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連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜  作者: 川島 晴斗
第二章:収束するアンサンブル
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第四話

 じーじーと鳴く虫の音が聞こえる。

 みんみんと鳴く蝉の声も、地面を突く鳥の音も、優しく夏の小森から聴こえてくる。

 かんかん照りで今日も暑いのに、周りの木々が作る日陰が熱を遮ってくれている。


「沙羅、見て見て〜。鳥さん達が居るよ〜」


 僕が沙羅を呼ぶと、スニーカーで草を踏みながら沙羅がやってくる。


「何よ、ただの鳩じゃない。って言うか、なんで私たちはこんな林の中を進んでるのよ!」

「え、今日は山登りだよっ?」

「一向に登る気配ないじゃない! まだ300mも登ってないのに何しとるんじゃあああ!!!」

「えぇー?」


 ぶりぶり怒る沙羅だったけど、まだ時間は10時半。

 朝9時ぐらいから来てたけど、標高1000mもない山だから、ゆっくりと登りたかった。


 というわけで、今日は響川家の2人で山登り、そのついでに温泉旅館に泊まるという一泊二日の旅行に来ていましたっ。

 やま〜、やま〜♪


「沙羅は早く登りたいの〜?」

「早く登って温泉宿でゆっくりしたいわ。なんてったって、幸運アップ効果のある湯があるのだから!!」

「……沙羅は強運を求めるほど、運が無いとは思えないんだけどね」


 温泉宿は当然ながら沙羅が決めていた。

 テレビで幸運を得る温泉旅館を知ったようでそこに泊まる事になってるんだけど、温泉に入るだけで良いことあるのかなぁ?と僕はあまり信じていないのだった。


「ほら、登るわよ! 暑いし、早く休みたいでしょう?」

「暑いね〜。リュックのせいで背中が蒸し蒸しする〜」


 お互いに今はリュックを背負っている。

 荷物は着替えとお茶、その他日用品だけなんだけど、背中が暑くなるから別の入れ物を使えばよかったかもしれない。

 しかし、登山といえばリュックのイメージ……ううむ、やっぱり外せない〜っ。


「ほーら暑いんじゃない。早く登るわよ」

「えー? 仕方ないな〜」

「仕方なくないわっ! 行くわよ!」

「はーい……」


 渋々沙羅に着いて行き、規定の山道に戻る。

 木陰がなくなって余計暑くなり、髪の量が男子としては多い僕は頭が蒸し蒸しして汗も多く流れた。


 山を登っている中で、老若男女問わずいろいろな人とすれ違い、たまに挨拶を交わす。

 どの人も楽しそうに登っていて、僕も登っているだけで笑顔になっていた。

 しかし、ひ弱な僕は体力が尽きるのも早く、600m付近にて休めるぐらい広い道とベンチがあったため、僕は提案する。


「少し休憩しない……?」

「もう? 山頂は近いわよ?」

「あと300mもあるよぅ……」


 傾斜だから当然300mだけとはいかないけど、どっちにしても僕の体力はあまりなかった。

 ここで休まないと途中で歩けなくなっちゃう……。


「……。まぁ、いいわ。水分補給も大切だし、瑞揶に倒れられても困るしね」

「た、倒れないよぅ……でも、ありがとうね」

「いちいちこんなことで感謝されても困るわ」

「あはは、沙羅が照れてる〜」

「照れてないわっ!」

「いたっ」


 軽くおでこを小突かれる。

 やっぱり沙羅はまだまだ元気だなぁと思いながら、2人でベンチに腰掛けた。


「熱いっ!?」


 座ったベンチが熱くて思わず立ち上がる。


「当然でしょ? 誰も座ってなかったんだから、太陽光吸収しまくりよ」

「うぅぅ……涼しいところに行きたいぃ……」

「高い所は温度が低いのよ。涼しい所に行きたいなら登るしかないわ」

「むぅう……」


 渋々とベンチに腰掛け、荷物を横に置く。

 水筒を取り出し、蓋のコップにお茶を淹れて一杯頂いた。


「落ち着く〜……」

「何を(なご)んでるのよ……」

「お茶飲んだら和むよ〜?」

「はいはい……」


 そう言っている沙羅を見ると、鼻先まで汗をかいた汗を拭おうともせず、水筒のお茶をぐびぐびと飲んでいた。


「沙羅、汗拭かないとダメだよ〜」

「は? いいじゃない別に。どうせこの暑さじゃ流れるだけ流れて乾燥したりしないわ」

「むむぅ、それもそう……かなぁ……」


 僕だって汗をかいているけど、沙羅みたいにダラダラかいてるわけじゃないし、時折ハンドタオルで拭いてたから汗まみれじゃない。

 なんだろ……夏は汗をかくのが好き、とかなのかな?


「沙羅、暑いの好き?」

「嫌いに決まってるでしょ! さっさと登って温泉行くわよ!」

「う、うん……」


 どうやらあては外れたようだった。

 沙羅の気持ちはわからないなぁと思いつつ、ある事を思いつく。


「そうだっ。沙羅、ちょっとそのままでいてね」

「なによ……って、あらっ?」


 沙羅が小さく驚いて自分の身の回りを見る。

 しかし、さっきまでと変わってるはずもなく、原因であろう僕を見てきた。


「……何したの?」

「沙羅の周りの気温を10℃下げたんだよ〜。山行きたいって言ったのは僕だし、暑い中付いてきて貰うのも悪いからね。ほら、汗拭いて」


 そう言ってハンドタオルを沙羅に渡す。

 僕の超能力は汎用性が高くて良かったと、久し振りに思えた。

 沙羅はタオルを受け取って渋々顔に着いた汗を拭い、一度タオルを話してジト目で僕に提言する。


「だったらアンタだって、暑いの我慢しなきゃいいのに……」

「あはは……僕はね、こういう辛い環境で休み休み歩いて、のんびりと山頂に行けたらな、って思うんだ。だから、僕が辛い分にはいいんだよ〜」

「……まぁ、人間と魔人じゃ体力も違うしね。これなら私は暑さも辛くないし、ゆっくり行きましょ」

「やった〜。のんびり歩いてさ、自然を堪能しようねっ」

「そうねー……折角来たんだし、いろいろ見ましょ」

「うんっ!」


 元気よく返事を返す。

 そう、折角来たんだもの。

 2人、家族で。

 ゆっくりと満喫したいと思うけれど……。


「…………」


 隣に座る沙羅からの視線を感じる。

 不思議に思って、僕は訊いてみた。


「どうしたの?」

「……いや、なんでもないわ」

「えー? 僕の顔に何かついてたりしない?」

「そんなんじゃないから、安心しなさい」

「ぶー……沙羅、僕に何か隠してる? 別に無理に聞いたりしないけどぉ〜」

「本当になんでもないことなのよ。気にすんなっつってんだから気にしないで」

「うぅ……はい……」


 なんだかとっても訊いて欲しくないようで、僕は渋々頷くしかなかった。

 なんなんだろ〜な〜?

 気になりつつも沙羅が怖いから聞けず、再び山に登るのだった。







 瑞揶がるんるんと山を登る中、沙羅はずっと彼の背中を見て考え事をしていた。


(瑞揶……夏の暑さをわざわざ耐えてるのはなんなの……。本当に夏を感じてたいだけ――?)


 それはずっと疑問に思っていた事だった。

 沙羅はまだ、瑞揶と初めて会った日のことを覚えている。

 死んで、そして生き返った人間、その時を忘れられるはずがない。


 瑛彦の言った、瑞揶は自傷行為を(いと)わないという言葉を沙羅はずっと心に残していた。

 瑞揶は自らを(かえり)みず家事をし、辛い事を受け入れるタチがある。

 だからこそ、余計に心配だった。


(こんなに可愛くて優しい奴なのに――)


 上を行く少年を見ると、「やま〜♪」と無邪気に言っている。

 こんな姿を見ると心配も杞憂にしか思えない。

 しかし、瑞揶が入っている1階奥の部屋が気になるのだった。


 夏休みに入っても毎日瑞揶はあの部屋に行っているが、あの部屋で何が行われてるのか、どうしているのか、沙羅は知らない。

 しかし、今日はあの部屋に行く心配がないため、いつもよりか沙羅の心は軽い。


(なんにしても、私が支えてやればいいんでしょ……。まったく、しょうがない子ね)


「沙羅〜! 着いた〜!」

「ええ、そうね〜」


 そうして2人で、頂上にたどり着いた。

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