第21話
デート後編。
次回、エピローグです。
ゲームセンターを出てお昼ご飯を食べに行く事になった。
僕が名店なんて知ってるわけもなく、沙羅が行ったことのあるフランス風のお洒落な店に行く事に。
オレンジ色のライトが光る店内でパスタを頼み、2人で巻き巻きしながら食べた。
食後はデザートにチーズケーキを注文した。葉っぱが載ってるけど、この葉っぱはなんて言うんだろう?
そんな素朴な疑問を考えていると、沙羅がこんなことを口にした。
「瑞揶。恋人なら、“あーん”とかしてみない?」
「…………」
どう返せばいいものだろう。
恥ずかし過ぎてできないというか、あまりしたくないというか……。
しかし、目の前には期待を込めた眼差しをして、頬を赤らめながら返事を待つ沙羅がいる。
…………。
……やるしかない。
「……やろう、か」
「やったっ! ふふふっ、ありがと」
ニコニコとした笑顔を僕に返してくれる。
ああっ、沙羅のそんな顔が見れるならもう死んでもいい……。
「えっと、どっちが食べる方?」
「交互にやりましょ?」
「う、うん……」
沙羅がフォークでチーズケーキの先を取り、僕の方に手を伸ばす。
「……あっ」
しかし、沙羅はフォークを落とした。
その手が震えていたのは見えていたから落ちるとは思ったけど、沙羅が緊張しているようで面白い。
「ま、待ってね。ちょっと深呼吸するわ」
沙羅はすぅーはぁーと大きな深呼吸を2回繰り返す。
よしっと言い、気を取り直してフォークを持った。
その手はまだプルプルと震えている。
「…………」
ザスッと、フォークでチーズケーキをぶっ刺す沙羅。
そして僅かにフォークでとって、僕の口元へ……
「あっ……」
届かなかった。
また沙羅はフォークを落としてしまい、テーブルの上にフォークが落ちる。
「……先に僕からやるよ」
「くっ……。お、お願い」
すっかり赤くなってしまい、俯く沙羅。
豪胆な割にデートしたいと言ったり、あーんしようとしたり、意外と乙女なところがあるんだなぁ。
そんなことを思いながら、僕はチーズケーキをフォークで少し裂き、小さい部分を刺して沙羅の口元へ。
僕がフォークを近づけると沙羅はビクリと驚き、慌てて口を開ける。
口を開けて、なんだか無防備な姿だった。
こんな一面も沙羅なんだなと思い、食べさせた。
「…………」
沙羅がむぐむぐと食べる。
すると何が悪かったのか、沙羅は倒れるようににテーブルに伏せた。
「さ、沙羅?」
「……幸せ過ぎて死にそう」
「え……。あ、そ、そう?」
いつの間にか恥ずかしさの消えた僕と、りんごみたいに真っ赤になる沙羅なのでした。
◇
腹ごなしにボウリングに行こうということになり、沙羅はストライク連発、僕はガーターしまくりという結果を出して2時ぐらいになる。
また街をぶらぶら歩きながら沙羅に問いかけた。
「晩御飯はどうしようか? 食べて帰るなら、沙綾に連絡入れたいよね」
「んー……。もう結構遊んだし、5時ぐらいには帰りましょ。次行く所で最後よ」
「はーいっ」
次が最後の所らしく、場所も多分沙羅が決めてるだろう。
どこ行くのかなぁと期待しつつ、手を繋いで歩いて行った。
沙羅が足を止めたのは大きなビルの前で、そこには僕の見たくない文字がデデーンと書いてある。
「……僕は歌わないからね?」
「いや、歌いなさいよ」
「……歌わないからね?」
「……。とりあえず入りましょ」
自動ドアが開いて店内に入る。
入った直後に店に流れているポップな曲が耳に入り、カラオケ店に来たのだと自覚した。
うにゃぁあ、カラオケだけはやめてぇえええ。
僕は楽器は好きだけど歌うのはダメなんだよぅう。
「ほら、部屋は2階よ」
「ううぅぅ……」
沙羅に連れられて部屋の中に入る。
薄暗い部屋にソファーとテーブルとテレビがある。
沙羅が早速とばかりに歌う曲を決めるデンモクを手に取り、僕はソファーにうつぶせで寝そべった。
靴は脱いでますっ。
「……ほら、不貞腐れてないでなんか入れなさい」
「僕は歌わないもんっ。歌ったら猫さんになっちゃうもん」
「……無理強いはしないわ。とりあえず、歌うわね」
ピピピピという音がする。
チラリと沙羅の方を見ると、帽子を脱いでマイクを握っていた。
部屋のアンプから曲が流れ、沙羅が歌い始める。
フルートを吹く人だからか、曲自体はなだらかなものだった。
一生懸命に声を震わせて部屋中に響かせている。
力強い声だ。
民謡のような曲なのに、その声は力がある。
そこが沙羅らしい、沙羅の声であるとも言えた。
片手でマイクを持って一生懸命歌ってる。
真剣な彼女の様子に胸が熱くなり、僕は口を閉じて、ただ静かに聴いていた。
1曲目が終わり、点数が表示される。
97.659点という数字で、僕じゃ到底出せない数字が表示されていた。
次の曲はなく、ふぅっと沙羅は息を吐いて僕を起こす。
「ほらっ、しっかりこっちを向くっ」
「うぐぐっ」
無理やりソファーに正座させられ、沙羅と見つめ合う形になる。
今正面から見つめられたら……。
「……ふふふ。その顔を見るに、私の歌に酔ったみたいね。可愛いわよ、瑞揶」
暖かい手が僕の頬を撫でる。
ニヤニヤと笑う彼女に飛びついて抱きしめたいけれど、かろうじて理性がこらえる。
沙羅は僕の様子を見てふふっと笑い、マイクを戻しに行った。
すぐに戻ってきて、彼女は僕の隣に座る。
「……歌わないの?」
「歌って欲しい?」
「どっちでもいいけど……」
それならわざわざカラオケ店に入らなくてもいいじゃないか。
1曲歌うだけなら家でもいい。
けど、ここは密室だから。
2人きりになれる店と考えれば、カラオケ店に来る意味もあるだろう。
「……沙羅」
「……なに?」
「えっと……抱きついて、いい?」
「もちろんよっ。今は恋人気分を存分に味わいましょ」
「うん……」
確認を取ると、腰をひねって向かい合うようにし、僕達は抱きつきあった。
相変わらず僕よりも小さくて、華奢な体だ。
しかし、この世で何よりも愛おしい体躯であり、何よりも大切な存在。
ドキドキする、胸がとても熱い。
何か言おうにも言葉が出なくて、それは彼女も同じらしい。
お互いに無言で抱きつき合う。
時間の流れを忘れ、互いの存在を感じあうのだった。
内線が鳴り、やっと正気に戻る。
どちらともなく離れて、電話の近くにいた沙羅が電話に出た。
恥ずかしくて今は顔を合わせられないや。
「――出るわよ。ほら」
「うん」
沙羅が差し出した手を掴み、2人で部屋を出た。
会計は沙羅が済ませて店を後にすると、空は茜色に染まっていた。
「……終わり、かぁ」
ポツリと呟く。
2人だけの時間はもう終わってしまう。
もちろん、これからも一緒に居られるけど――それとは違う、特別な時間だったんだ。
家に帰れば、沙羅とは恋人としてではなく、家族として接する。
それが嫌というわけじゃないけれど、甘い時間を過ごせるかはわからないから……。
「……どうしたの?」
沙羅がまた僕の顔を覗き込んでくる。
思わず視線を逸らし、反射的に答えた。
「いや、なんでも……」
「……寂しそうな顔してるわ。まだデートしたいんでしょ?」
「…………」
無論、沙羅に隠し事なんて通じない。
見抜かれて体を小さくするも、沙羅は僕の手を握ってきた。
「そりゃあ、私だって寂しいわ。こんなに素敵な時間が終わるのは惜しい。でも、これっきりじゃないでしょ?」
「……うん」
「だったらしゃきっとしなさい。また何回でも、いつでもデートすればいいわ。ね?」
不敵に笑って問いかけてくる。
彼女の目には、これからへの期待が詰まっていた。
……うん。
僕だって、沙羅の寿命に合わせればまだまだ生きられる。
またデートすればいい。
「……あはは。やっぱり、僕は励まされてばっかりだなぁ」
「いつものことでしょ?」
「うん。ほんと、昔から変わらないや」
優しい笑みで笑い合う。
繋いだ手を離さず、僕らはそのまま家路を歩むのだった。
そして、月日が流れ去り――
沙羅の義務教育が、終了した――