第三十話
今回は沙羅視点です。
沙羅だって悩むんですよ、というお話。
瀬羅が響川家にやってきて、5日の時が過ぎた。
部屋はみんなと同じ2階に与えられ、必要なものも買いに行った。
瀬羅の方も生活に慣れてきたらしく、瑞揶の家事を手伝ったりして楽しそうに毎日を過ごしている。
だと言うのに、瑞揶の方はここ最近、ぼーっとしていることが多かった。
縁側に1人で座ってぼけーっとしていて、私が張り線で叩くのが最近の日常だったりする。
というわけで、今日も縁側で座ってる瑞揶をブッ叩く。
「そりゃぁぁあああああーーっ!!!!」
スパァァアーーーン!!
「あっ、頭が飛んだッ!?」
「いや、飛んでないから」
飛んでないと聞いて次は「へこんでない? へこんでない?」と必死になって聞いてくる瑞揶。
可愛すぎるんだけど……いや、そんなこと思ってる場合じゃないわ。
「何を1人で黄昏てんのよ、アンタは」
「ひ、日向ぼっこしてただけですっ……」
「いま夜なんだけど」
「……ぶーぶー」
「怒りたいのは私なんだけど」
とりあえず、瑞揶の隣に腰掛ける。
視界が一気に暗くなったけど、見上げれば綺麗な月が出ていた。
「……それで、本当にどうしたのよ? ここ最近ずっとじゃない」
「……沙羅だけには言わない」
「あんだとぅ?」
「だって、絶対怒るから」
「……はぁ? なに? 私のことが嫌いってこと?」
「違うよ。それとは関係ないの……」
「…………」
何言っても無駄っぽかった。
夏休み前もたまに死んだ目してたし、これは教えてくれそうにない。
「1日悩んでもわからないなら、わかんないでしょ? 心配するから、そんな風にしてるのはやめなさい」
「……ごめん」
「謝罪より返事が欲しいんだけど」
「それはちょっと……」
「……めんどくさい男ね」
「……ごめん」
「…………」
言ってくれないのも寂しいけど、まぁ大体内容は察してる。
かれこれずっと続いてる、恋愛云々の話なんだろう。
私は瑞揶の過去なんぞ知ったこっちゃないし、ちっとも知らないし、正直関わる必要はないけど、家族ですからね。
「……どうやったら、人は強くなれるんだろうね」
ボソッと瑞揶が呟く。
強くなる、と言ってもいろいろあるだろう。
しかし、肉体なら能力で、彼はいくらでも強くなることは可能だ。
だったらきっと、心なんだろう。
自分の心って、能力を使っても変えたくないと思う。
だって、変えた先にどうなるか見当がつかないし、自分が自分じゃなくなるかもしれない。
難しいというか、悩ましい問題ね。
「難しい本でも読んだらわかるんじゃない?」
とりあえず、本に頼れと言ってみる。
私達みたいな生きて十数年の奴に聞いたって、返ってくる答えはたかが知れてるもの。
「……本かぁ。そうだね」
「さっさと読んで、いつものアンタにもどんなさい。いつまでもくよくよしてる瑞揶より、なよなよしてる瑞揶の方がいいわ」
「それ、あんまり変わってないような……」
「まぁ、そうね」
どっちにしても瑞揶は物腰が柔らかい印象なのだから、仕方がない。
堅い瑞揶とか想像できないし。
「……沙羅には、本当に敵わないなぁ」
「私だってアンタには敵わないわよ」
「そうかな?」
「そうよ」
純粋に敵わないと思う。
コイツの優しさや何もかも包み込むような包容力、家事だってなんでも自分の手でやる誠実さとか。
私なんて、ただ態度がデカイだけだしね。
「……にゅ〜」
変な声を出しながら体育座りで座り直す瑞揶。
ちょっと照れてるのか、顔が赤い。
コイツが照れるとは、珍しいこともあるもんだ。
「……ありがとうね、沙羅」
「いいのよ。家族だしね」
「……僕、沙羅に甘えてばかりかな?」
「甘えてるのは私の方だと思うけどね。生活支えてんの、全部瑞揶だし」
「あはは……そうだね」
瑞揶が優しく笑う。
いつものように、屈託のない笑みを見せてくれる。
そう、コイツはこうやって笑ってれば、それが1番。
この優しい顔を見てると、ホッとする。
「じーっ……」
「別に擬音ださんでも、私は気付いてるわよーっ、瀬羅?」
「お姉ちゃんですーっ」
漸くソファーの影から隠れ見ていた瀬羅が顔を出した。
別に2人きりだからって、私は瑞揶を取って食ったりはしないわよ。
美味しそうではあるけどね。
「……私もお姉ちゃんらしく、瑞揶くん慰めたい」
「妹より気弱なのに何言ってんだか。ま、私はお風呂でも行ってくるから、2人で話してなさい」
「ううっ……」
「行ってらっしゃーいっ」
泣きそうになる姉と元気になった瑞揶を残し、私はお風呂に向かうのだった。
◇
というわけでお風呂。
どうにかこうにか髪を結い上げて湯煎に浸かっている。
「はぁ〜……」
そして思いっきりため息を吐く。
今日も今日で疲れた。
いやまぁ、特に何もしてないと言えばそうなんだけど、気疲れが絶えない。
まぁしかし、疲れている理由はそれだけではない。
瑞揶にも悩みがあるように、私にも悩みがある。
それは昨日のこと。
瀬羅は9月から1ヶ月、ブラシィエットに戻ると言っていた。
その時に、瑞揶が少し悲しげな様子で、だけど、声は頑張って普通の声調で私に尋ねてきた。
「沙羅は、どうするの……?」
「……そうね〜」
目に見えて瑞揶が寂しそうだった。
しかし、折角言われたのだからラシュミヌットに行って乗っ取ってくるのも悪くない。
そんなスケールのでかい悪巧みをしていると……
「…………」
瑞揶の悲しい顔が目の前にあって、
私はコイツから離れる気がなくなってしまった。
「……瑞揶」
「うん……」
「寂しいなら、私はどこにもいかないわ」
「…………」
目を見開いて、彼が私を見る。
だけど、すぐに笑ってくれた。
「いいの? そしたら一生家にいてもらうよ?」
「どんとこいっての。瑞揶が寿命で死んだとしても、住み続けてやるから」
「……ありがと」
彼は優しく微笑み、私を抱き寄せた。
その時――。
「――あったかかったなぁ……」
チャプンと水を跳ねさせながら口元まで湯煎に浸かる。
瑞揶は優しさの塊みたいな奴で、アイツに包まれるとあったかい。
そして、今お風呂に入ってるより心地いいし、落ち着く。
「優しさ、優しさか……」
私はそれを持っていない。
優しくしたくても不器用だ。
瀬羅にだって響川家の一員にする際ビンタをくれてやったわけだし、もっと言い方があるだろうと自分を責める。
ただ純粋に、優しくなりたいと思う。
まぁそんなことしたら、我が家は優しさで溢れかえってしまうわけだけど……。
「姉さんも、あったかいのかしらね……」
体を少し湯煎から出し、体育座りになる。
きっと姉さんもあったかいだろう。
性格が性格だもの、きっとあったかい。
「……人肌恋しいのかしらね、私」
自分に問いかけるが、おそらく答えはイエスだろう。
姉さんも瑞揶に恋しているわけで、自分も年頃だから恋だってしてみたい。
だったらやっぱり、あったかい人がいいな……。
「あーあ、どっかに恋愛しても大丈夫な瑞揶落ちてないかな」
そうしたらきっと、一生抱きついててもらうのに。
なんて、ね。
というかアイツなら普通にうちにいる奴でも、頼めば抱きついてくれそうだけど。
考えて思ったけど、瑞揶の悩みである恋愛関連の話は瑞揶本人に関わりがなければしていいはず。
どうしようかしらね、相談してみてもいいけど……。
「……よしましょうか。っと、そろそろ出よっ」
湯煎で立ち上がると、ザバァっと水が落ちる。
ふぅ、今日もいいお湯でしたっと。
こんな感じだから、私の入浴時間は他の2人と同等ぐらい長がったりする。
他の2人がなんで長いかって?入浴しながらおもちゃで遊んでるからに決まってるでしょ。
ずっと私の入浴を覗いていたアヒルにデコピンをし、私は浴室を後にした。
瑞揶「アヒルさん!」
瀬羅「デコピンしないでーっ!」
多分デコピン見られたらこんな感じになる。