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連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜  作者: 川島 晴斗
第一章:愛惜へのオーバーチュア
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第十二話

 夕飯の後、僕は沙羅を伴って今朝会った女の子の家へと向かっていた。

 住所を見るに割と近所に住んでるようで、僕の家から歩いて5分ほどのマンションだった。


「魔人にとっちゃ、13歳から15歳なんて働いてて当たり前よ。なのに人間界じゃ、魔人は50歳まで義務教育なんて、終わってるわ」


 事の経緯を聞いた沙羅がぼやく。

 15歳でバイトを辞めさせられた例の少女について不満があるようだ。


「人間にとって、魔人は長寿だからね。その分たくさん勉強して欲しいんだよ」

「長生きしたって良いことないわよ。あと400年近くも生きるって言われても、私には実感ないわ」

「……そうだね〜」


 魔人の平均寿命はおよそ400年、天使は500年とされている。

 僕ら人間は80年だけど……そういえば、僕は寿命で死ねるんだろうか?

 お爺さんになったらわかるかな……。


「んっ、この部屋ね」


 考え事をしているうちに、名も知らぬ少女の家の前に付いた。

 408号室、苗字は“千堂”らしい。

 沙羅が勢いを付けてインターホンを押す。


 数秒と経たず、家の戸が開いた。


「誰よ……家賃はもうちょいまっ――ん? ああっ、君は朝の人だね」

「どうも。今朝ぶりです」


 億劫そうに渋々開けたような瞳を僕に向けてくる黒髪の少女。

 襟がよれよれの赤い長袖シャツを着ており、デニムは白いホットパンツだった。

 何か言いかけてた気もするけど、多分空耳だろう。


「何しに来たのん?」

「夕飯の残りで悪いけど、良かったら食べないかなと思って。ね、沙羅?」

「今日は私が作ったのよ。魔界シャチホコの竜田揚げに蒸しかぼちゃ、それと簡単なサラダね。まとめて持ってきたわ」


 沙羅がハンドバッグからビニール袋を出し、中からタッパーに詰まった料理を1つ取って見せた。


「……マジかアンタら。電話したら親には勘当されるし、もうどうしようかと思ってたのに……」

「……な、なんだかとっても大変そうだね?」


 勘当って、親子の縁を切るほどのことを彼女がしたように思えないんだが……。

 僕の言葉に、千堂さんは食いかかってくる。


「大変だよ! 電気ガス水道も今月で止まるし! バイトは高校始まってから許可書得なきゃいけないし!もう無理ィィイイ!!!」

「……そんな叫ばなくても」


 目の前で叫ばれても、僕たちはどう反応していいかわからない。

 沙羅は拉致があかないと判断したのか、少女を退けて勝手に上がりこむ。


「お邪魔するわよー」

「あ、入って入って。何もないけどね」

「……お邪魔しまーす」


 沙羅に続いて僕も家の中に入り、千堂さんが玄関を締める。

 家は2DKのようで、2部屋とダイニングキッチンがある。

 1人暮らしなら悪くない間取りであろう。

 僕たちは6畳の和室に入って行った。


 家の中はゴミが散らばってたりするけど、無駄な物が見当たらなかった。

 漫画とか本とかもなくて、あっさりと簡素なもの。

 ……まぁ、生活に余裕がないのは知ってるからなんとも言えないけども。


「座る所はテキトーに作って〜」

「……座る以前に」

「これは掃除が必要ね」


 僕の言葉を沙羅がしっかりと繋いでくれた。

 うん、生活しているうちにわかったけど、沙羅も真面目だからこの部屋の有り様が気に入らないことだろう。

 とはいえ、掃除機も無いはずだから手でゴミを拾う事になりそうだけど……水道はまだ使えているようだし、手は洗えばいいよね。


「アンタ、名前は?」

「ん? ウチは千堂環奈(せんどうかんな)。よろしくね」

「じゃあ環奈、アンタはダイニングかもいっこの部屋で食べてなさい。私達はその間に掃除するわ」

「え、ほんと? ウチとしては大助かりですわ、あっはっは。んじゃ後ほど〜」


 環奈という少女は大笑いをして台所の方に引っ込んだ。

 ……なんか、これじゃあ僕達お手伝いさんみたいだなぁ。

 それも仕方ないかと内心ため息を吐きながら、僕らは掃除に取り掛かった。




 ゴミが落ちてるだけだし、大した量でもないために掃除はすぐに終わらせた。

 フローリングじゃなくて畳だったし、掃除機やゴミを吸着させるローラーもないから綺麗とは言えないかもしれない。

 見かけはだいぶ良くなったけど、物がなくて寂しい空間に成り代わっただけとも言える。

 この部屋にあるのは机とカバンが2つ、あとはクローゼットだけ。

 布団は多分押入れにあるんだろう。

 人の家をどうこう言える立場でもないけど、とにかく物がなくて殺風景だった。


「……少しぐらい、お金あげた方がいいよね?」


 控えめ気味に、沙羅に訊いてみる。


「アンタの財布に余裕があるなら、それでもいいんじゃない?」

「あ、じゃあ今月の生活費ぐらいは渡そうかな。10万円あればいいよね……」


 こんなこともあろうかと、財布の中に30万円あまりを入れておいたのだ。

 あんまりお金をあげるっていうのは感心できたことじゃないけど、この場合は仕方ないよね?

 後で直接渡すとしよう。

 丁度その時、環奈がこっちの部屋にやって来た。


「はー、ご馳走様。これ、洗って返すね」

「はーいっ。取り敢えず、僕達に手を洗わせてもらってもいいかな?」

「ほいほい、どぞどぞ」


 キッチンに通され、僕は沙羅と隣り合って手を洗う。

 うちのキッチンより狭いから、肘とか当たるし、1人ずつ洗ってもいいんだけど、食器の洗い物とかもいつも2人で並んでるなぁと思い返し、今度から交代制にしようと密かに思った。

 タオルで手を拭いてキッチンを後にし、綺麗になった部屋に戻る。

 3人座るスペースは十分にあり、みんなで座った。


「……そういえば、自己紹介がまだだったよね」


 まだ名前も名乗ってないことを僕は思い出し、既に名前を聞いてしまった環奈に自己紹介をする。


「僕は響川瑞揶ですっ。趣味は、料理かな? 今年からヤプレータ高校に通うんだよ〜。よろしくねっ」


 僕の話した後、間髪入れずに沙羅が口を挟む。


「私は響川沙羅。特技は中距離殲滅……じゃなかった、家事全般ね。瑞揶と同じ高校に行くわ。この出会いも何かの縁、仲良くしましょ」


 途中でなんか変な事を言った気もするが、沙羅も自己紹介を終える。


「ほいほいっ。瑞揶くんに沙羅ちゃんね。ウチはさっきも言ったけど、千堂環奈。予定としては、君達と同じ高校に通うことになるよ。色々と頼らせてもらうね?」

「あはは……僕には沢山頼っていいよ〜」

「コイツは超絶優しいホワホワ頭だから、雑用なりなんなり使っていいわよ。けど、私とは普通に友達になってね」

「……なんだかなぁ」


 沙羅が変に僕の説明を追加して印象を悪くする。

 ……優しいホワホワ。

 ……連想するのはひつじさん。

 僕はひつじさんじゃないなぁ……。

 って、ひつじさんは関係ないか。


「尻に敷いてるみたいだけど、沙羅ちゃんが瑞揶くんのお姉さん?」

従兄弟(いとこ)よ。兄弟じゃないわ」

「へぇえ……。趣味は2人とも家事だし、似たり寄ったりなんだね」

「私がコイツと似てるわけないでしょう!?」

「いたいっ!?」


 沙羅がいきり立ち、何故か僕がビンタを喰らう。

 これで似たり寄ったりなんて、絶対おかしいよ……。


「……尻に敷かれてるんだねぇ、瑞揶くん」

「……暴力はやめて欲しいと、常々思ってます」

「手加減してるんだから、この程度受け止めなさい」


 沙羅さん、手加減してなかったら僕の首が飛びます。

 というか、手加減してても手の跡が僕の顔に残るんだけど、それはどうなの……。


「……なんだかんだ名コンビなんだね」


 環奈が上手くまとめるが、僕にとっては悪いコンビだった。

 暴力は反対だよ……。


 僕の表情から何かを読み取ったのか、沙羅はそっと僕の背中をポンポンと叩いた。

 悲しみの原因に慰められてるようで複雑な心境なんだけど……。


「それで、この後どうしようか? 暇なら、私をこの貧困生活から救出する策を弄して欲しいんだけど」


 ニコニコ笑いながら環奈が口を開く。

 うん、黙ってても仕方ないよね。

 しょぼくれてないで、なにか話そうか。


「環奈の生活費は僕が持ってもいいから、その話はいいよ〜」

「ほんとっ!?」

「沢山あげると税金かかるし、甘やかすほどは出さないけどね。高校生になったら自分でアルバイトもしてよ?」

「はいっ! ありがとう!! よぉーしっ! とりあえず貧困脱却っ!!」


 環奈は立ち上がってガッツポーズをとる。

 喜んでくれてなによりだなぁと僕も頬を綻ばせた。


「っていうか、お金は瑞揶くんが管理してるの? 親は?」

「親は、一緒に住んでないよ。僕が元々1人暮らししてて、同じ高校に入るから沙羅が僕の家に来たの。家からだと、学校近いからね」

「ふ、2人暮らしっ!? そう、息も合うし成る程……禁断の関係なのね……従兄弟同士で愛するとは……」

「…………」


 軽い調子でそんな事を言う環奈に、僕は胸を疲れるような感じがした。

 禁断な関係って意味はなんとなく想像がつく。

 その後の言葉はもっとストレートだった。

 愛し合う、僕のどこにそんな権利があるのかな?

 なんて――


「ちょっ、環奈! 瑞揶にそんなこと言わないで!」

「ふえ?」

「…………」


  沙羅が環奈を制す中、僕はできるだけ暗い表情を出さないように努めた。

 一緒に生活していたからわかったのかお義父さんに言われたのか知らないけれど、沙羅はもう、僕が少しでも恋愛が関わるの話が嫌いなのをわかっている。

 だけど、いつまでも僕が沙羅達を心配させちゃいけない。

 僕達はこれから高校生、恋愛関連の話が出たっておかしくはないんだ。


「大丈夫だよ、沙羅」

「……え?」

「僕も、ちょっとずつこういう話に慣れていくから……。ありがとね、心配しないで」

「……。……そう」


 頑張って笑顔で言ったつもりだけど、沙羅の反応は暗いものだった。

 そんな顔しないで欲しいのに、とうして口の先を釣り上げて眉を顰めるの……。


「……なんかごめんね? ウチのせいだよね?」

「ううん、環奈のせいじゃないよ。でも、極力“恋”とか“愛”とかの単語は、使わないでね」

「……了解っ」

「それと、今日はもう帰るよ……。空気悪くしちゃってごめんね?」

「え、いや、そんな事……」

「はいこれ、今月分ね」

「えっ!?」


 10枚の札を環奈の手の中に無理やり収め、僕は立ち上がる。

 すると沙羅も渋々立ち上がった。

 そんな彼女の頭の上に手を置いて優しく撫でた。

 出会ってまだ数日の僕なんかの事を想ってくれるなんて、優しい子だ……。


「……くすぐったいわ」

「あはは、ごめん。じゃ、僕らはお暇させてもらうね?」

「うん。また来てね〜。今度はウチのキッチンで手料理振るってくれてもいいから〜」

「うんっ。今度は食材持ってくるね〜」

「じゃあね、環奈。また会いましょ」

「沙羅ちゃんもまたね〜」


 僕達2人は和室から玄関まで一直線に出て、月夜の迎える外に出た。


 心配させるのは、あまりいいことじゃないよね。

 大丈夫、僕もちょっとずつだけど、強くなるから……。

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