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連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜  作者: 川島 晴斗
第一章:愛惜へのオーバーチュア
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第十三話

 沙羅の制服も届き、いよいよ明日は入学式となった。

 僕は高校を見学していたし、届いていた今後の日程表も確認済み。

 教科書代もお小遣いを含めて沙羅にしっかり渡したし、準備は万端。

 慌てることもなく、僕と沙羅はリビングでゆっくり過ごしていた。


「あー、面白いもんやってないわねー」


 チャンネルをポチポチ変えながら沙羅がボヤく。

 色素の薄い半袖とショートパンツを履いただけのラフな格好でソファーに座り、胡座(あぐら)をかく彼女は今日も平常運転のようだ。

 かくいう僕は、沙羅から人1人分くらい開けて座り、音量を小さくして音楽を聴いていた。

 スマートホンにイヤホンを指して、2個のカナルが僕の両耳の中に入っている。

 そんな僕を見て、極限まで暇になったのか、沙羅はテレビを消して僕の方に寄ってきた。


「ねぇねぇ、私にも聴かせなさいよ」

「えっ? うん、いいよ〜」


 イヤホン越しでも聞こえた彼女の声に、僕はイヤホンを取ってスマートホンに表示された再生ボタンを押す。

 音量を大きくすると、僕が聴いていた穏やかな音程のクラシックがリビングに響き渡った。


「……ゆるっ」


 流して5秒と経たずに沙羅が不満げに呟く。

 ゆるっ?


「どうしたの?」

「なにこのマッタリしたやつは。眠くなるじゃない」

「えー、心を落ち着かせるんだよ〜」

「そんなんだからアンタはそーんな性格なのよ」

「……性格まで否定されると、さすがに傷つくんだけど」


 沙羅は僕の言葉など無視して、ため息を吐き出した。

 暴言や暴力に遠慮がないほど打ち解けるのはいいんだけど、あんまり僕も雑に扱われたくないんだよ〜っ。


「なんかこう、激しい曲はないの?」

「激しい? うーん、僕はこういう優しい曲しか聴かないし……」

「そうよねー、瑞揶だものねー。自分ので適当にダウンロードしとこ」

「役に立てなくてごめんね?」

「……謝られるほどじゃないわよ」


 沙羅はそう言って元の位置に戻る。

 消えたテレビと途切れた会話、聴こえてくる音は僕の携帯から流れるなだらかな曲だけとなり、少し気まずい空気になる。

 なにか、話題を出してみよう。

 折角音楽の話題になったんだから、そう……


「ねぇ沙羅。実は僕、ヴァイオリンが得意なんだよ?」

「へぇ……そう。瑞揶らしいわね」

「あはは、ありがと〜。それで、もし良かったらだけど、ここで演奏してもいいかな?」

「……退屈凌ぎと言っちゃ悪いけど、時間潰しのために聴かせてもらうわ」

「はーい」


 退屈凌ぎでも、とにかく弾いていいなら弾かせていただこうかな。

 僕は手のひらを廊下に向け、自分の部屋にあるだろうヴァイオリンケースを思い浮かべる。

 超能力で浮遊させるのを思い浮かべ、部屋の扉もこじ開ける。

 壁という障害物を上手く避けて僕の手元に来るところを想像して、イメージの中でリビングを抜けてくると同時に、ヴァイオリンはリビングに現れた。

 後はもう見えるから簡単で、手元までゆっくりと浮かせてキャッチする。


「……そんな回りくどい持ってき方しないで、空間転移とかで持ってきなさいよ」

「え? あはは……普段はカモフラージュのために、テレキネシスしか使ってないから……」

「ふーん……」


 どうでも良さげに沙羅が相槌を打つ。

 退屈過ぎるかな?

 演奏を聴いて楽しんでもらえればいいんだけど、なんか不安だなぁ……。


 ケースからヴァイオリンを取り出し、弓毛を張らせて本体の弦の撓みも確認して立ち上がる。


「じゃあ弾くね〜」

「ええ。激しいのをお願い」

「……じゃあ、昔やってた練習曲を」


 方と顎でしっかりとヴァイオリンを挟み、弓を弦に当てる。

 僕はそのまま1つ呼吸をし、キュッと一気に弓を引いた。

 連続して弓を上下させ、左手で弦の先を交互に押していく。

 弓の動きは早めに、それに合わせて左手の指を素早く動かす。

 色気のある高音のリズムが奏でられ、リビング全体を満たした。

 手元に狂いはない、なんせ20年以上もヴァイオリンを持った手なのだから。

 フィニッシュと共に弓を抜き去り、余韻を残すために小刻みに弦に当てた指を小刻みに圧迫し、完全に音が消えると楽器を一旦手元のテーブルの上に置いた。


「ふぅ……やっぱり、激しいのは疲れるよ……」

「……何て言うか」

「うん?」

「……凄いわね」

「……あはは、ありがとう」


 少し流れる汗を服の裾で拭い、沙羅の驚嘆を褒め言葉として受け取る。

 沙羅からすれば、目の前で腕を左右上下に早く振っているだけに見えただろうし、それで音楽になってるんだから凄い、という感想は妥当だろう。


「もっとゆっくりした曲だったら、連続で何回か弾けるんだけど、テンポが速いのはやっぱり疲れちゃうよ」

「腕は辛くないの?」

「つったりはしないよ〜。……よっぽどじゃなければね」

「ふーん……」


 コトッと音を立て、僕の持っていたヴァイオリンを手に取る沙羅。

 上に掲げ、全体を見渡した。


「……これ、私にも出来る?」

「うーん……弾けなくはないと思うけど、そうだなぁ……教えてあげようか?」

「ええ。どうせ暇だし、お願い」


 沙羅も立ち上がり、ソファーから離れて広いスペースを取る。

 暇だから教えるものでもないけど、彼女が楽しめるならいいだろう。


「はい、弓」

「ん」

「じゃあちょっと後ろ向いて〜」

「え?うん」


 弓を持たせ、後ろを向かせると、僕は彼女の背中にくっ付いて沙羅の手を取り、自分でするように楽器を構える。


「えっとね、こうやって構えて――」

「いやいや、ちょっと待ちなさいよ!?」

「え?」

「近いわっ!!」

「ぐはっ!?」


 沙羅が後ろ向きに頭突きし、僕のおでこから鈍い音が奏でられる。

 そして――


 ――バキッ


「あっ」


 倒れて悶える僕をスルーし、沙羅が謎の驚きを見せる。

 涙ながらにどうしたのか確認すると――ヴァイオリンのネック(弦の張った細長い棒)が粉砕されており、本体が落ちる瞬間だった。

 カーペットの上に落ちたヴァイオリン本体は弦が伸びて悲しい状態である。

 よくよく考えてみれば、魔人の力ならヴァイオリンぐらい壊すのは簡単なわけで……


「……ごめんなさい、ちょっと本気出しちゃったわ」

「あはは……修理出しに、行ってくるよ」


 僕の今日の予定が決まったのであった。







 修理に出して、それから僕は食材などを買って家に戻った。

 その頃には日も暮れかけて空は僅かな夕陽の灯火を闇で消そうとしている。

 家の中は玄関まで電気が付いていて明るく、僕は一直線にリビングへと向かった。


「ただいま〜」

「お帰りなさい」


 いつもの調子でテレビを見ている沙羅が挨拶を返し、荷物を持った僕の方へとやって来た。

 買い物袋を2人で手分けして冷蔵庫や野菜室の中に入れていく。


「……あら」


 その中で、沙羅がプラスチックケースに入ったあるものを取り出す。

 それは2切れ入ったイチゴのショートケーキだった。


「どうしたのよこれ……」

「入学祝いだよ〜。明日は入学式だもんねっ」

「……アンタってこういうの買うのね。悪くないけど、どうせならケーキ専門店で買えばいいのに」

「そんな贅沢言ってちゃダメだよーっ。夕飯作るの今からになっちゃうけど、夕飯の後で食べようね〜」

「夕飯なら作ったわ」

「え?」


 そんな、夕飯を作れるほど大量に食材は無かったはずだし、テーブルの上を確認しても何もない。

 いや、お煎餅があるけど、あれは違うよね?


 僕が不思議そうにしていたのがわかったのか、沙羅はケーキを冷蔵庫に入れてコンロに向かった。

 鍋があって、流しの横には炊飯器が用意されている。


「ふっふっふ。瑞揶、意外と鼻は効かないのね」

「えっ?」

「今日はカレーよ! 腹一杯食べるわよ!」

「おぉ〜」


 何を作ったかと思えば、それはカレーのようだ。沙羅が鍋の蓋を開けると匂いが充満し、なんだか懐かしい気分になる。

 カレーは作り置きできて便利だけど、あんまり作らないからなぁ……。


「見なさい、この色の良いカレーを」


 手招きされ、僕もコンロに向かってカレーを確認した。


「……。……青色だね」


 そのカレーは何故か青かった。

 水色とも言えるだろう。

 なんかタコの口みたいなのが飛び出してたり、豚の足が丸々入っているようにも見える。

 ……いつもは普通の料理を出してるのに、あれ?

 この前の魔界シャチホコの竜田揚げは普通の鳥の唐揚げだったのに、コレはなんだろう。


「……材料は?」

「青筋人参に普通の玉ねぎ、蒼連草、冷感浜アジ、ひき肉、魔界の裏ルートで入手したカレー粉ね」

「……あぁ、うん。凄く腕によりをかけたんだね……」


 それも嫌な方向に、と言う言葉は胸の中に留めておく。

 これは食べれるんだろうか……?

 豚足の固形がそのまま入ってるように見えるんだけど、材料にないじゃないか。

 何をどうしたらこうなるのか教えて欲しい……。


「食べられないと思うでしょ?」


 見かけで本人も分かっているのか、わざわざ尋ねてくる。

 僕は言葉にどう表すか迷い、苦笑だけで返した。


「これ、実は凄く美味しいのよ? 高いし、普通じゃ手に入らないわ」

「え? じゃあお金――」

「細かい事は気にしちゃダメよ。きっと後で2万くらいの請求が来るだけだし」


 あっけらかんと仰られますが、2万円は結構な値です。

 ……いい加減、少しは自粛させないとダメらしい。


「……沙羅、あのね――」

「まぁ待ちなさい。今回のは、私の生活費から引いて良いわよ」

「……うーん」


 そう言われると、こちらとしても文句が出なかった。

 生活費も僕が出してるんだから、心意気だけ買うといったものだけども。


「ヴァイオリン、あんなに上手いって事は相当練習して、あの楽器も思い入れぐらいあるだろうし、壊したのは悪いと思ってるわ」

「……うん」

「だから、謝罪の意味も込めて頑張ってみたのよ。携帯のネットで大体ゲットできるしね。人間界はテレポートとかで届けてくれるから食材が早くて助かったわ。料理も時間を掛けたし、だから――食べないと殺すわよ」

「……そっか〜」


 僕にはよくわからないけど、沙羅なりに結構頑張ってくれたらしい。

 ヴァイオリン壊した事、意外と悪く思ってたんだね。

 いろいろと至らぬ点はあるけれど、やっぱり彼女は優しい。


「えいっ」

「むっ!?」


 沙羅の頬を人差し指でつついてみる。

 あ、以外と柔らかい。


「えいえいっ」

「え、ちょ、何するのよ!?」

「沙羅はツンデレさんだね〜」

「あんっ!?」

「あはは、ツンデレツンデレ〜、あははっ」

「鍋の中に頭ぶち込むわよっ!?」

「ごめんごめんっ、あははっ、楽しい〜」

「……もうっ。なんなのよ」


 沙羅がちょっとキツめに睨んでくる。

 睨んでるって言うより半目かな?

 呆れてるようにも見えた。


「ごめんね。沙羅はやっぱり優しいなって思っただけだから、気にしないで」

「……優しい?」

「うんっ。とっても。いつもは怒りっぽくて怖いから、ツンデレさんなんだね」

「……私はこう見えて人殺しよ? 殺戮者よ? そんな私に、優しいって言うわけ?」

「……ん?」


 沙羅が意味の分からないことを言い出した。

 人殺しとか殺戮者とか、いつもテレビを見てる半分怠け者の沙羅がそんな存在のわけがない。


「……私は魔王の妾の子だって言ったでしょ?秘匿の軍に所属し、いろいろやってたのよ。会社潰して来いって簡単な命令で1000人単位で殺してるわ」

「……へー」


 沙羅は悲壮に暮れながら話すが、どうにも現実味がなさ過ぎて驚く事は出来ない。

 出会った当初に昔の事を少しは話してもらったけど、それでも、とても人を殺してるような子には見えないんだ。

 そりゃ性格は凶暴だけど、僕にとっては、仲のいい1人の家族だもの。


「……沙羅がそういう後ろめたい気持ちを持ってるのはわかったよ。ただね、本当はただのツンデレさんで優しい子だって、僕はわかってるつもりだよ」

「……本当?」

「へー、沙羅は僕が嘘つきだと思うんだ〜?嫌だなぁ〜」

「そ、そんな事言ってないわよ!」

「じゃあ嘘じゃないよ。家族だし、わかるよ?」

「…………」


 沙羅は膨れっ面を作り、僕を睨んだ。

 ここは勝ち誇った顔をして対応をしてみる。

 僕からすれば沙羅の心、なんだかんだでお見通しだもんね。


「……アンタには勝てる気がしないわ。さすがほわほわ頭の超絶優しい男ね」

「え、この前僕、“優しいって思わないで”って言わなかったっけ?」

「なにそれ、私は知らないわ」

「えー……」


 絶対覚えてるくせに嘘をつく沙羅。

 僕と違って嘘つきだよっ。

 ……悪い嘘じゃないから、いいんだけど。


「優しいだの優しくないだの、それってお互い様なんじゃない?」

「…………」


 もっともなことを言われ、虚を突かれたかのように僕は固まった。

 なるほど、沙羅も自分が優しくないって思ってて、僕も同じ。

 どうやらお互い様らしい。


「……じゃあ、僕たちの間では、お互い優しいってことで」

「……それが妥当ね」


 互いが互いを優しいと思い合うけど、自分で自分は認めない。

 なんだか変な気もするけど、これが最善策みたいだ。


「ま、カレーでも食べましょ」

「うんっ」


 それから沙羅がカレーをよそってくれて、2人で食べた。

 本当に美味しかったけど、後日腹を下したのはまた別の話。

 入学祝いのケーキも食べ、今日1日は、沙羅とより仲良くなれた気がする。

 明日からは高校生活も始まる。

 これからも仲良くなれますように。

 そう願い、今夜は眠りについた――。

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