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連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜  作者: 川島 晴斗
第二章:収束するアンサンブル
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第十二話

 8月も中頃で十四日の水曜日、響川家の休日は今日もいつもどうり緩やかに過ぎていた。


「なんだか変わり映え無い日々ね~」

「そうだね~」


 瑞揶の作った昼食を食べながら、響川家の2人はぼんやりとテレビを眺めていた。


 《続いてのニュースです。魔界で抗争の起きているラシュミヌットとブラシィエットの対立は益々激しくなり、死傷者は――》

「ラシュミヌット?」

「私の名字ねー。まぁ私の母が関係あるかもしれないけど、私の今の名字は響川だし、関係ないわ。会った事もないしねー」

「そっか……」

「そうよ。別に魔界を懐かしむとかもないし、私はこうしていられればいいの」

「ふーん……」

「なによ?」

「いや、全然事情を知らない僕が言えた事じゃないけど、沙羅はもうサイファルじゃないって思ったの」

「……当然でしょ」


 気まずそうに沙羅は目を伏せてパクパクとご飯を口に運ぶ。

 詰め込みすぎて苦しそうにすると瑞揶はクスクスと笑い、沙羅はむーと唸った。


 ――ピンポーン


「ん? 誰だろう」


 唐突になった無機質なインターホンの音に瑞揶はピクリと耳を動かし、コップを仰ぐ沙羅を一瞥してどたどたと慌てて玄関に向かった。


「はいはーいっ、今出ますよー」


 スリッパを履き、ガチャリと言う音を立てて玄関の扉は開いた。

 瑞揶の向こう側には、透き通った黄緑色でセミロングの髪をもった女性がいた。

 ブラウスにネクタイとカーディガン、それからタイトスカート、どこかOLらしさを感じる女性だった。


「あの、ここにサイファルがいますよね?」


 開口一番、女性はそう口を開いた。

 おずおずとした態度ながらも、消されたはずの沙羅の本名を出され、瑞揶は警戒する。


「いるけど、何の用?」

「あぁ、敵意はないんです。そんなに睨まないでください」

「信用すると思う? うちの家族に手を出そうって言うなら――」

「そんなとんでもないっ! 私はあの子のお姉ちゃんですよ!?」

「……え」


 女性から発せられた言葉に、瑞揶は拍子抜けといったように声を漏らし小首を傾げた。


「そうですね。自己紹介からしないと」


 女性は思いついたかのように両手を合わせてひとりごとのようにいう。

 そうして一つ咳払いをし、改めて瑞揶の瞳を見た。


「初めまして――セイファル・ダス・エキュムバド・ラシュミヌットと申します。サイファル――私の妹は、ここにいますね?」


 にこやかに笑って挨拶するセイファルに、瑞揶は緊張が解けて頭をかき、同じように自己紹介をした。


「響川瑞揶です。沙羅――サイファルなら、いますけど……用件がわからないと会ってくれないと思う」

「そ、それはそうよね……。うぅ、どうしよう。依頼関係でサイファルが呼ばれているって言っても、来てくれないかもだし……」

「依頼?」

「はい……私とサイファルの、実母(・・)から――」

「…………」


 瑞揶は(いぶか)しみながらもセイファルを見た。

 慌てふためき、嘘をつくほど不器用な人には見えない女性。

 瑞揶は1つ頷き、万が一のために沙羅に対して魔法を一切使わせないよう超能力を、密かに適用した。


「上がっていいですよ」

「え? ほ、本当ですか!!?」

「うん。少なくとも僕は、話ぐらいは聞きたいから」

「ありがとうございます!! さ、サイファル、お姉ちゃんはやっと……グスッ、ヒッグ……」

「え、えーと……」


 何を感極まったのか、涙を流すセイファルに瑞揶は戸惑う。


「あ、ご、ごめんなさいっ。やっと会えるから、嬉しくて……」

「よっぽど沙羅のことが好きなんですね……」

「だって唯一本当に、同じ血の通った妹だもの……」

「…………」


 涙を流しながら笑うセイファルを見て、瑞揶も笑った。

 同じ血の通った人間がいない瑞揶も、同じ血の通った兄弟がいたら、こんな風に無条件で喜んだかもしれないのだから。


「そろそろ、上がってください」

「はい……お、おじゃまします」


 妙にわくわくしたセイファルを家に入れ、瑞揶はリビングに向かった。

 瑞揶の影に気付いた沙羅が声をかける。


「遅かったわねー。何を話し込んで――」


 沙羅が言葉を続けようとして、静止した。

 文句を言われた瑞揶は弁解をする。


「ごめんね。ちょっと沙羅に用のある人が――」


 しかし、瑞揶も言葉を詰まらせた。

 沙羅の姿が掻き消え、同時に後方で強い物音が聞こえたから。


「ガフッ――!?」

「アンタ王血影隊(ベスギュリオス)ね? 私に何の用かしら? 場合によってはその首を跳ねるけど?」


 沙羅はセイファルを組み敷き、手には刀を持ってセイファルの首に押し当てていた。


「う、腕は鈍ってないのね……でも、もうちょっと歓迎の仕方をうぐっ!?」

「黙りなさい。今更私を追う理由なんて、始末しに来た以外にありえないわ。でも家族の前だからまだ生かして――」

「沙羅、警戒しすぎ」

「え?」


 沙羅は驚いている間に瑞揶に持ち上げられ、セイファルは体の自由を取り戻す。


「ちょっ、ちょっと瑞揶!!?」

「わー、沙羅軽~い」

「ふざけてる場合じゃないのよ!? わかってんの!?」

「あのね、僕が入れたんだよ? もうちょっと信頼してくれてもいいのになぁ」

「アンタだったら殺人鬼だろうと家に入れそうじゃないの!!」

「えー……僕信用ないなぁ……」


 瑞揶は沙羅を下ろし、沙羅は瑞揶を守るように前に出る。

 セイファルは立ち上がり、また泣いていた。


「……何泣いてんのよ?」

「だ、だって、妹がこんなに立派で……お姉ちゃん嬉しくて……」

「……はぁ?」


 突然泣き出したセイファルに、沙羅は刀を落とした。

 演技などではないガチ泣きである。


「……なんなの、この子?」


 思わず沙羅は瑞揶に訊く。

 瑞揶も苦笑しながら答えた。


「沙羅と同じ母を持つ人……だって」

「――――!」


 沙羅は口を開けて驚いた。

 父親は全て魔王、しかし母はわからないのだろう。

 だからこそ、同じ母を持つ――同じ血の通った姉妹に会うなどということは普通ありえないのだ。


(――コイツが?)


 驚愕の目でおいおいと泣くセイファルを見る。

 沙羅と顔つきは似ているが、それは同じ部隊では良くあることであり、半分は同じ魔王の血が通っていることからありえることだった。

 だが――


 ピヨッ、ピヨッ。


(あの2本のアホ毛がなんとも……まぁ、信じるのも吝かではないにしても――)


 それでも、沙羅は冷静にセイファルを見ていた。

 瑞揶の能力で存在が抹消されているとはいえ、逃げ出した身である沙羅を殺しに来る魔人がいて不思議はないのだから。







 サイファル・ダス・エキュムバド・ラシュミヌットは、セイファル・ダス・エキュムバド・ラシュミヌットの妹であり、年の差は2つの姉妹である。

 セイファルたちの母は魔界の国の一つ、ラシュミヌットの王女フォシャルが魔界全土における最高権力者である魔王の側室に迎え入れられ、2年間役割を従事た。

 王女の子であろうと、妾及び側室の子は全て魔界全土を統治するため、影で活躍する部隊、"王血影隊(ベスギュリオス)"に入隊させられる。

 入隊させられてから、フォシャルはセイファルの情報だけを掴み、セイファルに文通を行っていた。

 その内容にはセイファルに妹がいること、戦地に向かわせてしまい、母として申し訳なく思っていること、フォシャルが貴族に嫁いだことなど、状況報告も多かった。

 そんな中、直接の依頼がセイファルの下にやってきた。

 妹を連れて参上しろ、という命令だった。


「……へぇ~」


 セイファルの話を聞いた沙羅の感想はそれだけだった。

 これには瑞揶も驚いて目を丸くしている。


生憎(あいにく)、私は行く気ないわ」

「え……そんな……」

「いまさら私は魔界に行く気はないし、母親だって私にとっては他人にも等しい。それは貴方も同じよ、セイファルさん」

「うぅ……」


 沙羅のキツイ物言いに目線を落とすセイファル。

 瑞揶は少し怒ったようにして沙羅に反論した。


「ちょっと沙羅、あんまりじゃない? 一緒に行くぐらいならいいんじゃないの?」

「あのねぇ、瑞揶……アンタの能力はコイツとその母親に届いてないのよ? アンタの能力が適用されてないって言いたいんじゃないけど、強い魔人は絶対的な力も無効にする。ナエト以外にも、それが2人もいる。私が魔界に行く、どんなにリスクが高いかわかってるの?」

「むぅ……」


 能力が効いてないのは瑞揶も責任を感じ、押し黙ってしまう。

 魔界に行って沙羅がその知人に会う可能性自体は低いが、出会えばどうなるかわかったものではないのだ。

 ナエトのように説得できるとも限らないのだ。

 沙羅とて、行くだけでミッションの手助けができるなら行きたい。

 しかし、それよりも平和を望む。

 当然の結論なのだ。


「私は――ずっと覚えてたよ。サイファルのこと……」


 唐突に涙を零し、セイファルは語りだす。


「私には妹がいるんだって……10年以上……いつもサイファルって名前が死亡者リストにないか……心配で見てて……もし会えたら、なに話そうかなって……いつも考えてて……だから……忘れることすら、私はなかったよ……」

「…………」


 セイファルの言っていることは、事実だと言うことが2人には理解できた。

 彼女がサイファルを覚えていることが、何よりの証拠――。


「ねぇ、沙羅……」

「惑わされないで。彼女はエージェントよ。演技ぐらい……」

「本当にそう思うの? 僕は少なくとも、もう少し沙羅と話して欲しいなって思うんだけど」

「…………」


 覚えてくれている。

 それだけでセイファルのサイファルに会いたい思いはわかりきっていた。

 それでも沙羅は、今更魔界なんて認められなかった。


「……もう、いいよ」


 ふと、セイファルが呟いた。

 2人の響川の視線が彼女に集まる。


「どうせ……私に1つバツが付くだけだから……。妹も……いきなり貴方のお姉ちゃんなんて言っても、信用できないよね……」

「バツが付く?」


 呟きの中にあった言葉を瑞揶が拾う。

 セイファルは一つ頷いて説明した。


「妾、側室の子は年に数百人生まれる。何千人も魔王並みの力を持つ人がいたら大変だから、入隊初年を除いて5回任務に失敗したら、殺されるの……」

「!!」


 瑞揶には衝撃の事実で目を見張らせるも、沙羅は黙っていた。

 沙羅もかつて、何人も仲間が死ぬさまを見てきたのだ。

 同情する暇などない。

 しかし――。


「沙羅、行こう」


 瑞揶は見殺しにできるほど冷酷ではない。


「……瑞揶、5回バツが付かなきゃいいのよ? コイツはまだ死なないわ」

「そうかもしれなくても、目の前にいて、助ける方法があるならそうしようよ!」

「そんな義理もないでしょ!? こんなことで危険を(おか)すなんて……」

「危険なんてない。僕が絶対守る。だから行こうよ!」

「ツッ……」


 いつも以上に力強い瑞揶の言葉に、沙羅はたじろぐ。

 あらゆることが可能となる瑞揶の能力、守ると言う言葉に絶対的な保障がなされるのだ。

 しかも、家主の頼みであり、もはや沙羅も引くに引けなかった。

 半ばやけになり、沙羅は言い放つ。


「わかったわよ!! 行けばいいんでしょ! 行ってやるわよ! それでいいわね!!?」

『!!』


 沙羅が観念すると、瑞揶とセイファルは目を丸くし、2人して沙羅に抱きついた。


「沙羅、ありがとーっ!!」

「さーちゃん!ありがとうっ!!」

「ちょ!? なんでひっつくのよーっ!!!」


 2人に抱きつかれて叫ぶも、2人の耳には届かないのであった。


 これが始まり。


 サラとセラの物語――。

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