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連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜  作者: 川島 晴斗
第一章:愛惜へのオーバーチュア
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第四十一話

「さて……」


 ため息混じりに沙羅が言い、1-1教室の一角にある机に紙を2枚叩きつける。

 その目前に居るのは瑛彦とレリだった。


「この点数、どういう事か説明してくれるんでしょうね?」


 2人にそう問い詰める沙羅は鬼のようだった。

 2人はしゅんとしてしまい、それぞれに叩きつけられたテストの結果など見ない。


「……アンタらねぇ、目ぇ逸らしてても仕方ないでしょ!? 何よ! この一桁の点数は!?」

「うぐっ……」

「がはっ……」


 一喝の前に2人は嗚咽しか漏らせずにしどろもどろになった。

 それが尚のこと沙羅の怒りを増幅させ、仁王立ちした彼女に説教を食らっている。


「……沙羅ちゃん、えげつないなぁ」

「あはは……でも、仕方ないよ。3教科補講行きだもん……」

「それは……いろんな意味で凄いね」


 僕は隣の理優を納得させ、2人で苦笑を浮かべる。

 うちの学校は国語・数学・英語においては点数が悪いと補習の対象になり、夏休みにまで学校で勉強しなきゃならなくなる。

 瑛彦とレリは、前回のテスト11科目の合計を、全教科足しても150に満たないという結果を取ってしまい、大変なことになっていたのだ。


「むしろ150点すら下回るのが理解できん。授業を聞いてある程度勉強していれば、90点台は取れるだろうに」


 ナエトくんも本を読まずに会話に参入してくる。

 彼の言ってることは最もだし、僕も殆どが80〜90点台で期末テストを乗り切っていた。

 沙羅とナエトくんはほぼ全教科満点で、理優も平均点以上をキープしていた。

 今日はバイトで居ない環奈も、生徒会長の元で勉強したらしくて殆ど70点を超えたらしい。

 代わりに生徒会長は点を落としたというのは余談だけど。

 そんな中、平均して1教科10点前後しか取れてない瑛彦達はヤケになった言い訳を始める。


「俺たちはそんなに勉強好きじゃねーんだよー!」

「そーだよそーだよ! 勉強ばっかりしてるつまんない奴とは違うんだから!」

「……それは僕に対する当てつけか?とは言え、バカになんか言われたところで怒りはしないがな」

「……なのになんで私に対しては怒るかね、コイツは?」

「貴様の事が嫌いだからだっ!」

「ならとっとと退部すりゃいいのに……」


 沙羅はどうでもよさそうにそう言い、椅子に座る。


「ともかく、アンタら2人にはみっちり勉強してもらうわ。今やってる程度のことがわからないなんてあり得ないもの。つまんない人間以前の大問題なのよ?」

「ぐ……確かに、今回は勉強しなかったのは反省してるぜ」

「アタシはこれでも、前回のテストよりは点数上がったのにー!」

「レリはどうやってこの高校受かったのよ……」


 沙羅が呆れ果ててそう言うけど、沙羅もテスト受けずに入学したんだよね……。

 特にそこは突っ込んだりしないけど、なんだかなぁ……。


「ま、瑛彦はいいのよ。部活来なくても演奏できるでしょ?けど、レリは目一杯練習してもらわないと」

「じゃあアタシ、文化祭出なければいいんじゃない? そしたら練習しなくていい!」

「ちっとも良くないわっ!!!」

「ひーーん!!」


 沙羅に圧倒され、レリが逃げ出す。

 あぁ、ついに逃げちゃった……。

 そろそろやめさせるべきなのかな?


「さーらっ、あんまり怒っても仕方ないでしょ?」

「……瑞揶は出てこなくていいのよ。悪いのは2人なんだから」

「次は一緒に勉強すればいいでしょ? だから、今回の事は、ね?」


 できるだけ優しい口調で沙羅をなだめてみる。

 ムッとした顔で僕の方を見てくるけど、どうだろう?

 この前のこともちゃんと仲直りできたし……。


「むぅ……瑞揶が言うなら、私は下がるしかないわよ……」

「やった〜っ」


 どうやら、僕が勝ったようだ。

 瑛彦も安堵の息を漏らし、これで万事解決である。


「けど、部活には顔出しなさいよ? そうじゃないと半殺しにするから」

「お、おう……補習と被らなきゃ行くわ」

(よろ)しい。じゃあほら、練習しに行くわよ!」

『おー!』


 沙羅の合図でナエトくんを除くみんなが返事をし、視聴覚室へと向かったのだった。


 夏休みはもうすぐ側まで来ている――。

 家族が、いつも一緒に居る人が出来てからの、初めての夏休み。

 テストの事とかで色々あるけど、練習をしつつ、残りの日数を緩やかに過ごしていけたらいいなって、そう思えた――。







 最近、1階の奥の部屋に2時間ぐらい瑞揶が篭り、げっそりして戻ってくる。

 私の顔を見ると空元気になるんだけど、このことを聞くべきか悩んでいる。

 まぁ、入っちゃいけない部屋とか言うぐらいだから聞いても無意味だと結論は出ているけど。


 しかし、料理してたり裁縫しているときは鼻歌交じりで楽しそうだった。

 たまに「なっつやっすみ〜♪」と言っているから夏休みが楽しみなんだろうけど、テンションの落差が激し過ぎて何かともどかしい。

 というわけで、料理中に手伝いとかしてさりげなく聞こうと思っていたのだけど……。


「今日は暑いね〜♪」

「……いつも暑いじゃない」

「そうだね〜。あっ、外からセミの鳴き声がする〜!」

「…………」


 ドタドタと走ってリビングから縁側に出て瑞揶はセミの鳴き声を全身に感じていた。

 対して、私は漫画を手にソファーに座っている。

 ……もうすぐ完全に夜になるのに、瑞揶は調理にすら移ってない。

 いつもなら作っている時間なのに、今日はどうしたのかしら?

 祭りがあるわけでもないし……。


「……ねぇ瑞揶?」

「ん〜?」

「夕飯、作らないの?」

「作るよ〜っ。今日はね、ホットケーキを多めに作って、それでいいかなーって思ったんだ。ホットケーキ、あまり夜に食べたくない?」

「ううん……それでいいわ」

「わーっ、みんみんみんみーん♪ お腹が空いたら好きなもの食べてていいよーみーん♪」

「ええ……」


 その日は結局、何も聞けなかった。

 夜にはやっぱりげっそりしてたし、一体何なのだろうか?


 そして、また次の日。


「沙羅、今日は外食しよ〜?」


 珍しく外食を申し出てきた瑞揶により、早くも聞くタイミングを逃す。


「……いいけど、なんでよ?」

「瑛彦がねーっ、“瑞っち、男なら豚骨ラーメンだーっ!”って、言ってたから!」

「……あぁ、そう」


 そういうわけでラーメン屋に連れて行かれ、美味しかったから良いにしても、聞こうと思い始めてから聞く機会を潰されている気がする。

 次の日も、瑛彦達とファミレスに行くという事で夕飯の時間を逃した。

 さすがに3日連続ともなれば時間を待って聞く気もなくなり、普通に学校からの帰り道で聞くことにした。


「ねぇ、瑞揶。訊きたい事があるんだけど……」

「え? なに?」


 素早い食いつきに多少戸惑いながらも、少し訊くべきか悩みながらも、悩んでるなら訊いた方がいいと答えを出し、尋ねる。


「瑞揶、最近テンションの落差が激しいわ。元気な時は夏休みが待ち遠しいんだろうけど、1階奥の部屋から出てくると、憔悴しきってる。一体何をしているのよ?」

「……。内緒〜」

「……まぁ、そう言うとは思っていたわ」


 予想通りの答えで、私はこれ以上の追求を辞めることにした。


 瑞揶の秘密、そう旋弥さんが言ったモノは、まだ私が知るには瑞揶との距離がある。

 だいぶ打ち解けているとはいえ、もっと仲良くなって、そう……腹を割って話せるような……。

 もう少し、そこには足りない。


「……ごめんね、話せなくて」

「いいのよ。よっぽどのことなんでしょ?」

「……うん」

「なら良いわよ。夜まではテンション高いし、ギブアンドテイクなんじゃない?」

「……かもね。夏休み……楽しみだけど……」

「…………」


 瑞揶の顔に、また影がさす。

 いつもこうだ、触れられたくない部分に触れてしまうと、どんなに楽しみにしていたことでも、嫌になってしまっている……。

 そんな瑞揶は嫌だ。

 私はコイツを元気にしてやりたいというのに……。

 けど、どうすれば……?


「……いや、なんでもない。ねぇ、沙羅。僕は大体、寝たら忘れるタチだからさ……明日からは元気でいよーねっ」

「……えぇ」


 逆に私が励まされる。

 なんでだろう……家族なのに迷惑ばかり掛けて、この前は怒らせたし……。

 どんどん不安になっていく。

 嫌われてるんじゃないかと、邪険にされてるんじゃないかと。

 こんなことで、夏休みを乗り切れるのだろうか――?


「がしっ!」

「……。……?」


 口でわざわざ擬音を出すとともに、瑞揶は私の頬を掴んできた。

 私は歩みを止め、抱き着いてくる瑞揶の顔を覗く。 


「なによ?」

「えーとね、沙羅が暗い顔してる! 緊急事態! って思いまして……」

「……なんでよ。私はアンタを励ましたかったのに――」


 なんで私が励まされてるの――。

 そう口にする前に、瑞揶が言葉を遮った。


「うん、わかってるよ〜。僕の事、沙羅はいつも励まそうとしてくれるよね。不器用だから、上手くできてないけどっ。あははっ」

「やめて、笑わないで、自分でもわかってるのよ……」


 さすがは家族、なんでもお見通しだった。

 そのおかげでこちとら泣きそうだけどね。

 ズバズバと人のだめ押しして、この男らしくない男は……。


「……あのね、沙羅。そういう励まそうとするのは、気付かれないと嫌われるかもしれないけどね……」

「……そうよね、私なんて嫌いよね」

「えぇっ!? 大好きだよ〜!」

「…………」


 瑞揶の顔を見ると、いつも通りにこやかに笑っていて、その優しげな微笑みに吸い込まれそうだった。

 彼は笑った口元を軽やかに動かし、言葉を続ける。


「なんせ、僕は励まそうとしてる気持ちに気付いてるもん。不器用なのは、愛嬌っていうのかな? 兎に角、沙羅は僕にとって唯一無二の存在だし、それに……」

「……それに?」

「……夏休み、初めての家族2人だもの。7月に入ってから、ずっと楽しみなんだよ……?」

「…………」


 少し恥ずかしげに語る彼は儚げだけど、嬉しそうだった。

 瑞揶はずっと家族と離れて1人で暮らしていた。

 ……そうよね、寂しかったのよね。

 私は寮だったけど、ほとんど1人で過ごしたようなもんだし、気持ちは分からなくもなかった。

 それに、こんなに長期的な休暇なんて初めてだし――家族と一緒。


「僕は……沙羅さえ良ければだけど、行きたい所もたくさんあるし、たくさん遊びたい。僕がこう思ってるのに、沙羅の事を嫌いなわけないよっ」

「……瑞揶」

「だからね、沙羅はいつも通りにしてて。僕も、いつも通りで居られるように、努力するから……」


 いつもの優しげな微笑みを当てられ、抱きしめる力が強くなる。

 ……そうよね、瑞揶だもの。

 こんな素直な奴が、人の事を嫌いになるなんて事は、(ほとん)どないわよね。

 私がそう思えるぐらい、アンタは優しいんだから――。


「……お互い、まだまだって事ね。頑張りましょ」

「うんっ。頑張ろ〜♪」


 明るい声調で、再び帰路を歩き出す。

 さぁさ、2人の家に帰るとしましょうか。


 もう日が暮れそうなほどに暗い空を見つめ、そこに散りばめる星が、なぜか優しく感じられた――。

 もう少しだけ、家族としての自信が持てそうだ――。

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