5話目 材料制限:Normal
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「厳しいな……」
宿の主人に許可を得て、厨房に入ったはいいが、予想通りここにある材料ではフレンチなぞ作れない。出来たとしてもスープぐらいだろう。
洋食ならなんでもいいか、と魁は思考を切り替えた。すぐさま魁は鶏肉を切り刻み、飯と友に中華鍋に入れる。持ってきたバターを溶かし、万遍なく絡ませた。
厨房から、宿の隅々まで臭いが行き渡る。張飛が咄嗟に反応し、よだれをダラダラと垂らし始めた。他の者も食欲をそそられ、ついには張飛が厨房に突入する。
「魁、もう既に美味しそうな匂いがするのだ!もう出来たのか?」
「まだですよ。これからです」
鶏卵を3個程割り、牛乳と砂糖を入れ、菜箸でよく掻き回す。中華鍋の火を止め、バターライスを更に出し、そして溶き卵を勢いよく中華鍋に入れた。
フライパンが無いのは当たり前だが、魁は別にフライパンでなくとも問題はなかった。重いが熱伝導は非常に優れているため、火が通りやすい。必死に中華鍋を振り、卵を丸め、表面だけ固めると、そのままバターライスに乗せた。鮮やかな手つきで一品完成。更に、持参したホワイトソースを、穏やかな火でゆっくり温め、その間に他の人の分まで、卵を作りはじめた。
「魁は本当に味の御遣いなんだな!鈴々はこの料理が楽しみなのだ!因みに、この料理はなんというのだ?」
「オムライス、っていうんです。西洋と日本の融合料理ですね」
「へえ。日本ってどこなのだ?」
「ずーっと東の、海を渡ったところの島国です。俺の次元の世界と、この次元は、地理的にはほとんど一緒なはずです」
「やっぱり魁は物知りなのだな!朱里が勉強を教わる気になるのもわかるのだ」
しゃべりながらも、早くも5つ目が完成していた。タイミングを見計らい、とうもろこしを使ってコーンポタージュでも作るか、と魁は次の料理を考えた。8つ目のオムレツを作り始める時、底の深い鍋を取り出し、トウモロコシを茹で始めた。さっと湯上げし、同時進行で卵をバターライスに乗せまくり、トウモロコシの実を全てこそぎとり、裏ごしして鍋にぶち込んだ。
「二品目……っと」
「鈴々、どうだ?美味しそうか?」
「愛紗!見た目から既に美味しいってわかるのだ!」
「そうかそうか。魁、少し見せてくれないか?」
「いいですよ。味見もしますか?」
小皿に、甘めに作ったコーンポタージュを取り、関羽と張飛にそれを渡した。同時にくいっと飲むと、小皿を落として身が固まる。ひょいっと魁は小皿をキャッチし、関羽達の感想を恐る恐る伺った。もしも口に合わなかったら、ここで激怒されるだろう。
「あの……。ご感想は……」
「こんな……。こんな美味いもの、食べたことない……」
「魁っ!!早く作るのだ!!早く作って鈴々達に早く食べさせるのだ!!」
彼女達に顔に華が開いた。一瞬、どうなることかと思ったが、安心と困惑が混ざり合い、魁が苦笑いした。
「魁、これはなにをしたんだ?どうやってこんな味に出来るんだ?」
「トウモロコシを茹でて、裏ごしするんです。トウモロコシって甘いでしょう?更に砂糖を少し入れて……っと」
見た目も気を使い、更に移した後に、小さなレンゲに牛乳を取り、緩やかな円を描くようにそれを垂らした。パセリがないのが残念だ、と魁は呟きながらも、この形を完成とした。
「三品目、行きますか」
「まだやるのか?凄いな……」
「鶏肉を活かした物を作りますかね」
鶏の胸肉を取り出し、塩をサラっと振り、まだバターの風味が残っている中華鍋に肉を並べ、焼き始めた。途中、ニンニクを入れ、赤いソースが入ったタッパを出した。
「お酒ってあります?」
「酒?何に使うんだ?」
「香り付けです」
「なるほど。星が持っていたやつでいいか」
関羽は趙雲を呼び出し、彼女から酒の入った壷を拝借した。本当は白ワインを使いたいのだが、ぶっちゃけこの際なんでも良かった。魁が趙雲の許しを得て、試しに一口、小皿に移してその酒を呑んでみる。すると、驚いたことに葡萄の味がするではないか。やはりこの次元は色々おかしい。
「白ワインっすか……」
「おや?葡萄酒はお気に召さなかったか、魁?」
「いや、喉から手が出るくらい欲しかったんですよね。これなら……」
遠慮なく、酒を中華鍋に注ぐ。ごおっ、と、気化したアルコールが燃やされ、火柱が立ち上がった。
魁以外の人間が全員驚愕した。何が起こったのかわからなかった。その驚きが声となり、人々を近寄らせる。そしてまた波長効果で声が上がる。
「魁くん!?なんか凄いことになってるよ!?」
「大丈夫だよ玄徳さん、火事にはならないから。お酒の中の成分が燃えてるだけだよ。そういう性質だから気にしないで」
「凄い衝撃的瞬間です……」
次第に火柱が消え、たちまち葡萄のほのかな香りが充満した鍋から肉を取り出し、赤いソース――醤油とニンニク、林檎を混ぜ合わせた、肉用のオリジナルソースをかけ、3品目が出来上がった。
「4品目いきます?」
「まだか!?」
「ま、言うなれば甘味ですね。玄徳さん、桃ってまだあったよね。ちょうだい」
「うん」
劉備から桃を3個程受け取り、まるで早送りでもしているかのように皮を剥いて、適当にスライスした。他の果物も切り、更に盛り合わせた後、クランベリーソースを全てそれらにかける。
「どうせ冷蔵品だからな、使い切っちまった方がいい。ってことで、完成でーす」
「おお……すげえ」
馬超が開口一番に言った言葉は、皆が感じていたことであった。だが、驚くのはまだ早い、と魁は悪戯っぽく微笑みながら言った。
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「まだ早い、ってなんなのだ?」
「まあ、見ててくださいよ」
食卓に料理を出し、包丁を持って、魁がそう言う。鈴々の前にあるバターライスの上に丸まっている卵に、薄く包丁を入れていく。
「何するのだ!?鈴々のゴハンに――ええ!?」
「おお、発想が凄いな!!」
「魁、これはどういうことなのだ!?卵が広がったのだ!!」
「そのために、卵を丸めておいたんですよ」
トロトロになっている、バターライスに覆い被さった卵。熱気体が立ち込め、香りとともに料理を演出した。更に魁は、ホワイトソースをたっぷりと上から垂らし、これを完成系とした。
他の者のオムライスにも同じことをする。現代でも、こんな粋なサービスをする料理屋は少ない。手間がかかるからだ。だが、ここは料理屋じゃないし、魁自身これを楽しみにしていた。
「オムバターライスのホワイトソース掛け、俺の店では結構人気ありましたが……。どうぞ」
やはり、というか、鈴々が真っ先にオムライスにかぶりつく。その時、またもや鈴々に衝撃が走った。
蕩ける卵と芳醇なバターライス、そしてそれに絡みつく、濃厚なホワイトソース。牛乳や、ホタテのような魚介類の味が、見事にこれを完成型として存在させている。
途端に、鈴々の顔から涙が流れ出す。その顔には、どこか悟りの様な表情が浮かんでいた。
「鈴々!?どうした鈴々!!」
「愛紗……。鈴々は、この料理に非常に感動したのだ」
「ふむ、どれどれ。……むんっ!?」
「星!?お前もか!?」
「……オーバーリアクションな感じが否めねぇ」
「魁。確かにお前は、味の御遣いなのだ!!」
大感動している星と鈴々にクスクスと笑う魁に、鈴々は涙をダラダラと流しながら笑顔で彼の手を握った。うおっ、とびっくりしてのけ反るが、鈴々の勢いは止まらない。
「決めたのだ。鈴々は、お前に真名を預けるのだ!!」
「え?いいんですか、そんな簡単に」
「何を言っているのだ!美味しい料理を作る奴に悪い奴はいないのだ!それに、鈴々は魁を非常に気に入ったのだ!だから真名を預けるのだ!!」
「は、はぁ……。さいですか」
大感動の嵐が巻き起こる。オムライスを食べ、コーンポタージュを啜り、そして鶏胸肉のステーキに噛み付き、皆の魁への見方が変わった。
完全に、彼女らは魁の料理に胃袋を捕まれた。魁は、彼女らの眼差しが痛いほど輝いてこっちに向いているのに気付き、どこかたじろいた素振りをみせた。