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連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜  作者: 川島 晴斗
第四章:哀婉のセレナーデ
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第四話

「――恋人?」


 無気力な声が私の口から出る。

 恋人? 目の前の少女が?

 にわかには信じられない。

 だって私は、瑞揶と5ヶ月も過ごしてるのにこんな子は見たことないのだから――。


「……そうよ。私は彼の恋人。ただ――死によって別れた恋人、なのよ」


 黒髪の少女が虚空のような瞳でポツポツと語り出す。


「彼と私は、同じ日に死んだ。別にね、どっちが悪いってわけじゃないの。そして、彼は転生させられ、私は彼に取り憑かれたの」

「……え?」


 全然話についていけなかった。

 転生? 取り憑く?

 瑞揶は……1回死んでいる?


「瑞揶くんは転生させられてから、ずっと私が死んだことを(いた)んでた。バカだよ……ホント、大バカ。そしたら彼が死んだのだって、私のせいなのに……」

「……アンタたち、一体何があったの?」

「それは瑞揶くんの口から聞いて。私ができるのは、少しの誘導だけ。後は今戦ってる愛ちゃんと、貴女の役目……」

「…………」


 淡々と語る少女を睨む。

 さっきから何を言っているのかまったくわからない。

 いや、わかるとするなら、彼女と瑞揶は1回死んでいて、恋人だったということぐらい。


「……あんまり怒らないで? 私は貴女のこと、嫌いじゃないよ?」

「そう。私はアンタが嫌いよ」

「……嫌われちゃった。悲しいなぁ……」

「普通に考えてみなさい。私は瑞揶が好きなの。アンタが瑞揶の恋人だって聞いたら、憎むのも当然でしょ?」

「そう、かな……。けど、私はもう瑞揶くんと一緒にいられないし、いるつもりもない。私はもうすぐ――消えるんだもの……」

「…………」


 儚げな少女は力の入っていない両手を合わせ、目を閉じた。


「……私はもうすぐ成仏(じょうぶつ)する。最後にやることを成したら――そのあとは、瑞揶くんは沙羅ちゃんのものになると思う。……なんと言っても、貴女は瑞揶くんの1番好きな人だからね」

「そんな、何を根拠に……」


 狼狽して否定すると、彼女は空を仰いだ。


「――今、瑞揶くんに取り憑いている悪霊と戦っているのは、愛律司神。律司神っていうのはね、この世で1番その事について知ってる人のこと。愛について誰よりも知ってる人が、瑞揶くんは私よりも沙羅ちゃんの方が好きだって言ったの。少しショックだったけど……そう、もう11年前のことだもの……」

「……へぇ」

「私もこの説明は受け売りだから、本当の事は定かじゃない。けど自由律司神って人が統べるこの世界を見てたら、きっとそうだって思えるよ……」

「……確かに、それはそうね」


 あのブラシィエットの城で相見えた少年を思い出す。

 ちょっと着飾ってるだけの普通の少年に見えた。

 あれが神――自由を誰よりも知る律司神というなら、なんだか笑えてくる。


「……それはともかく、もうちょっと補足するね。ここがどこで、何が起きているのか」

「ええ、それが1番聞きたいわ」


 現状を把握できないのは怖い。

 今何が起きててここがどこか。

 それは彼女の口から聞かされる。


「そもそもの話だけど――瑞揶くんには、たくさんの悪霊が取り憑いている。彼は今でこそ明るいけど、高校生になるまではずっと暗い人だった。そして、【休日の終止符】として彼は戦場に行って――たくさんの悪霊に取り憑かれた。彼のマイナスな面につられてね」

「マイナスな面、ね……」


 思い当たる節は多々あった。

 瑞揶がたまに消える1階1番奥の部屋や虚空の瞳がそのことを物語っている。


「瑞揶くんは自分の能力で、自分の心に干渉できないようにしていた。だけどね、自分が消えちゃいたい(・・・・・・・・・・)と思えるほどに苦しんだら、干渉を許しちゃう。そう、今回のように――」

「なっ……そ、それじゃあ――!」

「うん。間違いなく、貴女のせいよ――」

「ふざけないで!!!」


 腕を振るって怒鳴る。

 しかし霧代は怯む気配もなく、単調に語り続ける。


「違うの……。貴女が悪いって言いたいんじゃない。寧ろ、感謝してるわ。だって、普通の人が告白したところでここまでにはならない。そう、大切な人に告白されたから、瑞揶くんは…………」

「……なんで? 大切な人に告白されたなら、それで――」


 霧代は目を伏せ、首を横に振った。


「……違うよ。瑞揶くんは私の事があるから恋人を作らない。だから、必ず断ってしまう。そうして――断って、大切な人を傷つけるのが凄く嫌なの。わかるでしょう? 大切な人を拒絶なんて、したくないって……」


 感情のこもった言葉で、同情を誘う言葉で、私に説明した。

 その彼女もまた泣きそうになっていて……私は思わずコクリと頷く。


「……そう、だから貴女に告白されて耐えられなくなった。ただでさえ私が死ぬ夢を見た後だったから、尚のことね……」

「夢……あっ――」


 瑞揶がうなされていたのを思い出す。

 息の荒い彼を私は今日抱きしめた。

 あの時見た夢が――。

 なんてタイミングで、私は告白してしまったのだろう。

 自分を押し通す?それで大切な人を傷付けてどうする――。


「……こんな、事になるなんて……」

「遅かれ早かれなった事だよ。そして、私達は悪霊の作り出した空間に隔離された。……とは言っても、愛ちゃんがもうそろそろ戦いを終えるから、ここから出られるわ」

「だ、だったら早く出しなさいよ!」

(あせ)らないで。大丈夫。上手くいくから」

「何を根拠に、そんなことを……!」


 語調を強めて言葉を発しても、彼女は動じない。

 それどころか、黄昏(たそがれ)るように空を仰いでいた。


「……彼も強くなった」

「……強く?」

「その意味は後で愛ちゃんが教えてくれる。戦いは終わった。さぁ、貴女は貴女の持ち場に行って」

「えっ――」


 刹那、眩い光が瞬いた。

 グッと目を閉じて光が止むのを待ち、眩しさがないのを確認すると、恐る恐る辺りを確認した。


 居たのは、瑞揶の部屋に良く似た場所だった。

 電気はついておらず、窓の外は大雨が降っている。

 暗鬱とした室内には血で汚いアートが描かれていた。

 ベットリとした赤い血、飛び出たであろう血飛沫の跡が部屋のそこらにある。

 そして、部屋の中央――そこに、彼は居た。



 十字架にはりつけにされ、手足は斬り落とされ、喉を斬られた瑞揶の姿が――。


「――瑞揶!!!」


 叫び、彼に駆け寄った。

 なんで……どうしてこんな事をしているの。

 涙が溢れ、血に染まった彼を抱きしめる。

 酷い……手も足も無くなって、こんな、こんな姿でいるなんて……。


「……沙羅?」


 その時、耳元にある彼の頭から、声が発せられた。

 そうだ――彼は死なない。

 不死であり、この様な傷を負っても生きている。

 喉の方は、喋るために傷を治したんだろう。


「瑞揶っ……なんで……どうしてこんなっ!!」

「……1階奥の部屋は入っちゃダメだって、言ったじゃないか。何しに来たのさ……」

「そんなの知らないわよ! 気付いたらここにいたのよ!! そしたらこんな……こんな……」

「…………」


 嗚咽を漏らして彼に泣きついた。

 こんなに弱い自分を見せるのは、きっと初めてかもしれない。

 だけど本当に好きだから、愛しているから、傷付いた貴方を本当に見たくないから――だから、涙が止まらない。


「沙羅――僕は傷つくべきなんだ。だからほっといてよ」


 彼の口から冷たい言葉が飛び出てきた。

 その言葉がどういう事なのか主事に理解する。


 彼は、自分から望んでこんな姿になっている。

 自分を傷つけて、痛い思いをして、そんなこと――。


「ひぐっ……瑞揶ぁ……やめてよ……。私はホントに、アンタの事が……」

「……沙羅、大丈夫。だって僕は、死なないから――」

「死なないからいいってもんじゃないでしょう!? 痛いでしょう……!? アンタに苦しんで欲しく、ないのよ……笑って、ほしくて……」

「……沙羅は知らないかもしれないけど、僕は本当は死ぬべきなんだ。苦しむべきなんだ。沙羅の想いにだって沿えない、こんな僕はいらないよ……」

「想いに沿わなくたっていい!! 私が瑞揶に告白したのは! こんな風になって欲しかったからじゃない!! 一緒に幸せになりたかったからなのよっ!!! だから、どうか……やめてっ……!」

「…………。沙羅……」


 かすれた声で必死に彼に願う。

 傷付かないで。

 こんな痛々しい姿を見せないで。

 優しい貴方が傷付いて欲しくない。

 すべての想いを込めて、彼にしがみついた――。


 その時、ギュッと私を抱きしめる腕があった。

 この暖かさ、優しさには覚えがある。

 瑞揶の暖かさだ――。


「……ごめん、沙羅。僕はさ、沙羅を困らせたくない……。僕にとってのかけがえのない人だから、笑って欲しい。ごめん、僕なんかの事で泣かせちゃって……」

「瑞揶ぁ……うっ……うぅ……」


 彼に抱かれながら私は泣いた。

 こんなに泣くことはもう無いと思えるほどに泣いた。

 暖かい、優しい彼は、黙って私を抱きしめ続けてくれたのだった――。

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