第十五話
歌詞とか拙い点は見逃してください(汗
忙しい午前は、昨日と同様にあっという間に過ぎ去った――。
午後、楽器の調整だけを終え、みんなで体育館のステージに立つ。
幕はまだ降りているが、きっと布一枚の向こうには大勢の人がいる事だろう。
「……ふぅ」
一息吐いて、僕は周りを見渡す。
今日のために決めた配置に、みんながみんな着いている。
環奈だけが前に立ち残りのそうしゃはみんなバック。
顔付きは、みんな良かった。
「……みんな。初めてだから焦らずにやろう。大丈夫、ウチらなら成功するさ」
環奈が振り返り、みんなのやる気を底上げする。
僕たちは皆、顔を合わせて軽く笑う。
大丈夫、成功する――。
幕が上がる。
同時に照明が落ちたのか、体育館は闇に包まれていた。
観客はどれほどいるのだろう、そんなことは気にならない。
僕はヴァイオリンの弦に、弓を当てた。
出だし早々、環奈のロングトーンによる歌詞なき聖歌が体育館に響き渡る。
これは、そう――“Calm Song”を環奈がアレンジして付け加えたオーバーチュア。
この世界に存在しないはずの歌である“Calm Song”は、その作詞者に再び改変されたのだ――。
数十秒に渡る環奈の独唱が終わり、前奏が始まる。
ヴァイオリン、フルート、アコーディオンによる前奏が。
柔らかい旋律が、ここに舞い降りた――。
環奈が歌い始めると共に、他の奏者も獲物を取る。
さぁ、奏でよう――
《灯火よ 燃えてゆけ
水海よ 溢れ出せ
星々よ 潤い満ちて
命を育め……
悠久の 時の中に
暖かさ 紛れていく
永遠に 満ち満ちよ
穏やかな言霊よ……》
前半部は静かに終わった。
そして、やはり穏やかなサビに入る前にナエトくんのドラムが強烈な音を叩き出す。
《calm song……
calm song 幸せに
calm song 僥倖を
calm song 大切に
貴方との時間を……》
“Calm Song”1番の終わりにはアコーディオンのしっとりとしたハーモニーが包み込み、その後の間奏で僕がヴァイオリンを弾いた。
このようにして、“Calm Song”はつつがなく演奏を終えた。
6分という長い時間を要したが、その長さ故に観客の心を魅了して拍手喝采で終えられた。
《んちゃーっ!ウチらまったり音楽部はのんびりのほほんと活動してまーすっ。今年できたばかりの未熟な部活ゆえに15分しか時間ないんだけど、あと1曲。あと1曲聴いてってくださいーっ》
環奈が舞台から挨拶をし、拍手が沸き起こる。
そして次には――
「理優、やるよ」
「うん……」
理優がアコーディオンを置き、代わりにマイクを手に持って前に出る。
するとまた歓声が沸き、環奈はマイクを口元に持っていった。
《次に歌う曲は、仲の悪い親子が仲直りするというコンセプトをもとに作られました。聴いてください》
環奈の言葉と共に照明が消える。
そして歌は始まる。
ゆったりとした旋律、しかしどこか幻想的で、まるでおとぎ話のような――
《1組の親子 悲しき物語を 今、紡ごう》
《 親子 紡ごう》
理優がメインで歌い、環奈がコーラスする。
どちらも優しい歌声で、スポットライトは彼女達に降り注いだ。
《娘は 呪いの力を 持ち
人々を退け 人に憎まれ 傷を負った
心は移ろい 日々苦しみ 纏い
幸せを 願った》
《 力を 持ち
痛み 蔑み 傷
果てしない 苦しみ
幸福を 願った》
理優がメインであり、環奈のコーラスは少ない。
順調だ、ハモりは悪くない。
この調子で最後まで――!
理優:唯一の 母は 私を貶め 絶望の日々が幕を開く
環奈: 母は 貶め 日々が 開く
理優:希望 正義 愛 見失わず この手に残し
環奈: どこに どこに どこに この手に Ahー
理優:再生 求め 仲直り ここに
環奈: 戻れ 戻れ 戻れ あの頃に
理優: 親子 紡ごう
環奈:暗闇の親子 悲壮の物語を 今、 紡ごう
理優: 力を 受け
環奈:母は 呪いの力を 受け
理優:痛み 蔑み 傷を
環奈:人々になじられ 人に憎まれ 傷を負った
理優: 果てしない 苦しみ
環奈:心は惑い 日々を幽鬼に 過ごし
理優:幸福を 願った
環奈:幸せを 願った
理優: 娘を 貶め 日々が 開け
環奈:唯一の 娘を 私は貶め 暗雲の日々が幕を開け
理優: 痛い 痛い 痛い この手に Ahー
環奈:絶望 悪意 罪 見失って この手を落ちる
理優: 戻れ 戻れ 戻れあの頃に
環奈:更生 求め 躾を ここに
ここまでの歌詞が歌われ――会場中に照明の穏やかな光が向いた。
体育館全体は静まり、楽器によって奏でられる音楽が支配する。
理優:少女は母を求め 愛の証を求め 友と出会う
理優:友は少女助け 勇気の力与え 母に向かう
環奈:母は少女遠ざけ 愛の光失い 絶望に暮れる
環奈:母は少女認めず 勇気潰し 娘に向かう
理優:戦う 傷つく 貫く 愛を!
環奈: 戦う 敗れる 変わる 愛に!
理優-環奈:仲直りの光が 2人に瞬いた
理優:愛しあう心が 寄り添うから
環奈: 心が 寄り添うから
理優:母よ 育ててくれて ありがとう
心を重ね合う、そんな歌だった。
理優の本気の想いを乗せて歌い、母と心を寄り添わさんと願っている、その想いを響かせる。
メインの歌は、ここまでで終わり。
残った歌詞はしっとりと、流れるように過ぎていく。
理優:1組の親子 悲しき物語は 今 終わる
環奈: 親子 終わる Ah
理優:全ての人に 尊き物語を 今 響かした
環奈:全ての人に 尊き物語を 今 響かした
『――――』
歌と演奏が止み、静まり返る。
次の瞬間には、大きな歓声が体育館を支配していた――。
《ありがとうございましたぁあああ!!!》
環奈が謝辞の句を述べ、一礼する。
これで僕達の公演は、幕を閉じた。
公演自体は成功した。
誰も、何も失敗してはいない。
だから――ちゃんとこの曲は、葉優さんに届いていますよね――?
「お疲れっ、みんな」
楽器を退けて舞台から降りると、環奈が奏者達に向けて労いの言葉をかける。
途端にみんなも互いを労いだし、瑛彦とかは疲れたという声も出していた。
「全員、よくやったわ。打ち上げはクラスのがあるから後日やるとして、今日は楽器を片付けて解散よ」
沙羅が部長らしく指示を出し、ナエトくんとレリは早々に立ち去った。
でも、僕達は帰らない。
割とここにいるみんなは、理優の件に関わっていたから。
「……理優、行くわよ」
「え……沙羅ちゃんも?」
「ここまで来て何言ってんの。ほらほら、行くわよ」
「う、うん……!」
葉優さんが来ていることは理優に伝えてある。
僕達は外に出た。
蒼穹の空はどこまでも晴れ晴れとしていて雲1つない。
晴れやかだ――とても、とても……。
「…………」
葉優さんは、すぐに見つかった。
体育館を出て、すぐの所に立っていたから。
誰もが沈黙した。
いや、言葉を出せないだけだろう。
風がざわめく。
まるで世界にいるのがここにいる僕らだけのようにすら感じられる静けさ。
「……ママ」
理優が淡い声で母を呼ぶ。
葉優さんは瞳を理優に向けるも、何も言わなかった。
「……来てくれて、ありがとう。……私の想いは、あの歌詞の通り」
「……そう」
「うん。私の友達達が勇気をくれたから、私はこうしてママに向かい合えるんだと思う」
理優が前に出る。
葉優さんは何もしない、動じない。
そっと自分の娘を見ていた。
「ママ、私のママは貴女しかいない。例え何をされたとしても、私はずっとね、ママの事が大好きだよ……」
理優が胸に持つ純粋な想いを告白した。
はにかんで笑って、自分の母親に精一杯の笑顔を見せて。
「ママ……今までごめんなさい。ママに迷惑をずっと掛けてた。これからも、進路の事とかで、迷惑掛けると思う。だけど――」
どうか私を、“家族として”、受け入れてください――。
今まで理優は、唯一家族と呼べる母親に退けられていた。
だからこそ、精一杯頭を下げての懇願。
強い想いのこもった言葉に、葉優さんは息を飲んだ。
「それは違うわ、理優」
「……え?」
「貴女は私にとって、ただ1人の家族。それを邪険に扱ってしまった、私が悪いの」
葉優さんは小さく自分の娘に頭を下げた。
「ごめんなさい、理優。今まで酷いことをしたわ。超能力だって、もう制御できるはずなのに……」
「ママ……」
「私は狂ってた。けど、1年も経てば正気に戻ってたの。それなのに、貴女にどう対応していいかわからず、不満を全てぶつけてしまった。本当にごめんなさい……」
「そんな――! 私がこんな能力を持ってたからいけないの!ママは、何も……!」
「そんな事ないわ。私はこんな理由で暴力を振るい続けた。許されることじゃない」
「私は許す! ママと一緒にいたいんだからっ!!!」
理優の叫びが空に響く。
迷いが欠片もない、まっすぐな意志で告げられた言葉だった。
「――ッ。理優……」
「確かに、ママは嫌な事を私にしてきたかもしれない! それでも、私を育ててくれて、こんなに大きくなったのはママのおかげだもの……!」
目元に涙を浮かべ、理優はその想いをぶつけた。
伝え合うべきことは、伝えあっただろう。
静まり返る空の下、しかしさっきとは違い、僕らの胸には熱い何かがあった。
理優、君の勇気が、みんなに伝わっているんだ――。
「――理優、来なさい」
葉優さんが理優を呼び求める。
娘の彼女はすぐに応じ、葉優さんの前まで駆け足で向かった。
向かい合い、見つめ合う親子。
口を開いたのは葉優さんで――
「……大きくなったわね、理優」
「うん……」
「友達もできたのね」
「うん……!」
「……そう」
呟いて、葉優さんは手を上げ――理優の頭を、優しく撫でた。
「ありがとう、理優。ママもね、これから頑張るから――家に戻ってきて。そして、一緒に居て……」
「ママ……私! 帰るからっ……!」
「理優……」
2人が抱き合う。
熱い抱擁をして、涙を流す親子の鳴き声が優しくこだまし、暖かい旋律となる。
澄んだ青空は何も語らず、僕らも微笑んで2人の姿を見守っていた――。