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連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜  作者: 川島 晴斗
第一章:愛惜へのオーバーチュア
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第二十六話

前半はのほほんとしてます。

後半はもう忘れてしまわれたかもしれないキャラが出ます。

 土曜日、それは学業もなく、学生である私たちにとっては休日。

 家に居るのは些か勿体無く、まだ私はこの街の地形に詳しくないし、色々見に行きたい。

 けども、そろそろ私の家事の量を増やさないといけないとも思う。

 瑞揶はあれから何も言わないけれど、私は気にしていたのだ。


「……はぁ」


 自室に1人、下着姿でベッドの上に大の字になって寝転がる。

 部屋を与えられてからというもの、この変わりなき部屋。

 そういえば、こんな風にできるのも瑞揶のおかげなんだ。

 そう思うと、もっと彼に尽くすべきだと自分に言い聞かせる。

 だけど、瑞揶はいつも苦も無さげにニコニコして家事をしていて、自分が何をしていいのかわからない。

 家事の技術だって瑞揶の方が上であり、私が勝てるのは学習能力の高さぐらいである。

 勉強も、瑞揶には必要がないであろう。

 自分にできることがないのがもどかしくあった。


 考え事をしていると、コンコンと2回ノックの音がある。

 私は上体を起こし、上から白いシャツだけ着てどうぞと返した。

 入ってきたのは当然瑞揶で、片手にはお盆がある。

 載っているのはチョコレートケーキが2切れとカップにポット……匂いからして紅茶であろう。

 今日はどこかに出かけたなんて聞いてないし、買ってもないから手作りだろう。


「おやつだよ〜っ。って、沙羅……下に何か履いてよ」

「……パンツ履いてるから良いじゃない」

「ダメだよーっ、だらしないっ。そんなんじゃ将来お嫁にいけないよ?あと3年後には結婚可能年齢なんだから、今のうちからちゃんとした習慣身に付けてねっ?」

「……下着姿見ても説教しかしないアンタの感性には言葉を無くすわ」


 私は渋々クローゼットを開いて適当な短パンを手に取る。

 瑞揶は視覚的な欲望がないのはちゃんと理解できてはいるが、半身見せて何も思われないって、女性として……ちょっと思うところがあるわね。

 なんて考えながら短パンを履いてる間に、瑞揶は部屋にある四角い白テーブルの上にお盆を置き、ケーキとカップを置いていた。


「ねぇねぇ、沙羅? いつも部屋掃除してて思うんだけど、もっと色々買わなくていいの? 近くのデパートの行き方はもうわかってるよね? 買わなくて大丈夫?」

「……質問が多いわよ。とりあえず、今は欲しいものもないわ。それに、瑞揶のお金だし……私が使い過ぎるのも困るでしょ?」

「僕は大して困らないよ? 毎週日曜日に僕が出かけてるでしょ?」

「そうね」


 瑞揶の正面に座りながら返事を返す。

 目の前のホワホワした少年は日曜日に朝から家を空け、その日のうちなら昼夜問わず帰ってくる。

 その間は能力を使って世界各地で働いてる、みたいなのは聞いていた。


「それで働いてるのがお給金が良くて、たくさん貯金があるから大丈夫!」

「たくさんって、幾らぐらいよ? それ知らないとなんとも言えないわ」

「……最近は明細見てないけど、10桁の額なのは確かだと思うよ?」


 なんでもないように瑞揶は言うが、10桁つったら……10億以上?


「どこまでも規格外よね、アンタ……」

「むーっ、僕は能力だけの人間じゃないよーっ。料理もお裁縫も音楽の技術も、全部独力だけだもんっ」

「はぁ? なんで能力に頼らないのよ? 使わなきゃもったいないじゃない」

「……うーん、なんて言えばいいかな? 生まれ持った力だけに頼ってても、成長しないでしょ? いざ能力がなくなりでもしたら、僕はただの人だもの。その時に、能力以外の持ち合わせた力……自分の力があれば、不便じゃないでしょ?」

「……。それもそうね」


 納得して頷くと、瑞揶はふふんと鼻を鳴らして笑った。

 それもそうよね、力だけに頼って生きるのはだらしない。

 凄いのは自分じゃなく能力なのに、それを糧にしかしないで生きるのは滑稽だって理解できる。


「ごめんなさい、軽率なこと言ったわ」

「ううん、謝んなくていいよ〜っ。それより、食べよう〜!」

「……ええ」


 私は目下のケーキに目を落とした。

 茶色いスポンジの中にチョコクリームが入っており、上部には生クリームのホイップとチョコのかけらが幾つか乗っている。

 見栄えもなかなか良くて、15歳の少年が作るケーキとは思えない。


「お茶は〜、なんと紅茶〜♪ 紅葉の色の〜お茶〜♪」

「何歌ってんのよ……。即興でもそれはありえないわ」

「ぐぅっ、沙羅の言葉が心を抉るぅ〜♪」

「何言ってんだか……」


 瑞揶がポットの紅茶を2つのカップに注ぎ、かたっぽを私に渡した。

 それを一口飲んでみるが、熱過ぎず少し冷めているし、ほろ苦さが私にはしっくりくる味だった。

 瑞揶の事だから砂糖多めかと思ったら違うみたい。


「どうしたのよ、アンタが苦いの淹れるなんて?」

「え、苦かった?」

「いや、私には丁度いいのよ。アンタには苦いんじゃない?」

「ふふん、僕も大人になるからね。このくらい――ブフウッ!?」


 彼は自分の淹れた紅茶を口元に運んで吹き出した。

 幸いにも彼のカップの中でぶちまけられ、私には一滴もかからなかったけど彼の顔はビチャビチャだ。


「ううっ……あと6杯は砂糖入れとけばよかったよぅ……」

「何涙目になってんのよ……ほら、ティッシュ」

「……ありがとう」


 私から箱ごとティッシュを受け取り、2枚取って瑞揶は顔を拭く。

 ……こうしてると、私の方が大人なのよね。

 瑞揶はなんだか、出来はいいのにドジな可愛い息子、みたいな……そんな雰囲気を醸し出してる。

 私の母性本能がかなりくすぐられるわね。


「……こんなこともあろうかと、スティックシュガ〜。ふんふーん♪」


 瑞揶はすぐに調子を取り戻し、黒髪を揺らしながら紙でできた棒の中にある砂糖をカップに入れる。

 ……さっきから思うけど、今日はやけにポジティブというか上機嫌というか、どうしたのかしら?


「何かあったの?」

「え、なにが?」

「今日は機嫌いいじゃない? どうしたのかなって、ね」

「別に何もないけど、土曜日は趣味に打ち込める日だからさ、気分がいいのはいつもだよ〜」


 ニコニコ笑って答えてくれる瑞揶。

 趣味に打ち込んだのって、目の前のケーキの事よね?

 お菓子作りが趣味ってどういう男よ。

 悪態つきたくなり、私はケーキにフォークをぶっ刺した。


「こらーっ、お行儀悪いよっ! それに、いただきますを言わなきゃダメだよっ」

「細かいわっ! そんな細かい事気にしてたら疲れるわよ! それでストレスで禿()げるわ!」

「禿げないよーっ! あ、でも、禿げた沙羅は見てみたいかも……」

「顔面に紅茶ぶっ掛けるわよ?」

「あはは、ごめんなさい……」

「……まったく」


 ため息を吐き、結局私は何も言わずにケーキを口に運ぶ。

 ……美味しい。

 スポンジ柔らかいしクリーム濃厚だし、チョコの味は口いっぱいに広がるし……。

 さすがに毎朝の朝食に私、瑛彦、環奈の分のお弁当を作るプロは格が違うわ。


「わー、美味しい〜っ」


 瑞揶もいつの間にか自分で食べており、自己評価は満点のようだ。


「それでね、話は戻るんだけど、僕は明日、家にいないでしょ?」

「は? ……まぁ、そうね」


 突然の切り出しに驚きつつも事実を肯定する。

 明日は日曜日、瑞揶は警察署に行って何かしら仕事を課せられる日。


「だから、僕が出かけてる間に色々買って来といてね? お金は渡すから、頼んだよ?」

「……そんなこと言われても、欲しいものなんてないわよ」

「部屋の模様替えとかしていいんだよ? ここ客間だったし、地味じゃない?」

「模様替えなんて疲れるだけよ。別に私は、女の子らしくなることを目指してるわけでもないしね」


 今の部屋は壁一面白で何も飾ってないし、カーテンは厚めの黄色いやつであり、フローリングにも何も敷いてない。

 だけど、もうこの部屋は見慣れてるし、今更変えるほど困ってはいない。


「……そっか〜。でも、沙羅は何か遠慮してお金使うの控えてるでしょ? その躊躇いを払拭して欲しいな〜、なんて……ダメ?」

「……躊躇いというか、今の所は本当に使い道がないだけよ」


 言って、また一口ケーキを頬張る。

 まぁあれね、今の生活に満足してるってやつ?

 テレビとかに出てるバラエティーグッズを買ったりするのも良いかもしれないが、平日は時間無いし……まぁだからこそ、明日出かけることを勧められてるんだけど。

 遠慮なくあれやこれや買っていいと言われても……。

 ……私は何を買うのかしら?


「……ドラマのブルーレイBOX?」


 なんとなく呟いてみたが、なるほど、これはしっくりくる。

 見逃したドラマをすべて見なくてはならない。


「……それも沙羅らしいかもね」

「あとは好きな俳優の載ったクリアファイルとか、下敷きとか……かしらね?」

「買うの?」

「買うわ!」


 思い付いたものはとりあえず欲しい。

 私が欲しいものを言うと、瑞揶は微笑んでくれた。

 親が子を見守るような目だったけど、それは別にいいだろう。


 そんなわけで次の日は色々とドラマグッズを買ったのだが、帰ってきた瑞揶は苦笑するだけなのであった。







 雲の上、そこから1つ次元を隔てた隔絶空間。

 そこにある“天界”と呼ばれる浮遊大陸。

 全体で一つの国であり、総人口は5億に満たない数である。

 中心都市“ヤラルコス”にある鋼鉄の城の中に鳳凰天蓋の間、という部屋がある。

 機械に埋め尽くされている部屋であるが、天使の力で部屋の機械をナノ単位に小さくしているために必要な機械以外は出ておらず、ダンスパーティぐらいできる広さがあった。

 だが室内は薄暗く、そこにいる人物は1人のみ。


 自由の冠を被り、ブラウスの上に赤と金の肩章を付け、マントを纏い、腰元には盾の如き草摺が2つ。

 機械仕掛けの黒いブーツを履いたその少年は自由律司神と恐れられる、ヤプタレアの神であった。

 彼は他の律司神に対面する時以外は素顔を隠しているが、今この場では素顔を露わにし、窓の横に寄りかかって微かな陽光を浴びている。

 哀愁を感じる瞳でだだっ広い部屋の中を見ていた。


(――瑞揶。彼は僕に似ていない)


 自由律司神、アキューにはヤプタレア全体の様子が全て見えている。

 どこで何が起きているのか、随時情報がデータとなって機械に送られ、見たい場所の情報を機械を通して見ることができるのだ。


 そのデータ――記憶を辿るに、瑞揶は自身似ていない。

 あらゆるものに好奇心を持つのがアキューの性だが、瑞揶は贖罪に生き、自由を尊ぶような男ではない。

 瑞揶は、よく言うならば愛を大切にする男だ。

 アキューにはそれがピンとこない。


「僕のクローンの体を持ちながらも、か……。中身までは僕ではないのだな」


 独り言をポツリと呟いた。

 瑞揶とアキューは同じ体を持ちながらも、育ち方の違いのせいか目鼻立ちは違うし、性格もまるで違う。


「僕は別に君に干渉するつもりはない。世界に大きな変革をもたらさない限りはね。ただ――」


 強力な力を持つといえど、瑞揶は何か大きな事をなそうなどと考える男ではない。

 自分の世界がめちゃくちゃにされなければ、それは放置したとて問題ないのだ。

 だがしかし、彼には探している人物がいる。


「――【概念捜索/世界】」


 自由の口から出た言葉は世界が広い、次の瞬間には部屋一帯にモニターが映し出された。


「…………いない」


 すべての画面を見ずともアキューはそう結論を出し、ため息を吐く。

 彼の探している人物は見当たらなかったのだ。


「セイ……お前がこの世界にいるのは知っているんだ。どこにいる――?」

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