7話目 時は風の戯れの如く不可解
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「なるほど、確かに味は保証出来ますな」
「うむ」
十常侍の前に、料理と共に差し出された魁は、帝がどこにもいないことに気付くと、やはり宦官らが政権を握り、こいつらの私腹を肥やすために呼ばれたのだとすぐに理解した。自分よりも若そうな子供達がこうも人を良い様に操るということに苛立ちを感じ、片手をぎゅっと握り締めた。
――こんなガキの為に、俺は散々車に揺られたのか。
全く迷惑な話だ。だから、魁はあるものを料理に仕込んだ。酒である。アルコール度数の低さをカバーすべく、大量に入れた。更に飲み物にも酒を出し、彼女らを酔わせて弱みを握ろうとした。
「全く、天子も董卓もチョロい」
(よしきた)
今までの悪行を、思い通りに話し始めた張讓。スマートホンの録画を最初から回しておいて、レザージャケットの胸ポケットからレンズ部を出してその一部始終を録りはじめる。自分がいることも知らずに、やすやすとこちらの思惑通りになってくれたことに魁はニヤリとした。無論、その事に気付くはずもなく、のうのうと十常侍は皿に手を付ける。証拠はバッチリ抑えた、後はここから抜け出すのみだ。
「ああ、御遣い殿」
「なんでしょう?」
「これからも、この腕を我等の為に振るいたまえ」
「お断りしたいですね。まだ、自分はこの世界をよく知らないので」
「世界など、文献で知ることが出来るだろう?」
「文字全てが真実を語るという根拠がどこにありますでしょうか。私は、自分が見た物しか信じません。文献ではなく、現物をね。それに、自分は私腹を肥やすために連れて来られたのです」
「天子に逆らうというのか。我等の言葉は天子の言葉、すなわち神の言葉なるぞ」
「生憎ですが、私は神などという矮小な存在を信じていません」
「なぬ!?」
「自分勝手な解釈をする方々の言論は、価値がないと存じております」
「反逆者だ!!出会え!!」
「言葉に言葉で対抗する。それのどこが反逆者でありましょう。それに――俺はこの国の民じゃねぇよ、バーカ」
言いたい放題言った挙げ句に部屋から身を移した。兵達が武器を持って集まったものの、魁には何故か攻撃出来ないでいた。
「触れたら無事じゃすまない……」
「恋。ありがとう」
「魁はやらせない、魁のやりたいことをやらせてあげたい」
恋は、愛用の得物――方天画戟を持ち、魁を兵から守るように身を呈した。魁がその武器を見て、彼女が誰であるかを見極めた。
――そうだ、飛将軍・呂奉先。
三国志最強と言われた武将。"人中に呂布あり"、とまで言わしめるその人だ。その身体から放たれるは覇気。そして、魁の中から枠は安心。最強の護衛だ。
「大人しく道開けや。死にとうないんやったらな」
「文遠さん、かたじけないッス」
「霞や。ウチの真名。あんたみたいな度胸の塊に預けるで」
「俺は度胸なんてないっスよ、霞さん」
「バ宦官どもに一杯食わした男に度胸が無いはずあらへんがな」
行く手の道を、闘気でこじ開けるは張文遠。自慢の青龍鉤鎌刀で、大雑把に兵を避け、魁の道を確保した。末路には陳宮がおり、彼女に魁は賈クへの言伝を頼んで外に出た。
◆
馬に乗ったことはないものの、移動手段としてそれを手に入れられたのは、恐らく賈クの計らいだろう。艶めく栗毛の馬に跨がり、馬の頭を撫でて、手綱で器用に操る。魁は筋力はそこそこあるし、また鐙が大きかったので容易に馬の背に乗れたのでそこまで苦労はしなかった。
コンパスで方角を確認し、ここから南西に走れば、桃香達と出会った、桃花村に行けるだろう。左手で手綱を引き、そちらに方向転換して、ゆっくりと前進し始める。かつかつという蹄と地面の衝突から奏でられる打音と、揺さぶられる魁の身体。こちらが腰を動かさないと身体が壊れそうだ。
「ロデオマシンの十倍くらいきついな」
ふふっ、微笑みながらそうつぶやき、腰を馬の尻の揺れに合わせて動かす。この馬は大分人間に馴れているようで、非常に素直に言うことを聞き、逆らうことをしなかった。
時々、魁は、動物は人間より賢いと思うことがあった。この馬がその典型的な例であろう。他人に合わせて行動する、それが出来る人が、現代ではかなり少なくなってきた。また、立場を弁えず、インターネットにて、愚かな行為を自慢したり、と思考しないで行動をする人間も増加傾向にある。そんなことを絶対しないのが動物である。彼等は生き抜く術を思考し続けて、進化し、そして思考するというルーチンを常に保っている。
だから、動物らしい人間、ということを一概に批判することに魁は否定的である。恋の箸使いだって、感情的になることだって、動物らしい。だが、考える、ということを止めてしまっては、それはもう動物ですらなくなる。宦官の、私腹を肥やすために自分を連れてきた、という思考も勿論動物的であり人間的だ。だが浅い考えでこちらに言論で打ち負かそうとするのは最早動物ではない。
「あいつらよりもお前は賢いよ」
「?」
「ああ、そうだ。お前は遥かに、宦官より賢いさ」
感情に任せて行動することを批判はしない。魁だってそのようなことはあるのだから。だが、周りを省みず、自分達の思うがままにする――私欲のままに生き、帝すら利用する。それを上手く隠し通していくことには、誰からも批判されるのは当たり前だ。
いずれ彼等の悪事はバレるのだ。鍵だって自分が持っている。後は時が来るのみ。
「でも、もうちょっといてもよかったな。恋とか霞さんとか、それに仲頴さんとかとも話したかったし。料理も食ってもらいたかったけど……。また会えるときは必ずあるから、気にしないでいいか」
振り返れば、洛陽の城は手で握り潰せるくらい小さくなっていた。土も硬くなって、揺れが更に激しくなっていたが、これも良い体験になる。魁は前向きに考え、栗毛の馬と共に桃花村へと向かった。
時というものは進むのだ。戻ることは絶対に出来やしない。
だが、時は作れるし、反省出来るし、記憶に残すことが出来る。その時を作るのは何か?何が反省し、何の為に残すのか?
「あらゆる生き物の為の時だ、なら精一杯、徹底的に時を愉しまなくちゃ損だな」
答えは、まさにその言葉通りである。