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連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜  作者: 川島 晴斗
第三章:呪詛のパッション
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第四話

 結局その日、理優のお母さん――工藤葉優(はゆ)さんを回復させるか否か結論は出ず、夕刻になると僕らは帰宅することにした。

 病院の入り口前に出ると、大分傾いた太陽が暖かい光を放っている。

 ここまで送りに来てくれた理優に、沙羅が声を掛ける。


「理優、帰りに響川家(うち)に寄りなさい。瑞揶が料理作ってくれてるから」

「僕何にも言ってないでしょーっ! ……でも、作っとくよ。理優、あまり食べてなさそうだから、ちゃんとご飯食べるべし〜っ」

「……うん。ありがとうね、2人とも」


 理優は優しい微笑みと謝辞を返し、僕と沙羅も微笑み合う。

 と、そこに瑛彦も便乗してきた。


「あ! 俺も行く! つーかこのまま行く、瑞っち!」

「むあーっ、材料足んなくなっちゃうよ〜っ。僕は買ってくるから、2人は家に行ってて〜」

「いえーいっ! 行くぜーっ!」


 瑛彦が僕に無理やり肩を組み、空いた手を振り上げて喜びをアピールする。

 アバウトだなぁと思いつつ、瑛彦も元気になったようでなによりだ。


「私は面会終了時間までいるから、また後でね……」

「待ってるわよ」

「理優っちが来なかったら俺が2人分食っちまうからな。なははははは」

「瑞揶、この馬鹿は出禁でいいんじゃないかしら?」

「……いいって言いにくいなぁ」


 そんな事をうだうだ言っているうちに空は紫色に染まる。

 時間を無駄にするのは得策ではない。

 一度僕達は、ここで別れた。







 友人を伴って響川家に着く頃には空は真っ黒だった。

 星はあまり見えない、とは言え外に出てみるような真似も私はしない。


「うーっす!」


 廊下の電気を勝手に付けて靴を放り、上がりこむのは瑛彦。

 この無鉄砲で能天気なところを見ると、理優が余計に可哀想に思えたりして嫌になる。

 私も玄関を上がり、やるせない声で「ただいまー」と言った。

 玄関にカバンを置いてリビングに向かうと、既に電気が点いていて、瑛彦がキョロキョロ周りを見渡していた。


「あれ? あねさんは?」

「実家に帰省中……ね、うん」

「そうかい、残念だ」

「…………」


 この男はほんとしょうもないわね、という言葉は一先ず飲み込んでおく。

 口喧嘩してたって仕方ないから。


「ちなみに聞いとくけど、瑛彦。アンタ家事できる?」

「それは未来の嫁にやってもらうつもりだぜ」


 コイツに嫁が貰えるのか。


「じゃあ座ってテレビでも見て待ってなさい……。私はお風呂掃除して沸かしてくるから」

「おお、生活感あるねぇ」

「ま、とりあえず着替えてくるけど……付いてこないでよ? 来たら殺すけど」

「まだ命が惜しいし、アクロバティックにリモコン操ってテレビ見てるわ」

「……来ないならなんでもいいけど」


 ツッコむのも面倒になって私は2階の部屋に向かった。

 自室に入ってすぐ扉を閉め、更に魔法で結界を貼り、適当な半袖短パンに袖を通す。


(そういえば……)


 ふと着替えている間に思い浮かんだこと。

 それは、理優が瑛彦を好きだったような、そんな気がしたのだ。

 あんな可愛い子なら瑛彦も大歓迎だろうし、くっ付いてくれれば理優も元気出るでしょ。


 しかし、瑛彦が理優をどう思ってるかも一応聞いてみたい。

 そんな訳で、着替えを済ませた私は再びリビングに戻った。

 腹にリモコンを乗せ、ブリッジをしながらテレビを見る瑛彦に尋ねる。


「ねぇ瑛彦、アンタは理優の事どう思ってるの?」

「あん? つーかこの体勢見て言うことがそれなの?」

「良いから答えなさいよ」

「ほう」


 ブリッジする体が倒れ、フローリングに寝転がる瑛彦。

 少し思い悩んでるのか、口を噤んで目を伏せる。

 しかし所詮は瑛彦で、閉じた口はすぐに開いた。


「どう思うっつわれたら、可哀想だと思う。人を傷つける能力って、嫌だよな。持ってるだけで嫌われんじゃん。しかも捨てらんねぇしさ……もしも自分がそんな状況だったら、やっぱり嫌だしな……」

「……そ」


 思った事と違う回答が返って来たが、普通に考えれば今は理優の能力についてが問題になってるんだから仕方ない。

 だったらもっとストレートに言ってみよう。


「瑛彦、理優のこと好き?」

「嫌いだったらこんなに理優のことで考えねぇよ」

「…………」

「……なんだよ、その目は」

「いや、やっぱり瑛彦は瑛彦なのね、って思っただけよ……」

「あん?」


 寝転んだ瑛彦が訝しげに眉をひそめるが、もう無視して私は風呂場に向かった。

 コイツもコイツで話の意図を全然理解してくれないから困る。


 それから20分ぐらいして、瑞揶が買い物袋を(ひっさ)げて帰ってきた。

 時刻は19:30、今から作るとなると早くても20:30ぐらいになりそうだ。

 そう思っていたが、私がお風呂を沸かす頃にはもう出来上がっていた。


「ごめんねっ、時間掛かると思って手早く作れるシチューにしたの。パンも買ってきたから付けて食べたりすると美味しいのです〜っ!」


 制服にエプロン付けた瑞揶が食パンの袋を両手に万歳する。

 いつものおかず3品ぐらいとご飯、味噌汁ありの食卓からするとみみっちい気もしたが、こんな日も悪くないと思えた。


 3人でテーブルを囲み、まだ残暑が残って暑いけど野菜たっぷりのホワイトシチューを食べる。

 ……ポタージュ状なのに、意外とあっさりしていて美味しい。


「この分なら、瑞揶は働くのに困らなさそうよね。どこでも料理作れそう」

「女だったら家政婦とかメイドとかになれたのに。いや、じゃあ執事か?」

「僕が執事か〜。誰に仕えるんだろ〜?」

「私でしょ」

「……給料が心配だにゃー」


 意気消沈とさせてちょぴちょぴと瑞揶がシチューを掬う。

 もちろん家族に給料なんて払わないけどね。


 その時、インターホンが鳴った。


「にゃーにゃーっ」


 無機質なベル音に反応して瑞揶が立ち上がり、ドタドタと玄関の方に向かって行った。

 それから10秒と経たずに、新しく人を招き入れて戻ってくる。

 一緒に居たのは、病院で別れ際に誘った理優だった。

 この家に来るのは2回目だろうに、何を気にしてるのかもじもじと肩を揺らしていた。

 気をまぎらわせればと私は理優に話し掛ける。


「いらっしゃい、理優。どっか適当に座んなさい。この家では遠慮なんて無用よ」

「そうだぜ。俺なんてさっきからテレビしか見てなかったし」

「アンタはホントに何しに来たのよ……」

「んー……沙羅っちの部屋に忍び込んで下着の一つでも――グヘッ!?」


 皆まで言い終える前にゲンコツを食らわせて黙らせる。

 瑛彦の顔が真下にあった彼のシチューに埋まったが、もう大した温度じゃないだろう。

 ゆっくりと、にちゃあという気持ち悪い音を立てて瑛彦が顔を上げる。

 うん、真っ白ね、キモいわ。


 私と瑛彦のやり取りを一部始終見ていた理優は苦笑を、瑞揶はボケーっと見ていた。


「あ、理優。こっち座りなさいよ」

「え……あ、うん……」

「顔洗ってくるんだぜい……ついでに下着を取ってくるんだぜい……」

「瑛彦の分追加しとくねーっ」

「そんな事より監視して来なさい、私の執事」

「畏まりましたにゃー、お嬢様っ!」


 そんな感じで瑛彦と瑞揶が退室する。

 いいのか、こんなにのほほんとしていて。


「……フフフッ。みんな、楽しいね」

「…………」


 まぁ、理優が笑っていたからよしとしよう。




 夕食を終えると、2人を泊めようと瑞揶が提案し、私も了承、瑛彦はそもそも泊まる気でいたようで、理優も渋々だったけど泊まると言ってくれた。

 まぁ、全員家が遠くないから歩いて帰れるしね。


 女性陣が先に入浴を済ませ、男性陣が後。

 理優が瀬羅の服じゃないと袖が通らなかったのは納得がいかない。


 男性陣も入浴が済むと、トランプをやったりドラマを見たりして過ごして、楽しむ。

 そういえば明日はテストだったな、と思ったけど瑛彦以外が大丈夫だろうし、成績に入らないから気にしないでおこう。

 この事で理優が気にしたら、また気まずくなるから。


「ふっふっふー、10時なのです〜。みんなおやすみ〜っ」


 22時を過ぎると瑞揶が立ち上がり、寝る準備をしに行った。

 それからはもう戻ってこないだろう。


 ちなみに、1階の客間を理優が使うことになっていて、もう空き部屋がないから瑛彦は瑞揶の部屋で布団を敷いて寝ることになっている。

 瑞揶がベッドなの?とも思ったら瑛彦はいつも布団で寝てるとのこと。

 私も布団で寝た方がいいのよね、落ちないし。

 あれがいい目覚ましでもあるから、微妙な所だ。


 そんな余談をよそに、私にも眠気が襲ってきた。

 理優もまぶたが閉じかかってて寝そうになっている。

 ここは私が先に寝れば2人きりよね、なんて。


「私もそろそろ寝るわ。あとは2人で仲良くするのよ」

「ひぇ!?」

「おー。おやすみなー、沙羅っち」


 私が席を立つと理優は眠たそうな顔を驚かせ、瑛彦だけはいつも通りにしていた。

 あとは2人で仲良くやってくれればいいなって、自分でも面倒見がいいと思いながら床につくのだった。







 響川家のリビングに、私は瑛彦くんと2人きりになってしまった。

 ママの事があるのに、すぐ近くに居る彼を見ると何も考えられなくなってしまう。

 テレビから視線を逸らし、完全に硬直した私に瑛彦くんが気付いて、笑顔を作った。


「理優っち、どうしたよ? 俺がテレビ見てたら暇か?」

「え……いや、そういうわけじゃ……ないけど……」

「ぬははは、まぁ心配すんなよ。お前の友達はスゲェ奴ばっかだ。辛いことがあっても、なんとかなっちまうって」

「……うん」


 素直に瑛彦くんの言葉を是正する。

 みんな、特に沙羅ちゃんは凄い。

 私も、どれだけ彼女の言葉に励まされたか……。


 沙羅ちゃんに感謝を込めていると、瑛彦くんが寂しそうに笑みを作って、遠くを見つめた。


「俺もさ、周りの奴と比べたら微力だけど、理優っちのためになれるよう頑張るからよ……」

「瑛彦くん……。ありがとう、ね……。私も、私自身が、もっと頑張るから……」

「焦んなくてもいいからな。理優の母ちゃんのこと、もっと落ち着いて、しっかり考えろ」


 そう言って私の頭に手を置き、優しく撫でてくる。

 なんの躊躇いもない彼の励ましに、ほんのりと涙が出る。

 私なんて取り柄もないし、今回みたいな大事を相手にするのは面倒なはず。

 なのに……全然嫌そうじゃなくて、協力するって……。


 彼は自分で微力って言ったけど、全然そんな事はない。

 貴方の明るさが、とても好きだから。

 だったら私も、精一杯頑張ろう――。


「……うん。私、頑張って決める……。ありがとう、瑛彦くん。私……」

「……。泣くんじゃねーよっ。笑顔だ笑顔」

「……うんっ」


 私は涙を拭いとり、無理に笑顔を作って笑って見せた。

 痩せこけた顔で笑顔を見せるのは少し抵抗があるけれど、それでも彼は笑って返してくれるから――。


 それから話すことにちょっと困って、もう眠ることにした。

 明日には、私も決めよう。

 そう心に決めて――。

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