第7話
「何時までいよーねー?」
「遅くなるなら夕飯は外食……かしら?」
「だね〜っ。外食久し振り〜っ」
「……お昼は外食だったじゃない」
「にゃーっ!?」
観覧車に乗りながらそんな会話をしたり。
高い所の景色も、現代だとそこまで価値がないですにゃー……。
ギィーギィーと揺れるカゴの中で隣り合って座っている。
一周回るまで、あと1分もない。
「……ねぇ、キスしない?」
沙羅からの突然の提案。
彼女の方から甘えられるとは思わなかった。
期待のこもった彼女の瞳を見ると、僕は何も言わず、優しい口付けをした。
コーヒーカップ、メリーゴーランドも回り、他にも施設を回った。
急速落下装置とか過激なものは避けてきたけど、今、目の前には黒塗りの建物の列に並ぶ。
看板には赤い文字で【おばけ屋敷】と書いてあり、入る気が滅入っていた。
「……なに口尖らせてんのよ」
「だってー……にゃー」
「男気見せてやるって、誘ってきたの瑞揶じゃない。ほーらっ、行くわよっ!」
「う、ううぅ……」
そんなわけで
「にゃぁぁぁああああああ!!! おばけぇぇぇぇえええええええ!!!!」
「おばけ屋敷なんだから当たり前でしょ! ひっつかないでよっ、ヒールなんて履いたの初めてで歩きにくいんだからっ!」
「ひゃーっ!! 助けて沙羅ぁぁぁあああ!!!」
本日二度目の大絶叫をしました。
……館内に入って30分、やっと出た矢先、僕はずっと沙羅の背中にしがみ付いていた。
出口から先を、2人でゆっくりと歩いていく。
「……まったく、相変わらずだらしないんだから」
「うぅ……。ごめんね、沙羅。もっと僕が男らしくどっしりとしてれば……」
「今に始まったことじゃないでしょう? それに、アンタに足りない所は私が補うって」
「……むーっ」
そんなこと言われたらおばけ屋敷の怖さも吹っ飛んでしまう。
愛ちゃんが居なくなったから、僕も男らしくなれるはずなんだ。
沙羅に頼ってないで、僕も強くならないと……。
「……この距離なら、小声は聞かれないかな。瑞揶、ちょっといいかしら?」
「?」
僕は沙羅に抱きついたままコクリと頷いた。
それをイエスと取ったのか、彼女は話を始める。
「瑞揶……。私、気が強いでしょ?」
「……まぁ、気が弱いとは言えないね」
「そうなのよ。だから、人に甘えられないのよ。でも瑞揶なら、凄く優しくて、子供のように無垢な貴方なら、私も甘えられるのよ……」
柔らかい手のひらが僕の手を掴む。
それは愛でるように優しく繊細な手つきだった。
「私の足りない所を、ずっと貴方は補ってくれていた。だからこそ、私は……貴方を愛し続けられるのよ。2人で1つって、本当にそうだと思うもの……」
「……沙羅。そんな風に、思って……」
「当たり前でしょ。瑞揶が居なくて一人寂しかった時、なんであんなにゃーにゃー言う奴を好きなのか考えてたわ。ま、料理が上手いとか掃除洗濯してくれるってのもあるけどね」
「……むぅー」
最後の余計な一言がなければ、ドキドキしっぱなしだったのに。
でも、きっと最後の言葉は、照れ隠しなんだろう。
僕は沙羅に好きって言うけど、沙羅はあまり言わないから、こういうことを言うのが恥ずかしいんだ。
だったらお返しに、甘い空気に戻してみよう。
「……僕はさ、弱いから。沙羅にいっぱい甘えちゃうよ。心も弱いし、体だって……。だから、これからも沙羅に支えてほしいし、補ってほしいと思う。沙羅の愛が変わらない限り、側に居てね……」
「……バカ。急になに言うのよ」
「あはは……。だって、デートだもん。甘い雰囲気になっても、いいでしょ?」
「……ほんと、バカよ」
「…………」
お互いに動けなくなる。
抱きしめている少女が愛しくて、胸が激しく脈打って、強く抱きしめていたいと思ってしまう。
後ろから抱きついてると、1日家が違かったからか髪の匂いがいつもと違う柑橘系の匂いで、また心が動いてしまう。
沙羅が可愛い……沙羅、沙羅――
「はい、カットお願いしまーす」
『!?』
突如響いた手を叩く音と環奈の声に、僕は慌てて沙羅から飛びのいた。
一方、沙羅の方はむすーっとして僕の方に振り向き、僕のその後ろを見ていた。
僕も後ろを向くと、環奈に理優、瑛彦と瀬羅と、4人の姿が。
「……えっ!!!?」
遅れて出てきた驚きの言葉に、瑛彦と環奈が噴き出した。
なっ、ななな……。
今の、聞かれたり……?
「やぁやぁ、瑞揶の旦那には随分と笑わせて頂きましたぜぇ」
「それより環奈! 今の盗み聞きしてた!!?」
「あー、残念ながら聞こえんかったよ? でも抱きついてた姿は理優に撮影してもらってたから、よろしく☆」
「ちょっと、もーっ!!」
ケラケラと笑って僕の肩を叩いてくる黒髪の少女。
……僕らにチケットを渡した本当の理由って、からかいたかっただけなんじゃないの。
「で、瑛彦が瑞揶の絶叫を録音してくれたから。もうトリミングして着メロ設定してあるよ。瑛彦、試しにちょっと鳴らしてよ」
「おう、任せとけ」
「鳴らさなくていいからっ!!」
《にゃぁぁぁああああああ!!! おばけぇぇぇぇえええええええ!!!!》
「あぁーっ!!?」
止めたのに瑛彦が携帯で鳴らした。
しかも大音量で。
……ううぅ。
「ひどいよぅ、みんな……。僕は都合よく環奈の手のひらの上で踊らされてたんだ!!!」
「うん、そうね。むしろ瑞揶が気付かなくてビックリしたよ」
「沙羅も知ってたの!?」
「まぁ、ええ……」
《にゃぁぁぁああああああ!!! おばけぇぇぇぇえええええええ!!!!》
沙羅の頷きに、僕は膝をついて倒れる。
あぁ、なんということ。
僕だけが舞台で踊るピエロだったなんて……。
「環奈と瑛彦はわかるけど、理優と姉さんはなんで来たのよ?」
「私は瑛彦くんの付き添いだよ?」
「私は……2人が心配で……」
「あぁ、そ。姉さんはともかく、理優はあんな男に振り回されて大変ね」
「私がやりたくてやってるから……。はぁ〜、私もこんな所にデートに着たいなぁ〜」
「じゃあウチが2人分の招待券買ってあげるから、瑛彦と2人で行ってき――」
「環奈ちゃんからは貰わないよ!」
《にゃぁぁぁああああああ!!! おばけぇぇぇぇえええええええ!!!!》
「何回も鳴らすのやめてもらっていいかな!!?」
顔を上げればカオスな空間が広がっている。
なんでこんなことになるのだろう。
絶望しながらも、6人で再びテーマパークを回ることになった。
閉園は18時ということで、そこからみんなでご飯食べて帰宅となる。
1日中むくれてようかと思ったけど、沙羅に慰められたからみんなと仲直りし、結果的には楽しい1日になった。
家に帰ればお風呂の用意が待っていて、それが終わると瀬羅をお風呂に行かせた。
入る順番は(この世界での)年長者から。
誕生日は沙羅が5月で僕が6月だから、結果的には僕が最後。
沙羅に「私たちの使った残り汁で、変なこと考えないでよ?」って言われたことあるけど、そんなことはありません。
沙羅の使った残り汁ならともかく、瀬羅も入ったなら不純だもんね?
そういう問題かどうかはおいといて、沙羅と瀬羅は姉妹で一緒に入ることもたびたびある。
リビングに行くと、沙羅がこたつでぬくぬくしながらテレビを見ていたので聞いてみた。
「沙羅、お風呂湧いたよ〜っ」
「んー。瀬羅は?」
「今から入るよ〜。一緒に行くの?」
「……今日はいいわ。それより、少し話しましょ?」
「……うん」
既に沙羅がポンポンと隣に座るよう叩いている。
僕が彼女の隣に座ると――抱きつかれた。
訳も分からぬまま、勢いに押されて倒れこむ。
……何事?
「えーっと、沙羅……?」
「今日はみんなが見てるの知ってたから感情抑えまくってたの。は〜っ、瑞揶……。デート本当にありがと……。私、瑞揶の事大好きよ。愛してる……」
「え、えぇ……?」
突然の告白に胸が熱くなる。
沙羅がこんな熱烈に求愛行動するなんて思わず、心臓がバクバクして……。
「今夜は眠れないわ……。瑞揶……どうしよう?」
「え、えっとそれは……その……?」
「まぁ瑞揶を寝かせるつもりもないけどね」
「そ、そんな……」
昨日からの疲れがあるから少しは寝たいけど――なんて思う間もなく口を塞がれる。
もちろん、塞いできたのは彼女の熱い唇で、唇を離すと彼女は笑顔でおでこをおでこに擦り付けてきた。
「ふふふっ、瑞揶っ♪」
声を弾ませ、力任せに抱きついてくる。
こんなに可愛い彼女は見たことがない。
デートの効力、凄過ぎる……。
これからも何度か行きたいなと思えるのだった。
ただ、夜の事はもう少し先延ばしでお願いします……。
交渉の末、寝る時間は1時間だけ遅くする事になった代わりに、何故か今日の沙羅のお風呂の時間が1時間を超えたのは余談だったり。
あと、今度またケーキ作る約束を交わしましたとさ。
沙羅さん、お風呂でナニしてたんでしょうか。
瑞揶「きっとにゃー体操のれんしゅ――」
沙羅「何言ってんの」
次回は瀬羅とのお別れ(まだ出てくるけど)。
お楽しみに。