 歌詞はどうせ全員覚えてるでしょ。男でもいいから手本してよ」

「……じゃあ私がやるわ」


 環奈の言い出した無茶振りに沙羅が応じる。

 沙羅が歌っているところなんて見たことがないけど、彼女は歌えるんだろうか?


「……沙羅、名乗り出たからには中途半端は許さないよ?」

「大抵のことは見ればできるわ。聞くのも然り。一回、演奏はCDだけでやりましょ」

「だねっ」


 沙羅の提案は環奈に受け入れられ、沙羅は学校で貸し出してるCDラジカセを取りに行った。

 人間なら重たいであろう機械の持ち手を軽々と持って教室にあるコンセントに繋いだ。


 曲をCDに残していたのは、理優や環奈の自主練のため。

 環奈は家でできないだろうけど、理優はうちでやっているから。


 CDを入れ、環奈と沙羅が教壇に並ぶ。

 部活の他のメンツは2人が正面に見える位置に立ち、歌を聴くため口を閉ざす。


「理優、再生して」

「う、うん……」


 環奈が理優に頼み、再生ボタンが押された。

 ラジカセから少しノイズのある、なだらかな曲が飛び出して教室を音色で染め上げる。


 それから2人は歌った。

 振り付けなんてものはその時の身振り手振りに任せてたけど、沙羅と環奈はシンクロしていたと言っていい。


 圧巻だった。

 環奈のコーラスに、沙羅は完璧に合わせていた。

 普段聴けない沙羅の歌声は美しく、優しく、環奈の作った曲のイメージを伝えてくれる。


 この曲は理優と葉優さんの仲直りを模した歌。

 理優は優しいソプラノ、環奈は母を演じた重いテノールを主にしている。

 2つの相反する曲調が最後には優しい一つのものになる歌詞。

 沙羅は歌のテンポも、音の強弱も、ブレスの位置も、ほぼ完璧にこなして見せた。


 CDが流れた後は、誰も声を出せずにいる。

 もともと環奈の作った曲は民族的な側面を持ち、なおかつ神秘的だ。

 だから聴いた後は浄化されたように声も出ない感動が押し寄せるのはわかる。

 だが、それが完全な歌ならば、最早涙を流す域だ。


「……凄い」


 実際、僕は目元に涙が浮かんでいた。

 ナエトくんも目の前で聴いて感動したのか、後ろを向いている。

 瑛彦とレリは、ハイテンションになっていた。

 この2人は涙を流したりしなさそうだから仕方ないかな……。


「…………」


 本来これを歌う理優は目を丸くしていた。

 声を重ね合いシンクロした2人と自分の差を感じてるのか、少し気後れして眉を下げている。


「……びっくりしたよ、沙羅。ウチ誰かとこんなに気持ち良く歌えたの初めてだわ」

「曲と歌い方を想像すれば、後はそれを声にするだけでしょ? こんぐらいならいつでもできるわ」

「ほへーっ」


 歌い終わった2人がそんな会話をしている。

 しかし、すぐに沙羅はくるりと身を翻し、理優の元へ向かった。


「どう? 参考になったかしら?」

「え? あ、うん……」

「……歌うのは、あくまで貴方よ。アンタが母親に想いを届けるんだから、しっかりなさいっ」

「う、うんっ」


 ぐりぐりと沙羅が強く理優の頭を撫でる。

 少し痛そうだけど、理優は笑顔だった。

 ここまで来たんだから、明後日の本番には結果を残そう。

 理優と葉優さんの、仲直りを――。







 姉さんとは一時的に別れたけど、実際には携帯で話せる。

 そのためには少し高いプランが必要らしいけど、瑞揶はニコニコ笑ってオッケーしてくれた。


 私は寝ると言って自室に篭り、姉さんと電話で近況なんかをさっきまで話していた。

 最近は色々あったから、あれこれ話しているだけで30分近くになってしまう。


《さーちゃんも大変そうだね。私は……大変? 大変かな?》

「いや、私に聞かないでよ」

《じゃあ、大変だよっ》


 それからは姉さんの話を聞く。

 なんでも、正当な王子とかが姉さんを認めなくて決闘したものの、王子を返り討ちにしたとか。

 そんで色々と料理を勧められたり、お見合いをさせられたり、毎日スケジュールが詰まっているようで。


「てかお見合いって何よ?」

《あー……普通に、お見合いだよ?でも、私は若いから、まだお見合いは早いよね?》

「……姉さん、瑞揶の事好きなんでしょ?いいの?」

《あははっ。そうだけど、ずっと家族なのは変わらないし、瑞揶くんはそう……私とは合わない。もっと強気で彼の背中を押せる……さーちゃんみたいな人が似合うよ》

「……そう」


 似合うと言われ、少し顔が熱っぽくなるのを感じる。

 ……まぁそうね、人を励ましたり背中を押すのは、人間界(こっち)にきてからはよくあること。

 私が似合う……瑞揶と?

 今まで家族としてやってきたんだから、否定はしないけど……。


《……さーちゃん?》

「え?」

《黙っちゃうなんて珍しいね? どうしたの?》

「な、なんでもないわっ。それより、ほらっ、文化祭これない?」

《えっ?急に私が席を外すのはちょっと無理かな……》

「そ、そう。うちの部活の所は録画してもらっとくから、帰って来たら一緒に見るわよ!」

《うんっ!》



 元気のいい返事が電話の向こうから帰ってくる。

 なんとか話をそらすのは上手くいったようだ。

 我が姉ながらチョロ過ぎる。


「じゃあまた電話するわ。おやすみ」

《うん。おやすみ、さーちゃん》


 そうして電話を切り、携帯を充電器に差し込む。

 充電を確認するランプが点灯したら、私はふうっと息を吐いてベッドに倒れこんだ。


「……瑞揶、か」


 改めて考えてみると、変な話だ。

 なんで今更、って思う。

 今まで私は、瑞揶の事を妹みたいな存在だと思ってたはず。

 家族で優しくて、家事ができて……。

 なのにどうして急に。

 彼があの甘い言葉を言ったから?

 否、だってアイツはいつだって平然とああいう事を口にする。

 じゃあなんだろう?

 私は――。



 コンコン


「沙羅ーっ、起きてるー?」

「!?」


 突然のノックに私は跳ね起きた。

 扉の奥から聞こえた声は瑞揶のもので、私は安堵の息を吐き出す。

 まぁ今の思いを口にしていたわけじゃないから構わないのだが。


「起きてるわよ。どうぞ」

「はーい」


 ガチャリと扉が開き、パジャマ姿の瑞揶が顔を覗かせる。

 部屋の中にいる私を見つけると、たどたどしい足取りで中に入ってきた。


「何の用? 明日は文化祭でしょう?」

「あ、うん。その事でさ、ちょっと聞きたいことがあって……」

「はぁ……そう」


 なんだかやるせない気持ちになる。

 わざわざ部屋に押しかけてきて話す事が明日の話。

 まぁ、家族としてはこれが正しいのだし、日常的なことだ。


「で、明日がどうしたの?」

「えっとね……その……」

「……?」


 少し言い淀む瑞揶。

 今更何を言い淀む必要があるのか、隠し事を間柄でもないだろうに。

 隠し事してる私が言えたことじゃないけど……。


「……沙羅、さ? 明日は誰かと文化祭回ったり、する?」

「ん? あー、そういえば回ること考えてなかったわ。準備頑張り過ぎて遊ぶつもりは無かったし」


 そのおかげで我が1組はとんでもない完成度になっている。

 超能力と魔法を駆使すれば、そんじょそこらの屋台よりも店っぽくできるんだけど、気が付いたら蛍光灯を撤去してシャンデリアにし、オレンジ色の明るさを放つ高級感のある料理店に変身していた。

 机も全部魔法でどけて大理石でできた物を使い、白いテーブルクロスを敷いている。

 床も赤いカーペット一色にしてるし、花瓶や絵画が飾られ、窓の外は魔法でビル街の夜景が映るようになっていて、高貴になった気分を味わえる。

 料理は値が安くも瑞揶やその他料理が趣味な子が担当するため文句無し。

 ウェイター、ウェイトレスはタキシードとメイド服で出迎える。

 メイド服は高級感を損ねるとも思ったが、時代の流れという男子の意見に負けてしまった。

 瑞揶だけはにゃーにゃー言ってたけどね。


 そんな文化祭での事を思い出しながら、遊ぶとしたらどうするか考える。

 実際は自分のクラス以外の出し物すら記憶にないから、てきとーにぷらぷらするのは間違いないのだ。


「……じゃ、じゃあさ……」

「ええ」

「……僕と一緒に回らない?」

「…………」


 頭の中が真っ白になった。

 あんだって?一緒に回って?


「……沙羅、ダメ?」

「そんなことないわ! 行く! 絶対一緒よ! 約束だからね!?」

「わぁあ、ありがとーっ!」


 私が承諾したのが嬉しかったのか、勢いよく瑞揶が抱きついてきた。

 私はそれを受け止め、えへへ〜と笑う瑞揶の背中を撫でる。


 ああ、この落ち着く暖かさ。

 これはやっぱり、瑞揶にしかないもの。

 どんなに荒れた心でも癒してしまいそうな優しさがここにあって――やっぱり私は、コイツの事が――。


 胸の鼓動が聞こえる。

 平坦で静かな空気の中、暖かな人肌と一定の心拍音だけが私を占領した。

 この穏やかな落ち着きを手にすると、ずっとこのままで居たいと思えてしまう。


「……沙羅、そろそろ寝よーよーっ」

「……うん?」


 その時になって、私の静かな世界は終わりを告げる。

 彼の胸の中で首を回し、時計を見ると15分は経っていた。

 そんなに経っていたか。


「……ごめんなさい。邪魔したわね」

「ううん。なんか抱きつくと落ち着くし、気にしなくていいよ?」

「……そう」


 笑顔で語る瑞揶に私は安堵した。

 自分1人がこんな気持ちになるなんて、阿呆らしくも思える。


 瑞揶は私からそっと体を離した。

 少し名残惜しくあった彼の暖かさが離れ、心が少し寂しくなる。


「……おやすみ、沙羅。また明日ね」

「ええ、また明日……」


 彼が笑顔を向けてきたけど、私は顔を伏せて返した。

 どうせ自分が赤面しているのは、容易に想像できたから――。


 彼が退室し、私は1人ごちる。


「……なんで好きになっちゃうかなぁ……」


 その疑問に答えてくれる声は、どこにもなかった。

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