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連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜  作者: 川島 晴斗
第一章:愛惜へのオーバーチュア
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第四十話

 どうしてちょっとした罪の意識や、“悪い”という単語だけで思い出してしまうのだろう。


 どうしてそれだけで、泣くほど悲しい顔になってしまうのだろう。


 全ては過去を思い出してしまうから。


 霧代は死んだ。


 しかも、後追い自殺――。


 あんな死に方をされるのが、悲しくて――。




 みんなから逃げて保育園の裏口に来ると、どっと涙が出た。

 ハンカチを探し出し、目元に当てる。

 冷たい、夏に感じる涙だからだろうか。

 それだけの理由で、冷たくあればいいのに……。


「……思い出してたんでしょ」

「?」


 ふと聞こえた声に、顔を上げる。

 横を見ると、平然とした様子で環奈が黒髪をなびかせて壁に寄りかかっていた。


「……どうして、わかるの?」

「なんとなく、ね。もう3ヶ月にもなる付き合いだし、わかるよ」

「……そっか」


 同世代で唯一僕が前世の記憶があると知っている少女は、やっぱり長く生きているだけあって察しが良かった。

 きっと、僕の前世についてもお見通しかもしれない。


「前世で何したの?」


 率直に尋ねてくる。

 あまりにもいつも通りの彼女に、僕はたじろぐことしかできず、過去を打ち明ける。


「……僕は間接的に、恋人を殺しちゃったんだ」

「……間接的に?」

「僕のせいで、余命が3日――いや、僕が気付いた時にはその日の終わりまでになってた。それで彼女は、自殺したんだ……」

「……ふーん」

「……他人事だね」

「いや、瑞揶がどれだけ不誠実な男なのかって感服したよ」

「……え?」


 何を言われたのか、よくわからなかった。

 恋人を葬った原因を作った僕が不誠実ということ?

 そんな疑問を浮かべる間に、環奈が回答を提示する。


「それで罪の意識感じてんでしょ? アホじゃん?」

「……なんで?」

「瑞揶の事だし、本気で愛してたんでしょ? だったらさ、1度や2度自分のせいで相手が死のうが、そんくらい許してくれるでしょ。本物の恋人ならね」

「…………」


 言われてみれば、その理論も間違ってはいない。

 仮に僕が霧代に殺されたとしても、許したはずだから。


「そんでもって罪の意識感じて恋人が暗い顔してたら、ウチだったらブン殴って元気出させるよ。好きな人の人生がずっと暗いものだったら、たまったもんじゃないじゃん?」

「うん……」

「だったらそんな顔してんじゃないの。今は家族に沙羅もいんでしょ? ショゲてたら殴られるよ?」

「……そうかもね」


 それで殴られたとしても、僕は自業自得で納得するだろうし、痛いのは贖罪に繋がる。

 そう、いいんだ。

 僕は矢張り――贖い続けるべきなんだ。


「ねぇ、環奈」

「……なに?」


 僕の声は冷えた声色だったと思う。

 それでいて環奈は全く動じずに言葉を返してきた。


「環奈の言った、殺されても許すっていうのは、可能性の1つとしてはあり得るよ。だけど、それ以外の可能性だって十分にあり得る。彼女が――霧代が本当に僕を恨んでないなんて確証なんてない。半年も一緒に居なかったのに……どうしてそんなに少ない時間しか一緒に居なかった相手のために、一生を捨ててもいいと思えるほど親しくなれるのさ。なれない……そんなのは普通じゃない」

「瑞揶、恋愛は理論じゃないよ」

「理論じゃないなんて、そんな不明確な言葉を、どう信じればいいのさ……確証のない言葉ばかり! わからないことばかり言わないでよ! どこに霧代がいる保証があるっていうんだ!!」

「…………」


 環奈は押し黙ってしまい、彼女の悲しみの表情を見て我に帰る。

 すると、自分が涙を流していることに気が付いた冷たさすら感じず、流していた涙、目元のそれを拭いとって謝罪する。


「ごめん、環奈……環奈は僕のために言ってくれてたのに……」

「……いや、ウチこそごめん。瑞揶がどれだけ気負いしてるかも知らずに、軽率なこと言ったよ……」

「…………」


 否定はできなかった。

 軽率か軽率じゃないかはどうかとしても、僕がどれだけ気負いしてるか、それを否定しないために。


「それに、ウチが言っても嫌味にしか聞こえないよね。前世の恋人を見つけたんだから」

「……別に、そういうわけじゃないよ。環奈は参考になることを言ってくれるし、今も気に掛けてくれてたのはわかってるから……」

「……そっか」


 軽い口調でそう言うと、環奈は寄りかかるのをやめる。


「ウチは、もう行くよ。邪魔して悪かったね」

「ううん……僕こそ、怒鳴ったりしてごめん」

「気にしてないから大丈夫よー、っと。……あ、最後に1つね」

「うん……?」


 環奈は僕の元へ歩み寄り、僕の方へと手を置いた。

 少し寂しげな声で放たれた言葉は、確かな助言だった。


「瑞揶、アンタは前世の分も生きてる割に、あまりにも精神が幼すぎる。考える力が足りない。だから、もう少しだけ冷静になって、もう一度考えてみて」

「…………。うん……」


 あまり自信はなかったけど、返事を返した。

 僕は幼いし、女々しい。

 そんな事は自分でもよく分かってるんだ。

 だけど、どうしたら強くなれるのか、まだわからないんだ。


「……じゃ、また明日学校で」

「うん、またね……」


 環奈はそれだけ残して去って行った。

 後に残された僕も、いろいろな思いを抱えながらその場を去った。







 響川家、一階奥の部屋。

 開けてはいけないとしている前世の僕の部屋を模したもの。

 そこに帰ってきて、ベッドの上に寝転がる。

 優しく包み込まれるような感覚があれど、少し暑くて汗が垂れる。

 口を小さく開き、何も映らない天井を、ただ見上げていた。


「霧代、僕の事をどう思ってるんだろ……」


 今までは、霧代が僕に怒っているものだとばかり思ってた。

 優秀な子だった、きっと良い未来が待っていたはず。

 その未来を奪う事に、一番信頼されていたであろう僕が加担してしまった。

 そんな僕に、怒らないはずがない。

 それに――あんな死に方を見せられて――。


「……償いはするべき、だよね」


 それは自身の戒めのために。

 今までは痛みをたくさん感じてきていた。

 最近は何も償いをしていなかったけど、明日からはまた、贖罪として、この部屋で毎日痛みを感じたい――。


 今日はもう遅いし、沙羅も帰ってくるから夕飯の準備、洗濯とお風呂を沸かさないと……。

 それから――。


「……居る、かなぁ?」


 天井に手をかざす。

 環奈は、この世界で前世の恋人に巡り会えた。

 だったら――霧代もこの世界にいるかもしれない。

 会うのは怖い。

 どんな言葉を言われるか、想像できないから。

 でも、でも、自分に正直に、本当に好きだから――。


(――瑞揶の事だし、本気で愛してたんでしょ?)


 環奈の言ってくれた言葉を思い出す。

 本当に、本気で好きだから。

 だから――会いたい。


「この世界の戸籍の名前の中から霧代を検索――」


 目を閉じ、能力を使う。

 脳に浮かぶのは数十億という粒の塊。

 その中から霧代の名前を検索すると、転々と散らばった顔写真は数十枚程度になり、綺麗に頭の中で並べられる。

 これだけ選択肢を絞れば、霧代は――。


「――いない?」


 その中に霧代の顔はなかった。

 居なかった?

 いや、まだそうとは限らない。

 環奈だって、前世とは名前が違ったんだから、霧代という名前ではないかもしれない。


「……検索は止め、戸籍のあるもの……いや、この世界に生きてる人の中から、霧代の心を持った人を検索――」


 外見だって違うかもしれないから、心で検索を掛けた。

 もしも――もしも霧代がこの世界に生きているなら――。

 そう信じて、処理を待つ。

 頭の中に浮かぶ無数の顔写真は徐々に消え、闇に帰っていく。

 そして――全ての写真が、消えた。


「…………」


 やつれた目を開ける。

 天井に浮かぶのは薄明るく反射した照明だけで、霧代の姿など浮かんでいなかった。


「……いないっ、かぁっ……」


 霧代はこの世界にいなかった。

 きっと同じように転生させられてると思ったけど、いるわけがないよね。

 だってあの性悪死神が、僕をこの世界に転生させたんだから――。


「……儚い夢だったなぁ」


 後に残るのはため息と今日の疲れだけ。

 もうこの事はいい。

 いつ沙羅が帰ってくるかわからない以上、夕食を作らなくちゃいけない。

 僕はベッドから起き上がって立ち上がり、部屋を出ようとした。

 その時――




 ――違う、違うの、瑞揶くん――


 淡い、少女の声が聞こえた。

 同時に部屋を見返す。

 部屋は暗がりの中のままで、聴こえてきた声の持ち主など居はしない。


「霧代……。いや、気のせいか……」


 今日は久しぶりに、思い出し過ぎた。

 こんな幻聴が聴こえても、おかしくはないだろう。

 僕は頭を振り払い、その部屋を退出した。

瑞揶は霧代が後追いしたと思い込んでいます。

そこがトラウマなんですよね……。

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