第十ニ話
「ふぅーっ、危ない危ないっ」
なんとか私は沙羅ちゃんが消される前に魂を抜き取ることに成功した。
抜き取らなかったら魂ごと無に帰されちゃうから、救えてよかった。
そして今、その子は……
「……なんで私がまたここに居るのよ。教えなさいよガキンチョ」
「ガキなんて失礼なっ! 私は子猫さんならぬ、子にゃーです!」
「はいはい」
赤いハートをクッションに寝そべってる。
この空間にあるハートは瑞揶くんの生み出した愛の感情だし、彼女がどうしようが構わないけど……彼氏の愛を尻に敷くのはどうなのかな?
「もっかい聞くけど、元愛律司神。私を助けてくれたの?」
「んーん、死んでるよ。残念ながら、助けてあげる気はないからね」
「瑞揶の前世なのに、なんで助けないのよ……。というかここ、瑞揶の心の中よね?」
「そうだよ〜っ。まぁ、ここもすぐ崩れるけどね」
「はぁ? じゃあなんで私を……」
「沙羅ちゃんの魂を取った理由は2つ。1つは魂を消滅させないため。もう1つは――セイちゃんに取られないため」
「…………セイ?」
沙羅ちゃんは仏頂面を引っさげながら起き上がり、私の顔を見つめた。
話を聞きたい、ってところだろう。
「沙羅ちゃんは知らないよね、セイちゃんのこと」
「誰よそれ?」
「きゅーくん……自由律司神が人間だった時の恋人であり、今は世界各地できゅーくんと似た人を殺して回る面倒な子。瑞揶くんが転生したのも、セイちゃんのせいだよ」
「…………」
話を聞いて沙羅ちゃんはぽっかりと大口を開き、今にも叫びそうになっていた。
んー?
「どうしたの?」
「じゃあ、元はと言えば、自由律司神が悪いの?」
「……そうかも?」
彼の人間だった頃のことを加味してそう判断すると、沙羅ちゃんは大きくため息を吐き出した。
……まぁ気持ちはわからなくないけどね。
「んで、その自由律司神の元恋人に、私の魂が取られちゃ悪いと?」
「うん。私は別に困らないんだけどね? でも気分的に嫌だから」
「はぁ、そう」
「あのね、これから瑞揶くんも死んで、その魂はセイちゃんのところに行く。そこに沙羅ちゃんの魂があったら、瑞揶くんの目の前で沙羅ちゃんを八つ裂きにするよね。私は沙羅ちゃんも好きだし、ほら、嫌でしょ?」
「…………」
何言ってんだコイツと言いたげな目を私に向けてくると、ちょっと怖かった。
目つき悪いよぅ……。
「とりあえず……これで歯車は動き出す、ってところかな」
「……何言ってんのよ?」
「すぐにわかるよ。もうそろそろ全てが終わる」
そう、全てが終わる。
私もここから出ないと――。
新しい始まりを見れないのは残念だけれど、瑞揶くんともこれでお別れ。
どう私の後世の子に、幸あらんことを……。
◇
「僕を殺して」
「…………」
おかしなことを言う少年だった。
彼は無傷で、死んだのは金髪の少女のみ。
彼が死ぬ理由などないはずだった。
なのに、どうして諦めるのか……。
無論、私にとっては好都合。
すぐに殺したいけど、その前に1つ問う。
「何故……生きるのを、諦めるの……?」
肩がだらりと下がり、俯く少年は答える、
「僕は、沙羅の居ない世界では生きられない。それに……死ぬときは一緒だって、約束……したから……っ」
「…………」
少年は泣いていた。
ここが地上で重力があれば床に手をついて嗚咽を吐いていただろう。
どうしてそこまで悲しめるのだろう――。
1人死んだぐらい、どこにでもある話なのに――。
どうして、あの少女をそこまで大切に思えるのだろう――。
「……貴方は……変。……なんで、そんなに悲しめるの?」
「彼女を愛しているから。……僕は、僕は……!」
「…………」
力んだ言葉で彼は答える。
愛しているから。
その理由で、自分も死んでいいと?
わからない。
愛はそこまで重要なことなの――?
「愛って……なに?」
「……さぁ、なんだろう。ただ、人を好きになる、ってことだと思うよ」
「……そう」
私にはそのような感情がないため、永遠に理解できないだろう。
私は虚無律司神、感情などない。
「……じゃあ、貴方も死んで」
「…………」
彼は無言だった。
動くこともなく、残った能力を使って抵抗するでもなく、その場から動かない。
私はゆっくりと彼に近付き、その頭に手を乗せた。
不死の能力がかかっているのを無にし、彼を……頭から徐々に消していった。
魂はセイという次元半端神のところに行ってもらわなければならず、飛び立たせる。
漸く私の役目も終わり。
結局、私は何も得るものがなかった。
依頼を受けて今日を待ち、自由と戦い、2人を倒した。
なんだったのだろう。
今日を経ても、何か変わる事などなかった。
そして明日も変わらない。
悲しい。
何も変わらない、得るものがなく、私の心は無にある。
それが悲しい。
いつか、この心が晴れるのだろうか。
否、この身は虚無律司神。
その日が来ることなんて、永遠に……。
「与えましょう――悲しむ心に無上の愛を」
不意に聞こえた声はどこか懐かしい、暖かいものだった。
この広大な宇宙で、なんの音がするものか。
誰の声か、私は辺りを見渡す。
しかし、それは無駄だった。
気が付けば、そこは宇宙ではなかったのだから。
ハートの浮かんだ空間で、ぬくもりを感じる。
白い、変な所に連れてこられたらしい。
「わぁ、相変わらず化け物みたいな体してるね。愛の体感を人間の限界値超過してるのに、ぬくもりを感じる程度なんて笑っちゃうよ」
「…………貴方は」
「……久しぶりだね、むーちゃんっ」
ニコニコと笑ってハートの陰から現れたのは、愛と名乗る、元律司神の少女。
フルネームを知るものも少なく、500億年も生きた生命。
なんで……ここに?
「それはむーちゃんに愛を教えるためだよっ」
「……思考を、読んだ?」
「珍しいかな? むーちゃんの思考ってすぐなくなるし、能力で考えても読み取るのが難しいしね」
「…………」
私の思考は考えてなかったことに等しい。
何も考えてない事が前提で思考するのに、どうして彼女はそれを読み取れるのだろう。
彼女も不思議だ、ここは変な人ばっかりだ……。
「変じゃないよ。全然変じゃない」
「……そう。変なのは……私だもの」
「ううん。誰も変じゃない。たとえ何かが欠落していたとしても、それは生物として当然のこと。何億年生きたとしても、私達は完全にはなれなかったもの。貴方に愛が不足していても、それは仕方ない。けど――」
満たしましょう――か弱い貴方を、愛の想いで。
彼女は私の手を取り、無邪気な笑みを浮かべて笑う。
重なる手のひらからは温かいものが流れてきた。
腕を伝い、胸に溢れて身体中を満たしていく。
ああ、思い出した。
もう遠い昔の記憶、消えてしまったと思える記憶。
私はかつて、この人に同じことをしてもらった。
そして、教えてもらった。
愛って、こんな気持ちなんだ、って――。
◇
懐かしい所に来た。
一面灰色の地面が地平線まで続き、黒の空が一面を覆っている。
波もなく雲もない、風もそよがぬつまらない所だ。
ここに来た理由はよくわかっている。
「……死んじゃった、か」
アキューたちの当初の計画通り、僕は死んで、アイツの所に来たのだろう。
死神――いや、セイの所に。
死神も居ないことだし、2回目の人生を振り返る事にする。
一言で言うなら、悔いのない人生だったということだ。
瑛彦がいて、沙羅が来て、友達がいて、霧代のことも清算し、沙羅と笑い合えた。
もっと一緒に居たかったけれど、あそこで死んだ事に悔いはない。
大切な思い出が、いっぱいできたのだから――。
「久しぶりね」
刹那に聞こえてきた声は妖艶な女性のもの。
随分と前に聞いた声、しかしアキューの記憶でも聞いたもの。
振り返れば、そこには黒衣の女性がフワフワと浮いていた。
その姿は、11年前と変わることがなく――
「ハロー、響川瑞揶。貴方がこんな早く死ぬとは思わなかったわ」
「……死神」
ニタリと笑う彼女の笑みは恐怖を思わせるもの。
11年振りの再会はあの時と変わらぬ姿のまま行われたのだった。
これにて六章は終幕です。
相愛のバラードはどちらかというと、アキューに関することを指しますね。
最終章は1話目からクライマックスです。
よろしくお願いします。