随録
彼はいつも私といる時、ハンドカメラを握っている。「どうして?」って聞くと「特に理由はないよ」とか、「忘れっぽいから」とか、あいまいな返事しか返って来ない。私自身なんだかよく分からないことは嫌いで、彼にはそういったことが多くあって、もしかしたら自分のことを嫌っているのではないか、とかもしかしたら好きって言うのはただ単に感覚から来るもので、仮に私が病気になったり食べるものが無くなったりしてもどうなっても自分さえよければ満足なのかもしれない、なんてすぐに疑心暗鬼になってしまう。大抵、今まではそういうことを考えるときは悪いことが後々控えていることがほとんどのせいもあった。
しかし彼の場合は違っていて、今まで何度も疑ったり警戒したりしたことはあったものの、いつも分かるのは彼が潔白でなにか私に負担をかけるようなことがあったとしてもそれが他人に対する悪意であっても、私に対する悪意にはなりえず、お互いの身の上を考えると当面許さざるをえず、また、結果論からしてもそれに間違いはなかった。
いつの日からか、私の携帯に変なメールがたくさん届くようになった。一日に50通くらいある。着信拒否にしてもすぐにアドレスを変えてメールを送ってくるものだから一向に数は減らない。すべてのメールにご丁寧にも返信用のメルアドが記載されていて、返信を催促するセンテンスもメールにはあったが気持ち悪くて全部無視することにしていた。
自分で開いた無料のホームページには誹謗中傷が書き殴られ、パソコンの方のアドレスにもそういった類のメールが送られてくる上SNSでも集中的に嫌がらせをされる始末である。
さてどうしたものかと思っていると、ある日youtubeに私の映っている映像が公開されており、公開元は不明であった。自分が晒された画像を見るのは心苦しかったがしばらくそれを眺めていて彼が撮ったものであることが分かった。しかし映像は加工されており、私の外見と話す言葉に多々食い違いが見られたため、少し安心することができたが、なんでこれを公開する必要があるのか、私に対する配慮もせずに真っ当でない動機でもって公開したのか、また、一人で公開したのか、などなど疑念で頭が一杯になってしまった。しかも、そのyoutubeの一部がTVで公開されてしまったのをきっかけに私を知っている誰かがその映像を修正することで、全く現実に忠実ともいえる映像を創り上げて公開してしまったという事実をつきつけられた。それによって私は精神病に冒され、精神病院に通うことになり副作用にうなされた挙句、一部記憶喪失となって入院して強度のショック治療を施され退院をしたころにはもとより感情の起伏の乏しい冷血な性格へと一変し、薬や治療に頼ることのない真新しい生活への第一歩を踏み出すこととなった。
あんなことをした彼であったが、私の退院を非常に喜んでくれて、私の大好きなチョコレートを1年分ブレゼントしてくれたり毎日私の容態を気にして家に会いに来てくれた。
不思議なことに、あれから変なメールが来たり、誹謗中傷をネットのどこかに書き込まれたり、おかしな映像を流されたりなどという現象が消えた。また、彼の部屋にあったはずのビデオテープもyoutubeの映像も無くなっていた。最初から無かったらしいが私の記憶が正しければ捨てたか売ったかのどちらかである。
医師の診断によると、私が見た悪夢はすべて、『精神病の初期症状に見られる幻覚』、であったらしい。