4話目 期待大の料理人
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「ほう……。約2000年後の未来から、とな」
「はい。でも、俺が知っているこの時代は違っていました。この時代は三国時代。最初こそ、様々な統治者がいたのですが、魏、呉、蜀という3国に別れ、髭の生えた男達が天下を争って、結局はその3国とも天下を握れず、司馬懿仲達率いる晋が天下を握るのです」
「髭、なぁ……。私達は女だし、そんな髭の奴なんか見たことないが」
「だから、この世界は、俺が思うに別の次元での世界なんですよ。太平道と聞いてもこの世界には存在せず、太平道の教祖だった人が三姉妹で歌人として活躍している。その時点で相違点が生まれています」
歩きながら、魁が、自分がいた世界と、この世界との相違点を関羽らに説明する。劉備は改めてそれを聞き、なるほどなぁと頷いた。現実主義者っぽい関羽ですら、隣にいる男の、得体のしれない道具や、筋道の通った話に納得をする。
だが一人、趙雲だけはその話よりも、魁の料理の方に興味を引かれ、彼の後ろに回って、魁のリュックサックを漁っていた。包丁はこの時代より非常に精度の高いものっぽく見えたし、彼が必死に守っていたクランベリーソースを、魁の許しを得て指に付けてペロリと舐め取った時は、身体に歓喜の震えさえ感じた。
「甘酸っぱい!!美味とはこのことか!!」
「気に入りましたか、これ?これの材料は、元いた世界にある、西洋の苺でないと作れないんです。甘く煮詰めて、ドロドロにしたあと、ゆっくり時間をかけて冷やす。果実などにかけるんです」
「ほぉ……。聞いたことのない調理法だな。西洋の料理は、そのような事をするのか」
「はい。俺は、家がそういう料理を出す店をやっていまして、そこで料理を教わり、これを作りました」
「うむ。努力の結晶だな」
関羽は、魁の真っ直ぐな態度と開けっ広げにするおおらかな性格、料理に対する姿勢を褒めた。彼女は料理は不得手だが、魁の努力の話を聞けば、誰でも料理は美味く作れるようになる、と信じられる。
お喋りに夢中になる内に、いつの間にか関羽らの仲間がいる宿に着いていた。宿屋の主人にも迎え入れられ、彼らは関羽達の部屋に入る。腕白感に溢れる小さな女の子が、関羽を見て「おかえりなのだ」と言った。
「あれ?愛紗、その人達は?」
「ああ。途中で暴漢に襲われている所を助けた人達だ。一人は魁、もう一人は劉備どの」
「よろしくなのだ、鈴々は張飛、字は翼徳っていうのだ」
やはり、自己の三国志の知識からこの世界の現実へと改めねばならないらしい。魁は目の前の子供が燕人張飛だということに若干驚きを見せつつも、自らも挨拶した。
「どうやら魁は味の御遣い殿らしくてな」
「そうなのか。なら、話は早いのだ。料理を振る舞ってほしいのだ」
「いいですよ、俺の料理で良ければ。ただ、俺の料理は西洋風なので、お口に合わないかもしれません。そこは許していただきたい」
「魁くん、私も食べたいな?」
「いいよ、もちろん」
「では夕食は魁に振る舞ってもらうとしようか。他の者にも紹介してくる」
「はいなのだ。なるべく早めにごはん作ってほしいのだ」
食欲旺盛なのは仕方ないか。あの小柄な女の子を笑顔にするための料理を考えながら、他の人に挨拶回りをしようと魁は試みる。続いて、所謂ロビーにいる者達に、関羽は魁達を紹介した。
「へえ、味の御遣い、ってお前なのか。私は馬超。字は孟起だ」
「蒲公英は、馬岱といいます」
(いきなり涼州の豪傑とご対面かい……)
「黄忠、字を漢升と申します。こちらは娘の璃々です」
(老いて益々盛んな人、か。五虎将に一気に会うとは)
「諸葛孔明です。よろしくです」
(天才軍司か。この子も小さいな)
色々と考えながら、魁は彼女の顔を覚えていく。鳳統までの顔はしっかりと目に焼き付けて、忘れぬようにした。魁は、記憶力には自信があった。
未来から来た、ということもあり、特に孔明が興味を惹かれ、彼に話を聞こうとした。勉強が出来る魁は、孔明がなにを聞きたいのか、当てずっぽうで彼女に聞いてみる。
「孔明さん。俺に未来の知識を教わりたいの?」
「はい。私、非常に興味がありまして」
(流石、軍師と言うべきか)
「いいよ。教えさせていただけるなら。科学なんかも教えられるし」
「本当ですか!?雛里ちゃんも教わりましょう!!」
「はい……」
(この子ら相手だと英語とか使えねえけど、別にいいか)
「ただ、未来の歴史はダメだ。俺が教えても、ここは俺がいた世界とは全く異なった次元だろうから約に立たないだろうし、未来は己で開かなきゃダメ。あと、俺は歴史ができない」
魁は数学や化学など、所謂理数系の人間である。無論文系科目も出来るが、英語や日本語、そして昔の中国語――所謂漢文ぐらいしか出来ない。
「なんでも知ってるねぇ、魁くんは」
「でも俺は、兵法は知らないよ?虎穴に入らずんば虎児を得ず、ぐらいしか。違う、これは故事成句か」
「勤勉だなぁ。私なんてダメダメだよぅ」
「玄徳さんには、優しい心があるじゃないか。勉強ばっかじゃ人はダメになるんだよ」
何か一つ誇れるものがあるならそれは素晴らしい事だろうが、特化しすぎて自滅した人間を魁は何人か見てきた。その人達は勿論魁の学友であり、本人等はネタにして笑い話としていた。
魁は料理も出来るし勉強も出来る、スポーツだって、野球と卓球以外は人より少し上手いくらいだ。野球はてんで駄目で、卓球は魁の得意競技である。しかし一番不得手なのは、スポーツや勉強などではなく、家族との交流であった。仕方ない、父とは全く会わないのだから。
「それよりも……眠い」
「は?」
「元いた世界はもう夜中で、俺は晩飯を食って寝るところだったんですよ」
「昼夜逆転した世界になっちゃいましたね」
「適応するのに大変ですよ。こんな貴重な体験ないから、このくらいの障害は気にしないんですけどね」
バックパックに眠気覚ましの菓子があったことに気が付き、魁はそれを取り出して3粒ほど口に入れた。鼻を突き抜ける刺激が頭をリフレッシュさせる。馬超がそれに興味を示し、大丈夫かと思いつつ1粒くれてやると、魁の予想通り彼女が大騒ぎした。
「なんだこれはよ!?めっちゃくちゃ辛いんだけど!?」
「ミント、っていう植物から作った眠気覚ましです。作ったのは俺ではなく、俺の世界にある工場で、1日に何千単位で作られてます」
「生産能力もさることながら、発想がすごいな。そんな植物見たことも聞いたこともないけど……」
この世界の植物は現代と同じ物ではある。がしかし、この時代に何があったのかは、魁はよく知らなかった。そのような事に精通した人材も恐らくいるのだろうが、探すのは骨が折れるだろう。
「ああそうだ。少し早いですけど、食事でも作りましょうか」
「お、味の御遣い様の料理か!」
「これは期待できますね!」
「瑠々、御遣い様がごはん作ってくれるんだって」
この人達に、自分の料理が通用するのか。面白い挑戦だ。この機械を逃す訳にはいかない。
フレンチでどこまで彼女らを笑顔に出来るか。一つ、チャレンジと行こう。