第3話
ちょっとずつ、残したものを清算していきます。
優しい吐息が頰にかかる。
朝の予感を感じ、閉じた瞼がそっと開いた。
薄く光の差し込んだ室内で、目の前からスゥスゥという寝息が聞こえてきた。
金髪の少女が横向きに眠っていて、その顔が僕に向いている。
小さく開いた口、かすかに上下する体。
寝ている彼女も可愛くて抱きしめたい欲に駆られるが、起こすわけにもいかないため、僕は起き上がる。
「……おはよ、沙羅」
起きてもいない彼女に挨拶をし、布団を出た。
改めてパジャマ姿を見ると、可愛いなぁ……。
そんな印象を覚えつつも、僕は静かに自室を出るのだった。
久しぶりに見る沙羅の姿がたくさんある。
今の僕は目で見て色々な事を感じられるから、もっといろんな沙羅を見たいな――。
そんな想いを抱きながら、今日も朝食を作りにリビングへ向かう。
大好きな家族のために。
◇
「制服は久しぶりね」
「……うん」
朝食を終えて、僕らは制服に着替えてリビングに集まった。
季節は秋とはいえ、10月にもなると寒さがある。
それなのに沙羅はスカートが短くて、その太ももが大胆にも露わになっていた。
ちょっと走ったらお尻が見えるんじゃないかと思えるぐらいに短い。
ソックスは膝下までの紺色のもので、やっぱり太ももが強調されているような……でも本人は気にしてないよね。
「……さっきから何ジロジロ見てんのよ?」
「え、いや……別に……」
「? まぁいいわ。早く行きましょ?」
「うん……」
手を差し出され、僕は手を取る。
柔らかく手を握り、そのまま2人で玄関に向かった。
遅れて瀬羅も駆けて来て、玄関まで付いてきた。
「じゃあ行ってきます」
「瀬羅、お腹空いたら好きに買い物してきていいからね〜っ。行ってきます」
「わかったーっ。2人とも、行ってらっしゃいっ」
笑顔で送り出してくれて、僕と沙羅は外に出た。
今日もよく晴れた空があって、青い空が広がっていた。
ポツポツと雲があるけど、日差しが陰る事はないだろう。
「良い天気だね〜っ」
「そうねー。雨とか降られると面倒だし、晴れが続いて欲しいわ」
「僕は雨も好きだけどなぁ……」
「そうだったわね〜」
のほほんと話しながら登校し、僕らは学校に着く。
上履きに履き替え、4階まで足を運んだ。
いつもなら疲れるのに、歩くのに慣れたおかげで4階まで来るのも楽に感じた。
【サウドラシア】では野宿とかした……記憶があるよ、うん。
1-1に突入すると、やっぱり懐かしさに覆われた。
代わり映えのない教室、それは当たり前のことなのに、不思議な感動が全身を駆け巡る。
「1番乗りだね〜っ」
「いつものことでしょ?」
時刻はまだ8時を回っていない。
部活で朝練というのを除けば、僕らの登校はクラスで1番乗り。
沙羅も頰が緩んでいて、嬉しそうだ。
カバンを置いて僕は席に座り、沙羅はカバンを置いてから僕の席にやってくる。
そして、僕の膝の上に座ってきた。
「ふぅー……」
落ち着いて息を吐き出す沙羅。
長い金髪の髪が挟まって、沙羅の体重が僕の背に凭れかかる。
この体重も懐かしい。
「やっぱり瑞揶の膝の上は落ち着くわ。胸が熱くなって、ドキドキする……」
「あはは……。どうもありがとう……」
「んっ……」
甘えるように、僕の胸に頭をすりすりと擦り付けてくる。
いつも凛々しくて雄々しくて、そんな彼女が普通の少女に見える今の姿は、とても可愛いものだった。
ゆっくりと抱きしめると、沙羅が僕の手に手のひらを重ねる。
そうして僕らは暫く動かずに、胸の動悸の音だけを聞いて、ゆったりと過ごしていた。
何人かクラスに入ってきたようだ。
室内に響く足音がその報せを届けていた。
ただ、僕らに近付く足音が1つ。
「……瑞揶?」
「…………」
真後ろにカバンを下ろす音と、投げかけてきた声。
驚きを含んだ声も、懐かしい。
沙羅を抱きしめたまま後ろを振り向けば、そこにはツンツンと金髪の伸びた少年、聖兎くんの姿があった。
「久しぶり……でもないか。とりあえず、おはよ、聖兎くんっ」
「あぁ、おはよう……。もう帰ってきたのか?」
「うん。こっちでは1日しか経ってないけど、全部終わらせてきたから……」
「…………」
聖兎くんは俯いて、そのまま佇んでいた。
「……瑞揶は凄いな。自由律司神を、なんとかしたのか?」
「アキューは……友達になったよ。それからいろんなことがあったけど、みんなで頑張って……それで、帰ってきた」
「……。……そうか」
聖兎くんはそう言って顔を上げ、僕の上に座る沙羅に目を向けた。
「……沙羅。少し、瑞揶を借りてもいいか?」
「……? あぁ、ダメよ。朝は譲らないわ」
「頼むよ……なっ?」
「というか私に言われてもね。瑞揶に聞きなさいよ」
「……なら、瑞揶。少しいいか?」
「ごめんね聖兎くん。僕も沙羅と離れたくないから、お昼にね?」
「……わかったよ」
ゲンナリとした様子で聖兎くんは席に座った。
久しぶりに沙羅と来た学校だし、ごめんなさい……。
「おーっす、瑞っち」
「瑞揶ぁー! お礼の品、もらいに来たよーん!」
遅れて瑛彦と環奈がやってくる。
環奈、お礼の品ってなに?
「お前らは相変わらずだなぁ……」
瑛彦が僕たちを見るなりニヤニヤと笑う。
いつも愛し合ってますよー、ぎゅーっ。
「おはよー、瑛彦、環奈。お礼の品なんて初聞きだから持ってないけど、何か欲しいものある?」
「えーっ!? 沙羅、話が違うじゃん!」
「言い忘れてたわ。まぁいいでしょ?」
「うん、いいけどね。それとこれ、通帳返すから」
「あ、ありがとうね」
ぽいっと机の上に僕の通帳が投げられる。
手に取って残高を確認すると……半分ぐらい降ろされていた。
…………。
……まぁ、これで生活が困るわけじゃないし、半分ならいいかな。
「無くなってる分はウチと瑛彦と理優で山分けしたから。……いいよね?」
「変な法律に引っかかってなければね……」
「そっちはウチの彼氏が調べてなんとかしてくれたし、大丈夫!」
「じゃあいいね……」
生徒会長さんは真面目な人だから心配ないだろう。
環奈も貧乏生活脱却かぁ……。
「瑛彦、理優は?」
沙羅が何を思ったのか、瑛彦に尋ねた。
瑛彦は小首を傾げて答える。
「自分のクラスに行ったぜ? なんか用があったか?」
「いや、一緒に来ると思っただけよ」
「あー、ウチもそう思ってた。瑛彦達もアツアツじゃんね?」
「……アツアツ、なのか?」
瑛彦はよくわからんと言うように首を振りながら目を閉じた。
僕の周りだって、カップルばっかりだなぁと思い、やがて朝のホームルームが始まった。
◇
「にゃーは風速10mで吹き飛ぶから、駅のホームで通過電車が来たとき大変なんだよ?」
「猫はそんなんじゃ飛ばねーだろ……」
「にゃーとねこさんは違うからね〜っ」
「……ダメだ、わからん」
お昼休みになって1階まで降り、僕と聖兎くんは2人で廊下をうろうろしていた。
自販機が1階と4階にあって、1階に近い生徒達が昇降口近くでごった返しになっている。
僕たちはそこを避けて、人の少ない道を歩いていた。
「それで、僕に話って何?」
「……あぁ」
聖兎くんが立ち止まり、僕も立ち止まる。
次の瞬間、彼は深く頭を下げた。
「いろいろとすまなかった……。たくさん迷惑かけて……それに、刺しちまったし……。こんな謝罪じゃ済まないのはわかってるけど、これから償っていくから……」
それは明確な謝罪の言葉で、僕は少し動揺した。
確かに昔――といっても、この世界では数室前の出来事だけど、聖兎くんは僕を殺した。
もちろん不死だから生き返ったけど、その後は面倒な目にあったからなぁ……。
だけど、今更謝られても困るというか、全く気にしてないからどうしたものか……。
「とりあえず、頭上げてよ」
「……ああ」
聖兎くんは顔を上げた。
その瞳は潤んでいるようにも見える。
……どれだけ気にしているのか、よくわかった。
僕もこうやって誰かに償いたいと思うことが多かったから、こういう時は、何か罰を与えたい。
もちろん、厳しいものではなく、それこそ簡単なもの。
……そうだなぁ。
……よし。
「聖兎くん。君の気持ちはわかったよ。確かにいろいろな目のあったけど、今後、沙羅にアプローチとかしないなら、許してあげる」
「……それならもちろん、お前の彼女だし……でも、え?」
目を丸くして途切れ途切れ言葉を重ねる聖兎くん。
それでも返事にはなっていて、僕はニコリと笑う。
「なら許すよっ。これでこの話はおしまいっ。ほら、教室に戻ろ〜っ?」
「えっ、いや……。でも……」
「ごーじょーはダメだよーっ。付いてこないなら置いてっちゃうもんね〜っ」
「っ……。まったく、お前は……」
僕は1人で歩き出すと、その後ろから駆け足で来る足音が続いた。
聖兎くんは僕の友達。
過去に色々あっても、その事実は変わらない。
これからも……ね……。
昼休みも半ば、僕らはみんなの居る屋上へと向かって行った――。