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連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜  作者: 川島 晴斗
第二章:収束するアンサンブル
85/200

第三十二話

気付いたら8000文字でした。

二章はこれにて終了です。

 8月もいよいよ最終日となり、響川一家では午前に僕と瀬羅ちゃんで家事をこなし、午後は買い物からのパーティー用の買い出しに行ったり、その後は準備に入った。

 3人でキッチンに立つと少々狭いけど、みんなで料理を作るのは楽しかった。


 花火を片手に食べれるサンドイッチや、爪楊枝(つまようじ)を刺して食べれる唐揚げ、一口サイズのハンバーグを作って、夜になったら庭で花火開始っ。


「見て見て沙羅〜! シューシューいってるー!」

「はいはい、そうね」


 ロケット花火を片手に、縁側に座った沙羅に感想を言ってみるも冷たくあしらわれる。

 だけど彼女も楽しいのか、微笑んでいた。

 沙羅の手には線香花火があって、パチパチと音を鳴らしている。


「人間界の唐揚げって美味しいね〜」

「姉さん、アンタさっきから食べてばっかじゃない」

「むぐっ!?」

「太るわよ?」

「ひ、酷いよさーちゃん〜……」


 お皿に料理を山盛りにしている瀬羅が「太らないもん、太らないもん」と涙目で沙羅に訴えていた。

 体重なんて気にしたことないけど、女性にとっては問題らしい。

 まぁ、沙羅を見る限り、太るとは思えないんだけどね。


「ロケット花火って両手で8本持てるね〜」

「危ないからやめなさい」

「はーいっ」


 全部の指の間にロケット花火を指してみるも、沙羅に止められる。

 なんだか沙羅がお母さんのように見えてきた。

 …………。


「ママ〜っ」

「誰がママよ、誰が」

「わわっ、危ないっ!」


 ママって呼んだら線香花火を投げてきた。

 発言には気をつけないと燃やされるかもしれない。

 ちょっとだけ戦慄するのだった。


「ねずみ花火?」

「なんだろうね〜?」


 バラエティー用に買った花火の袋から瀬羅がねずみ花火なるわっかの花火を発見し、二人で火を点けてみる。

 導線が全て燃えた後、花火がくるくる回り、その回転は徐々に激しく同時に激しい火花を放った。


「わっ、わわっ!」

「危ないーっ!」

「……なんて微笑ましいのかしらね」


 叫んで逃げ出す僕らを見ながら、沙羅だけがもぐもぐと唐揚げを食べていた。

 ねずみ花火は危ないから金輪際使う事はないだろう。


 沙羅は保護者のように見るだけで、僕と瀬羅の2人で花火のほとんどを使い切ってしまった。

 残ったのは線香花火だけで、これを3人でまったりと使っていく。

 パチパチと鳴る花火に耳を傾け、2人が微笑みながら手に吊るす火の玉を眺めてるのを、僕も微笑みながら見守る。

 1本、2本……次々に数を減らしていく線香花火。

 最後に残った3本を消化して、花火を終えた。


「……あったかいわね」


 僕がゴミをバケツに入れていると、縁側に座っている沙羅が呟く。

 その隣に座っている瀬羅が、思いついたかのように人差し指を立ててから沙羅に抱きついた。


「さーちゃん、ぎゅーっ」

「……暑いわっ」

「えぇー?」

「花火した後だし、暑いからどきなさい」

「むむーっ。じゃあまた後でね?」

「……。……えぇ」


 沙羅は顔を赤くしながら頷いていた。

 抱きつかれること自体は矢張り、嫌じゃないんだろう。

 その時、瀬羅ちゃんが僕を見てVサインをして来ているのに気付き、僕も微笑んでVサインを返す。

 その様子を見て沙羅は僕と瀬羅を交互に見比べ、溜息を吐き出していた。




 後片付けが済み、時刻は大体21時。

 沙羅はドラマを見るかどうするかで頭を抱えていたけど、録画するということでみんな揃って瀬羅の部屋に集まっていた。

 瀬羅の部屋にはまだ物が少ないけど、沙羅と同じで整理が行き届いている。

 カーテンや収納ボックスは薄緑色で、居るだけで落ち着く部屋だった。

 部屋の真ん中に置かれたテーブルをみんなで囲い、明日の話に入る。


「明日は僕も沙羅も朝から学校だから、朝にお別れ……かな?」

「そう、だね……。うぅ、なんだかブラシィエットに行きたくなくなってきた……」

「今からキャンセルしても、僕達は大歓迎だよー? ねっ、沙羅?」

「キャンセルできるもんでもないでしょうが。ま、1ヶ月なんてあっという間よ。自分の役割を果たしなさい」

「……うぅ」


 沙羅にピシャリと言われ、瀬羅は諦めたようにガックリと肩を落とした。

 そして恨めしそうに顔を上げて沙羅に問いかける。


「なんでさーちゃんはラシュミヌットに行かないの?」

「……ドラマの続きが――」

「えーっ、瑞揶くんに録画してもらえばいいのにーっ」

「HDDがいっぱいなのよ」

「ぶーっ」

「…………」


 目線と口で不満を表すも、沙羅はプイッとそっぽを向いていた。

 ちなみに、HDDの中身がいっぱいじゃないのは僕が知ってる。

 僕が1人だと寂しいのを憂慮してくれてるから何も言えないけど。


「とりあえず瀬羅、嫌な事があったらすぐ帰ってきていいからね?」

「そうよ。姉さんになんかしたら、今度こそ私があの城ぶっ壊してやるんだから」

「い、一応王女扱いで行くから、酷いことはないと思うし、大丈夫だよ……」

「瀬羅に酷い事があったら、僕がソイツに悠久の休日をプレゼントしに行くからねっ!」

「いっ、意気込まなくていいよ……」


 うちの家族に酷い事をするのは僕だって許さないものーっ。

 それから沙羅と2人で瀬羅に寄り付く悪い虫がいたらどうしようと話し、瀬羅が呆れて聞いていた。


 それからこの数日であった事を話したり、瀬羅が楽器を持つなら何を持たせるかと話したり、そんな事をしているともう22時。

 もうそろそろ僕は寝ないと、明日の朝ごはんを作る時間に起きれなくなってしまう。

 寝る準備もしないとだし、話の輪から抜け出すことにした。


「僕、そろそろ寝るね? 明日の準備もあるし……」

「えっ!?」


 テーブルを叩き、瀬羅がガタンと立ち上がった。

 えっ?そんなに驚く事?


「な、なんかまずい……?」

「え、いや……その……」

「……あー、私そろそろ寝るわ。じゃあねー」

「えっ?」

「さ、さーちゃん!?」


 沙羅が棒読みで寝ると言い出し、僕としてはよくわからない状況に。

 沙羅は立ち上がると瀬羅に何か耳打ちし、しれっとした態度で部屋を出て行く。

 一方、瀬羅ちゃんは耳まで真っ赤になっていた。

 ……なんだろー?


「何か僕に話があるのー?」

「えっ、あっ……う、うん……」

「……そっか」


 おどけながらもゆっくり腰を下ろして頷く瀬羅。

 そういえば話すことがあると言っていたのを思い出す。

 1回お預けくらった件を、今話すのだろうか。


「なんでも言ってね? 僕にできることなら、なんでもするから……」

「う、うん……その……あの……」


 瀬羅がしどろもどろになって口をパクパクさせる。

 落ち着くまで僕は黙って彼女を見ていた。

 少しして、胸に手を当てながら瀬羅はゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


「い、言うね?」

「うん」

「わ、私は…………」

「?」


 私は、の後に何か言ってたけど、細々としててまったく聞き取れなかった。

 なんなのかにゃー?


「もう一回言ってもらっていい?」

「あ、えと……うん……」


 正面に座る彼女はもう一度、僕を見て言った。


「私は……瑞揶くんの事が、好きです……」


 その言葉を耳にして、


「――――」


 硬直した。

 さすがに僕も、この“好き”の意味を履き違えたりはしない。

 好き――そう言われて僕は、何も言えなかった。


 僕が口を噤んでいると、瀬羅は続ける。


「あの……別に、瑞揶くんを困らせたいわけじゃないの。さーちゃんから、瑞揶くんが恋愛の事ダメなのは聞いてるし、その上で告白して……悪いと思う。けど、自分の正直な気持ちを伝えておきたかった。それだけだから……」

「…………そっ、か……」


 やっとの思いで絞りでた声はとてつもなく無気力で、きっと僕は今、放心状態なんだろう。

 好きって言葉、今までに何度か受けてきた。

 僕はこれでも、万能だし、自分では不服だけど、優しいと言われるから。

 本気で僕を想ってくれてる人もいたし、そうでない、軽い気持ちの人もいた。

 だけど、僕は結局――そういう人に、どうやって向き合っていいのかわからない。

 だから……


「ごめん、僕は瀬羅の意に添えない……」


 断る。

 断るしかない。

 だって、まだ霧代の事も僕は吹っ切れていない。

 霧代の事を僕が気にかけているのに、どうして他の女性の手を取ることができるだろう?


「ごめん、ね……その、瀬羅の事は嫌いじゃない。断るのは、僕自身に理由があるから」

「……瑞揶くん自身の、理由?」

「……うん」


 ――僕には忘れられない人がいる。


 ――それは愛したという意味でも、許してほしいという意味でも――。



 この事を瀬羅に話すと、彼女は少し悲しそうな顔をした。

 だけど、彼女は次の瞬間に笑顔を作って――


「えいっ」


 そう言って、僕の頬を突っついてきた。

 触れてくる指先は少し震えていて、彼女の強がっているのがわかって――。

 それでも彼女は笑顔を崩さず、笑って言う。


「ごめんね、めんどくさい話して。大丈夫、私は瑞揶くんと家族であれるだけでとても嬉しいから、全然落ち込んでなんかないわ」

「……瀬羅」

「暗い顔しないで。私が勝手に瑞揶くんを好きなだけなの。それだけなんだからっ」

「…………」


 優しいなって、思った。

 笑顔を崩さずに、僕は悪くないと言ってくれているんだ。

 断られたら傷付く。

 僕は人を傷付けた悪い人だ。


 だけど、自分は傷ついてないと強がって……。


「……瀬羅は、やっぱりお姉ちゃんだね。強いや」

「うん。お姉ちゃんだもの。これからもずっとね」

「……うん」


 彼女がにこやかに笑うのを、僕も微笑んで返す。

 僕がこうして普通にしてられるのも、彼女の優しさがあってこそだと思う。


「引き止めちゃってごめん……もうそろそろ、寝よう?」

「うん……」


 瀬羅に促され、僕は立ち上がる。

 ゆっくりと歩いて、部屋の扉に手をかけた。


「じゃあ、おやすみ……」

「おやすみっ。明日の朝食も楽しみにしてるね」

「……うん」


 一度振り向いて挨拶を交わし、僕は部屋を後にした。


 すぐ近くの自分の部屋に入ると、暗い部屋を見て一気に心が寂しくなる。

 僕は扉を背に、泣き出した。

 嗚咽はできる限り押し殺し、悲しみの心を涙として放出する。


 どうして僕は、優しいって言われるの?


 どうして僕を、好きになる人がいるの?


 どうして僕は、瀬羅に傷を負わせてしまったの――。


 自分が嫌になる。

 もうこんなことなら誰にも好かれない方がいい。

 人と一緒にいない方がいい。

 僕はもういっそ消えた方が良いのかもしれない。

 そんなことさえ思いながら、下唇を噛んでひたすらに涙を流した。


 そんな僕を、見えない、幽霊のような何かが抱きしめてくれているような気がした。

 見えない優しさに抱かれながら、僕はいつの間にか意識を失った。















 瑞揶くんが退室して、私は(ようや)(こら)えていた涙が流れ出すのを感じた。

 ああ、やっぱり受け止めてくれなかった――。

 そういう予想はできていたし、家族でいてくれることは変わらないって思ってた。

 だから寂しくないはずなのに……。


「やっぱり……辛いなぁ……っ」


 涙をすすりながら、1人になった部屋でポツリと呟く。

 瑞揶くん……私は本当に、優しい貴方が好きなんです。

 だけど、忘れられない人が――好きな人が居たのなら、私は敵いそうにないから身を引くよ。

 悔しいけど……私なんかより良い人を、貴方も愛してあげて……。



 不意に、ドアが開いた。

 キィと音を立てて開いた先には、さーちゃんが立っていた。


 彼女は退室する際、「頑張りなさい」と耳打ちで言ってくれた。

 私は……頑張ったよ……。


「……まぁ、言うことはないわ。見てれば結果はわかる」

「あはは……フられちゃった」

「……泣くなら胸を貸してあげるわよ?」

「お姉ちゃんだもん……大丈夫だよ」

「……そう」


 それだけ言うと、さーちゃんは何も言わずに退室して行った。

 なんだかんだ言って、気にかけてくれてるんだね。

 でも、私は、そんなに落ち込んでないよ……。

 辛いけど、大丈夫。


 だって、私は瑞揶くんの事を、家族としても愛しているんだから――。

 家族としての繋がりがある。

 だから私はへこんだりしない。

 私は、2人のお姉ちゃんだもの。


「……寝よう、かな」


 明日からは自国に行くことになるだろう。

 だけど、その前に自分の思いを伝えられて良かった。

 家族は隠し事をしないって、テレビでも言ってたもの。

 これで良いんだ――。

 そう思うとスッキリして、心が少し軽くなる。


 今日で最後の響川家での夜。

 いろいろとあったけど、この家で過ごせて本当に良かったと思う。


 嬉しい気持ちを胸に詰めて、私は眠りについた――。

 訪れる眠りは波紋の無い海のような静けさで、優しい夜に包まれていたのだった。







 意識の浮上を感じる。

 少しずつ開いた目は少し痛く、それよりも自分が部屋の扉の前で寝ているのに驚いて覚醒した。


(そうか……僕、昨日はあのまま寝ちゃって……)


 自分が泣いているうちに寝たことを思い出す。

 瀬羅には悪いことをしてしまった。

 だけど、僕は誰かと恋人になることがあってはいけない。

 自分の勝手な都合で突っぱねるのは悪いとは思うけど――どうしても僕は、恋人を作るなんて出来ない。


「……考えてても仕方ない、かな」


 顔を上げる。

 壁掛け時計は5時45分を指していて、起きるのが少し遅いぐらいだった。

 しかし、眠たいはずの体は大して重くない。

 僕は先に制服に着替えを済ませ、朝食を作るために1階に降りた。


 誰もいない、静けさに満ちたリビングで1人、調理を始める。

 朝食と、お昼に食べられるようなお弁当を僕と沙羅、あと、多分必要だろうから環奈の分も。

 だから作らないといけない、なのに。

 今日は何にしようかと考えても、頭の中がぐちゃぐちゃで献立が決まらない。

 包丁を手に持ったら、思わず自分を刺してしまいそうだ。

 それだとみんなが困るのに……。

 どうしよう……。

 ……どうしよう。


 …………。







 ――ドンッ!!


「いたぁぁああああ!!!?」

「……?」


 上の階から物音と同時に、大絶叫が響いた。

 声の質からして、多分沙羅だろう。

 またベッドから落ちて、たぶん今日は頭から落ちたに違いない。

 …………。

 ……。


「……あは」


 なんだかおかしくなって笑う。

 普通の、いつもの日常がこの先には待っている。

 うじうじしていたら、きっとまた沙羅に頭を叩かれるだろう。

 ダメな自分をズルズル引きずっても仕方ない。

 瀬羅だって昨日は強がっていた、いや、強かった。

 僕も強くなろう――。


「――よしっ」


 今日の献立を頭の中で組み立てる。

 みんなが喜んでくれるものを、作ろう。

 他ならぬ家族のために――。






 沙羅と瀬羅が起きてきて、朝食の席は平穏無事に終えた。

 瀬羅は昨日のこともあるから僕を避けるかとも思ったけど、そんなことはなくて昨日と変わらぬ笑顔を向けてくれている。

 僕もいつもと変わらない態度で接し、お互い笑顔が絶えることはなかった。


 そして――。




「――じゃあ、1ヶ月お別れだね」


 朝日の輝く空の下、僕らは3人で玄関の前に立っている。

 僕と沙羅は学校に、瀬羅は魔界に、それぞれ向かうところへ行くんだ。


「1ヶ月、かぁ……。早く帰りたいけど、やる事があったら遅くなるかも」

「あはは……仮にも、王女様だもんね」

「うん、王女だよーっ」


 瀬羅はポカンとした顔で王女だと言うも、沙羅が「これが王女とか国がゆるほわになるわね」とボソリと言ってちょっと泣いていた。


 そういえば、あれからブラシィエットとラシュミヌット両国から山ほど書類が送られてきたけど、僕が臨時派遣で一瞬で処理した。

 おかげで復興とかは特に必要もないはず。

 瀬羅も、今回は実母に会いに行けるから、その用事も兼ねているそうな。


 まぁ瀬羅のお母さんも生き返ったし、瀬羅は戦争の事で何か言われることもあまりないだろう。

 まだ転移付箋だって持ってるだろうし、いざとなったら僕たちの元に帰ってこれるしね。

 だから、安心して送り出せる。


「行ってらっしゃい、瀬羅」

「なんかあったら帰ってくるなりメールするなりしなさいよ? ま、行って来なさいな」

「うん……行ってきます、2人とも!」


 僕と沙羅は手を振って見送り、瀬羅は自分の胸元に付箋を貼った。

 彼女の姿は徐々に消えて行き、最後に見えた笑顔は憂のかけらもない、花の咲いたような笑顔だった――。










「ところで――瀬羅のことフったでしょ?」

「えっ」


 突然隣にいる沙羅が昨日のことをカミングアウトし、僕は驚きで腰が抜けそうになった。

 沙羅はジト目で僕を睨んでくる。


「まったく、姉さんの何が気にくわないんだか。ま、家の中でイチャつかれでもしたら私が出て行くけどね」

「あ、あはは……その、僕はちょっと訳ありでして……」

「……その訳が聞きたいんだけど?」

「……訳、かぁ……」


 折角忘れそうだったのに、掘り返されて一気に頭が冷静になる。

 忘れそう?忘れていいことじゃない。

 そう――そうだよね。


「僕は、この話を沙羅にはできないよ……」

「……なんでよ?」

「…………」


 彼女はきっと、死人の事でいつまでも悩んでる僕を、愚かと言うだろう。

 そうしたらきっと、僕と沙羅は決裂する。

 僕はそれでも構わない。

 沙羅とは離れたくないから、離れる事が苦しみになる――。


 だけど、沙羅と疎遠になったらきっと彼女は家を飛び出す。

 そしてどっか戦地に行くかもしれない。

 それは彼女の幸せなのだろうか?

 否、違うだろう。

 だったら僕はまだ、沙羅と居るべきなんだ。

 沙羅と仲良くあるためには、まだこの話はできない。


「……悪かったわ」


 思い悩んでいると、沙羅が呟いた。

 声を発した彼女を見ると、苦いものでも飲んだかのように顔をしかめていた。

 それは怒りよりも、悲しみを含んだ表情。


「……瑞揶。そのことを言うのは苦しいんでしょう? 私はアンタに苦しんで欲しいんじゃない。言って私でも何か力になれればと思っただけなのよ……。そんな変な顔するなら、言わなくていい。ごめんね、瑞揶……」

「…………」


 懸命に謝罪し出す彼女に、僕は言葉が出なかった。

 言えない僕が悪い、そう言って彼女が自分を責めるのを否定したいのに、うまく声が出なかった。

 苦しんで欲しいんじゃない。

 そんな風に僕に幸せを願う声を聞いたのは、何年振りだろう。


 いや、違う。

 元々、彼女は僕を心配したりしてくれた。

 夏休みのうちに来た戦争の事で僕を殺しに来た男がいた。

 僕が何回でも死ぬと言って朝に帰った時、彼女は泣いて僕に抱きついてきたじゃないか。

 今になって気付く。


 こんな優しさに触れたのは、初めてだったと――。


「……沙……羅」


 かろうじて出たのは彼女の名前。

 ああ、なんで僕は涙声なんだろう。


「……ちょっと? どうしたのよ?」

「ごめん、沙羅……その、あ、ありがとう……」

「はぁ? 私、なんもしてないわよ……」

「……僕のこと、いつも、心配してくれて……」

「……何言ってんのよ。家族でしょうが」

「うん……うん……」

「…………」


 泣きじゃくる僕を無言で抱きしめ、頭を撫でてくる。

 あぁ、やっぱり沙羅は優しい……。

 こんな人と、離れたくなんてない。

 そう思う気持ちを、僕の方から断ち切るなんて無理だ。

 嫌われたくない。

 そう思うのが本音になってしまう。


「沙羅……ごめん、僕……情けなくて……」

「いいのよ。もっと甘えなさい。何でもかんでも、私は受け止めるわ」

「……ありがとう」


 静かな朝に、僕は彼女に甘えて泣いた。

 昨日も泣いたのに、泣き虫だなと自嘲する。

 夏休み明けの朝、これから始まる二学期には泣かないようにと、お日様に誓うのだった――。

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