第十三話
沙羅が行ってしまい、僕は猫にした王血影隊達を解放して家に向かう。
姉さんはなんて言うだろう、怒鳴るかな、そんな余計なことを考えて玄関を開いた。
沙羅が出た後だったから、鍵はかかってない。
ドアの音で気付いたのか、瀬羅がリビングからやってくる。
「おかえり、瑞揶くん……」
「ただいま。ごめんね、いろいろ迷惑かけて」
「そんなの……気にしなくていいよ」
「…………」
会話もなく2人で無音のリビングに向かう。
ぎこちなく2人でソファーに腰掛けて、ただ呆然としていた。
これからどうするか言わなくちゃいけない、だけどこの張り詰めた空気を断つのは苦しく感じた。
僕たちはこの家で出会って、親しくなって、共に生活する家族になった。
それだけに、話を切り出すのが辛い……。
「……瑞揶くん」
無言でいる事に耐えれず、静寂を断ち切ったのは瀬羅だった。
僕は振り向き、言葉を返す。
「なに……かな?」
「さーちゃんと何をするの? 捕まらせちゃって、これからどうするの?」
「…………」
直球で質問をぶつけてきた。
当然だろう、心配なんだから。
…………。
……話すしかないよね。
逃げることはできない、留まることもできない。
だから、僕は口を開いた。
「……僕と沙羅は――」
「……うん」
「……この世界を出て行くよ」
「え?」
僕の言葉に瀬羅が驚愕に目を見開いた。
しかし、世界を出て行くと言われてもよくわからないのか、首をかしげる。
「世界を出て行くって……天界とか、魔界に行くってこと?」
「違うよ。この自由律司神が作った世界を出る。僕はこの世界に居る限り、自由律司神に目をつけられてしまう。ここを出て僕は、沙羅と幸せに暮らしたい……」
「……そんな事、考えてたんだ」
寂しそうな声で瀬羅が呟く。
僕たちがこの世界を出たら、もう二度と会えないだろう。
けど、それでも僕は――沙羅と幸せに暮らしたい。
「……瀬羅さえよければ、一緒に来て欲しい。瀬羅は沙羅にとって唯一肉親と認められている人だから。僕は血の繋がりが無いもの……。瀬羅が居てくれたら――」
「……ごめん。考えさせて」
「……うん」
姉さんは立ち上がってしょんぼりとした背中を見せながらリビングを後にした。
急な話で申し訳なかったと思う。
まだ出会って数ヶ月とはいえ、家族なのにね……。
僕だってみんなと別れるのは辛い。
瀬羅だけじゃない、瑛彦や環奈、理優、ナエトくん、他にもたくさんの友達がこの世界にいて、お世話になった人がいる。
でも僕は……
(だから瑞揶くんも――この世界で、幸せになって……)
……霧代、君の言ったあの言葉、この世界である必要はないよね……?
必ず幸せになりたい。
愛すると決心した人と一緒に生きたい。
僕の願いはそれだけなんだ……。
平穏に、日常を生きたい。
それはそうだ、僕はこの世界の日常が凄く好きだったから。
瑛彦がバカやって沙羅が怒って、理優と環奈はお菓子を食べてて、ナエトくんは本を読み、レリがそれにちょっかいを出す。
楽しい日々だ、だけど……
「……沙羅」
(なによ?)
「ええっ!!?」
呟いた少女の名前、彼女の声が聞こえて驚く。
(アンタテレパシー切ってなかったでしょ? 全部筒抜けよ)
「えっ、あっ……そ、そう?」
(そうよ。あーあ、姉さんに嫌われても知らないからね?)
「……あはは。嫌われたりはしないよ」
僕たちの絆は深いって、そう信じてる。
最後まで嫌われたりはしないはずだ。
「沙羅、そっちはどう?」
(別に、何もないわ。体目当てのおっさんどもがきたけど私を触れなくて帰ったし、牢屋にブチ込まれて暇してるわ)
「……強ち予想通りかな。僕が呼ぶまではそのままで居てね」
(ええ、了解よ。……待ってるから)
「うん……」
テレパシーを切る。
さて、次にやる事は――
「……お義父さんに報告、かな」
同じ氏を持ち、お世話になった人に電話をしよう。
うん、よし……出てくれるといいけど、
僕は立ち上がり、廊下に出て固定電話を手に取る。
お義父さんの携帯電話の番号を打って発信。
お義父さんに電話をするのは久しぶりだ。
けどそれが、最後の電話になるなんてね……。
ワンコール、ツーコール、スリーコールでお義父さんは出た。
《もしもし? どうした瑞揶》
「おはよう、お義父さん。久しぶり……」
《久しぶりだな。夏以来か? 今日もしょぼくれた声してるなぁ、お前》
「…………」
受話器越しの軽口はなんて普通な会話なのだろう。
僕はクスリと笑いたくなったけど……これから話すことを考えたら笑みを浮かべる余裕はなかった。
《……どうした、瑞揶?》
受話器から不思議そうな声が聞こえてくる。
もう瀬羅には話したんだ、話さないと……。
「……お義父さん、僕ね」
《おう……》
「……この世界から、出て行こうと思う。つまりね、もう会えないんだ……」
《…………》
受話器からは音が消える。
受話器越しにお義父さんは何を思ったのだろう。
声もなく、何を思ってるのかわからない。
少し経つと、漸く一言だけ返ってきた。
《……そうか。寂しくなるな》
「……ごめんね」
《謝ることはない。子が親離れするのは当たり前のことだ。ただ、家で末っ子のお前が一番乗りで、しかももう会えなくなるとはな……。親として、何もしてやれなかった》
「そんなこと……」
お義父さんは警部さんで時間が取れないのはわかっている。
僕はただの養子で、僕なんかに割く時間はないはずなんだ。
それでも、沙羅の身をどうするか決めた時だって、お義父さんは来てくれた。
たとえずっと離れて暮らしてても、お義父さんは、お義父さんだ……。
《何故行くかは聞かん。お前は正しい判断のできる子だからな、きっと意味があるんだろう。行くなら行けよ、しっかりな》
「……うん」
背中を押すような言葉だった。
これが、親離れなのかな。
最後まで親として、子供を気遣ってくれている。
「……ねぇ、お義父さん」
《ああ、なんだ?》
「僕はさ、お義父さんに拾われて良かった。あそこでお義父さんが僕を養子にしてなかったら、沙羅とも会えなかったし、今の生活を送れなかったここに居られて僕は……幸せだったよ」
《……よせよ。俺は本当に、お前に何もできてないんだから……》
照れるようなお義父さんの言葉。
何もしてないとか、そんなじゃないんだ。
今ここに居られてよかった。
沙羅や瑛彦、みんなと会えて、本当によかった。
だから――
「……お義父さん」
《ああ……》
「……僕を家族にしてくれて、ありがとう……」
《…………。親冥利に尽きる言葉だな。こっちこそ、息子になってくれてありがとう、な》
「うんっ……っ……」
ポロポロと涙が落ちる。
息子……僕は出来のいい息子だっただろうか。
いや、出来の良し悪しじゃない。
我が子だと思ってくれて、それだけで十分なんだ……。
「……お義父さん、じゃあね」
《おう。元気でな……》
「……うん」
もう語ることはない。
さよならを告げ、僕はそっと受話器を置いた――。