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連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜  作者: 川島 晴斗
第零章:哀惜のレクイエム
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第二話

 川本霧代といえば、クラスメイトと(ほとん)ど口を聞かない僕でも知ってる有名人だ。

 長いしっとりとした黒髪に優しげな瞳でその微笑みはまさに天使だと評判がある。

 背丈は160cmほどで細いウエストながら豊満なバストと大きなヒップがたまらないというのが男子の声。

 陸上部に所属しており、男子顔負けの速さで疾走する。

 勉強も常に上位、温厚な性格が生む人望は素晴らしい……。

 と、新聞部が何ヶ月か前に書いていた記事を思い出す。


 目の前に居る人物は大きな瞳や長い黒髪などの特徴が当てはまり、細身で女性らしさのある体をしていた。

 そんなことを考えずとも、クラスが同じだからわかったのだが、その有名人がこんなところに居るのに驚いた。

 というより――


「……いつの間に入って来たの?」


 小首を傾げて尋ねてみる。

 さっきまで僕しかいなかった空間に、いつの間にかやって来た存在感溢れる人物。

 もしかしたら最初から居て、隠れてたのかもしれない。


「響川くんが演奏してるときだよ? あまりにも集中してたから、気付かなかったのかな?」


 僕の詮索とは外れた回答が返って来る。

 確かに集中していたかもしれない。

 ドアを開け閉めしても、音で掻き消されただろうから……。


「川本さんの言う通りかもね……。でも、ここはいつも開いてないから誰も来ないんだ。川本さんはなんでこんな所に来たの?」

「ん、これだよ〜」


 言って、彼女は教科書を僕に見えるように持ち上げる。


「忘れ物っ。先生に訊いたら教室は開いてるって言うから、取りに来たの」

「……そっか。ごめんねっ、下手な演奏聴かせたりして? 入りずらかっただろうし……」

「……先客が居たら、私は文句言えないよ。まぁ、ズカズカ入ったけどね。フフッ、その点はごめんなさい」

「……いや、お気になさらずにっ」


 微笑みながら陳謝する彼女を、僕も笑顔で許す。

 ちょっとマイペースだけど、記事通りの良い人だ。


「……それで、響川くんはいつもここでフルートを吹いてるの?」

「いや、僕はなんでも弾くし、なんでも吹くよ? でも、確かに放課後はいつもここにいる……かな?」

「そうなんだ……。なんと言うか、意外だなぁ……」

「え……何が?」

「響川くんって引っ込み思案な性格かと思ってたから、良い趣味してるなぁって」

「……引っ込み思案、かぁ……」


 詰まる所、控えめな性格という意味。

 自分がアグレッシブだとは思えないから、当てはまってるといえば当てはまってるなぁと感心する。


「あ、別に(けな)してるわけじゃないからね?」

「あはは……。どちらにしても、僕は君が見てる通りの人間だからね」

「む? 私から見えてる君は、ちょっと可愛げがあって、音楽が好きで、真面目な少年。どうかな?当たってる?」

「え? ……うーん、当たってるかもしれないけど、可愛げがあるっていうのは……男として言われてはいけない気もするなぁ」

「え、そういう人モテるよ?なんか響川くんって、料理とか裁縫とかできそうなイメージ」

「…………」


 ここはあえて黙する。

 できると言ったら負けな気がしたから。


「……え、本当にできるの?」

「……黙ったのに、なんでわかったの?」

「いや、黙ったからわかったんだけど……」

「…………」


 逆効果だったらしい。

 僕はよく家事を手伝うし、料理の本を図書館から借りて来て料理を実践したりする。

 手芸も趣味でやってるんだよなぁ……。


「……そっか。響川くんって、面白いね。なんか独特の感性持ってるって感じがする」

「……まぁ、普通とは色々と逸脱してると思うよ?」

「例えば、何?」

「……耳の感性が豊富な分、視覚的欲求……というか、視覚の感性? それが希薄なんだ。目で見て美しいものは美しいと識別できるけど、別に見たいって思うわけじゃないんだ」


 だから思春期の男子とは意見が合わないのだけど。

 女性の裸を見たい年頃と言われても、まったくわからないしなぁ……。


「……へー。じゃあ、私のことは、見ていたい?」

「……うーん、そんな質問されたのは初めてだな〜……。けど、見てて損はしないと思ってるよ」

「フフ、ありがとっ。響川くんも、見てて可愛い。実に私好みっ」

「あはは……身に余る光栄だよ」


 僕は少し引け目に言ってるのに、会話が尽きない。

 これは彼女のコミュニケーション力の高さを示している。

 流石だなぁ。


「そんなに謙遜して……。思ったより君には良い所あるんだから、自信持ちなさいって」

「はい、努力しますっ。でも、今日はもう努力しないかな」

「え? そしたら有言実行できないよ?」

「いやいや、時間見て。もう見回りの先生が来てもおかしくないんだ。一応ここにも、戸締りの確認に来るからね」


 それもテキトーな先生なら確認に来ないのだけど。

 なんにしても僕も帰るし、お別れの時間だ。


「本当ね。お話が楽しかったから、長居しちゃった。ごめんね?迷惑じゃなかった?」

「僕は別に大丈夫だよ。川本さんこそ、大丈夫?」

「私も大丈夫。今日は何も予定ないから」

「……そっか。なら良かった……。人気者に迷惑かけると、痛い目見そうだからなぁ……」

「私はそんなこと気にしないのに……」


 怒ったみたいに頬を膨らませる川本さん。

 元が可愛いから全然怒ってるように見えないけど、微笑ましいということで胸に収めよう。


「でも、こんな時間なのは本当だからさ、そろそろ帰る準備するね?」

「あぁ、そうね。フルート洗うのよね」

「いや、水には付けないけど……。まぁ、使用後の処理をね」

「見てても良いかな?どうせ私も、あとは帰るだけだし」

「……見てても面白いものじゃないけどね。まぁ、ご自由に」

「うん、じゃあ見てる」


 近寄ってきて、ピアノに肩をかける川本さん。

 僕は常備してるガーゼを手にとって、洗浄用のアルコールを付けてからガーゼで頭部管全体を拭き、ケースの中に入っていた棒にガーゼを巻きつけて管の中を拭く。

 そんな見ていても面白くない作業を、まじまじと見つめられて少しこそばゆい。

 作業を終え、フルートを閉まってケースを閉じる。


「……なんか面白かった?」

「いや、面白くなかったかな」


 一応訊いてみると、やっぱり面白くないらしい。

 この人も相当な変人だなぁと思った。


 フルートを元の場所に戻し――とは言っても、また使うと思うから少し手前にしたけどーー待機していた川本さん音楽室の鍵を返しに職員室へと向かった。


「川本さん、僕なんかと一緒に居て大丈夫?」

「む、それはどういう意味?」

「君の人気が(おびや)かされかねない、じゃない?」

「……んー。私は別に、人気がなくなっても良いんだけど……。それよりも友達になりたいし……。帰り道だけ、お話しして?」

「……うん、わかった。一緒に行こうか」

「フフ、ありがとっ」


 優しく微笑む少女と並んで廊下を歩む。

 気付けば職員室に着いて、鍵を返してすぐに退室した。

 学校を出て、(まばゆ)い夕陽に当たりながらゆっくりと駅へと向かう。


「川本さん、自転車じゃないんだ……」

「へ? なんで?」

「いや、陸上部だから、なんとなく……」

「……私、家から学校まで電車で1時間なんだけど。流石に自転車はキツいよ〜」

「へぇ〜……大変だね。川本さんぐらい美人だと、痴漢とかされる?」

「ノーコメントっ。あまりそーいう話はしたくないっ」

「あはは、ごめん……」


 反応から察するに、結構されてるんじゃなかろうか。

 って、詮索したって怒られそうだからやめよう。


「響川くんは、お家どこらへんなの?」

「僕は、ここから3駅だよ。身体壊しやすいから、近いほうが良くてさ……」

「……そうなんだ。でも、放課後に演奏してるなんて、元気じゃないの?」

「……いや、本当は結構な人に止められてるんだ。残って演奏なんてしてたら体に悪いって。でも、どうしても好きだから、止められなくて……」

「……中毒?」

「……ズバリその通り。病みつきなんだ、あはは……」


 趣味っていうのは好きでやるものだし、誰も彼も中毒なんじゃないだろうか。

 例えばちょっと風邪とか引いても絵が描きたいとか、字が書きたいとか、思う人は居るはずだ。

 僕は弾くのが辞められないだけ。

 それだけのこと。


「……何かに熱中できるって、いいね」

「? 川本さんは好きなもの、ないの?」

「……好きなものはあるけど、熱中するってほどじゃないの……」

「ふーん……じゃあいろいろ挑戦してみないとね。熱中できるものが無いともったいないよ」

「……そうね、探してみる。ありがとね」

「ううん。お気になさらず」


 細やかな会話もそろそろ、駅に着く。

 徒歩3分もない、短い距離が終わる。


「……ホームまで一緒だと、なんか怖いなぁ。変な男子が勘違いしたりしてきたらどーしよう……」

「響川くん、気にし過ぎだよ……。私とお友達になって?ね?」


 友達になってって事は、まだ付いて来いということらしい。

 ちょっとまどろっこしいなぁ……。

 はぁ……。


「……もう友達じゃないかな?」

「……そう? じゃあ一緒に居ても大丈夫よね?」

「…………」


 八方塞がりとはまさにこのことだろう。

 僕は苦笑を浮かべて、そのまま彼女の隣を歩いた。


「……意外と豪胆だなぁ」

「へ? なんて?」

「いや、なんでもない……」


 それからも幾つか駄弁を繰り広げながら、駅のホームへと吸い込まれていった。





「――あら。あの人と瓜二つの顔の人間ね。……少し悪戯しちゃおうかしら」


 そこに呟く女の声があったが、それに気づくことはなかった――。

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