第4話:再生・後編
「ひゃーっ……やっぱりきゅーくんにはバレちゃうかぁ」
「何年弟子だったと思ってるのさ……。今でも弟子だと思ってるし、ね」
「そっかそっか。いやぁ、そんなこと言ってもらえるなんて、師匠やっててよかったよぅ〜」
「ほんとは虚無が此処に居なかったから気付いたんだけどね」
「…………」
「…………」
愛律司神は笑顔で固まり、虚無律司神は目を伏せて小さく息を吐いていた。
それは嘆きのようなため息、虚無らしくない姿だ。
「私は……愛に、引き止められた……」
「そうだよ! むーちゃん引き止めなかったらセイちゃんが消されちゃうもん! 消さないようにすっごいお願いしたんだからね!?」
「……余計な……お世話」
2人の少女の会話から察するに、私は虚無の力でいつでも消せるらしい。
でも、今襲ってこないあたり、大丈夫……?
「あ、ちなみにね? ここはもう私のシステムで包囲してるから、セイちゃんは逃げようとか思わないよーにっ」
「…………」
全然大丈夫じゃなかった。
まぁ私は犯罪者な訳だし、味方してくれるわけがないだろう。
となると、自害するか殺されるか、アキューと話をつけるか。
それしかないらしい。
「なぁ、セイ」
次に声をかけてきたのは、アキューだった。
チラリと彼の方を見ると、その手には光の玉が浮かんでいた。
白く、優しい光を放つ玉。
何かしら、あれ……?
「まだ何か話があるの?」
とにかく、私は冷たく返した。
アキューと話すことなんてない。
話したくもないんだから。
「……僕と虚無の戦いは観てたか?」
「ええ、良い負けっぷりだったわ。跡形もなく消されて、ね……」
「そうだ……が、あまりにも決着が早すぎたとは思わないか?」
「…………?」
まるでわからなかった。
何を言っている?
貴方は負けた、どんな攻撃をも無に返されて、なす術なく……。
「つまりな、セイ。あの時の僕は本気じゃなかったんだ」
「……は?」
「どうしても閻魔に用があったからな、すぐに行けるように死んだのさ。本気で戦ったとしても、おそらく10日持たなかったとは思うけどな」
「…………」
だからなんだと言うのだろう。
早く死のうが遅く死のうが、今あるこの結果は変わらない。
でも、地獄に立ち寄った理由?
それは一体――。
「で、閻魔の所に行ってこれを取り寄せてもらった。その間にずっと話を聞かされたり、説教食らってな。本当、閻魔には参るよ」
「で、それはなんなの……?」
「ああ、これはな――お前の中にいた、赤ん坊の魂だ」
「ッ――!?」
耳を疑う言葉だった。
私の中にいた、子供の魂?
何故それを、今になって……。
「ずっとずっと昔、師匠に言いつけられてな。“魂が消滅する前に閻魔に保管してもらって。いつか役に立つ”ってな。まさか、こんな日が来るとも思わなかったが……」
「……そん……な……」
私の子供の魂がすぐそこにある。
それは何よりも甘い誘惑だった。
アキューを恨む理由も、全てはそれだったのだから。
産んであげられず、産声を上げさせられず、申し訳なく思っていた。
死んだことが受け入れられずにお墓も立ててあげられなかった。
それに、私は執念に駆られて、子供のことをずっと取り戻そうと思わなかった。
失ったものは、戻らないと思って――。
「……この子をまたお前の中に戻し、僕は2人で育てたい。たくさんの時が流れ、今更僕が親になるなんて笑い話かもしれないが……それでも、僕は……」
「……戻れるの?」
「……?」
「……あの頃に、戻れるの?」
私は震える声で問い直した。
あの時に失ったアキューも、子供も取り戻して、3人で暮らせる……?
いや、きっとそれは初めからできたこと。
私達には、それだけの力があったのだから。
全てを失って悲しみに暮れ、アキューに当たり続けた。
でも、アキューも私を好きと言い、子供の魂もそこにある。
ずっと昔に無くした、私の思い描いた家庭を、今なら築ける?
全てを、やり直して……?
「……セイ。お前が望むなら、いつでも戻れるさ。そして僕は戻りたい。だから、この手を取ってくれ……」
アキューが光を持つ手を私に差し伸べた。
その顔は引き締まり、硬い意志が目に宿っている。
「……いいの?」
「なにがだ?」
「私は……貴方に迷惑かけ続けてきたのよ……」
「それがなんだ」
「……気にしてないの? ずっと邪魔してきた。曲がった思いを、ずっと……貴方に……!」
「その程度がなんなんだ?」
「ッ――」
精一杯の思いで尋ねても、彼は普通に返してきた。
それがなんだと、まるで小さなことだと言うように。
「僕の方こそ、本当に悪かった。もっとお前を気に掛けていれば、こんなことにはならなかったんだ……。僕がこうして手を伸ばす資格もないのかもしれない。けど、この手を伸ばせるのも僕だけだ。頼む、取ってくれ」
「……ええ」
私は涙を流しながら、彼の手を取った。
その手を取れるのも、私だけなのだから――。
光に触れた刹那、光は跳ねるように弧を描いて私のお腹へと入っていった。
抱きしめるようにお腹に手を当て、アキューの胸に倒れこむ。
お腹の大きさは随分と小さくなってしまった。
だけど確かに感じる。
命の胎動を。
体に喜びの血が巡るように暖かさが全身を包み込んだ。
かつて愛した人との子供が、私の中に生きている。
歓喜の涙が流れ、歯を食いしばりながら彼にすがり付いた。
彼は優しく抱きとめてくれて、
「アキュー……ごめんなさいっ……ずっと、私……!」
「いいんだ……今セイがここに居てくれる。それだけで、僕は嬉しい」
「アキュー……!」
私は彼に泣きついた。
再三迷惑をかけたのに、虫のいい話だというのはわかっている。
だけど、大切だったあの頃に戻れるのを貴方に教えてもらって、私は……。
やっと、本当の私は生き返ることができたわ――。
◇
2人の様子を見守っていた2人の律司神は言葉なく、5重の羽衣をまとった少女のみ微笑を浮かべた。
そんな彼女に、隣の少女が細々とした声で問う。
「これで……いいの?」
「うん、これでいい。セイちゃんはもう大丈夫。消さなくていいよ」
「……貴方がそう言うなら……従う」
「ありがとっ。他の神々の説得も、手伝ってね?」
「……私で、よければ……」
愛は虚無の言葉に満足し、虚無を一瞥して抱き合う2人の元に彼女は飛んだ。
アキューは師の存在に気付いて顔を愛に向け、セイも埋めた顔を上げた。
「話はついたみたいだね。私とむーちゃんはこれから管理の所に行って今回のことを報告してくる。私は律司神に戻るから、それでセイちゃんの事をお咎めなしにしてもらうよう、交渉してくるね」
「……師匠、あの時言ったことはやっぱり嘘だったんだね。ここまでのこと、わかってたんだろう?」
「いやいや、ほんとにうまく行き過ぎただけだよ。……ともかく、さ」
言葉を一度切り、愛は小さな手を顔の横に持っていく。
その手には金色に輝く光の玉が握られていて――。
「きゅーくん。この子のこと、頼んだよ」
「……コイツは!」
魂がアキューの元に投げ渡される。
アキューが識別したその魂は、響川沙羅のものだった――。