3話目 ラッキーは突然に
魁が出た部屋を振り返って見てみると、もうそこには何もなかった。完全に退路は無くなったのだと思うと、逆に清々しい。
店には迷惑をかけるだろう。だが、魁だって子供ではない。自由に生きることは許されているし、なにより現代とは別の時代にいるのだ。尚更制限は無くなる。
「劉備さん。市街地に出ないと、人はこないよ?」
「うん。だから、ここを南下していくと街に出るんだよ」
「……北上してるけど」
魁の自前のコンパスは、北を指していた。方向音痴なのだろうか。ついでに魁はスマートフォンの地図を取り出して、三国時代の大雑把な地図を呼び出した。今、どこにいるのかは判らないが、無いよりはマシだろう。通話も出来ない、メールもネットも出来ない、だがアプリは電池が切れない限り使える。大分前に買った、ソーラー充電器もあるので、電池切れの心配もない。
「未来の世界って凄いんだね、すっごい興味が沸いてきた!」
「そう?俺は、この時代も楽しそうだけど」
「魁くんは未来から来てるから、より楽しく感じられるんだよ」
体験したことの無いゲーム程、興味が沸くし面白い。それを感じる人間の方が魁にとって面白いのだが、それは置いといた。
20分程歩き、市街地に入った。劉備は賑やかな通りの片隅に茣蓙を広げ、鞋と筵を並べる。魁はそれに倣い、自前のソースに部屋から持って来たおやつパンを付けて前に出す。
「鞋に筵はいりませんか?」
「今ならこの食べ物も御付けしますよ」
「更に桃付き!」
「桃なんてあったんだ……。俺が剥くよ」
「ありがとう、魁くん」
鞋や筵よりも、魁が持っている不思議な料理に人が寄ってきた。勿論、劉備の商品を買わないと食べられないのだ。このシステムは中々上手いつくりだ、と魁は考えた。
ある一人の客が、食欲の限界故に鞋を買った。そして、真っ先に赤黒いソースに浸けてあったパンにかぶりついた。
「……うめぇ!!なんだこれは!!」
「なに?本当だべか?」
「うめぇよぉ、かあちゃんのめしよりうめぇ!!」
「意外にクランベリーソースは人気あるんだな……」
ここまで大人気になるとは思わなかった。あっという間に鞋と筵は売り切れ、パンも無くなってしまった。桃も後僅かであり、ここまで大盛況を呼んだことはない、と劉備が感動しなから言った。
◆
「はぁ~!一ヶ月分は稼いだ気がするよ!!」
「えっ、嘘?そんなに行ったの?」
「だって、全部売り切れちゃったもん。店じまいしないと」
劉備がゴザを片付け始めると、魁はタッパを仕舞って、劉備から桃を貰い、するすると器用に剥いてみせた。手の平をまな板がわりにして1/6に切ると、その一切れを劉備に差し出した。彼女が果実を一切れ、ひょいっと食べると、顔には幸せが広がる。
「労働の後の果物って、こんなに美味しいんだね!」
「疲れた時は、なんでも美味いと感じるのが人間さね」
「おい、お前らが美味い料理を出すってやつらか?」
休憩中の二人を、大男3人が取り囲んだ。腰には剣がある。変に刺激すると斬られてしまいそうだ。魁は彼らを説得すべく話をする。
「はい。でも、もう茣蓙や鞋は売れ切れてしまいましたので、料理を提供できません」
「料理だけを出しゃあいいじゃないか。金なら出すぞ」
「肝心の材料もございませんので。申し訳ございません」
「嘘だな。その容器はなんだ?」
「これだけでは、料理とは言えません」
「なら、それを寄越しな。こっちが活用して料理するからよ」
「貴重な物なのです、お金には変えられない、とても貴重な……」
「なら、無理矢理でも奪っていくぜ」
魁の説得も虚しく、男達は素手で襲い掛かり、魁からソースのタッパを奪おうとする。ハァ、と魁は溜息をついた。彼は喧嘩は強くないし、腕っ節があるわけでもない。だが、大人しく殴られたくもないので、拳を避け、足を引っかけて転ばせた。
隙を見計らい、劉備の手を引き、どこかへ逃げていく。だが、男達の足が予想以上に早く、どこへ行っても追い付かれそうになってしまうのだ。無論、警察などいない時代。魁が授業で習った柔道をかけたくとも、漫画やアニメの様に綺麗に決める自信がない。
ただ一心不乱に走るが、それが仇になったのか、袋小路に追い込まれてしまった。ソースを素直に渡しておけばよかった、と魁は後悔した。
「さあ、大人しく渡せ!死にたくないならな!」
「嫌だね。渡せない、って言ったじゃないか。ああそうだ、殺すなら俺だけにしろよ。この子は何の罪もない」
「優しい坊主だな。じゃ、遠慮なくお前を殺して、女も犯す」
「魁くん……」
「……渡すしかないか」
「何をしている貴様等!!武器を持たない人間に、大の男が三人掛かりとは、下衆の極み!!」
劉備の為なら、と魁がタッパを差し出そうとした途端、男達の後ろに、二人の女性が現れ、叫んだ。その二人は槍と薙刀を持っており、一人は長く美しい黒髪をした凛々しい少女、もう一人は白い衣を纏い怪しげな笑みを浮かべる少女。
「奪うならこの私の隣にいる、上は艶やか下はしっとりとした美人をだな……」
「……」
「何を言っているんだ星!?」
「今がチャンス!」
皆が気を取られている内に、魁は男の一人を、テレビゲームの真似をして地面に伏せさせた。腕の間接を取り、首を脚で絞め、身動きを取れなくする。
「こちとら柔道だって5だったんだ、CQCだって教わったこともある!」
「ほう、やるな。不意打ちは感心しないが」
「いいから星!他の奴もどうにかせねば……あら?」
魁のラッキーチャンスが強かったのか、この男が完全を延びてしまい、体格に似合わず他が逃げ出してしまった。流石に魁や劉備も拍子抜けし、くすくすと笑う。
魁が男から離れ、その女性達に礼を言おうと頭を下げる。その時だった。偃月刀を持った少女が、魁の顔をマジマジと見つめる。
「黒髪に、茶色の眼。それに、中々見ない顔つきだな。服装はもっと変だ。――お前、ここいらの者じゃないだろ」
「はい。そうですけど」
「なるほど……。街じゃ味の御遣いとか噂されてる奴がいるらしいが、もしかして、貴殿がそうか?」
続いて、白い服の少女が立て続けに魁に質疑をぶつけた。魁には、味の御遣い、というものがわからなかった。自分は大層なものではないだろうと思っていた為に、横に首を振り否定した。
劉備は、魁の隣に移動した。助けてくれた恩人達に、魁と同じ様に礼を言う。
「私、名は劉備、字を玄徳といいます。こちらは――」
「姓は新城、名は魁といいます」
「劉姓!?中山靖王の子孫……?」
「いやいや愛紗。それよりこの青年に注目しような?明らかにこの時代の者の名前じゃないぞ」
「未来から来ました、と言えばいいですかね?」
「ふむ。なんとも納得し難い事だが、事実と認めざるを選まいな」
星とか愛紗とか呼び合っている彼女は、魁等を優しい眼差しで見ると、二人を彼女らの本拠地まで連れていこうと考え、親切に接しながら彼らと並んで歩き始める。その時、魁は左隣りにいる、薙刀を持った少女に問い掛けた。
「あの、失礼なことなら本当に申し訳ないんですが……」
「なんだ?」
「愛紗、とか、星、とかお互いをお呼びになられていたではありませんか。自分はそれが何なのか、本当にわからないんです。なので、教えていただけませんか、関雲長どの」
「……未来人、というのは事実なようだな、星。私の名と字を知っている。だが真名は知らない」
「マナ?」
「魁くん、私が説明するね?」
劉備からの優しい手ほどき。それを知った魁は、関羽と白い服装の女性――趙雲に、更に頭を下げた。