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連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜  作者: 川島 晴斗
第四章:哀婉のセレナーデ
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第十七話

 瑛彦の家にはおらず、僕は響川家の前にやって来ていた。

 ……とはいえ、よくよく考えれば神下くんがうちの場所を知ってるわけがないから違うだろうけど。


「念の為、かなぁ……」


 もともとは僕の家に泊められる予定だったから家の場所は知っているのかもしれない。

 そんなことを考えて、僕は自宅の呼び鈴を鳴らした。

 外からはリビングの光が漏れてるし、沙羅が出てくれると思うけど――。


 などと思っているうちに、扉が開いた。


「はいはい、どちらで――あり? なんだ、瑞揶か」

「あ、あれ? 環奈?」


 家から出てきたのは環奈だった。

 私服姿で、白黒のワンピースを着ている。


「なんで環奈が僕の家に?」

「あいや、なんか立会人みたいな? なんか聖兎って奴が来てるんだけど、沙羅の事を瑞揶が懸念してたから立会人付けてって、沙羅から電話来たんよ」

「……わぁー」


 聖兎――神下くん、僕が沙羅を大切にしてる事を懸念してくれたんだ。

 沙羅の事を大切にしてるから2人きりにしたくないって僕が神下くんに言ったこと。

 沙羅には誰か泊めるな、なんて話はしてないから、神下くんが話してないと環奈が出てきたりしないもの。


「つーかもう告ってるようなもんじゃん。なんで一緒に生活しないかね?」

「う、うるさいよっ。僕だって悩んでるのーっ!」

「へぇー……まぁお熱いことは良いことですなぁ。これから冬だしね」

「か、環奈こそ、彼氏とはどうなのさ!」

「……もうそろそろ子供できるかな、って感じかな」

「えっ!!?」

「うそうそ。でも勢いはそんなもんよ」

「…………」


 僕を弄んでくる環奈を睨む。

 けど僕の睨みなんて怖くないのか、むしろ顔をずいっと寄せてきた。


「いやぁ、ウチは早く瑞揶と沙羅の子供の顔が見たいよ」

「え、えっ!?」

「あっはっは。うそうそ、気長に待つよ。とりあえず、瑞揶の面白い顔見れた事だし、ここまで足を運んだ甲斐もあったかな」

「…………」


 足を運んだ、か……。

 ここに来てもらうにも環奈の都合があっただろう。

 それを無視してきてくれたんだから、今度何かお礼しよう。


「ありがとうね、環奈」

「いいよ別に。それより、中入んなよ。家にいる2人はアンタに会いたがってるんだから」

「うん……」


 環奈に催促されて家に上がる。

 1日ぶりの家、当たり前だけど代わり映えなく、いつもの我が家だった。

 リビングに戻る前に、先に入った環奈がリビングで言った。


「瑞揶来たよ」


 その後ドタドタと音がし、僕がリビングに入ると沙羅とぶつかった。

 2人で転んでうーっと唸る。


「……っ、瑞揶、おかえり!」

「あ、うん。ただいま?」


 起き上がって飛びついてくる沙羅を受け止め、よしよしと頭を撫でながらリビングに入る。

 ソファーにはあくびをしている環奈と、何か雑誌を見ている神下くんが目に入った。


「おぉ、瑞揶! 帰って来たか……」


 神下くんが僕に気付いて驚嘆する。

 僕が帰るのを待ち望んでいたようだ。

 けど、それなら瑛彦の家に連れてってもらってた方が良かったよね?

 といっても、そしたらこんな夜に沙羅とか環奈が1人で外に出るから、それも嫌かな。


「ごめんね、神下くん。家は買っておいたし整備も完璧だから、もう住めるよ」

「ありがとうな。けど、今更悪いが、俺は命令が撤回されればすぐまた別の場所に行くと思う。それでも、良いのか?」

「土地の所有者は僕だから問題無いよ。すぐいなくなるなら、その時は売り払っちゃうから」

「……そうか。なら、遠慮なく住まわせてもらうよ。サンキュ」

「ううん、別に良いよ……案内は後でするからね」

「今すぐ行ってもいいけど、どうする?」

「……少し、家でゴロゴロしてから行くよ」

「そうか。わかった」


 要件を言い終えると、神下くんはまた雑誌に視線を落とした。

 環奈はテレビを見てるし、沙羅は僕にくっついている。

 ……うーむ、どうしよう。


「沙羅、ちょっと離れてよーっ」

「いや」

「……むーっ。僕はそこでゴロゴロするの。そこで干物(ひもの)みたいに寝てるから、その上から寝るのは認めようっ」

「……オッケー、いいわ」


 なぜかそこで了承を得たので、僕は縁側のある窓の前でうつ伏せになり、腕を前に投げ出して干物みたいになる。

 その上から沙羅も腕を前に伸ばして干物みたいに乗っかってきた。

 あったかい……このまま寝そうなのです……。


「うわ、なんか伸びてる」


 環奈もやって来て、僕達の様子に驚いた。


「さすがに僕は2人も乗せられないから、環奈は隣で伸びて〜っ」

「いや、ウチはやらんけど。まぁしかし、アンタら見てたらほっこりするね」

「愛の力なのです……」


 愛ちゃんの力とも言うけど。

 でもほっこりするのは変わらないし、なんでもいいよね。


「寝そうだよぅ……」

「瑞揶〜、そこで寝たら沙羅に襲われるよ〜」

「……人聞きの悪いこと言わないでくれるかしら?」

「沙羅、襲ってきたらうささんの刑だからねっ」

「……別に襲いたくはないけど、そのうささんの刑は受けてみたいわね」


 などと言いつつも襲ってくる気配はなく、少しの間、そうしてゆっくりしていた。

 僕が「もへー」と言うと沙羅も「もへー」って言うし、環奈もたまに同調して言ってくれる。


 休憩もそろそろ、僕は立ち上がって神下くんを連れて行くことにした。


「神下くん、行こっか」

「ああ。いろいろ面倒かけて悪いな、瑞揶」

「いいよ〜。僕は神下くんの友達だからね。なんでも言って言ってっ」

「……なら、明日は街を案内してくれ。土曜だし、いいだろ?」

「うん。じゃあ明日だね〜っ」


 そういえばそんな約束もしてたなぁと納得して僕は神下くんと玄関に向かう。

 その際、終始沙羅が抱きついてきてたけど、苦笑を浮かべてやり過ごした。


「じゃあ2人とも、また明日ね〜っ」

「あいあい、また明日〜」

「また明日ね、瑞揶」


 沙羅と環奈に挨拶をして、僕は神下くんと一緒に夜の中に戻って行った。







「なんっ、つーかなぁ〜……」

「……なによ?まだいたの?」


 私がリビングで紅茶を淹れていると、ソファーから環奈の男っぽい口調で悩む声が聞こえた。

 もう用は終わったから帰ればいいのに。

 瑞揶は見て行かなかったけど、コイツ来てから人ん家の菓子食いまくってんのよね。


 けど、環奈が悩んでいるというのも珍しい。

 金銭面の悩みは良く言うが、私の前で唸るということは私に言いたいことがあるのだろう。


「……どーしたのよ?」


 ソファに座って環奈に尋ねる。

 彼女はあーうーと唸りながら線みたいな細めで天井を見つめるばかり。


「なんなのよ……」

「……いやぁさ、瑞揶の事だから変な事になんないと思うし、良いんだけどさぁ」

「……何がよ?」

「…………」


 環奈は閉口し、私の瞳を見据えた。

 私の視線は彼女の目に吸い寄せられるように見つめ返す。


「――ねぇ、このままでいいと思う?」


 哀愁を含んだ口調で彼女は問いかけてきた。

 目を細め、ため息を吐いているかのような仕草で言った。

 このままでいい――それは……


「……どういうことよ?」


 私には見当もつかず、聞き返した。

 環奈は目を開き、私の頬に手を伸ばして優しく撫でる。


「……最近、アンタと瑞揶の周りで、あまりにも事件が起き過ぎている。ここ1カ月で変化し過ぎてて、とっても気持ち悪いよ」

「……気持ち悪い?」

「気持ち悪いでしょ。こんなん普通じゃない。――まぁ、死んで生き返った命だから、そうなのかもしれないけど、ね……」

「…………」


 環奈は私を撫でる手を止め、テーブルに置かれた煎餅を手にとり、頬張った。

 ……このままでいいか、ね。

 中々難しい事を言ってくれる。

 ただ、これだけの事件が一片に起きたのは偶然で片付けて問題ないだろう。

 瀬羅は私の姉だから、理優は夏休みに楽器の購入がバレたから、霧代のことは私が瑞揶を好きになったから。

 ちゃんとどれも筋が通るし、事件が連続したからっておかしなことじゃない。

 どれも平和に終わってるんだしね……。


「……でも、そうね。最近瑞揶は頑張ったから、休みたいっていうのもわかるわ」

「でしょ? 彼、過労死しなきゃ良いんだけどね。疲れなんて感じなさそうな顔して、きっと1番疲れてるから。……まぁ、同じく瑞揶同様に周りが変化しまくってる沙羅がこの調子なら、あまり疲れてないかもしれんがね」

「…………。……そうね」


 私は膝に腕を乗せ、俯いた。

 瑞揶は私に、「霧代の事を忘れる時間が欲しい」と言った。

 けどきっと、本当は疲れてるんだろう。

 休みたいとも言っていたし、私は何をやっていたんだ。


「ねぇ、沙羅? アンタ本当に瑞揶の事好きなの?」


 突拍子もなく訊いてきた言葉に、私は顔を上げる。


「……急に何よ?」

「いいから、どうなん?」

「……好きよ。誰よりも好きな自負があるわ」

「……そ」


 目を閉じ、冷淡な様子で呟いた。

 ……なんなのよ、コイツ。


「言いたいことがあるなら言いなさいよ。自分でもわかってるのよ、瑞揶の邪魔をしてしまったって……」

「……自分で分かってるならいいけどさ、身の振り方考えなよ。相手が思っている自分の立ち位置に自分が立っていれば、相手に迷惑はかからない。凡才だと思ってた奴が天才だったら、どこか腹立つのと同じだね。相手の期待に応えるっていっても、沙羅の場合は瑞揶じゃん。瑞揶が沙羅に立っていて欲しい立ち位置って、そんなに変な場所かね?」

「…………」


 痛いほどに環奈の言いたいことがわかる。

 瑞揶は、“家族”として私にいて欲しいと言っていた。

 けど私は“恋人”になりたくて……彼の邪魔になってしまった。


「……ま、歯噛みしなくてもいいよ。沙羅に奴隷になれって言いたいんじゃないし、瑞揶だって苦しそうにしてない。アイツが苦しそうにしてたら、それこそ大問題だけどさ」

「……そうね。瑞揶を苦しめるなんて、私は……」

「いやいや、沙羅が恋人になりたい一心だから瑞揶も沙羅を好きって言ったんじゃないの?ただ、もうちょい時間を置いて欲しいと思うけどね」


 バリバリと煎餅を食べながら、もののついでみたく言ってくる。


「……なんなのよさっきから。言いたいことははっきり言いなさいよ」

「うわ、2回も同じこと言われた。……んじゃあ一言にまとめる。んーと、そうだねぇ……」


 環奈はあごに手を当てて考える。

 考え付いたのか、手でピストルの形を作って私に向け、一言でこう言った。


「これからも頑張んな」


 とても人生の先輩とは思えない投げやりな言葉に、私は呆れかえるのだった。


「あっ、このまま泊まっていくから。沙羅も寂しそうだし」

「はぁ? 寂しくなんかないわよ」

「まぁまぁ、明日は土曜だし、いいじゃん。沙羅が夜な夜な瑞揶の部屋に入って発情したりするのも見たいしねぇ、あっはっはっは」

「ぶっ飛ばすわよ……?」


 とかなんとか話は流れ、結局環奈は帰らず姉さんの部屋で寝たのだった。

 そういえば、今なら瑞揶の部屋に入り放題だと環奈の言葉で気付いたのは大きな功績だけど、いくらなんでも夜な夜な入ったりはしないわ……。

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