第二十一話
気取らない性格でどっしりとした態度、しかし優しい面も持ち合わせている。
それが俺から見た響川沙羅の評価だった。
隣で足を組み、ソファーの後ろに片腕を回して座った少女は仏頂面でテレビを観ている。
自由律司神に響川家の概要は聞いてるから瑞揶と血が繋がってないのは知っている。
それでも、瑞揶とは違い過ぎるなぁと驚嘆せざるを得ない。
「……何見てんのよ」
「え?」
観察していたのがバレ、沙羅にギロリと睨まれる。
整った顔立ちなのだが、睨んだ顔はその分怖い。
俺は笑顔を作って返した。
「いや、なんでもねぇよ」
「……ドラマつまらないかしら? この話は好きなんだけどね〜」
「……ドラマは面白いけど、ちょっと思うところがあっただけさ」
「そっ。じゃあ続けるわ」
ピッと彼女はリモコンの再生ボタンを押す。
録画のドラマの内容なぞ、俺は隣を見ているのだから頭に入らないからどちらでもいい。
こいつもなかなかどうして無防備だな、と思う。
そりゃあ魔族のエライ組織に居たそうだが、男が隣に居て素知らぬ顔とは。
俺は今までの経験から、自分がそれなりにかっこいいと言われてるから自分でもそれなりに魅力があるんだと思ってる。
しかし、こいつは俺に微塵も興味を示していない。
それは少し、悔しいな。
「なぁ、沙羅。今夜、一緒にご飯食べに行かないか?」
「なんでわざわざ行くのよ。自炊するからいいわ」
「へぇ。なら、俺も食ってっていいか?」
「…………」
沙羅はリモコンで一時停止ボタンを押し、リモコンをテーブルの上に投げた。
ガンッというシャープな音が耳を叩き、沙羅のムッとした顔が俺に向けられる。
「アンタさっきからなんなわけ? 悪いけど、私には心に決めた相手がいるの。誘うなら他の子にすることね」
ピシャリと言い付けられ、俺は肩身を狭める。
ここまで清々しい……いや、男らしくキッパリとした性格の奴は珍しい。
しかし、そんな事を思うよりも弁解しなくては。
「気を悪くしたなら謝るよ。別に、口説きたいんじゃないんだ。俺に魅力を感じない奴って全然いないからさ、確かめたかったっつーか……」
「あっそ。見た目だけが人じゃないわ。だから会って間もないアンタの魅力なんて、私が知るわけないでしょ」
「……おっしゃる通りでございます」
厳しい評価をくらい、俺は轟沈する。
だがしかし……いいな、ここまで俺に興味を示さないと、寧ろ惹き付けたいと思ってしまう。
瑞揶が買ってくれた家も近いし、学校の帰り道は一緒にして貰うとしよう。
今日の所は他に何をするでもなく、思案を巡らせながら目だけはテレビを見ていた。
沙羅は帰るまで俺の様子を、怪訝そうな眼差しで見ていた――。
◇
日曜日が過ぎ去り、月曜日になる。
「にゃーは今日、帰ります」
クラスの隅で、僕は沙羅にそう宣言した。
ほうっ、と驚嘆する声が2つ。
1つは目の前の沙羅、もう1つは横の机に座る瑛彦のもの。
「なんだ瑞っち、もう帰んのか?」
「帰るよ〜っ。瑛彦の家は家事多すぎ。1日に洗濯4回しても足りないってなんなのさぁ……」
「家事なんざしねぇからそんなこと言われてもわからん」
悪びれてもいない瑛彦を見て、僕は机に突っ伏した。
瑛彦は長男なんだから、もっと家族を助けるべきだよ……。
「ま、瑞揶が帰ってくるなら私は万々歳ね。家に1人って、凄く寂しいわ」
「あははは……もうすぐ姉さんも来るから、3人だね〜っ」
「そうなるわね〜」
のほほんとして沙羅と話す。
今日は普段より僕に関心を示さず、いつもの彼女になっている。
土曜日の事、気にしてるんだなぁと実感できた。
「なんだ、結局遠出はしないんね?」
「ん……?」
僕の背後から声が掛かる。
座ったまま上を向くと、環奈の顔が目に入った。
「おはー。瑞揶ももう帰るのね。このまま沙羅の事蔑ろにしないか不安だったけど、んな事ないようで何より」
「僕そんなに薄情じゃないよーっ。なにさなにさ、ブーブーっ」
「例え話だから気にしないの。とりあえず、良かったね」
「……うん。これで良いんだ。僕はこれでいいと思ったのです」
「……フッ。そーかいっ」
不敵に笑い、環奈は踵を返した。
黒髪を揺らしながら教室を去っていく。
環奈も心配性だなぁ……。
僕と沙羅はもう既に好き合ってるんだから、どんな障害も乗り越えるのに。
でも、瑛彦や環奈に支えられてるって思うと、心が軽いかな。
「肌寒くなってきたし、こたつも出さないとね」
「……家にあるの?」
「あるよ、こたつ。出すと毎年、瑛彦が家に来てずっとこたつに入ってるもんね」
「うちは出さねーからな、こたつ。瑞揶の家なら使っても怒られねーし、あったけーし、瑞揶様々だぜ」
「僕の家なんだよーっ……」
にゃーにゃー言って瑛彦の足を叩くも、逆に頭を叩かれて一発KO。
僕は机に突っ伏した。
いいもんいいもん、沙羅が帰ったら抱きしめてくれるんだからっ。
そうして朗らかな朝も過ぎ去り、もへーっとした感じでHRが始まるのでした。
昼休みにみんなが集まらなくなったのは誰の配慮なのだろうか。
誰が何を言うでもなく、僕は1組に居た。
瑛彦も、沙羅もいる。
環奈は居ない、多分生徒会長の所だろう。
レリとナエトくんはわからない。
そうやっていつものメンバーを数える中、新しく神下くんが加わっていた。
「僕もそろそろ聖兎くんって呼ぶのですっ」
「おー、好きに呼んでくれて良いぞ」
「ふっふっふーっ、聖兎くん。僕今、聖兎くんって呼んでる。ふっふっふーっ」
「ドヤ顔して言うことか……?」
どうだー!といった自信に満ちた顔をしても、聖兎くんは顔をしかめて弁当を突くばかり。
ふっふっふ、これはにゃーです。
「アンタらは打ち解けんの早いわねーっ」
「瑛彦も打ち解けてるよ? この前鬼ごっこしてる時になんか言ってたよね?」
「ああ。幼少の遊び以上に親睦を深めるものはない。そうだろ?」
瑛彦にグッジョブと親指を立てられるも、僕にはよくわからないから無視した。
そしたら何を感じたのか、聖兎くんが瑛彦とがっしり握手を交わした。
僕は外で遊ばないから、この友情はわからないなぁ……。
「なーにすっぱい顔してんのよっ」
「ふにゅっ……痛いよ沙羅〜っ」
2人を見ていると、沙羅に頭を小突かれる。
痛いのはやめてーっ。
「……ま、それはともかくだな」
聖兎くんが座り直し、話の転換を図る。
なんですにゃ?
「沙羅、今日は俺とどっか行かないか?」
「いや、部活あるし。瑞揶なら荷物をまとめに早く帰るんじゃない? 付き合ってもらえば?」
「えーっ? 帰ったら僕、瑛彦の家でケーキ作るんだよ? 時間ないよ?」
「あいや、沙羅がいいならいいんだ」
「……にゃーです?」
僕は断られてしまった。
のけ者にされる?
うぅ、それは嫌だよぅ。
「…………」
横を向くと、沙羅が聖兎くんを睨んでた。
……にゃんですか?後で聞きますよ〜っ。
お昼休み、部活のメンツじゃなくても殺伐としていて、ちょっと戦慄するのでした。
そして放課後。
部活に行く前の沙羅を捕まえ、彼女のほっぺたを突っつく。
お返しにと沙羅も僕を突っついてきて、家族同士微笑ましいなと廊下にいるクラスメイトからの視線を受けた。
「沙羅のほっぺいいなぁ。もちもちだよぅ……」
「はいはい……。それで、何の用?」
「あ、えとね? 聖兎くんと仲悪い?」
「……直球できたわね」
率直に問いかけると、眉をハの字に曲げた。
遠慮する間柄でもないから、これで良いのです。
「で、どうなの?」
「悪いわけじゃないわ。向こうが私にアプローチしてくるようになって、ちょっと厄介だと思うだけよ」
「……えっ」
沙羅は平然と言ってのけるが、僕は一瞬体が硬直した。
あ、アプローチ?
「それって……」
「いや、単に私がアイツに興味がないのが気にくわないみたい。ま、私がアイツに振り向くことはないから、アンタは気にしなくていいわよ」
「……にゃーです。それならいいかなぁ」
聖兎くんはかっこいいし、自分に自信があったんだろう。
沙羅が興味を引かないのにムッとなるのもわかる。
「そのうち諦めてくれるわよ」
「……だといいけど」
沙羅は僕のものなのです。
取り合いになって対立する事になるのは、嫌だなぁ。
僕が目を細めてうーんと唸っていると、沙羅は僕をじーっと見つめ、拙い手つきで手を握ってくる。
……むーっ?
「不安がることはないわ。私の隣はもう埋まってる。そうでしょ?」
「……えーっと……」
なんだか恥ずかしくて、上手く言葉が出ない。
……どう言ったものかな。
とりあえず、僕を励ましてくれてるんだから、こう言えればいいかな?
「……ありがとう」
優しくお礼の言葉を告げ、僕は彼女の掴む手を握り返した――。




