2話目 美少女は君主さま
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「なるほど……。後漢朝……。ってぇと、まだ三国鼎立ではなく、太平道もなく、か……」
「え?」
「なんでもないよ。ありがとう」
少女の話を聞いて、魁は自らがタイムトリップをしたのだと言うことを理解した。時は西暦180年代。漢王朝が腐敗した時期。所謂"三国志"のイントロの時代である。こんな荒れ狂った世の中に飛ばされた事を不幸と見るか、目の前の美少女と出会えたことを幸と見るか。
のほほんとした少女に礼を言うべく、彼女を部屋に招き入れた。そこらに座らせ、冷蔵庫からまだ開栓していないコーラを差し出した。
「なんですか、これ……。黒いけど」
「コーラ、って言うんだ。美味しいよ。お礼として飲んでくれ」
「そんな!!私はただ、当たり前のことをしたまでです、お礼なんて……」
「いいって。俺がしたいんだから、受け取ってよ」
ペットボトルの蓋をわざわざ開けてやり、彼女の目の前に差し出す。それでは、と彼女はそれを飲み始めた。
口に広がる発泡と甘い味。癖になりそうなそのフレーバー。彼女の眼が満足げに輝いた。
「美味しい!!」
「でしょ?この時代にはないものなんだ」
「時代?」
「うん。ああそうだ、自己紹介がまだだったね。俺は新城魁。姓が新城、名が魁だ」
「素敵な名前ですね。私は、劉玄徳、と申します」
「……」
初対面の人間が、超VIPの人間だとは思いもしなかった。こんな美少女が、あの英雄・劉備玄徳とは。魁がイメージした劉備は、少しの髭に、長い耳と手をした人物。だが、歴史は現実を裏切った。
「素敵な名前だね。綺麗な容姿だし、きっと大切に親御さんが育ててくれたんだろうね」
「はい、両親には感謝してます。魁さんは、どうしてここに?」
「劉備さん、話すと長いけど、実は……」
「それは、いきなりで収集つかなくなりますよね……」
「うん。わかってもらえて嬉しいよ」
劉備に今先程あった事を話すと、彼女は純粋なのかケロッと信じてしまった。だが、こんな部屋の内装や、先程のコーラなどを考えたら信じざるを選ない筈だろう。
話している最中に、魁は劉備と共に商売をやってこちらで生きていく、という決心もしていた。彼は決断が速い。そして、彼が三国志で一番尊敬しているのは劉備だ。あの仁の人は、今昔値する人はいない。
「劉備さん。ここで一つ提案があるんだけど」
「なんですか?」
「俺は、ここは右も左もわからない――まあ、生き方だけわからないんだけど――、だからさ、一緒に商売しないかい?」
「え?いいんですか!?」
「いや、こちらがお願いしてるんだけどさ……。俺は男だし、君より力はあるだろうし、それに俺は料理人だからさ、君の手助けは必ず出来ると思う」
「是非!!是非一緒に、お願いします!!」
「よし、そうとなれば話は早い。着替えるから、少し外に出ていてくれないか?」
交渉はとんとん拍子で収まった。魁はクローゼットから服を取り出し、リュックに服やソースのタッパ、調理器具などを詰め、何日か前に買ったブーツを履き、外に出た。もうこの部屋に戻って来ることはあるまい、と、魁は思った。
「それじゃ、行こうか劉備さん」
「うん、よろしく魁くん」
鞋と筵、それに料理。異色の組み合わせだが、二人は成功する気が満々であった。
見知らぬ地で、どれほど自分の料理が通用するのか、魁はかなり興味があった。二人は明日の生活の為に歩き出した。広大な広野へと。