正体2
今度は二階を探そう、とソラトと真央の間で決まったとき、それは飛び込んできた。
「わっ」
反射的にソラトが両手で受け止める。
「真衣!?」
彼の腕に飛び込んできたのはショートカットに猫目のよく知った少女だった。
妹に気づいて真央もすぐに駆け寄ってくる。
「真衣、無事か!」
「・・・! ソラト! お兄ちゃん!」
よほど動揺していたのか、一拍遅れて真衣がソラトたちの存在に気がつく。
「無事だったんだな。包丁を持った男に会わなかったか? 今すぐここから離れないと・・・」
「逃げて!」
真衣が切羽詰った顔で叫ぶ。
だが、遅かった。くぐもった声と共に真央が崩れ落ちた。
「真央!」
気を失った真央の後ろには、綺麗な顔をした銀髪の少年が立っていた。
「黒澤・・・?」
マリオの手には鉄パイプが握られている。それで真央を殴ったのだ。
「お前、いったい何を」
マリオが鉄パイプを構える。突き出す形で飛んできた鉄パイプをソラトは咄嗟に避けた。直後、鉄パイプが背後の窓ガラスに刺さる。
「な・・・っ」
避けなければ確実にソラトの体を貫通していた速度だ。
驚いている暇はなかった。もう一度、二度、鉄パイプがソラトの体に迫る。
それを何とか避けながら、ソラトはマリオから執拗なまでの殺気を感じた。
(こいつ本気で殺すつもりで俺だけを狙ってやがる・・・!)
再び鉄パイプが構えられる。
角度からして狙いはソラトの心臓だった。
(・・・やっぱりな、こいつは)
薄々彼の正体には感づいていたが、これで核心に変わった。
「ソラト!?」
ソラトは走り出していた。
「真衣、こいつのねらいは俺だ! お前は兄貴を連れて外に逃げろ!」
だが、真衣の答えはソラトにはあまりにも予想外だった。
何故なのか真衣も一緒に走り出していた。
「私も一緒に行く!」
ソラトは本気で怒鳴った。
「馬鹿! あいつのねらいは俺だって言ってんだろ! お前は真央を京介たちのところに連れて行けって!」
真衣も負けじと怒鳴り返す。
「黒澤くんのねらいはソラトなんでしょ!? ウチの頑丈兄貴なんてちょっとほって置いても大丈夫よ! さあいきましょう!!」
さあ行きましょうって・・・いや、生きましょうか?
こんな状況なのにソラトは走りながら脱力しそうになる。
二人の足が速かったのか、追ってくるマリオがゆっくりだったのか、なんとか引き離せたソラトと真衣は、その場で教室に逃げ込んだ。教壇の陰に身を潜める。
「はあ、はあ、この馬鹿、どこの世界に命狙われている奴についてくる馬鹿がいるよ」
「うっさいわね、知り合いが殺されそうになってて、逃げろって言われてはいそうですかって逃げられるわけないじゃない」
同じように息を切らして真衣が答える。
ソラトはこんな状況なのに笑みを浮かべそうになっている自分がいることに気づいた。
(こいつ、とんでもなく馬鹿だ)
でも、真衣はそういう人間なのだ。誰かが傷つくようなら、自分が傷つくこともいとわない。
「真衣」
真衣はむっとした。こっちはそれこそ必死な思いでソラトについてきたのにどうして馬鹿馬鹿言われないといけないのだろうか。
「今さらどっかに行けって言われても行かな・・・」
「ありがとな」
ソラトの笑顔は本当に素直なものだった。心からの気持ちが溢れたような笑み。
「っ・・・」
真衣は何も言えない。自分でも頬が赤くなっているのがわかる。
『彼のことが好きなの?』
先ほどのマリオの台詞が頭に浮ぶ。
ずっと自分の気持ちには気づいていた。いや、気づかないふりをしていた。
怖かったのだ。
自分の気持ちを伝えて、ソラトに拒絶されてしまうのが。今までのようにソラトと一緒にいられなくなるのが。
けれど、今のソラトの笑顔を見て、真衣は自分が彼に抱く感情が、今のままの自分たちの関係では、絶対に満足できないのだと思い知った。
「ソラト・・・、私、あなたのことが・・・」
だが、真衣の声は何かを引きずるような音に阻まれた。
ぎぎぎ・・・、ぎぎぎ・・・
ぎぎぎ・・・、ぎぎぎ・・・
何の音なのかお互いに確認しなくてもすぐにわかる。
重い何かを・・・、そう例えば鉄パイプを引きずって歩くような音。
ぎぎぎ・・・、ぎぎぎ・・・
ぎぎぎ・・・、ぎぎぎ・・・
少しずつ音が大きくなってくる。
近付いているのだ。ソラトを殺そうと追ってくる彼が。
小声で真衣は囁いていた。
「ソラト、あなたは逃げて。私が黒澤くんを足止めして時間を稼ぐから」
マリオの狙いはソラトだ。兄は殺されなかった。それなら真衣が彼の前に出て、その間にソラトを逃がせば・・・
いや、とソラトは首を振った。
「あいつはお前を殺すよ。あいつらは極力犠牲を払わないようにするけど、俺たちを確実に殺すためなら、どんな手段だって厭わないんだ」
ソラトの台詞に真衣は違和感を覚えた。
あいつら? 俺たち? ソラトは一体何の話をしているのだろう?
「ソラト、なにを言ってるの?」
ソラトが笑う。今度は少し寂しそうな顔で。
彼のその笑い方を真衣は一度だけ目にしたことがあった。
ゆっくりと教室の扉が開く。
「・・・見つかっちゃったな」
そう呟いたソラトは真衣を横に突き飛ばすことで自分から距離を離すと後ろに跳んだ。そこを容赦なく鉄パイプが襲ってくる。
「おわっ、綺麗な顔して容赦ないな!」
「ソラト! 黒澤くん!」
真衣が彼らの名前を叫ぶ。
二度目もうまく避けた。だが、再び襲ってきた攻撃を避けたとき、足を滑らしたソラトは無様に尻餅をついた。
鉄パイプがうなる。
間一髪でソラトは体を逸らしたが、その頬には赤い筋ができていた。それでも容赦なく次の攻撃は準備されている。
「ソラト!」
真衣は彼の上に身を投げ出していた。
「馬鹿真衣! どけ!」
「嫌よ! 絶対に退かないから!」
焦ったソラトが彼女を押しのけようとするが、必死で真衣はソラトに抱きついた。
すると、頭上から溜息が聞こえた。
マリオが鉄パイプを構えたまま、呆れた調子で真衣を説得する。
「青木さん、君が日高ソラトを庇っても僕は君ごと彼を殺すよ」
真衣は叫んだ。ああ、今日は叫んでばっかりいる気がすると思いながら。
「殺せばいいわ! 死んだら悪霊に呪ってやるんだから! そうしたら黒澤くんの家は末代まで祟られるわよ! 私、本気だから!」
真衣は肝試しは好きだが、本物の幽霊は嫌いだ。幸いまだ本物の幽霊と遭遇したことはないものの、自分がされたら絶対にいやだと思うことを叫んでおいた。
本来なら末代まで祟るなど、当人以外の人間を巻き込むのは良心が咎めるが、こっちはろくに恋もできず、この若さで命を散らすのだ。これくらいの恨み言は大目に見てほしい。
再び、マリオの口から溜息が零れた。
「青木さん、君が日高ソラトのために命を落とす必要はない。今すぐそこを退いてくれ」
「ソラトにだって死ぬ必要はないわ!」
「いや、あるよ」
マリオが即答する。その返答の早さに思わず真衣は彼を見上げた。
月明かりに照らされたマリオの綺麗な顔があった。こんな状況だというのに彼の青い瞳は吸い込まれそうに神秘的で見惚れてしまいそうになる。
その深い青には、冷たさと孤独の色が浮んでいる。
「あるよ。だって日高ソラトは俺の家族を殺した奴らの仲間なんだから」
彼は表情を動かさずそう言った。




