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真・恋姫†コック  作者: パン粉
7/18

7話目 噂の速度は10km/s


「いやはや……」


 どうしてこうなった、と言わんばかりの急展開である。隣には、劉備の寝顔。そして自分は劉備宅の寝室にいる。


 金もないし、行く宛てもない。なら、ここに泊まればいい、と劉夫人からの提案であった。もう日は変わっているであろうが、朝日が昇ったらここから退散せねばなるまい。そうなれば……、と先を考えるが、その心配は、咄嗟の記憶力で稀有に終わった。


 確か、孔明と士元に勉強を教えてほしいとせがまれていた。なら、関羽達に付いて行ってもいい筈だ。そういう解釈をして怒られるかどうかはわからないが、自分の料理を気に入ってくれた張飛――鈴々は二つ返事で承諾してくれるだろう。


『私の真名も預けるね。桃香、っていうの』


「だから桃ね……。なるほど」


 今日の商売品も桃。そして、恐らくこれから起きるのは"桃園の誓い"。なるほど、桃が関連するからか、と、また魁は独自の解釈をして、以前から暴れていた睡眠の魔物に好き勝手させてやることにした。



「雪蓮。聞いたか?」

「なにをよ。主語が抜けてちゃわかんないわよ、お父様」

「味の御遣いの噂だ」


 長沙の巨大な城の中庭で、愛娘3人と、老将1人と穏やかに過ごしている、やたらと筋肉質な大男が、地を揺るがすような低く太い声で長女に話しかけた。

 彼の名は孫堅、字を文台という。江東の虎と呼ばれる、猛き将だ。長沙太守であり、国はまだ持っていないが、後に呉の王の父となる存在である。


 娘を孫策、孫権、そして孫尚香。ベテランとも言える女武将を黄蓋といい、皆、彼の武勇や人柄を好いていた。


「あんなの、堅殿が信じていたとはの」

「ええ。私も驚きです」

「とか言っても、お前らも気になってはいたんだろう?」

「美味しい料理なんて、この地にもあるじゃん」

「それもそうだがな、シャオ。気にならんか?別の世界の料理というものを」

「お酒に合うかどうか、それも重要よねー」

「美味かったら、ウチの料理人として雇ってみようと考えてるがな。どうだ、祭?」

「酒の肴が作れるんなら雇うべきじゃろうな……へへへ」

「涎が垂れてるぞ」

「おっと」


 孫権――真名を蓮華(れんふぁ)という――が、黄蓋に手ぬぐいを渡してやった。こんな晴天の、しかも中庭でゆっくりしている時間でこんな話をしている家族に、少し離れたところからやってきた、孫堅の期待の星の軍師であり、孫策――雪蓮の幼馴染みの周瑜がにこりと笑った。


「行きますか、その御遣いの下に」

「どこに居るのかわかるか、冥琳」

「ええ」

「そうか」

「詳細は聞かないので?」

「あの味もわからぬ馬鹿娘が呼び込むだろうさ」

「じゃ、あのバカに殺される前に振る舞って貰わないとね……ぐへへ」

「雪蓮。涎」

「おっと」


 フハハ、と皆が雪蓮を笑った。結局、皆期待しておるのだ。自分の仲間はこんなにも食に興味を持っていると思うと、笑わずにいられなくなる。


 堅の荒々しい獅子の様な髪がより凄みを演出する。だが、今彼にあるものは、武術よりも"食"であった。


「うおっ……。寒気が……」

「大丈夫ですか、魁さん?」

「ああ。どこまでやったっけ、孔明さん?」

「原子核についてでした」

「そうだった、そうだった」


 桃香と共に街に出て、適当な筆記用具と空き部屋を借りて"化学"を諸葛亮らに教えていた時であった。なにか背筋にひやりとした寒気が走り、ぶるっと震えたのを見て、まだ日が高く、部屋の中も暖かいのにおかしいなと思った諸葛亮が、椅子から立ち上がって気を遣った。


「なんか"料理を食わせろ"っていう念が俺に入ってきたんだよね……無茶苦茶恐そうなオッサンから」

「そんな人いましたかね、雛里ちゃん?」

「長沙の孫堅さんは男ですよ。かなり身体が大きくて、強そうな……」

「あー。江東の虎の……。絡まれたらビビって逃げそうだな、俺。じゃ、続けよっか」


 孫堅は男。これは史実通りである。だが、そこまで厳ついイメージは無かったので、意外と言うしかなかった。


 自分の正確な記憶通りに、絵を描き、ボーアモデルの原子核を示した。そこに、漢字で文字を書きながら説明する。英語も分からなければ、どうせ日本語もわからないだろう。なら、漢字で書けば良い、という魁の思考からこの伝達に至った。発音は全く違うのに、何故、今彼女らと言葉が通じているのかは不明だが、願ってもないラッキーなので、魁はあまり深くつっこまないようにした。


 バックパックから取り出したペンケースの中の赤ペンと青ペンで視覚的にわかりやすくする。電子と陽子、中性子に着目させ、電気的性質を語り始める。


「それで、基本的に陽子が正電荷、電子が負電荷を帯びていて、互いに寄り合うっていう性質から安定性を――」

「くっついて離れぬ恋人、というわけか」

「子龍さんの例えで間違いないですけど、なんですか?」

「そう畏まらんでもいいんだがな。お上の役人が君をお呼びだぞ」

「俺を?お上、っていうと洛陽ですか?」

「ああ。車で送迎してくれるらしい」


 突然だな、と皆が思った。噂が広がるのが早過ぎる。わかりました、と言いながらも、この話を終えてから行くと決め、椅子からは中々立ち上がらなかった。


「これがミクロ――すっげえ小さくて肉眼には見えないところの、この万物を構成している物の正体なんだ」「へええ……。私もこんなつぶつぶの固まりなんですか……」

「そうだよ。この机や椅子なんかもね」

「終わりましたか、御遣い殿」

「ああはい、今すぐ行きます」


 嫌な顔一つしない役人が、魁を呼んだ。椅子から立ち上がり、"続きはまた今度ね"、と言うと、バックパックを背負って、外に出た。眩しい日差しの中、この町並みに似合わぬ大きな人工物があり、魁はそれに乗ることを許され、"は?"と口を開いた。


 こんなもの、相当な身分の者しか乗れないのだ。確かに、趙雲は"車で送ってくれる"、と伝えてくれていた。だが、こんなに立派な車を回す意味がわからない。そこまでVIP待遇をしなくても、と魁は日を浴びながら思った。


「何か不自由がありましたら、お気軽にお声をおかけください」

「は、はぁ……」

「案ずるな魁どの。愛紗達には伝えておく」

「よ、よろしくお願いします」


 意外や意外。意表を突かれた、というものの、ここまで大胆に突かれるとは思わなんだ。車を引く馬の蹄がリズミカルに鳴り初め、それに揺られながら洛陽へと魁は向かう。

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