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連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜  作者: 川島 晴斗
第二章:収束するアンサンブル
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第二十八話

 自由律司神。

 その名前は、この世界【ヤプタレア】に暮らしている者なら知らないものはいない。

 何故なら、【ヤプタレア】を創造したのが自由律司神その人であり、この世界の神だから。

 天界に在住しているわけでもなく、その自由という性ゆえに、世界を奔放している、適当な神様だという。


「……僕が、クローン?」


 その自由律司神が今現在、僕の目の前に立っていて、しかも彼は僕をクローンと呼んだ。


「そう。君は僕のクローン。とは言っても、体だけだがね。魂については――ああ、死神とでも言えばわかるかな? 彼女が勝手に付加したのさ」

「ッ――」


 言われてあの死神の顔を思い出す。

 ああ、あの死神を知ってるのか――。

 いや、考えてみれば当たり前だった。

 目の前にいるのは、“神”なんだから――。


「基本的に、僕ら神とて体は老化するし故障する。魂自体は消失しないが、体はバックアップが必要だ。だからクローンを数百体作ってある。そして、君はその中の一体であり、響川瑞揶の魂が入り込んだのさ」


 話を聞いて納得する。

 この体が自由律司神のものなら、僕がこんなに異常な能力を持っているのだって合点が行くから。


「……そ、それで、なんなんですか?」


 恐縮しつつ、尋ねる。

 クローンを消しに来たとか言われれば、僕は不死でも死ぬかもしれない。

 しかし、目の前の男はあっけらかんと笑って言う。


「ククク、怯えなくていい。別に、君をどうこうしたいわけじゃないのさ。ただ、忠告しに来ただけだよ」

「ちゅ、忠告?」

「そうそう。一応僕の体だから、なんでもできるだろう? その体で世界をあちこち変えられると困るんだ。人間界政府の方で規制を掛けてるのは僕だから、依頼の範囲では何をしようと構わない。だけど――君が自分の意思で、主体的に世界を変革しようとするなら」


 ――迷わず殺す。



 明確な殺意を持って、そう言われた。

 手が震える。

 同じ顔を持つ人なのに、こんなに怖い。

 いろいろな戦地に赴いてきたけど、こんなに怖いのは初めてだった。


 しかし、また彼は笑う。


「クククク。まぁ実際に僕がどうするかは定かではない。なんて言っても、自由、だからね」

「は、はぁ……」

「それと、今回は挨拶ついでにオマケしとこうと思ってね。ほら? 君、この子達の中から君の顔が知れた事と沙羅の記憶が蘇ったのを削除し忘れただろう?」


 目の前の神は王血影隊(ベスギュリオス)の少年の1人の頭を踏みつける。

 ピクリとも動かない少年に目もくれず、彼は笑いながら僕の肩を持ち、


「ちゃんと消しといたから、安心するといい。あぁ、それと、僕はいろいろ知ってるが、君達の事を四六時中監視してるわけじゃない。天使の目を通して知ってる事を知ってるだけさ」


 まぁたまに直接監視したりするけどね、と付け加える神様。

 天使の目?

 天使の目を自分の視界として使えるということだろうか。

 いや、それはどうでもいい。

 監視されているという事実さえわかれば。


「ま、君は世界征服をしようってタマじゃない。今のように普通に生活してくれれば、僕は何も言わないからね」

「そう……ですか……」

「うん。じゃ、話はそれだけだから。あぁ、この子達は王血影隊(ベスギュリオス)に返しておこう。上手く言っておくから安心するといい」

「……ありがとう、ございます」

「……自分の顔に感謝されるとは、なかなかどうして。いや、いい。さらばだ」


 そう言い残し、彼は姿を消した。

 後に残ったのは、立ち尽くす僕だけで――。


「……僕が、クローン……」


 実感のない言葉を、ただ呟くだけだった――。







 あれから数時間が経過し、魔界の空が青黒くなっていく。

 僕は直せるものをある程度直し、昨日捕らえた捕虜たちを帰省させたり、数時間仕事をし続けた。

 ある程度の事が済むと、セラ、沙羅、僕はブラシィエットの城の外で3人集まる。

 セラちゃんがもう、王血影隊(ベスギュリオス)の隊舎に戻ると言うのだ。


「今日まで、いろいろあったなぁ……」


 目を半分伏せ、悲しげな表情でセラちゃんが言う。

 本当に、濃密な日々だったと思う。

 僕たちからすればたった5日だけど、5日じゃ収まらない、長い時間だったように思える。


「最初は襲いかかって悪かったわね、姉さん」

「あはは……大丈夫だよ、さーちゃん」

「……なら良いけど」


 恥ずかしそうにそっぽを向く沙羅と、微笑むセラちゃん。

 もう普通に姉さんって呼んでるし、僕も姉さんって呼ぼうかな。


「ねぇ、姉さん?」

「え……み、瑞揶くん? 名前で呼んで……くれないの?」

「……あれ?」

「鈍感かアンタは」


 沙羅に頭をはたかれる。

 名前の方が良いのかな?

 まぁ、僕とは間接的な兄弟みたいなものだから、いいかぁ〜……。


「じゃあ、セラちゃん。僕からお話があるんだけど……」

「……え?」


 目を見開いて顔を真っ赤にさせるセラちゃん。

 ……あれ?そんなに意外だったかな?


「え、あ、あの……み、瑞揶くん?」

「うん」

「おっ、おおおおお話って、えっ、あの……」

「……セラちゃんが王血影隊(ベスギュリオス)をやめないか、って話だよ」

「――え?」


 急にキョトンとして、目をぱちくりさせるセラちゃん。

 ……ん?なんか反応が変だ。


「……そ、そうだよね。瑞揶くんだもんね……」

「にゃー??」

「あはは……なんでもないの……」

「……?」


 頭にはてなを浮かべていると、また沙羅に頭をはたかれた。

 むぅ……なんなのかわからない。


「……そっか。私、王血影隊(ベスギュリオス)から抜けられるのね」

「僕の能力を使えば、抜けさせることができるよ」

「…………」


 セラちゃんは少し悩むように下を見て、すぐに結論が出たのか、僕を見た。


「ごめんなさい」


 セラちゃんはぺこりとお辞儀をして、断った。

 ……やっぱり、抜ける気はないんだね。


「私はやっぱり、人殺しだから……。勿論、瑞揶くん達とは一緒に居たい。さーちゃんとも遊びたい。だけど……人殺しの私が平和に生きていて良いはずないよ……」

「……セラちゃん」


 それは違うと否定したかった。

 セラちゃんは依頼で殺していただけ。

 絶対に、殺したくて殺したわけじゃない。

 だから否定したかったけど――


 彼女の瞳から溢れる涙を見て、何も言えなかった。

 無理やり王血影隊(ベスギュリオス)を脱退させる事を、この後考えてた。

 だけど、それでセラちゃんはどうするだろう?


 自分が悪い人であり続ければ、罪は感じない。

 普通の人になったら、罪を償おうとしなくてはならない。


 だから抜けられないんだ。

 もし王血影隊(ベスギュリオス)から脱退させれば、罪を償うために彼女は――自決するかもしれない。

 そんな事は、あってはならなかった――。






「バカ」


 バチンと、乾いた音が響く。

 赤く腫れた頬を抑えるセラちゃん。

 その頬を叩いたのは沙羅だった。


「何をバカなことを言ってるの。死んだ人間に対する贖罪?笑わせないで。死んだ奴は確かに恨むかもしれない。恨んでるかもしれない。だけど、そんな見えもしないしがらみに囚われて何になるというの?くだらない。本当にくだらないわ! それに、これからも王血影隊(ベスギュリオス)に居ることはどう考えても悪い。これからも罪を重ねて、アンタは自分で自分の胸を傷付けるの?バカよ、大バカ、超バカ。アンタは……」


 そこまで言って、沙羅は激しくセラちゃんに抱きついた。

 その際に飛んだ涙は、沙羅のもので――。


「……姉さんも私みたいに、自由に生きてよ……」


 全力の思いで、沙羅は姉に抱きついていた。

 抱きつかれたセラちゃんからも、ほろほろと涙が零れだす。


「さーちゃん、私……」

「うん……」

「さーちゃん達と、一緒に居たいよぅ……」

「……そう」

「2人と過ごせて、楽しかった……もっと一緒に居たいって思った……私、2人のことが大好きだもん……離れたくない……」

「…………」


 (かす)れた声で別れを嫌うセラちゃんを、沙羅はあやすように背中を優しく叩く。


「……私、王血影隊(ベスギュリオス)、やめるよ……」

『…………!』

「ありがとう、2人とも……!」


 涙に濡れた顔を笑顔にし、涙声での感謝をされる。

 僕も抱きつく沙羅に混じり、感涙のままに2人に抱きついた――。




 月が登り、そこに照らされる影が3つ。

 繋がれた手の中央にいる少女はこの日から、名前を新たに(たまわ)った。


 響川瀬羅、と――。

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