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連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜  作者: 川島 晴斗
第二章:収束するアンサンブル
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第十八話

 二度寝から目が覚めたのは、頭にある頭痛のせいだった。

 ベッドから落ちて頭を強打という作業を再び行ってしまった残念な私の体は、脳の命令に従ってリビングまで牛乳を取りに向かう。

 明かりが点いているから誰かいるなーとぼんやり思いながら、何事もなく入った。


「牛乳……ああ、スルメ食べながら飲みたいわ――」


 ぼそぼそ呟く私の口は動きを止めた。

 ソファーの上、そこにあるものを見てしまったから。


「…………」

「…………」

「…………」


 私を含め、誰も言葉を発しない。

 いや、うん……。


 瑞揶がソファーに寝そべって、セラがその上から覆いかぶさっている。

 まだちゃんと服を着ているあたり、行為をする前なのだろう、多分。

 まぁ、なんにせよあれね。


「やんなら人目のないところで頼むわよー」


 それだけ呟いて、私は冷蔵庫まで再び進みだすのだった。


「さ、さーちゃぁぁぁん!!!」


 そのあとひっしにしがみついてきたセラが弁解し、誤解だと発覚。

 帰宅早々、瑞揶が「ボーリングやだーっ。腕痛いーっ」とかぬかしたらしく、マッサージしてあげてたらしい。

 まぁそもそも、瑞揶がそんな行為をするような人間には見えないから、変な展開ではないと思ってたけど。


「酷いよさーちゃあぁん……」


 思ったことをセラに話すと、案の定顰蹙(ひんしゅく)を買った。

 瑞揶が変態だったらそれはそれで面白いのだけど、響川家の平和のために、瑞揶はのほほんとしてるのが一番である。


「ごめんね、2人とも。今日は出前とって……」


 腕が上がらない瑞揶がソファーを独占しながら私たちに言う。

 結構辛そうな声ね。

 全部ガーターだったかどうか訊くのはまた今度にしてあげよう。

 出前、今回は寿司にしましょうかね〜。


「みーずーやくんっ♪ マッサージ、続きやる?」

「あ、あんまり迷惑掛けても仕方ないから、もういいよ。ありがとうね」

「むぅ……じゃ、じゃあ何か飲み物持ってこようか?」

「あんまり僕を気に掛けなくていいよ? 大丈夫だから……」


 セラが積極的に瑞揶の世話を焼いているのに、瑞揶といえばいつもどーりの反応でニコニコ笑っている。

 瑞揶に空気を見ろって言うのは無駄だけど、ここまで気付かれないのも不憫ね。

 そんなことを思いながら私は家の固定電話の元へ向かうのだった。







 寿司を堪能し、今日は特別に沙羅が沸かしてくれたお風呂へと3人交互に交代で入り、時刻は20時を回った。

 21時からは沙羅がドラマを見始めるので、なんとしても残り1時間でセラちゃんに勝負をつけて欲しく、僕の部屋に呼び出した。


「セラちゃん、今から作戦を考えるのは難しいよ。だから、ここはもうアタックするしかないっ!」

「……うーん」

「……ん?」


 気合を入れて言ってみるも、歯切れの悪いセラちゃん。

 なんだかもじもじしていて、チラチラ僕の方を見たり見なかったり。

 ……なにか他に気がかりがあるのかな?


「どーしたの? 何かあるなら僕は聞くけど……」

「え、えーと、その……」

「うん……」

「な、仲良くなりたい人が、もう1人いて……」

「…………」


 もじもじしながら言葉を紡いだセラちゃん。

 もう1人って、僕しかいないよね?

 僕だってセラちゃんとは仲良くありたいけど、なにぶん時間がないから、優先することを先にやらないと。


「セラちゃん、僕は後回しっ。大事に想ってる妹がいるんならダメだよっ」

「うっ……そ、そうよね……」


 眉をひそめ、肩を落とすセラちゃん。

 残念にされるのは嬉しいけど、素直に喜べないなぁ。


「もうこれが最後のチャンスだから、頑張ってね!」

「う、うん……そう、お姉ちゃん頑張る!」

「おー!」


 気合は十分、僕たち2人は部屋を後にし、1階のリビングに向かった。

 ひょっこり顔を覗かせて室内を見ると、いつもどおりソファーの上に沙羅の姿がある。


「僕はここで見てるから、セラちゃんは行って」

「え? で、でも……」

「2人だけの方がいいでしょ? 頑張って」

「う、うん……」


 少し泣きそうになったセラちゃんを送り出し、こそこそと経過を確認する。


「あ、あの、さーちゃん……」

「ん? なによっ?」

「え、あ、その……」


 くるりと振り返り、僕にSOSを求めてくる。


(ヒイイィ……さーちゃん怖いよぉ……)

(大丈夫だよーっ! 勇気出して!)

(ううっ……)


 目で会話を交わすと、セラちゃんは沙羅に向き直った。

 もう僕に頼らないで、1人で頑張って!


「さ、さーちゃん、あの、その……」

「……だから、どうしたのよ?」

「スー……」


 セラちゃんが大きく息を吸う。

 頑張れぇえ!


「私の妹になってくださいっ!!!」


 張り詰めた声が家中に響き渡った。

 直後の静寂は時が止まったように感じられて、僕の思考も完全に停止する。

 数秒後、僕が1番に思ったこと、それは


(セラちゃん、血縁的には既に妹だよ……)


 妹だって認めてとか、ほかに言い方があるはずなんだけどとか僕が思っていると、沙羅がため息を吐き出し、


「嫌よ」


 短く、それだけ言って視線をテレビに戻した。

 …………。

 ……。


「……うわぁぁぁああああああん!!!」


 セラちゃんは泣きながら走り出し、僕のことを見向きもせず家を飛び出していった。

 流石は魔人というか、一瞬で見えなくなってしまった。

 部屋が静寂を取り戻してから、僕もゆっくりとリビングに入る。


「認めてあげればいいのに……」


 呆れたように言いながら沙羅の隣に腰掛ける。

 彼女は僕のことなど気にせず、テーブルに置かれた煎餅の袋に手を伸ばした。


「……どうしてそこまで拒むの? 別にセラちゃんは、沙羅が困るようなことはしないでしょ?」

「私だって拒みたいわけじゃないのよ。けどね、寝てからいろいろ考えてみて、それでこうしてるの。姉妹って事で、あの子が家に出入りするようになれば、間違いなくここは王血影隊(ベスギュリオス)に目を付けられるわ。1回で終わる関係。それでいいじゃない」


 言って、バリンと煎餅を歯で砕く沙羅。

 目を付けられる、それは困るけど……でも……。


「今まで姉だと思ってたのは彼女だけで、私は今回のことが終わったらこの先、姉妹関係なんて綺麗さっぱり忘れる。それで平和が持続するのよ。それの何が悪いことなの?」

「……沙羅」


 沙羅の言うこと(もっと)もだった。

 沙羅が何を思って魔界から逃げてきたのかは未だに知らないけど、平和を望んでることはわかる。

 折角の平穏を脅かされたくないって言うのは、ここ数日で痛いほどにわかっている。

 だけど――僕は同時に――。


 セラちゃんが沙羅と姉妹の仲になりたいのも、痛いほどわかっている――。


「――セラちゃんには悪いかもしれないけど、さ」

「…………?」

「僕、この件を終えたら、セラちゃんを王血影隊(ベスギュリオス)から抹消するよ。沙羅みたいに」


 そうすれば、誰も困ることはない。

 ついでにこの家で暮らしたなら、沙羅と生活できて一石二鳥だ。

 みんなのためになるなら、この方法をとりたい――。


「……はぁ〜〜〜〜〜っ」


 僕の言葉を聴いて、沙羅は深くため息を吐だす。

 今までにない強烈なため息に、僕はちょっと萎縮した。


「な、なに?」

「あいっ変わらずっ、アンタはどんだけ優しいのよ。頭のてっぺんから足の先まで全部、優しさでできてるんじゃない?」

「え、えーっ? なんで?」

「自分でわからないとなると、最早ネタね」

「ね、ネタ……」


 よくわからないけど、馬鹿にされているような気がする。

 なんなんだろうなー、僕は優しくなんかないのになーっ。


「ま、そんな優しさがあるから、あの子もアンタを……」

「あの子?」

「……って、これを言うのは野暮か。なんでもないからテレビでも見てなさい」

「? うん」


 よくわからないからテレビに目を向けたけど、バラエティー番組はよくわからなかったからとりあえず、煎餅を手に取ることにした。


「それにしても、アンタはよく私を嫌いにならないわよね?」

「ふえ?」


 煎餅を口に咥えた刹那に、沙羅が聞き捨てならないことを言った。

 嫌いになる?なんで?


「だって、あんなに人のよさそうなセラを、私は突っぱねてるのよ? (はた)から見たら、印象最悪よ」

「そうかなー……。でも、僕は沙羅のこと好きだよ? 今日も昨日も、いつもどおりの沙羅だから、何も思うことなんてないよ」

「……そ。流石は家族、って言ってあげるわ」

「えへへ……でも、その言葉はセラちゃんに言ってあげて欲しいな〜」

「ダメよ。それにはまだ仲良し度も足りないわ」

「あっ……それも問題なんだね」

「当たり前よ」


 まだまだいろいろと壁が積み重なっている模様。

 頑張れ、セラちゃん……。


 家を飛び出していった少女に僕は、小さな祈りを捧げるのだった。





 一方その頃、


「うぅ〜……さーちゃん〜……ぐすん……」


 電柱に向かって一人泣いているセラは、9時になってから漸く捜索されるのだった。

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