第十一話
昼過ぎに沙羅が起きてすぐ、第一回響川家家族会議が始まった。
というか、僕が一方的に沙羅の要求を呑まされるだけだけど。
「いい? 家族を心配させるんじゃないの。あんな自分を蔑ろにするようなマネは二度としないって誓いなさい」
「えーと、その……」
「なんか文句でも?」
「い、いや……ぜ、善処するよ……」
「よろしい。それから、今日の夕飯はハンバーグよ。デミグラスソースでね」
「それは別にいいけど……」
「暫く夕飯の決定権はないと思いなさい」
「いつも決定権ないよ……」
いろいろ言われるがままに家族会議は終わってしまった。
結局、自分を大切にしろということと普段と変わりないけど夕飯は夏休み中僕が作るということぐらいしか言われず、あまり変化はない。
「今日は暇ねー」
「そうだねー……今日と明日はすることないね」
夏休み初日に作った計画では、今日と明日の予定はない。
こういう休みもいるよねー、と話して空けた間だったけど、こうしてみるとやることがない。
宿題ももう終わらせてあるし、趣味をするならケーキでも焼きたいけど、材料買いに行かなきゃなぁ。
「沙羅は今日どうする?」
「そうねー……理優でも呼んで遊ぼうかしらね?」
「あ、じゃあ僕はケーキ作ろうかな」
理優は甘いもの好きだから、ケーキを作っておけば喜ぶはず。
買い物に行くのは億劫だけど、
「ケーキ!? チョコレートケーキがいいわ!」
「はーい。じゃ、材料買ってくるよ」
沙羅も喜んでくれているようだし、足を運ばせるとしよう。
◇
「いい加減、貴様との遭遇率に呆れるんだがな。エアコンの故障ももう直っているだろう?」
「いいじゃん、どーせナエト暇でしょ?」
「殴るぞ貴様!?」
「いたいけな女の子に暴力はダメでしょ〜」
「ああ言えばこう言いやがって……」
ときは8月13日、昼時。
またもや図書館に現れた天敵に、僕はファミレスで昼食をおごらされていた。
魔王の嫡男だから金はある、おごるのは構わない。
しかし、これがおごってもらう奴の態度か!?
しかも10日以上続いているし……こいつ、本当は昼飯をたかりに来てるだけだけなんじゃなかろうか。
いい迷惑である。
「貴様、本を読め。少しはそのうるさい口も閉じるだろ」
「朗読しろって? 官能小説でいい?」
「もう本も読まなくていいから黙っててくれ……」
「アタシの口を閉じるにはクレジットが必要です」
「そんなことで金取るのか!?」
「30分1万円ね」
「高すぎだろう!!?」
いろいろツッコミ所の多い女だ。
むしろここまでくると黙られる方が気持ち悪い。
「ま、彼女もいない寂しいナエトに、夏の思い出をプレゼントしてあげてるんだからさ、いいじゃん」
「服装見直してから出直して来い」
今レリが着ているのは子供の落書きのような怪獣が書かれた1ポイントTシャツに、その上からオーバーオール。
とんでもなく似合ってない。
なんだ、その蛙のような絵は。
人間界でこんなのが流行ってるのか?
絶対ありえないな、うん。
「うわー、この服馬鹿にするとか。まぁアタシもこの服装はありえないと思うけどね!」
「だったらなんで普通に着飾ってこない!?」
「これはナエトが服を買ってくれるっていう暗示だよね、うん」
「結局たかる気か貴様ー!?」
「神の啓示だからしょうがないよね?」
「貴様の心の啓示だろうが! 僕は知らん!」
「ケチだなぁ」
「それ以前の問題だろうが!」
なはははと笑うレリに頭を抱える。
こんなことのために時間を使い、どんどん夏休みをすり減らすなどあまり好ましいことではないのだ。
「ナエトはさー、扱いやすいよね」
「とんでもなく失礼だな」
「だってさ、なんだかんだいってアタシに付き合ってくれてるわけだし。ツンデレなの?」
「安心しろ、貴様にデレた事などないから」
「素直じゃないねぇ」
「勘違いしているなら一生し続けていればいいさ」
フンと鼻を鳴らし、冷めたコーヒーを啜る。
こいつと話しているのは飽きないが、いろいろ複雑な気持ちになる。
「しかし、お前も暇な奴だよな。僕と毎日会ってこうして昼食を食べて……家で何してるんだ?」
「特に何もしてないかなー。まぁ、与えられてる役割もこなせないし、夏季休業だよ、ホント」
「役割……?」
聞き捨てならない言葉だった。
学校があるときに、こいつは何かしているのだろうか。
成績は下位、委員会にも入ってなかったはずだ。
「貴様、何かしているのか?」
「そうだよ。アタシは天使。神の使い。まぁ純朴な天使も今は多いけど、アタシはそーいう天使じゃないんだよ」
「……何を言っている?」
「天使には天使のシステムがあるの。アンタにはわからないよ。アタシだって魔界のことはさっぱりだからさ、そうでしょ?」
「…………」
確かに、天界のことは僕には良くわからない。
逆に、レリは魔界のことを知らない。
しかし、僕はただの人間界との親交のためで、レリの目的はわからない。
だが、これだけ僕に付きまとってくるということは――。
「あ、その顔、僕に何かしようとしてるな! って顔だ! アンタじゃないから、自意識過剰すぎ」
「貴様そろそろ本気で殴るからな!?」
「あっはっはっはっは」
嬉しそうに空笑いし、テーブルを叩く。
なんだか馬鹿らしくなり、ため息を吐いた。
「ただね、アタシがこうしてるのは、アタシがしたいからだよ」
「は……?」
「なんだかんだ、夏休み堪能してるんだよねー、これでも」
「わけのわからんことを……」
深くは言及せず、コーヒーを啜った。
コイツの方がツンデレなんじゃないのか?
「今日も平和だね」
「貴様のせいで僕の心は平和じゃないがな」
軽口を言いながら緩やかに時間が過ぎてゆく。
こんな日が続くが、なれつつある自分が一番怖いのだった。
◇
「家族って難しいわよね」
「沙羅、急にどうしちゃったの?」
ソファーに寝そべった沙羅の唐突な呟きに驚きを隠せずにいた。
沙羅が哲学に目覚めちゃうなんて、こんなのありえないもの。
僕は洗い物を中断してソファーに座った。
「私にとって、家族は瑞揶よ」
「え? う、うん……」
「だけど、私にはたくさん、半分血の繋がった兄弟がいるのよ。その一部、仲良かった奴以外は他人同然だけど、それでも家族なのかしらね、って。そう思ったのよ」
「うーん。難しいね」
僕の場合なら、旋耶お義父さんは家族だし、その息子……僕の兄弟にあたる人も僕は家族だって思ってる。
ただお義母さんは……僕を邪険にしていたし、あまり家族だって思いたくない。
だとするなら、都合のいいように自分が家族と思うか思わないかっていうのはあっても、血の繋がりや同じ氏を持つという事実は変わらない、って結論かな。
「僕はそれなりに自分の考えで家族があるけど、どうしてそんなこと考え始めたの?」
「さぁ……旅行に行ったからかしらね。瑞揶は私のこと家族って言うけど、それは何でなの?」
「だって、同じ家で同じ生活して、こんなに家族らしいことないよ」
「家族らしいの?」
「家族らしいよ〜」
「本当に?」
「本当だよ〜」
「…………」
さんざん訊いてまた1人で考え始める沙羅。
まぁまぁ、こういう難しいことを考えて大人になっていくと思おう。
なんて、父親っぽいかなぁ……。
「どこぞの馬の骨なんかに、沙羅はわたさなーい!」
「はぁっ!?」
「どう? 家族っぽかった?」
「アンタ……いや、なんでもないわ……」
「え、なに? ていうか、顔赤いけど大丈――」
「ぬああぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
「なんで蹴りっ!!?」
飛び上がってからの蹴りを食らい、僕は意識を失った。
最近また沙羅の暴力が復活している気がする。
なだめた方が良いのかなぁ……うぅ……。
そんな甘いことを考えているのも束の間のこと――。
このとき、僕はもっと、家族について沙羅と話し合っておくべきだった。
夏の風に吹かれて現れた新しい戦いに、身を投じる羽目になる前に――。
8月14日。
「初めまして――セィファル・ダス・エキュムバド・ラシュミヌットと申します。サイファル――私の妹は、ここにいますね?」
暑い夏を吹き飛ばす暴風が、2人の前に現れた――。