第二十二話
「怪我を全て無効」
敵軍が現れて、再度僕は超能力を発動した。
誰もが傷つかずに終われる結末は、ここにほぼ約束されたと言っていいだろう。
「瑞揶くん、この子を」
「うん」
顔つきが変わり、否、顔から表情の消えたセラちゃんからうささんを受け取る。
僕が受け取るや否や、彼女は飛んだ。
速い、目で追うことが困難と思えるほどに。
だけど、彼女は慣性を無視してピタリと止まった。
それは結界の外、敵陣真っ只中――。
「――【晴天意】!!!」
セラちゃんはすかさず魔法を行使していた。
右手を翳し、その手は優しい黎明の日差しがごとき光を放った。
ただ、その光は光の線。
四方八方に広がる光の軌跡が、様々な者に照射している。
「殺せ!」
「ふんっ!!」
「ドラァ!!!」
そんな光がなんだと言わんばかりに、男達が彼女に刀を振りかぶった。
「対象確認――【刀天技】!!」
刀がセラちゃんに触れるよりも早く、彼女の魔法が発動する。
的に当たっていた光の線は全て――
「ガハッ……」
「グウッ……!?」
全てを貫く刃に姿を変えていた。
誰も動くことはない。
誰かが必死に張った防護壁も、
誰かがつけてた甲冑も、
誰かがつけてた機械装甲も、
全てを貫いた。
「消えて」
少女のその声が聞こえた刹那、全ての刃が消える。
その瞬間、傷一つない屈強な男達が雨のように落下を始めた。
「ゆっくり、一箇所に……」
僕がそう呟いただけで、落ちて行く人たちは施設の隅にゆっくり、機械的に積み重なっていく。
ドサドサと積み重なる人は山のようだ。
「……下は安心ね」
そう呟いたセラちゃんに続いて、ラシュミヌット軍も待機陣が空を飛び始める。
人数的には、五分か、敵の方が少ないかな。
それもそうだ、今100人近くが倒れたのだから。
「――貴方は?」
敵の中でも胸に多く勲章をつけた着物をつけた、ヒゲの濃い男がセラちゃんを見て、名前を尋ねた。
しかし、セラちゃんは相手をキッと睨み、冷たく返す。
「敵に名乗る名はないわ」
「……そうか、貴女が。ずっと探しておりましたよ」
「……何のこと?」
敵の男が言う言葉に、セラちゃんは首を傾げていた。
どうでもいいけど、セラちゃんたちの和服ってロングスカートみたいなものだからここから見るといろいろ見えるんだよね。
僕は気にしないけど、空間モニターに切り替えよう。
そんなわけで目の前にモニターを出した。
「貴女は、我が国の王女の娘なのです! 国に帰りましょう! 貴方の母君と共に!」
「何を言っているのかわからないわ。私は、ラシュミヌットの姫より生まれた身。王血影隊でもラシュミヌットの性を認められていたわ」
「やはり王血影隊に!? しかし、洗脳されてるのか、記憶に食い違いが……?」
「御託はいいんですよ。私は早く戦いを終えて、妹や瑞揶くんと話したい――!」
「ぬぅっ!!?」
鉄と鉄のぶつかり合う音がする。
セラちゃんは瞬時に刀を生み出し、男に斬りかかったのだ。
しかし、敵もやはり軍人、これを防いで見せた。
「妹!!? ラシュミヌット、なんたる辱めを――!!」
「わけのわからない話に貸す耳はないわ!!!」
セラちゃんが敵の刀を弾き、男の腹部に蹴りを入れる。
魔人だからこそできる、目にも留まらぬ神速の蹴り。
だが、その足は掴まれてしまった。
相手の戦いの経験値は、それほどまでに高く――。
「貴女を殺すことは国の本望ではない!武器を収めよ!」
「総員突撃!!! 死ぬことはない! 恐れず攻撃しろぉおお!!」
「なっ!!?」
無精髭の男に足を掴まれながらも、後続に命令を下すセラちゃん。
彼女の身の上も今回における権限も全員把握しているため、全員が交戦に入った。
「止むを得ん……眠れ!【狂気の子守――」
「セラァァアア!!!」
「!!?」
髭男が魔法を使う一瞬前に、彼は手を離して後ろに飛んだ。
次の瞬間に、斬撃の衝撃波が彼のいた地点を地上から天へ駆け上る。
「チッ、邪魔を――」
「なーにが邪魔よ。瑞揶じゃないんだから、戦場で馬鹿なこと言ってないでよね」
「……何で僕を引き合いに出すかなぁ、沙羅は」
セラちゃんを助けたのは沙羅だった。
平然と僕は見てたわけだけど、なんだかね……。
「……貴様は、奴の?」
「は?」
「フ、そうか。確かに、奴とクジャル様は容姿が似ていたな」
「何こいつ? 電波拾って喋ってるわけ?」
「わ、私にもわからないよ……変な人だよね」
ブツブツ喋る男に容赦ない言葉を浴びせる2人。
だが――男の剣が、沙羅に切っ先が向けられる。
刹那、彼の姿は掻き消えた。
「むんっ!!!」
吠える声と同時に、ギンッ!という痛い音が走る。
髭男の両手にもたれた剣を、沙羅が難なく片手で受け止めていた。
「貴様は……貴様はここで殺す!!!」
「……あんたみたいな髭に、恨みを売った覚えはないんだけど」
「フッ、貴様になくともこちらにはあるのだ!!」
「ふん」
ギャリィ!という音を立てて刀が弾かれ、再び男は沙羅に太刀を浴びせる。
だが、沙羅は刀を横に寝かせて受け止め、ローキックを叩き込む。
男のももにクリーンヒットし、一瞬唸る髭男。
「ツゥ! セイッ!!!」
「はっ」
髭男の刀が猛虎の如く連撃を繰り出す。
沙羅はそれを鼻で笑い、全て躱してみせた。
「【空転移】」
ポツリと沙羅が呟く。
その合間にも男は剣を振るう。
しかし沙羅は剣を――
すり抜けた。
「なっ!?」
「…………」
それどころか、彼女は男をすり抜けた。
直後――
「ハァッ!!」
沙羅は男の首を薙ぎ払った。
本来なら命を奪うその一撃は、男の意識を刈り取るには十分な一撃だった。
髭男は一瞬にして気絶し、重力に従って落下を始める。
「おーらい、おーら〜い」
僕はさっきから使ってる超能力のおかげで気絶した方々がどんどん積み重なっていく。
もう500人ぐらいいるのかなー。
「一気に片付けるわ! 全員下がりなさい!!!」
怒号のような沙羅の叫びに多くの者が応じて戦いを取りやめて下がった。
遅れた者になど容赦なく、沙羅は刀に黒い魔力を走らせる。
「【羽衣天技】――」
ボウっと、うねる黒い塊が増幅した。
沙羅を包む黒衣の如き魔力は全て刀に乗る。
振り上げられた刀は、絶望が黒――。
「――【一千衝華】ぁあ!!!!」
薙ぎ払われた黒き光は、その先にあるものを瞬く間に飲み干した。
空を覆った黒は絶大な魔力量を誇る剣の衝撃、普通の魔人なら防ぐ手立てなどない。
赤の空が黒く染まり、その黒き光が徐々に晴れる。
途端、次々に人が自由落下を始めた。
残ったのはたった数人。
「片付けるわよ、セラ!」
「うんっ!」
残った兵も沙羅とセラちゃんの2人によってあっさりと倒され、こうして初陣を終えたのだった。
◇
1回目で捕らえた敵の数は7000人に上った。
途中現れた敵の増援も合わせてこの数だから、施設自体に居た人は3000人程度みたい。
それでも結構な数であり、敵の大将も1人捕らえているようで大した進捗具合だった。
《第二陣!行くわよっ!!》
『おぉぉおおおおお!!!!!』
こちらはほぼ無傷での勝利だったため、2回目の出陣はすぐに行われた。
今度は本拠地の1つを抑えるという大胆な作戦。
しかし、失敗の兆しなど見せることなく、こちらも成功を収めて目標とした1万人の捕虜も軽々と達成した。
「……っあー。話長い」
「お疲れ様〜」
あれから日が暮れるまで明日の事について会議を開き、沙羅とセラちゃんは参加させられていた。
僕はいても仕方なかったし、客室を与えられたからそこでうささんと遊んでた。
そこに沙羅が現れ、今に至る。
「セラちゃんは?」
「フォシャルんとこ行ったわ。母親と話したいんでしょ」
「沙羅は行かないの?」
「だから、会って1日の奴を家族と思えないっての。話すこともないわ」
「むふー、残念」
「アンタが膨れる意味もわかんないわよ……」
言って、沙羅は僕のほっぺを両側から叩いた。
痛い〜。
「うささん、沙羅はどうしてこんな子に育っちゃったんだろうねー?」
「どう育とうが、私の勝手でしょうが……」
頭の上に乗ったうささんは返事を返さず、沙羅が呆れたように反応しただけだった。
虚しいなー……沙羅がもっと優しい子に育ってくれたらなー。
「今夜、多分襲撃されるから夏祭りは行けないわね」
のほほんとしていたのに、沙羅がとんでもないことを言い出した。
「……襲撃?」
「捕虜奪還を銘打ってやってくるでしょうね。だって、ここで捕虜を見逃したら敗戦する可能性が高すぎるのだもの」
「……そっか」
だとするならもう一度、この地で沙羅は刀を振るう羽目になるだろう。
そうなったとしたら――
「僕も戦うよ」
「……じゃあアンタ1人で全部やってよ」
「それとこれとは違うでしょ? 沙羅も今日は疲れてるだろうから、僕が戦線に立つよ」
「大した疲れじゃないわよ〜っ」
強気にも笑って返す沙羅。
確かに、戦闘では沙羅の一騎当千で疲れなんてないかもしれない。
僕が言いたいのは、別の疲れ。
気苦労、だったり――。
「さーらっ」
「あん? ……む?」
僕は倒れ込むように沙羅の背中に抱きついた。
さすがは魔人というか、全体重を預けてもびくともしない。
「……なによ? どうしたの?」
「沙羅が頑張ってくれてるから、ありがとうの気持ちを込めてハグだよっ」
「ありがとうでハグするのはアンタぐらいよ……」
「あはは、そうかもね……」
でも、前世でも今世でもこれをやって怒られた試しはない。
人懐っこいのは自分でもわかってるし、普段から誰彼構わず抱きついたりしてるしね。
「沙羅、もうちょっと頑張ってね。セラちゃんのことも――。戦うのが嫌なのを我慢してるのも――」
「……。私は、セラの事をどう扱うか、もう決めたわ。戦いの方は、死ぬことがないから平気よ。ありがと、瑞揶」
「帰ったらご馳走作るよ」
「その前に夏祭りよ。何でもかんでも買い占めてやるから、財布の中身を確認しておきなさい」
「あはは。うん」
きゅっと抱きしめる力を強める。
僕より一回り小さい沙羅は、ちょうどいい抱き心地だった。
「もふもふ〜っ」
「やめんかっ」
「やーっ」
言葉では抵抗しても、沙羅は僕を引きはがそうとしなかった。
沙羅の体は、ちょっと冷たく感じる。
でも、寄り添うとあったかいなぁ……。
戦時中にもかかわらず、僕はそんな感想を抱いていた。