第十話
「そうか」
別れが来るかもしれないと告げられても、僕は素っ気なく返した。
別れたいかといえば複雑ではあるが、かといって僕がどうこうできるわけでもないだろう。
「……そんだけ?」
「それだけだが、引き止めて欲しかったのか?」
「……割と」
「……そうか」
会話が途切れ、お互いに無言になる。
無音の夕焼けが僕達を覗いているが、他には何もない。
「……あのさぁ、ナエト」
「……なんだ?」
「私の事、どう思ってる?」
「…………」
突然の問いに頭を傾けてしまうが、コイツをどう思っているかと言われれば答えはある。
「お前はいつも僕に飯をたかる厄介で煩くて面倒くさい女だ」
「ちょっ! 本心にしても言い方酷くない!?」
「酷いものか。貴様だってこれで少しは態度を改めるだろう」
「ぐへー……なんだか呼び出して損した気分だわ」
「まぁそう言うな。面倒くさいとは言っても、嫌いとは一言も言ってないだろう?」
「…………」
レリは顔を伏せ、柵に手をかけてキュッと握りしめた。
僕の言葉に何を思ったのかはわからない。
しかし、どうして悔しがったようにする……。
「……あたしは、さ」
「ああ……」
「……ナエトの事、好きだよ?」
「…………」
彼女が涙声になって告げた言葉、それはどこか思い当たるところがあったかもしれない。
あまりにも驚きがなく、胸にストンと落ちるような感覚だ。
レリがぼくなんかに絡んでくるのは、そういうことなのだろう。
「……そうか」
僕は同じ言葉を繰り返した。
気持ちを告げられたところで対処に困る。
僕にどうしろと言うのだ。
「……素っ気な。ナエトは酷い奴だなー」
「ああ、僕はこういう男だ」
「会えなくなるかもしれないから頑張って言ったのに、ほんと酷いわ」
「……会えなくなる?」
それはどういう事だと言う前に、レリに抱きしめられる。
暖かい、人のぬくもりを感じられた。
「……あたしさ、瑞揶と沙羅の仲を破局させなきゃいけない。2人の関係は深いから破れないし、困ったもんだよね、ほんと」
「何故レリがあの2人を……?」
「うちの盟主様の命令。あたしは天使だもん、ちゃんと従わないと……いや、従わなくても操られるから……」
「…………」
操られる――。
つまり、レリの意思がなくなるということか――?
「……ナエト。あたしは死ぬ。どうやっても死ぬ。けどもしかしたら、この件が終わったら生き返る。それまではどうか見守ってて」
「そんなことを言われても……むしろ、僕に何かできるのか?」
「できるけど、ダメ。ナエトが関わると事が大きくなる。だから静観してて」
「…………」
僕の肩に冷たい水滴が落ちる。
涙を流して言うほどの事なのか、それは……。
困っているなら、頼ってくれてもいいだろうに……。
「ナエトさ、あたしが死んだら悲しむかな。ダメだよ。あたしがどうなっても怒らないで」
「そうは言われてもな……。そもそも、何故瑞揶とサイファルの中を阻む?」
「……それは私も知らない。ただ――」
沙羅がこの町に来なければ、こんな事にはならなかったのに――。
キュッと僕を抱きしめて、悔しそうな声で呟いた。
……サイファル。
アイツが居なければ、こうならなかったのか……?
「……ごめん、話は終わり。神様に呼ばれたから行くね」
「ッ……待てレリ! 話が全然見えない! もっと話せ!」
「……バイバイ、ナエト。実はアンタのこと、ずっと大好きだったよ」
「! レリ!!」
レリは僕を突き飛ばし、白い翼を広げて空の彼方へ飛んで行った。
夕日はまだ沈まない。
薄れゆく空の先を、僕はフェンス越しに眺めることしかしなかった――。
それからレリは何かと瑞揶にやっかみ、事態を理解した。
2人が恋人になるのは防がなければいかないのだろう、と。
確か瑞揶は自分を「自由律司神のクローン」だと言っていた。
その事とサイファルが関係しているとは思うが……。
とにかく、僕は経過を見守った。
彼女がどのように思って瑞揶に接してるのかはわからなかったけれど、時々影で彼女が泣いているのを見た。
まったく、胸の痛くなる話だ――。
「それも、今日で終わりか……」
そして今、僕は響川家の上空に立っている。
いつも平和であろうあの家を、襲うのだ。
サイファル……貴様さえ居なければ、こんな事にはならなかっただろう。
神が何を考えているのかは知らない、ただこれでレリは生き返ると言っていた。
ならば……僕は……。
1人の少女を幸せにする、それがもし2人なら。
僕は好きな方を選ぶ。
「――【禍神鳴】」
隣で青い髪をした青年が手に漆黒の雷を生み出す。
最速の魔法であり、ほぼ回避は不可能と王血影隊から聞いたものであり、使い手も暗殺を主にやっていた者であると言う。
この一撃で終われば……。
◇
「……にゃーは困りました」
「いや、みんな困ってるわよ」
僕の呟きに沙羅が突っ込む。
7時20分、まだ僕達は学校に向かわず3人でテーブルを囲んでいた。
「ナエト達が上空にいるのよね。ボコボコにしてやりたいけど、どうすんのよ?」
「王血影隊20人は、ちょっとねぇ……」
沙羅が問うも、瀬羅は苦笑を返す。
ふむぅー、どうしましょー。
僕もテーブルにあごを乗せて考える。
……みんなねこさんにしちゃえば良いかなぁ。
……ダメですにゃ?
「いっそのこと、家にこもってればいいんじゃない? 瑞揶、家は結界あるから侵入させなきゃ壊せないでしょ?」
「そうだよー。悪意ある攻撃は全部防ぎますっ」
「じゃあここでのんびりお茶でも飲んでましょ。授業はまぁ、なんとかなるわよ」
「…………」
沙羅が億劫そうにそう言ってお茶をすすり、瀬羅は悲しそう視線を逸らした。
……このまま家にこもってることはできるけど、これでいいのだろうか。
「……そうじゃないよね」
「……瑞揶?」
僕は席を立ち、玄関の方へと向かった。
“攻撃は全て効かない”ように超能力を使い、玄関を出た。
「瑞揶!?」
「ちょっと待ってて、沙羅――」
刹那、青い雷が落ちてきた。
僕に直撃するはずのそれは捻じ曲がり、僕の周りから高速で地面に落ちる。
雷が落ちたような轟音が響くも、光が消え去った後にはいつもの玄関があった。
「……すぐ戻るから」
笑顔で彼女に告げ、僕は転移した。
転移する前に歯噛みをする沙羅の顔が目に入り、気持ちを切り替える。
「――さて」
転移した先はナエト君たちのさらに上、20人分の頭が目に映る。
ナエトくんの姿もその中にあり、僕は一言、
「寝て」
呟いた。
刹那、19個の命が地上に落下していく。
「何!?」
一瞬の出来事にナエトくんが声を荒げた。
しかし、まだ僕の姿は認識できていないらしい。
落下を続ける19人にも死なれるのは僕は嫌で、大きな雲を地表に展開した。
ぽふんぽふんと全員が雲の上に跳ねあげられ、バウンドを繰り返して治まる。
「――瑞揶ッ!!」
「おはよ、ナエトくん。奇襲とは悪い趣味だね」
彼が僕の存在に気付き、空の上に立つ僕に刀を構えた。
銀色の刃が陽光に照らされており、僕を殺る気満々というところだろう。
「……ねぇ、ナエトくん。なんで沙羅を襲うの?」
「全ての元凶は奴じゃないか……。アイツが地上に出なければ、レリは死ななかった。それだけだ!」
「……だったら僕は沙羅の家族としても恋人としても君を全力で排除するよ。だけど、本当に……本当にこれでいいの?」
「……なんだと?」
ナエトくんが言葉を返す。
僕は渋るように言葉を出さずにあたりを見て、それからなんとか声を絞り出した。
「ナエトくんは、本当にこれでいいと思ってるの? 僕たちにはこれしかないの? 争って、それが正しいって――」
「黙れッッ!!!」
刹那背後から蹴りが飛んできた。
しかし能力のおかげで僕に当たらずに止まる。
そうか――王血影隊が20人。
ナエトくんを合わせて21人なのだから、1人残ってたね……。
「君も寝て――」
振り返って能力で眠らせようとした刹那、その顔を見て口が動かなくなった。
髪型はポニーテールだけど金髪で、青い目でも顔立ちは一緒で、攻撃が効かなくて悔しそうな少女だ。
その姿が沙羅と重なる。
「――シッ!」
少女は拳を放ってきた。
しかし、それも僕には届かない。
改めて、可哀想だと思った。
僕は沙羅と瀬羅しか王血影隊の人を見てないから何も言えなかったけど、同世代の子やそれ以下の子も戦っているんだ。
……そんな組織なんて、壊滅すればいいのに。
だけど、瀬羅が初めに僕が辞めるよう勧めたのを拒んだように、辞めない理由がある人もいるだろう。
けど、なんとかしたいと感じた。
「……ごめん、今は眠って」
「ッ――」
僕は少女の頭を撫でて能力を使い、意識とともに落ちるその体をそっと抱きかかえた。
「……この子達だって戦う必要なんてないのにここまで来させて……ナエトくん、これは――いい事なの?」
「…………」
「ねぇ、ナエトくん……」
――仲直り、しよう?
そうして僕は求めるように、彼に手を差し出した――。
4章を振り返ってみると、最後の瑞揶の言葉は――。
彼の成長の証――。