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連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜  作者: 川島 晴斗
第一章:愛惜へのオーバーチュア
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第一話

今回は前作を読んでたら誰だかわかるんですが、そのうち愛惜の中でこの2人について詳しく書くのでサラサラっとお読みください。

 天界――そこは海上から高度5万mに浮かぶ浮遊島。

 その郊外の森の中に、太陽に照らされる2つの影があった。


 1つは幼少期の少年。

 膝まで届く白いシャツ一枚を着て、裸足のまま地を蹴り、森を駆けて行く。

 その後ろにあるもう1つの影は人の形をしながら翼を持ったモノ。

 山型の帽子を被り、ワイシャツはキッチリボタンを留め、腰に付けた草摺(くさずり)の下からは足首に1周紐を巻いただけのたっつけ袴が見えた。

 天使にも見えなくはないその姿をした少年は木々を避けながら、幼児を追って行く――。


「待て!!!」

「あはははは! 待つわけないじゃない!!」

「少しは話をしろ! セイ!!」

「嫌よ!! あはははははははは!!」


 幼児は女性の甲高い笑い声を上げながら軽やかな身のこなしで木々をすり抜けていく。

 飛行する少年は歯噛みをしながらも追いかけ続ける。

 しかし、このままではいたちごっこで追いつくことはない。

 どうするか考えながらも羽ばたいて進んでいた。


「仕方ないわねぇ」

「!?」


 突如、幼児がその足をピタリと止めた。

 慣性など無視して、急にその場に立ち止まる。


「そんなに止まって欲しいなら止まってあげるわ」

「……。相変わらず気ままだな。セイ・ヌメラナス・フラムナル?」

「あら?“自由を司る神様”に言われるなんて嬉しいわ。しかも、まだ名前を覚えててくれるなんて」

「…………」


 追いついた少年は翼を畳み、草の上に降り立った。

 口元を吊り上げる幼児を見据え、ただ首を傾げる。


「君の方は僕の名前も忘れたのかい? 恋人(・・)、だったのに」

「ウフフ、最も憎い人間の名前を忘れると思って? アキュー・ガズ・フリースト」


 今まで笑っていた幼児の顔から笑みが消えた。

 怒りと憎しみの篭った瞳が見える。

 しかし少年は臆することなく尋ねた。


「……覚えていて(なお)僕のクローンを狙うとは、死ぬ覚悟はできているのか?」

「あら、見殺しの次は自分で殺すの?酷いわ、アキュー……。もう私のことなんて好きじゃないのね……」

「見殺し……? まさかお前、あの時の事を言っているのか?」

「あの時、じゃわからないわ。ただ、今はそんな話をする必要ないでしょう?」

「…………」


 聞かれたくないのか、話題転換を要求する物言いで幼児は言う。

 アキューにしてみても、確かに昔の話など無意味であり、今の話が重要なので質問を変えた。


「どうしてこんなことをする。僕の体を奪ってどうするつもりだ」

「教える必要はないわ」

「……なんだと」


 話題逸らしをされたと思えば、本題すら逸らされ、少年の顔は怒りに震えた。


「貴様、いい加減にしろよ? 僕や他の神がどれだけ迷惑を(こうむ)ったか、わかっているのか?」

「だって貴方の顔が憎いんですもの! 恨みとは素晴らしいわ!! だって、何年経っても忘れないのだから……!」

「…………」


 少年は目を伏せ、黙した。

 興奮や恨みのせいで話ができないということで諦めよう。

 目の前の幼児の体はクローンであるが、中身を乗っ取っているのは黒衣の女だというのはわかった。

 研究所を爆破し、クローンを1体連れ出したという理由も今のでわかった。

 僕の顔を持つ者を殺したい。

 それだけの想いだろう。

 しかしそれなら、研究所を跡形もなく消し去れば良かった。

 研究所自体は3割方消え去ったが、クローンはまだいくらでも残っている。

 それなのに1体だけ(・・・・)を持ち出す理由はなんだ?


「……君の恨み云々なんてどうでもいい。しかし、何故その体を持っていく?」

「そんなの決まってるでしょう? この体の中に貴方とそっくりな顔立ちをした人の魂を入れて〜……そしたら最悪な顛末を迎えさせてあげるの! あぁ〜、楽しみだわぁ……」


 幼児は自分の体を抱きしめ、腰を左右に振らせながら恍惚に顔を歪ませた。


「……下賎な。それに、君が僕から逃げられると思ってるのかい? 君は僕の世界に踏み込んだ。ここにいる時点で君はこの世界からの観察対象だ。この世界から出ようものなら僕は感知するし、即、殺しに行く」

「だから、暫くはこの世界に止まるわ。この体の子――瑞揶くんにも貴方から干渉が行って不幸にならないだろうけど、重要なのはここでの事じゃあないもの。精々幸せにしてやる事ね」

「…………」


 八方塞がりの中でも幼児は笑って見せた。

 少年からすれば意味がわからない。

 いや、わからないのは当然だ。

 幼児が全てを打ち明けていないのだから。


「貴方は魂の入った自分の分身を殺せて?いや、私は神様じゃないから真偽は知らないけど、確か別世界からの魂は理由無しに殺せないんじゃなかったかしら? これが本当なら、貴方にこの体は殺せないわね。追うだけ無駄よ、無駄」

「……だとしても、君は殺せる可能性があるなら追う。それだけさ」

「あらあら……じゃあもう私は消えるわ。本当は貴方をブッ殺したい所だけど、私の力じゃ及ばないし、戦闘なんて疲れるだけだしね」

「……逃すと思う?」

「あら、私をこの体ごと殺しても構わないわよ? でも私の本体は別の所にいるし、私の意識が消えればこの体に入れる予定の魂も消滅する。そしたら貴方もタダじゃ済まないんじゃなくって?」

「…………」


 少年は考えた。

 確かに、他世界の魂を故意に傷付ければ色んな神からイチャモンを付けられて何されるかわからない。

 幼児はその事を正確に判断して話をしているのだ。

 ここは引く他ない。


「……いい。僕ももう帰ろう。君を追い掛けるのも疲れる」

「あら? 逃げていいのね?」

「追い掛けても逃げられるってことは、僕は嫌われてるのさ。なら無理に追うのも面倒なだけだ。僕だって忙しくないわけじゃない」

「ウフフ、自由気ままな癖に」

「……煩いな。気が変わらないうちにさっさと行け」

「はいはい。じゃ、この体は貰っていくわ。またね」

「フン……」


 馴れ馴れしく話し合いつつ、互いに心境は穏やかではない。

 それは元・恋人が敵同士であり、恨みが互いにあっても、できれば殺し合いたくない。

 何年経っても仲の良かった記憶というのは厄介なものなのであった。


 天界の森林から人影はなくなった。

 遺憾だけを残して――。







 けたたましいサイレンの音で目を覚ます。

 開いた薄眼が捉えたのは、白いパトカーと救急車、それに青い服を着た警官たち……。

 その背景にあるのは道路で、黄色いテープで僕のいる所は囲まれている。

 自分が何故こんな所で目を覚ましたのか理解できなかった。

 何かあるのだろうかと、体を起こそうとして、胸が痛んだ。


「がはっ……」


 ビチャビチャと口から血が流れる。

 体に力が入らずに、僕は体を起こすのを止める。

 代わりに、痛む胸へと手を当てる。

 ヌチャッと、気色悪い感覚と痛みがあった。

 手にあるベタ付いた感覚、何かと思って見てみれば、それは血だった。

 赤黒く、サラサラとしてない、ベタベタな血液。


「君、大丈夫か!?」

「――え?」


 怒号の様な勢いで声をかけてきたのは警官さん。

 僕は、なんとなく事態を理解した。

 僕は事故に巻き込まれたか、なんかしたのだろう。

 胸から血が出て……僕は……。


「……だ……いじょ……うぶ……で……」

「! 君!!」


 そこから先、僕が声を発することはなかった。

 口から流れ出る血と共に、意識を失ったから――。

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