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連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜  作者: 川島 晴斗
第六章:相愛のバラード
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第五話

 お互いに18歳になり、そろそろ婚姻届を出したいと考えていた。

 しかし、結婚するなら地元がいいとセイが言い張り、紙を一枚出す程度なら遅れても構わないと、僕らはまだ異国の地にいた。


 時代もそうだが、研究の躍進も激しく、不死についてはなんとか数年で上手くいきそうだった。

 死者の蘇生も、頭部さえ残っていれば可能というレベルの発展を起こしている。

 心も記憶も頭にある、だから頭さえあれば……。


 まぁ――あと数年で死者もいなくなる。

 僕は死ななくなったら何をしよう。

 いや、あらゆることをしよう。


 世の全てを知るには人の寿命は短すぎる。

 だから僕は不死というものをまず考えた。

 もちろん、地上初の死なない人間になりたいとも思ったが――その後はこの広過ぎる世界を見よう。


「アキュー」


 僕を呼ぶ声が聞こえる。

 家に居るのは僕とセイだけで、他の人間がいるわけでもなく、リビングに立つ彼女に僕は目を向けた。

 お腹に手を当て、静かに僕を見ている彼女。

 僕は論文をテーブルの上に投げ、椅子にどっかり座って話を聞く。


「どうした。今日はまだ朝食を食べてないぞ?」

「ええ、まぁそうなんだけど……」

「?」


  いつになく彼女はもじもじしていて態度がぎこちない。

 なんだ、何か隠しているのか?


「なんでも言ってみろ。あれか? 体調が悪くなったのか?」

「え、ええ……うん。それはそう、だけど……」

「……? さっきからなんなんだ? 別に朝食は気にしなくていい。出勤まで時間があるし、話せることは話せ」

「……ええ」


 セイはテーブル越しにある向かいの椅子に座り、ふぅっと一息吐く。

 それから改まって話し始めた。


「できたの」

「……できた?」

「ええ。……わかるでしょ?」

「…………」


 彼女の仕草から言葉の意図を読み取る。

 すると、頭の中が真っ白になった。


 ……僕達は恋人なわけで、まぁいろいろするわけだが、子供ができるとは……。

 まだ結婚してないのに、いいのか……?


「それで、私は家事もできなくなるかもしれないし、帰国しようと思うの。体が楽なうちに……」

「そうだな……。僕はここを離れられないが、1人で空港に乗れるか?」

「大丈夫よ。……ふふ、貴方の研究が終わったら、帰ってきて。そしたら……そのまま結婚して、一緒に暮らしましょう……」

「……あ、ああ」


 結婚という言葉に思わず賛同してしまう。

 一緒に暮らす――それは今と変わらないことだった。

 しかし、子供が生まれたら、僕も親になる。

 そして、3人で暮らして……いや、もしまた子供ができれば、もっと多く……。


「……フフッ、よかったわ」

「……え?」

「アキュー、幸せそうにしてるんですもの……」

「…………」


 優しく微笑みかけてくるセイに、目を奪われてしまう。

 やっぱり自分で選んだ相手だ、僕には美しい人に見えるし、あどけない笑顔を見せられるとドキりとなるのは仕方ない。


「いいから、さっさと帰国しろ」

「あら……でも、アキューは1人で生きていけるかしら?」

「家政婦でも雇うさ」

「アキューが手を出さないか心配ね」

「……恋人を信用しないとは、いかがなものか」

「思い立ったらすぐ実行する貴方だもの、何するかわからないわ」

「…………」


 そうは言われても、研究しかしてないのだが。

 まぁいい、どちらにしてもセイに、僕の元に居てもらうわけにはいかない。


「明日から数日休暇を取る。そこでいろいろと準備をしよう」

「ええ、そうね……」


 手を伸ばすと、その手を優しく取られる。

 暖かく、柔らかい手を繋ぎ、しばしといえど別れを惜しんだ。


 それから2日後、セイは祖国に戻っていった。

 空港までは送ったが、その間ずっと手を繋いでいたのは、1人になった今では感触が懐かしい。


 その次の日からは研究に打ち込んだ。

 人間の不死を実現する第一歩、新たな発見や成果は著しく、「こうだったのか!」とわかることは面白い。

 だがそれよりも、一刻も早くセイに会いたい――。

 研究を終わらせるため、僕は家に帰ることも少なく、研究所に居座り続けた。


 時間を気にすることはなかった。

 ときたま来ていたセイからの連絡もなくなり、携帯が反応しなくなって数ヶ月。

 もう入院しただろうかと気にしなかったが、世界の神が100人ずつ食らったとニュースを見て日付を確認した。


 ――もう10ヶ月か。


 妊娠の周期を考えれば、そろそろ出産していてもおかしくないはず。

 たまにはこちらから電話して状況を確認しようと、トイレに行くついでに電話してみた。


 しかし、彼女の携帯が応答することはなかった。

 国際電話機能は使えるはずで、時差的に考えてもまだ向こうは昼過ぎだと思った。

 しかし、何度掛け直しても電話は出なかった。

 病院に携帯持ち込み不可の場所はとっくに撲滅したはずだが――。


 いてもたってもいられず、僕は研究所を抜け出して帰国した。

 大胆な行動をしたと思う、しかし構わない。

 なんせ僕は、自由なのだから。


「…………」


 3年ぶりに帰った自宅で知らされた事実は、僕の胸を貫くようなものだった。


「セイならとっくに、神様に食われたよ」


 酒を飲んで顔が真っ赤の父親が言った言葉。

 何故、どうしてセイが食われる100人に選ばれた。

 その疑問で頭が埋め尽くされる。

 心にある絶望感を解き放つため、自室に急ぎ、パソコンをつけてセイが選ばれた理由を調べる。

 選ばれる理由は世界の人に納得してもらうためにネットにアップされる、だから――。


 選ばれた女100人のリストを発見し、1人ずつ名前を確認し、89番目にその名前を見つける。


 セイ・ヌメラナス・フラムナル

 選定理由:不死の研究者・アキュー・ガズ・フリーストに取り付き、研究の邪魔をしている。10年以上に渡り研究の邪魔をし、世界にとって迷惑な存在である。


「……なんだ、これは」


 画面に表示された文字は言葉を失う内容だった。

 邪魔――そう思うことも確かにあった。

 だが! 僕にとって彼女は必要な存在だった!

 それなのに、勝手に決め付けて……!


 中に乗っている名前は大半が死刑囚であり、他にも犯罪者や宗教でテロを起こしたような奴が名前に挙げられている。

 この中に、何故セイが入る――?

 世界の犯罪者なんて、もっとたくさん――。



 サイトの下の方に、動画が貼り付けられていた。

 こんなものを見たって仕方ないとは思っている、だが再生ボタンをクリックせずにはいられなかった。


 カチッと再生マークを押すと、動画が始まる。

 松明の明かりが立ち並ぶ神殿の中、桃色の龍が白銀の翼を広げており、その下には100人の女が後手に手錠を掛けられ、転がされていた。

 阿鼻叫喚が響き、女性たちの絶叫が絶え間なく流れる。


 ひょいっと、龍が1人の女性を拾い上げた。

 外国語で何かを喚く、囚人服姿の女。

 その女を、龍は無遠慮に口の中に放り込んだ。

 バリ、ゴリと気持ち悪い音を出し、口元から赤い液体が溢れる。

 一口で食われ、悲鳴すらなく女性は死んでしまった。


 パソコンにしがみつき、セイの姿を必死に探す。

 彼女の叫び声に耳を傾ける。

 パソコンから聞こえる音の中でも、聞きなれた彼女の声は見分けがついた。


《嫌っ!! アキュー! 助けて!!! あなたが言えばすぐここから出られるのに!!!》


 悲痛なセイの叫び。

 刹那、彼女の姿が動画の端に映った。

 ボロボロと涙をこぼし、お腹の大きな彼女が横たわっている。


 バキバキと1人、また1人と食われていく中、セイの叫びはよく聞き取れた。


《アキュー……私、信じてるわ! 助けに来てくれるって……お腹の子だっているんだから!! 3人で暮らしていくんだから!!》

「……セイ」


 泣き叫ぶ彼女の姿が切れ、また誰かが食われる場面に移る。

 僕はもう画面を見れなかった。

 下を向くと目に溜まった涙がこぼれ、机に叩きつけた腕が震える。


《キャアアアアアア!!!!》


 だが、セイの悲鳴を聞いて起き上がる。

 画面に瞳を吸い寄せられ、捉えた姿はセイが捕まえられるところ。


《嫌っ! アキュー、アキューッ!!!》


 ブシュッ――


 一瞬だった。

 拾われた彼女の体はすぐさま流の口元に運ばれ、一口で食われた。

 ゴリゴリと何度も歯噛みをされ、やがて飲み込まれてしまう。


「――嘘だ」


 ペタリと座り込んでしまう。

 こんな現実があっていいものか。

 僕は……僕達は、これから幸せに暮らそうとしていたじゃないか……。

 なのに、何故……。

 何故、死んでしまったんだ……。


「セイ……」


 振り絞って出した彼女の名は、誰にも届くことはない。

 釣られて出てきた涙は冷たく、僕は残酷な映像を前に涙するのだった。

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