第二話 侍に憧れる女
とある平日の昼下がり。
久遠は、自宅アパートで静かにマンガ本を読んでいた。
室内には、開いた窓から吹き込む春のそよ風と一緒に沈黙が流れている。
この空気感に、暇を持て余している魔界からの留学生・スイカは耐え切れなかった。
「ちょっと散歩行ってくる」
そう言って立ち上がったスイカに、久遠は「おー」と興味無さ気に応えた。
特に外出の支度もせずに出ていこうとするスイカ。
スイカが出ていこうとした時、久遠はふと思った。
「おい、スイカ」
「ん?」
「厄介事に首突っ込むなよ」
気を付けて行けよ、念のために そう声をかけるかのようだった。実際、マンガ本から目も上げない久遠からは、心配している様子は見られない。
お節介なのか何なのか、スイカは面倒事に首を突っ込むような所がある。
以前も、道を塞いで歩く若者達が、老婆にぶつかってよろけさせるような場面があった時、スイカは、わざわざ若者達とすれ違いに行き、彼らの肩に思いっきりぶつかった。肩をぶつけに行った、傍から見れば、そういう場面だった。
人間界に留学するにあたり『魔物の能力』を使えないようにと魂を封印されている状態にあるスイカだが、身体だけは魔界に居た時とあまり変わらず頑丈で強靭のままだ。普通の人間の若者に当たり負けするなんてことは、まずない。
肩をぶつけて、若者の一人を転ばせた。その時の、ニタリと口角を上げて地面に尻もちついた若者を見下す、あの勝ち誇った嬉しそうな顔は、久遠の苦い記憶として残っている。そして、その直後の若者達とケンカになりそうな一触即発スレスレな所をスイカの手を引いて逃げた事も、久遠の苦い思い出だ。
お節介といえばもしかすると聞こえは良くなるかもしれないが、スイカは、自分が不愉快に思うことを我慢できずに、時としては手が出る場合がある。「ムカつくから殴る」なんてことは、スイカにとって珍しくない。
つまり、トラブル・メーカーとしての素質があるのだ。素質だけで金メダルを取れる程のトラブル・メーカーである。
それをスイカと出会っての数日で理解している久遠は、面倒事に巻き込まれるなよ、巻き込まれたとしても俺まで巻き込むなよ、そういうつもりで声を掛けてスイカを送り出した。
しかし、一時間と経たずに戻ってきたスイカは、久遠を怒らせる。
玄関で靴も脱がずに恐縮した様子のスイカを、腕組みして見下ろしながら、頬 を引きつらせた久遠は「厄介事に首を突っ込むなと、そう言ったよな?」と怒り口調で言った。
「あぁ、うん。それ、どっかで聞いた様なセリフだ」
そう応えたスイカに、「それは、何だ?」と久遠は訊く。
「どっから拾って来た?」
スイカの隣を指差し、久遠は質問を重ねた。
スイカは、あるモノを拾って帰ってきた。
それが犬や猫なら、ウチでは飼えませんからと即行返してくるように命じるだろう。
しかし、それは犬や猫ではない。
「えーっと…」何て答えたらいいか、ぽりぽりと頭をかくスイカ。「お土産?」
「土産とは何だ!」
スイカが言うと、すぐに不満が飛んだ。
「私はモノではない!」
お土産と言われたモノの苦情が、狭い玄関に響く。
スイカが持って帰ってきたのは、女の子だった。
時間は、ちょっとだけ遡る。
スイカがアパートを出た位の所まで、時計の針を戻そう。
特に目的があるワケでもなく、商店街をスイカは歩いていた。
どこか店に入って人間界の文化に触れる、それも立派な留学になるのではないか、スイカは考えた。そうすれば、どういう基準で溜まるのか分からない、魔王となる為のノルマである『悪』の字画も もしかしたら溜まるのではないか、と。
しかし、どこか建物に入るよりも先に、スイカは人だかりを見つけた。
「おっ、なんだ なんだ?」
野次馬の群れに加わりに行くスイカ。
野次馬の群れは大きくなく、十数人程度で、その渦中とも呼ぶべき人々の視線の先には、警察官の姿が見える。その制服姿は、どんなおもしろいことがあるのだろうと、スイカの期待感を膨らませた。
制服警官は、二人いた。
その二人のそばに、女が一人いた。
その女こそが、この騒動の主役なのだろうとスイカは察し、その問題人物を良く見ようと目を凝らす。
見た目は十八歳くらいだろう、女性にしては背が高く、白くて長い後ろ髪を高い位置で結わえている。服装は、肩から先の袖がない柔道着の様な上着に、はかま姿。
そして、これが警察も見過ごせない問題なのだろうモノを、腰に下げていた。
「何考えてんだ、あの女…?」
スイカも思わず声に出した。
女は、腰に刀を差していた。
それも、木刀や日本刀に見立てた傘などというジョーク商品でもない、見たところ正真正銘の刀のようだ。
警官の一人も「まさかな」と半信半疑に思いながら、刀を鞘から抜く。
鞘から抜かれた刀身は、鈍い銀色の輝きを放った。
「おいおい…」
まさかそのまさかか、警官は驚き、その表情は強張った。もう一人も眉をひそめる。
これは銃刀法違反で逮捕かな、警官の一人が穏便に済めばいいがと思った時、同時に、
「ん?」
と、その刀に対し、ふと違和感を覚えた。
恐る恐る、刀の刃に指を触れる。
そして、スーッと指を刃の上で滑らせる。
その検証の結果、「なんだ、おもちゃか」と警官は安堵した。
「返せ!」
女は、警察官の手から奪うようにして刀を取り返した。
その顔には警察官を前に物怖じするようなものはなく、むしろ不愉快そうである。
反省などは微塵も感じさせない憮然たる態度の女に、「あのね、おねえさん」と諭すような口調で警官は言った。
「コスプレしたい気持ちも分かるけど、いくら竹光とはいえ、街中でそんな物を持ち歩いちゃダメでしょ」
「竹光だとっ!」自身の刀をナマクラ扱いされ、女は憤慨した。「貴様ぁ! 愚弄するか!確かに名はないが、私の愛刀だぞ! なんなら貴様のその口を切り落としてくれようか!」
刀を抜こうと、女は柄に手を掛けた。
しかし、警官はおろか、野次馬の一般人に至るまで誰も恐怖するものなどいなかった。
警察官が偽物だと判断した刀を持つ、時代錯誤な服装の女。頭がおかしいのではと疑いたくなる、そんなコスプレ好きの女の発言を真に受ける者など、一人もいなかった。
野次馬の一人と化したスイカも、周りと同じような反応だ。
「変な女…」
偶然見かけたものに呆れ、スイカは呟いた。
「まぁ久遠への土産話にはなるか…」
そう思ってスイカがこの場を離れようとした時だった。
「留学早々、とんだ屈辱だ!」
「ん? 留学?」
女が言ったその言葉に、スイカは引っかかった。
「留学って、外国人には見えないが…」
警官も違和感を覚えた様である。
もしや、とスイカの脳裏にある考えが浮かんだ。
「すんません」
野次馬をかき分け、スイカは輪の中心へ進んだ。
そして、この場における四人目の登場人物となったスイカは、周囲の注目を集めた。
「すんません」眉尻を下げ、困ったような笑みを作るスイカ。「なんかツレが誤解させるような格好して…。迷惑かけて、ほんと…」
「いや…」「まぁ…」
警官二人は、顔を見合わせた。
面倒くさいコスプレ女の処分をどうしようかとしていた所に、似た様に黒マントに身を包むコスプレ男が来た。しかし、男の方は、まだ多少なり常識がありそうだ。
それならば、警官二人は会話もせずに、共通の結論を出した。
「今回は注意で済ませますが、気を付けてくださいね」
警官は、厄介なコスプレ女を、コスプレ男に引き渡した。
そして、厄介なコスプレ女を引き取ったスイカは、どうしようか悩んだ。
問題は解決したようだからと、興味を失くした野次馬は離れていく。
なんか疲れたな、と警官はパトカーに戻る。
スイカは、どうしようか考えた。
とっさに出た行動であり、後先のことなど考えていなかった。
とりあえず、刀を腰元に収める女に訊いておかなければならない事が、スイカにはあった。
「お前、魔物だろ…?」
「人に名を訊ねる時は、まず自分からであろう」
「いや、名前までは訊いてねぇし」
「たしかに魔物だが、なにか…?」
どうも会話がかみ合わないことにスイカは、イラッとした。しかし、警官に「人違いでした」と突き返そうにも、パトカーは何処かへと走り去った後だ。
どうしようか考えるスイカは、その数少ない選択肢の中から、『久遠の家につれて帰る』を選ぶことにした。ここで二人話あっていても有益なことを生みそうにないし、三人集まってモンジュなるモノを完成させれば、いくらか話も展開していくだろう。
「なぁ、おい!」スイカは、見知らぬ土地でキョロキョロと辺りを見渡している女に、声をかけた。「俺の名は、スイカ。俺も魔物だ。あんた、留学先は?」
「…まだ見付けていない」
「なら、探すの手伝ってやろうか…?」
「む?」
女の中に一瞬、警戒心が生まれた。
「いやなに、俺も留学先が見つからない一人の寂しさを知っているつもりだし、暇つぶし程度には探すの手伝ってやるってんだよ」
どうだ、と歯を見せてスイカは微笑んだ。
スイカの言葉をすべて鵜呑みにした様子はないが、留学先へ近づくことが出来そうだ、ということだけで「よし!」と女は了承した。
「どこへなりとも連れていけ」
そして時計の針は進み、舞台は久遠のアパートの玄関先へと戻る。
「…ということで、土産の一つでも持って帰ろう、それが例え体験談であったとしても、そんな殊勝な考えを持つ俺様が招いた結果だ。久遠、後よろしく」
言った直後、スイカの脳天に久遠の拳骨が落ちた。
「ふざけんな!見知らぬ女連れ込んで、あと何よろしくさせる気だ!」
突然持ち込まれたトラブルに怒る久遠に、しかし負けず、スイカも食い下がる。
「少し手を貸してくれと言っているだけだろうが! やらしい事を考えるな!」
「考えてねぇよ! てか、少しって、ほぼ丸投げするような言い方だったじゃねぇかよ!」
「そんなつもりはない! 久遠がそう聞こえただけだろう!」
「てか、出掛けに言ったよな? 『厄介事に首を突っ込むな』と」
「だとしても、王となる俺としては、ほっとけんだろう」
「ぐっ…」
そのスイカの言葉には、久遠も真っ向から否定できなかった。
困っている人を見捨てたら、確かに後味悪くなりそうだ。それも、異国のような孤独を感じ易い土地であれば尚更、同じ魔界の住人を見捨てることが出来ないのであろう事には、久遠も一応の理解を示した。
しかし、やはり厄介事にただ巻き込まれるのは面白くなく、久遠は「まだ一合目にも来てない様なヤツが…」と皮肉を口にした。
「だが、登ってはいるぞ」
スイカは、言った。
皮肉に皮肉で返し、両者は睨み合っている。
と、そこに、
「とりあえず、上がったらどうだ?」
と、部屋の中から女の呑気な声がとんできた。
「「こっちは、お前のことで揉めてんだよ!」」
二人は、部屋の中でちゃっかり正座している女に対し、声を荒げた。
久遠が淹れたお茶とおせんべいが載った座卓を囲む三人。
新たな敵を前にするようなピリピリとした緊張感、どんな出会いなだろうとウキウキ期待感、そんなもの、この場にはまるでない。
あるのは、気だるさだけ。
「それじゃあ、とりあえず…まずは自己紹介からしとくか」
悪魔と人間、この場における少数派である久遠が、場を仕切り始めた。
「俺の名前は、久遠。人間の大学二年生。ひょんなことから魔王の子と知り合ってしまい、この出会いがエントリーシートに活かせるかどうかが最近の悩みの種。とりあえず、以上」
自分の紹介を終えると、久遠は、スイカの方に「次、お前言えよ」と目配せをした。
指示されることが気にくわないが、しぶしぶスイカも自己紹介を始める。
「俺の名はスイカ。魔物、しかも魔王の子だ。俺の野望は、魔王になること。魔王になる為の試練の一環として人間界へは留学しに来たらしいぜ。現在は、久遠の家に居候中」
スイカが言うと、必然的に「次はお前だよ」という空気になる。
しかし、その空気感に気付かないのか、女はそっぽを向いている。その眼は本棚の方に向いている、どうやらマンガ本に関心があるようだ。
「おいっ」久遠が声を掛けて我に返らせ、話を先に進める。「お前、名前は?」
「人に名を訊ねる時は、自分から名乗る物だろう!」
「言ったわぁ!」女の間の抜けた発言に、久遠は強めにつっこんだ。「お前以外は全員、な。んだ、聞いてなかったのかよ!」
「私の耳に届かなかったのだろう」
「なんで偉そう? マンガ本に意識持っていかれてただけだよな!」
「持っていかれてなどいない。ただ、後で貸していただきたい」
「興味バリバリじゃねぇかよ!」
この後、女がちゃんと話を聞いている事を確認した上で、久遠とスイカはもう一度「俺は久遠」「俺、スイカ」と簡単に自己紹介をした。
「私は、刹那」
女は、自己紹介を始めた。
セツナと名乗った女は、特に気を張ることも無く、平然とした様子で続ける…かと思いきや、黙ってしまった。
どうやら、二人の簡単な自己紹介に合わせたようだ。
そのことを察した久遠は、話しのテンポが悪いことを不愉快に思いながら「お前も魔物なんだよな?」とセツナに訊いて、話を進めた。
「そうだ」
「えっと…人間界には、何をしに?」
「留学だ。今、魔界では留学がブームに…」
「ああ、それは知っているからいい」久遠はストップをかけた。「セツナは、どんな目的を持って来たんだ?」
久遠が訊くと、セツナは一瞬黙った。
そして、胸の内にある感情を言葉にして出す。
「私は、強くなりたい。誰よりも、何よりも…強く」
その真剣な想いを、久遠とスイカは黙って聞いていた。
そして、「私は、修業をしに来たのだ」とセツナの話は続いた。
「悔しい話、今の私では、まだ魔界にこの名を轟かせるほどの実力はない。だから、さらなる強さを求めて人間界へ来たのだ。聞くところによると、この日本には刀を持つ、サムライと呼ばれる強き者がいるらしいではないか。だから、その者の下で修業を…」
「いや、いねぇよ」
突然口を挟んできた久遠の言葉で、「えっ…?」とセツナの口が止まった。
信じられないといった面持ちで目をパチクリさせているセツナに追い打ちをかける様に、「侍なんて、現代にはいません」と久遠は言い切った。
「そんなバカな」セツナの語気が、自然と荒くなる。「私の見たマンガでは、確かにこの日本に…」
「マンガの読み過ぎだ!」久遠も語気を荒げて言い返す。「お前が読んだマンガは、言うなら歴史書だ。現代史を勉強してこい」
これで言い負かすつもりの久遠だったのだが、追いつめられても「いや…」とセツナもまだ負けない。
「だが…確かにこの時代にも『蒼き侍』と呼ばれる者達がおると…」
「それ、『サムライブルー』」食い気味に、久遠はつっこむ。
「何か違うのか?」
「サッカー選手だ」
これが、とどめの一撃となった。
「なんと…」
セツナは、愕然とした。
「しかし、私は侍の下で修業したいのだ!」
セツナは言った。
もはや半ば意固地となっていた。
せっかく来たのだからタダでは帰りたくない、その想いが強過ぎて「侍なんていません」という久遠の説得に「いや…もしかしたら、どこかにまだ」と聞く耳を持とうとしない。
「よし!」
と、スイカが膝を叩いた。
久遠とセツナの視線が自分に向くと、「俺がチャンバラに付き合ってやるよ」とスイカは言った。早速やろう、と口元に微笑を浮かべている。
どちらかといえば楽しそうだからした提案ではあるが、気を遣っての発言だった。
が、「遊びではない! 愚か者が…」とセツナに蔑みの眼差しを向けられた。
「久遠ぉ!」
セツナに冷たくされて傷ついたスイカの悲しみは、怒りとなって久遠に向いた。
「俺、関係ねぇだろ!」
久遠は、胸倉に掴みかかってくるスイカの手を、払いのけた。
心に小さな傷を負ったスイカは、不貞腐れて背中を向け、会話の輪から外れた。
状況が若干落ち着いたところで、久遠は「この際、侍にこだわらないでも、誰でもいいだろ」と言ってみた。
しかし、それも「愚か者が」とセツナに鼻で笑われることになる。
スイカほどではないがムッとした久遠に、セツナは言う。
「誰でもいいなど、呆れるしかないほどの愚かさだ」
「なんで?」と怒りをグッと堪える久遠。
「貴様も魔物と暮らしているのであれば知らぬはずはあるまい。魔物と人間の魂が適合しない場合もある、と」
「え?」と驚く久遠。
「え?」と驚くスイカ。
「えぇ?」と、驚くスイカに驚く久遠。
「なんだ、知らんのか?」呆れ顔になったセツナは、説明した。「例えば、単純な好き嫌いといった様な相性によって適合しない場合もある。そういった場合、例え憑依が成功しても、魔物が〝魔力″を使えないだけでなく、人間を傷つけることや、最悪、双方の魂に悪影響を及ぼす場合もあるのだ」
「マジか?」と声を上げて驚くスイカ。
「マジか!」と、驚くスイカ以上に驚く久遠。
「『留学のしおり』にかいてあることだぞ」
そう言うと、セツナは、どこからともなく辞書の様に厚いしおりを出した。
そのしおりの分厚さにツッコミを入れるよりも先に、ちょうど良い武器を見つけた、とばかりに久遠はしおりでスイカの頭を殴った。自らの魂が知らぬうちに危険な目にあっていた、その危険が幸いにも現実とならなかったにせよ、そのことに対する恐怖はあった。そして、その恐怖は怒りとなり、スイカの頭に固いしおりの背を通じてぶつけられる。更に固い角でなかったのは、久遠のギリギリ働いた良心故だ。
「お前…!」
怒りの形相で凄んでくる久遠に、「ちょっと待てよ…」と慌ててスイカは、待ったをかけた。
「とりあえず、しおりの分厚さから触れてかない?」
「やかましい!」
「まぁ、済んだ事だし、気にしない方向で…結果オーライ、みたいな?」
「うるせぇ!」怒りでつい鼻息も荒くなる久遠。「つーか、なんで知らねぇんだよ、お前は?」
「ちなみに、『留学のしおり』は役所で手続をする際に必ず渡されるぞ」
そうセツナが言うと、更に久遠の怒りが増した。
ギラリと鋭い眼光を放つ久遠に睨まれ、ピンチのスイカは「い、いや、ほら…」と必死に言い訳を考えた。
「あの…お、俺の場合、留学自体 親父が勝手に決めた事っつーか、俺もほとんど何も分からないまま人間界に飛ばされたようなトコもあるし…手続とかも、親父が勝手に済ませてたし…」
しどろもどろになりながら、スイカは言った。
そのスイカの言い訳を聞くと、久遠の怒りも徐々に収まってきた。
久遠の父親である魔王が滅茶苦茶な人物であるという印象は、久遠も知る所だ。迷惑な魔王だな、とスイカの言い訳を聞いて思った久遠は、これ以上怒っているのがバカらしくなってきた。
久遠の中に僅かに残った怒りは、これでしおりの内容がスイカの頭の中に入りますように、という願いを込めてしおりの表紙でスイカの頭を叩くという行為で、治まった。
「それにしても、分厚いな…」
辞書のように分厚いしおりを手に、スイカは言った。
『留学のしおり』には、留学するにはどうすれば良いのかといった案内書的な事だけではなく、やってはいけない禁則事項も書いてある。それは、人間の法律のように膨大な内容量ではないが、それでも長い年月を積み重ねて、円滑に留学ができるようにと何度も改版を重ねながら出来上がったものだ。それを書き留めたしおりはそれなりの分厚さにはなる。
しかし、そんな役所側の苦労なんか知ったこっちゃないスイカの顔は、こんなものを読まないといけないのかよ、と嫌そうだ。
目次を見ただけで、こんなに事細かに書かれているのかよ、とスイカは辟易した。
そんな目次だけでもうギブ・アップしたいスイカに、「大丈夫だ」とセツナは言う。
「そんなもの、必要そうな所だけテキトーに読めばいい」
ケータイの説明書なんかもそんな感じだもんな、そう思いながら「そういうヤツに限って、何かあった時に『しおりに書いてあることをちゃんと守っとけば良かった』って後悔するんだよ」と、嫌味ったらしく久遠は言った。
しかし、「ふんっ」とセツナは毅然として言い返す。
「そんなのは、規則という道がなければ歩けない者の戯言だ。己の道は、己で切り開くものだろう」
「「おぉ…」」
セツナの勇ましい言葉に、久遠とスイカは感銘しそうになった。
しかし、スイカが不意に開いたしおりのページに『武器の携帯は、トラブルになる可能性が高いので注意』と太字で書かれているのを見て、二人は「ん?」と考え直す。
二人の視線は、セツナの傍らに置かれてある刀に集中した。
そして、思い出す。
セツナが、腰に刀を差して歩いていたことが原因で警官に職務質問を受けていたことを。
――しおり、結構ちゃんとした事 書いてるじゃん
二人は、そう思った。
『留学先について』という項目に久遠とスイカが簡単に目を通したのを見て、
「ということで、私もきちんと留学先を探す必要がある」
と、知った顔のセツナが言った。
ざっと見ただけだが、セツナの言っている事があながち嘘ではない事を、久遠とスイカは理解した。『留学先を吟味すること』は大切な事だ、と。
そうであるならば、と二人は考える。日本全国を回って侍を探してみな、もしかしたらラストサムライがいるかもよ、そう無責任に言おうと思っていた久遠も考えを改めていた。
スイカが持ってきた自分とは無関係のトラブルとはいえ、こいつもまた『トラブル・メーカー』という二つ名を持っていそうな存在を前にして、久遠も放っておく気になれなかった。放っておいた方が面倒になりそうでもある、そんな気もしたのだ。
「この際、現在は違くとも侍の末裔であれば我慢しよう、心当たりはないか?」
必死なセツナは、そう訊ねた。
「もしかして、あの人なら…」と思案顔のスイカ。
「あるのか?心当たり!」
「ああ。昔、親父が録画していたビデオを見ていた時なんだけど…」
「魔界の話じゃねぇかよ」
久遠が口を挟むと、「違う。親父が電波引っ張って見ていた、人間界のテレビ番組だ」とスイカは説明を加えた。
「それで…?」セツナは話の先を急かした。
「とある探検隊の隊長なんだけど、あの人なら…」
スイカの言う人物が誰なのか察しがつき、久遠は、確かにあの人ならと共感したが、「芸能人じゃねぇかよ」と呆れた。
「会ってみる価値はあるな」可能性を感じ、セツナは頷く。「よし、紹介しろ」
「出来るかっ!」
久遠は、つっこんだ。
「会うだけだ」
「だから、それが無理だってんだよ!お前、あの人の価値を知らないから簡単に言えんだよ!」
「価値ある者なら尚更…」
「会えるなら俺も会いたいわっ!」
「俺も会いたいから、みんなで会いに行こう」
コンビニに行こう、そんなノリでスイカは言うが、「どうやってだよ?」と久遠が問題をぶつけてきた。しかし、その問題の難しさに気付かないスイカは、「とりあえず東京に行こう」と答えた。
「んな簡単にいくか!」
「「はぁ~」」
魔物二匹が、久遠の発言で溜め息を吐いた。
その溜め息の意味が分からずに久遠が「な、なんだよ…?」と困惑していると、代表してセツナが口を開いた。
「難しいから諦める。なんと心の弱い人間か…」
「ぐっ…」
ぐさりと刺さる物言いに、ひるむ久遠。
まるで自分がダメなような、劣勢に立たされた気分の久遠は「ほ、ほら、交通費とか現実的な問題もあるし…。つーか、東京に行けば芸能人に会えるっている発想もどうかと思うし」と弁解するように必死になって自分の主張を通した。
「あ、あの…」ある人物に思い当った久遠が、恐る恐る口を開いた。「セツナが思い求める侍とは少し違うかもしれないけど、それに近いヤツなら知っている」
その瞬間、セツナの表情がパァッと晴れやかなモノになった。
「言え!この際、多少理想と違ったとしても、受け入れよう」
「そいつ、男だけど…?」
留学するとなれば、スイカのように自分と一緒に生活を共にすることになるのだろう。それについて女としてお前は問題ないのか、久遠は疑問に思った。
が、
「そうであろう?」
と、不思議がるセツナにとって、同棲なんて、最初から問題視していない事だった。
「あ、そう」
それならば、東京行きと違って旅費も掛からないしということで、久遠は、その人物に連絡をとることにした。
ケータイ電話に羨望の眼差しを向けてくる魔物二匹に背を向け、コール音を聞き続けること十数秒、「あ、もしもし」久遠は電話の向こうに居る人物に話しかけた。
「お前、今ドコ居る?」
「俺、ベンキョーは嫌だぜ」
久遠が通う大学の校門を通った時、嫌な予感を感じたのかスイカが言った。
「安心しろ。お前みたいなバカにモノ教えようなんて思う教授、ここにはいないから」
そう言われると、スイカも腹が立つ。
しかし、久遠に跳び蹴りを食らわせて、反撃され、また攻撃を加えていると、「遊んでいる暇はない!」とセツナに怒鳴られてしまったので、大人しく久遠の後について歩くことにした。
三人は、久遠を先頭に、大学構内のイチョウ並木通りを歩いている。
だが、入ってすぐ右手に見える人文棟二号館なる建物は素通りした。二号館に隣接する三号館も、同じく素通りする。あれ、一号館はどこにあるの?とスイカが不思議がっているが、その一号館を見ることもなく、2~3道を曲がると目的の場所に到着した。
その建物の壁には、『体育館』という浮き出しの文字が貼りつけてあった。
ここ? と不思議そうに『体育館』の文字を見上げているスイカを置き去りにし、久遠とセツナは先へ進み、玄関の扉をくぐる。
入口で靴を脱ぎ、学生たちの多種多様な靴が置かれている靴置きにではなく玄関にそろえて靴を置き、三人は体育館に上がった。素足のスイカとセツナは、体育館の床のヒンヤリ感を足で感じるが、生憎とスリッパはない。
玄関を入ってすぐ正面に『第一体育館』というプレートを掲げた扉がある。玄関を上がって右へ曲がると、右手に男子更衣室、左手にトレーニング・ジム、さらに奥へ行けば『第二体育館』がある。玄関を上がって左へ曲がると女子更衣室があったのだが、そこに用はない。用があるのは、玄関を上がって右に曲がり、左手側にある『トレーニング・ジム』だ。
誰でも使用できるようにと日中は解放されているトレーニング・ジムには、ランニングマシンやエアロバイク、ガシャンガシャンうるさい筋トレのマシンが置かれてある。
このテニス・コートより若干小さいトレーニング・ジムの中で、一人寂しくガシャンガシャンやって胸筋を鍛えているのが、久遠がセツナに紹介しようとしていた人物、その人だった。
「よぉ、虎徹」
久遠の呼び掛けに気付き、虎徹と呼ばれた男は、ガシャンガシャンやっていたモノをやめた。
Tシャツの袖で顔の汗を拭いながら、「おぉ、久遠」と近づいてくる。
百八十はあるだろう高身長、熱心にガシャンガシャンやっていたが膨れ上がった筋肉を身に纏っているというわけでもなく、肩幅はそれほど広く無くてどちらかといえば細身だが、鍛えられた肉体、清潔感のある短髪。
そんな、よく言えば「スポーツマン」、スイカから見れば「え~、なにこの暑苦しいヤツ」が、三人の方へと近づいてきた。
「っと…こいつが虎徹」
どう紹介しようか悩んだ久遠は、とりあえず名前を教えた。
「よろしく」
虎徹は、ピンと伸ばした右手を、顔の横に構えた。
その仕草を好青年的であると感じたスイカは、「俺、スイカ。よろしく」と虎徹のマネをして自己紹介した。
二人が、がっしりと握手を交わす。
どうでもいいやりとりが終わったのを見届け、久遠は、「こっちが、セツナ」と虎徹に紹介し、話を進めた。
「こいつにお前を紹介しようと思って、今日来た」
久遠がそう言うと、久遠がアゴで指し示す女の方に、虎徹は視線を移した。
頭のてっぺんから足の先まで、「ほぅ」と一瞬で観察する。
「俺は、虎徹。よろしく」
虎徹が右手を差し出すと、その手を握り、セツナは応えた。
「虎徹、良い名だ」
「あぁ、ありがとう。名前を誉められたのは初めてだ」
「もっと誇るがよい」
「あぁ、わかった」虎徹は頷いた。
これは、初対面としては互いに好印象なのではないか? 久遠はそう感じた。
しかし、セツナが「私の名は、セツナ。何よりも強き者となる為に、侍を求め、人間界に来た」と言い、それに対し虎徹が感心するように「ほぅ、女の身でありながら、最強を目指すとは…」と発言した所で、場の空気感がガラリと変わった。
和やかな初対面の場が、一転として凍りついた。そう、久遠とスイカは感じた。
変えたのは、セツナだ。
セツナの眉が引き付き、表情が強張って行く。
「女の身でありながら…?」
どうやら、虎徹のその言葉が彼女の逆鱗に触れたようである。
どうしたの、これ? と、戸惑う三人の男の耳に、セツナの声が聞こえる。
「女が最強を目指すのが、何かおかしいか?」何故か、耳が冷たくなった気がする。「女が強いのは、おかしいか?」静かだが怖い、男三人はそう感じた。「強いのは、男なのか?」
そう問われ、久遠とスイカは、「これはお前の問題だ」とでも言うように無言で虎徹の背を押した。
ワケも解らず矢面に立たされた虎徹は、必死に弁解の言葉を考えた。
「えーっと…、ほら、女が強くないとは言わないが、女の強さと男の強さは異なるものだろう。最強の座を目指すというのは、男としての強さを求めているような、そんな気がしたから、だから俺は…」
最後の方は自身の無さが現れ、聞きとれない程に声が小さくなっていた。
しかし、言うことは言った。
俯いたセツナの肩が、小刻みに震えている。
どうでしょう? と、男三人はセツナの反応を待つ。
待つこと数秒。
顔を上げたセツナは、
「貴っ様ぁーっ!」
と怒鳴り声を上げた。
虎徹の弁解は、失敗だったようだ。
何故か怒り狂ったセツナが、虎徹を襲おうとした。
だが今は、辛うじてスイカに羽交い締めにされ、抑えられている。
「やっべぇー!」
正体は不明だが危険である、そう久遠は察して恐怖した。
しかしどうやら、女の悪魔が怒り狂っていると思っている久遠と、強くなりたい女の子がバカにされてぷんぷん怒っていると思っている虎徹との間では、温度差があるようだ。それはもう、虎の尾を踏んだと恐れているのと、不用意な言葉で親せきの子供を怒らせたかのように。
「久遠。どうしてあの娘は、あれほど怒ったのだろう?」
恐怖というよりも戸惑いを感じながら、虎徹は訊いた。
「あぁ? 知るか!」
「しかし、おそらく俺の発言が、配慮に欠いたモノであったのだろう」
「だったら、お前がアレ何とかしてこい!」
「力ずく…それは、男として気が引けるというか…」
「人間として腰引けろ!」
苛立った久遠はそう言うが、虎徹は「セツナが悪魔である」という事実をまだ知らない。
どうしようか悩んだ虎徹は、「そうだ!」と閃いた。
「久遠、アレだ!」
「なんで?」
と、スイカが疑問を口にした。
場所は変わって、第一体育館。現在の時刻は午後三時前、サークル活動にはまだ早く、がらんとした静けさがある。
体育館の中央に、卓球台が一台置かれていた。
セツナと虎徹のいざこざは、卓球勝負によって白黒つける事になった。
「長く話してもいいか?」
虎徹は、訊いた。
話せば長くなる話であれば、仕方ないから聞くしかないだろう。そう思っていたスイカは、「それなら話さないで」と答えようとした。だが、スイカが答えるよりも早く、虎徹は話し始めていた。
「俺は、幼い頃から空手をやっていた。中学でも高校でも、空手部。あの頃は、俺も〝強さ″というモノを求めていたのだろうと、今になって思う」
「へ~」
「インターハイで準優勝したこともある」
「お前、凄いヤツだったんだな!」
良く分からないが、スイカは『準優勝』という単語に驚いた。
「そんなことはない」誇らしいというより、むしろ虎徹の表情は苦い事を口にするようであった。「たしかに俺も、自分が強くなった気がしていた時期はあった。だが、そうじゃなかった」
「え?なんで」
「昨年、俺はここの大学に入学し、前期の授業で卓球を履修した」
「なんで?」
大学って専門知識を学ぶ場所じゃないの、とスイカは疑問に感じた。温泉に来て卓球なら解るが、レストランに来て卓球をした。そんな感じで意味が分からなかった。
「一番、筋力を活かせると思ったからだ」
「いや、そういうことじゃなくて…」
「単位を取得する為だ。その辺は重要じゃないから、テキトーに聞き流せ」
久遠が口を挟んだ。
久遠もそう言うし、何より虎徹がもう「しかし、事は容易ではなかった」と話を進めていたので、スイカは気にしないことにした。
「予想だにしない。俺は、そこで敗北を味わわされたのだ!」
虎徹が苦い思い出を熱く語るが、スイカは「へ~」と鼻をほじっていた。
「俺を負かした相手というのが、何を隠そう…そこの男だ!」
衝撃の事実を語る様に虎徹は言うが、
「へ~、久遠 スゲェな」
「まぁ、卓球だし…」
と、当事者のリアクションは低かった。
しかし、虎徹は気にしない。
「Aブロックの虎徹、Bブロックの久遠と並び称されていたが…俺と久遠の勝負は、久遠が勝ち越している」
「そうだっけ…?」
「てゆうか、微妙な並び称され方だな…」
久遠とスイカの低いテンションとは対照的に、虎徹はまだ熱い。
「つまり! 卓球であれば、単純な〝力″は関係ない! 男女の差を無くせる対等な勝負が出来ると思うのだ!」
「つまり、卓球なら男女でそう力の差が出ないだろうから、これで白黒つけようって事だな」久遠は、理解した。
「つまり、第二話にしていきなり俺と久遠が置き去りにされる展開になったワケか」
理解すると、スイカは、不貞腐れて勝負の輪から離れ、体育館の壁に腰を付けて座った。
ということで、セツナVS虎徹の卓球勝負が今、始まる。
立会人兼審判ということで、巻き込まれた久遠が、この勝負を取り仕切る。
シンとした静けさすらある体育館で、トントンッとステップを踏み、準備万端とでも言うようにビュッビュッという虎徹のラケットを素振りする音が、聞こえる。
そんな勝負モードに入れている虎徹を一瞥し、久遠は、セツナの方を見た。突然卓球勝負だと言われてラケットとピンポン球を渡されても、困惑しているのではないか、そう思ったからだ。
「セツナ、卓球 知ってる?」
「フンッ。バカにするなよ」嘲るように、セツナは言った。「コレとコレを使って、アレを倒すのであろう?」
ピンポン球とラケットを使って、虎徹を倒す。
うん、間違ってないな。虎徹は頷いた。
しかし、どうにも嫌な予感がしてならない。
「はい、どーぞ」
そんな久遠の気合の欠片もない掛け声で、勝負が始まった。
セツナは、ラケットを、その形状からして、盾としての役割ではないか判断した。表面のクッション性の素材が、どんな攻撃をも吸収しそうである。しかし、相手も同じように盾を持っているということに違和感を覚え、『盾を装備している』という可能性は消した。
ただ振っても、届かない武器。
自分と相手を分断する台。
周囲を観察していたセツナは、ある事に気付いた。
それは、自分だけが持つオレンジ色の球の存在。
このオレンジ色の球に、この勝負の勝敗を分けるモノがある、そうセツナは理解した。
では、その使用用途とは?
ふと台の上を良く見れば、ちょうど台を半分に仕切るような位置に、低く網が張ってある。それに、T字の白い線も引いてある。
あれは、何だ?
疑問に感じたセツナだが、「フッ まぁいい」と気にしないことにした。
自分の手にだけあるオレンジ色の球が何よりも重要であることは、明白だ。ならば、それを中心に考えればいい。
こんな質量も感じない程に軽く小さな球では、相手を倒せる見込みは少ない。
で、あれば…
そう!
コレは、陽動に使うのだ!
セツナは、ピンポン球を虎徹に向けて投げつけた。
台の向こう、虎徹側にまで飛んだところで、空気抵抗を受けてピンポン球がふわりと浮き上がった。
そして、そのピンポン球の動きに虎徹が一瞬意識を持って行かれたのを見て、
「やはり!」
と、セツナは勝機を見た。
すぐさま、セツナはラケットを投げた。防御用に使うのだろう面は空気抵抗をモロに受けて威力が削がれるだろことと、持ち手の部分が遠心力を得て攻撃力を高めることを察し、手裏剣のように投げた。
まさか投げ飛ばされてくるピンポン球と、その陰に隠れるラケット。想定外の事態に戸惑っている虎徹の眉間に、ラケットも持ち手がクリティカルヒットした。
「よしっ!」
思惑通りに行き、セツナはガッツポーズした。が、
「いや、反則ぅ!」
と、一発レッドで退場の勢いで久遠に止められた。
額から流血した虎徹の手当てをスイカがしている間に、セツナは、卓球のルールを久遠から説明された。
厳しく忠告されたのだ。
「もう、よい。つまり、コレとコレを使ってアレを倒せばいいのだな」
「よくない!このままだとお前は、コレとコレを使ってアレを殺そうとする!」
説教のように厳しいルール説明は、続いた。
「甘く見ていると血を見る…か」
手当てを終えた虎徹が重々しく口にしながら戦場に戻ると、「いや、もっと楽しくやろうぜ」とスイカがつっこんだ。
だが、楽しくなどという浮ついた気持ちは戦場では命取りだとでもいうように、ピリピリと張り詰めた緊張感が、その場にあった。
睨み合うセツナと虎徹。
「はい、どーぞ」
気だるげな久遠の掛け声で、勝負の火蓋が切って落とされた。
左の掌の上に乗せたピンポン球をフワッと軽く上げたセツナは、ラケットを鋭く振り抜き、ネット スレスレのサーブを入れた。強烈なサーブ。だが、虎徹は難無く返す。打ち返された球はワンバウンドしてから打ち返す、そのルールを守ってセツナも打ち返す。これで決めるという気合を込めて虎徹が打ち返した角際の打球を、セツナは拾った。
右へ、左へ…左へ、右へ…勝負を観戦しているスイカの視線が忙しなく動いた。
「すげぇな、おい…」素人目にも分かる程にハイレベルな二人の戦いに、スイカは、驚きを通り越して呆れた。「どんだけマジなのよ…。てか、久遠もこのレベルで出来るのか?」
審判を放棄して自分と同じく観戦者となっている久遠に、もしかしてアレが普通なのかと思い、スイカは訊いた。
「いや」久遠は、苦笑した。「さすがに、コレは…」
「虎徹に勝ったことあんだろ?」
「それは、授業のノリだったからっていうか…。こんな激熱の試合でもなかったし…」
「じゃあ、これはセツナが凄いってことか?」
「まぁ、持ち前の運動神経と動体視力の良さだけでアレだけ出来るセツナも充分凄いが、この勝負展開については別だと思う…」
「っていうと?」
「虎徹が力を抑えているから。本人にその気はないのだろうけど、あいつが本気を出すことはまずない。授業でどんな弱いヤツが相手でも圧倒したことないし、あいつ」
「じゃあ、久遠が勝ったっていうのも…?」
「ああ、半分近く運だな」
久遠とスイカが喋っている間も、白熱した試合は続いていた。
来た球を打ち返しているだけのセツナも、スイカの眼には、充分に上級者として映っていた。だから、それと拮抗していて尚且つまだ力を温存しているという虎徹が、スイカには信じられなかった。
「化け物かよ、あいつ…」
苦笑いしながら、スイカは言った。
魔物に「化け物か」と疑われる友人を、久遠は冷めた目で見ていた。ネコだと思っていたモノをライオンだと知れば、それは驚きもするだろう。だが、虎だと思っていたモノがライオンだと知っても、「そうだったんだ…」という冷めた気持ちしか湧かない。
あの虎やっぱスゲェんだ、その程度だ。
そんな魔王の子もビックリの男と魔物の女が繰り広げる卓球勝負は、ヒートアップしていた。
「やるな」拮抗した勝負を楽しみ、虎徹が微笑んだ。
「フンッ」セツナも、口元に余裕の笑みを浮かべる。「貴様こそ、人間の身でありながら、なかなかのものだ」
「あいつ、『女の身でありながら』って言われたの 根に持ってる…」
試合を見ていた久遠とスイカは、セツナの執念深さに呆れた。
「それにしても速いな」
疲れた目をこすりながら、スイカが言った。
開始してから十分以上経つが、まだ試合は続いている。
戦況は、概ね互角だ。
だが、スイカは「虎徹ってヤツの方が、若干押してないか?」と感じていた。「うまく言えねぇけど、あいつの方が速く見える」
「それは、あれだろ。虎徹のプレイスタイルのせいだ」
「ぷれい…すたいる?」
「虎徹の立ち位置、近いと思わねぇ?」
そう言われ、スイカは見た。「ああ、確かに」言われてみれば、台と一メートルくらいの間隔をあけて立つセツナに比べ、虎徹は、台の縁に触れるくらい近い位置に立ち、ずいぶんと腕を前にして闘っているように見える。
「速い展開の方が楽しい、前に虎徹が言っていた。試合にスピード感を望むあいつは、そうなるようにやっている」
「そうなるように?」そんなことできるのか、といったようにスイカは眉をひそめた。
「つまり、球の跳ね際を打つんだよ。返すタイミングを速くして、相手が打つのも速くさせる。そうやって、打ち合いのテンポを意識的に速めているんだ」
「…でも、それってムズくねぇの?」
「そりゃあ、な」当然だろ、とでもいうように久遠は答えた。「けど、関係ないんだよ。勝ち負けよりも楽しむことを優先する、そんなヤツだ。それで実際、セツナも攻めあぐねているだろ」
そう言われてみれば、そんな気もする。
セツナを見ていれば、球を打ち返してはいるが、それだけだ。積極的に攻撃を仕掛ける虎徹に対し、セツナは、何とか打ち合いを続けることでミスを誘い、点をとっている、そんな感じだ。
「ミスを覚悟で積極的に攻めて、相手を自分のペースに巻き込む。自滅覚悟とも捉えられる無謀な戦略でも、それができるだけの運動神経を兼ね備えているんだよ、虎徹ってヤツは」
「リスク覚悟で前に出る…いいねぇ」
勝負事はそうでなくては、とでもいうように楽しげに、スイカはニヤリと微笑した。
リスク覚悟で前に出る、その結果として、勝負を優位に進めている。
この展開であればかなりの確率で虎徹が勝つだろう、と久遠は予想した。
虎徹の勝利で終わり、それでもいいだろうが、セツナが負けを認めずに「もう一度だ」などと面倒な事を言わないとも限らない。
このまま虎徹が勝つと遺恨があるだろうなと察した久遠は、
「はい、しゅーりょー」
と勝負に割って入った。
打ち合っているピンポン球を、横から奪い取ったのだ。
「まだ勝負はついてない!」
邪魔だとでも言わんばかりの勢いのセツナ。
虎徹も何も言わないが、眉をひそめ、承服しかねるといった面持ちだ。
だが、久遠は意見を曲げない。
「時間切れだ」
「時間切れ?」
「ここを使うサークルや部活が来るってこと」
言われてみれば、確かに少し前まで静かだった外に にぎやかさを感じる。
勝ち目の薄い勝負をやらせて白黒はっきり決めさせるより、いっそ勝敗を曖昧にしてしまった方が、いくらかマシだろう。久遠はそう考えていた。
その久遠の思惑を察したワケではないが、虎徹は「それなら仕方ないな」とセツナより先に勝負をやめようとした。
「待て!まだ決着はついていない!」
「決着はついて無くても、終わり」
「いやだ!私はまだやる!」
「なら、次は俺とやろうぜ」
ノリノリで混ざりに行ったスイカだが、「だから、終わりだってんだろ!」「貴様は引っ込んでいろ!」と久遠やセツナに冷たくあしらわれ、シュンとした。
不貞腐れたスイカは、倉庫でバスケットボールを見つけて、一人で遊びだした。
「今日は、終わりにしよう」
聞き分けのないセツナに、虎徹は言った。
「貴様、勝負を途中で降りるというのか?」
セツナは、蔑むような目で虎徹を睨みつけた。
「だが、このまま続けていても周りに迷惑がかかる。『邪魔だ』『どけ』などと言われることもあるだろう」
「それがどうした?」
「そんなことになれば、外野を気にしない程に集中するとかいう問題ではなく、今 久遠がしたように直接的に勝負を妨害されるかもしれない。勝負どころではない、そういうことだ」
「むぅ…」
セツナは、考えた。
虎徹の言うことも理解出来る。邪魔する者を蹴散らすことも出来るが、それは中々に面倒そうでもある。それに、他に気を取られて勝てる程に生半可な相手でもないことは、試合をしていたセツナが一番解っていた。
「だから、今日はもう終わりにしよう」
「むぅ……」
「イイ勝負だった。またやろう」
そう言うと、虎徹は右手を差し出した。
握手を求めてくる男の顔を、セツナは見た。
にこにこ笑っているだけならば、「軟弱者が」と、その手を払い除けただろう。
だが、口角をニッと上げて微笑を浮かべるその顔は、勇ましく感じた。自分を真っ直ぐと見てくるその眼には、力強さを感じた。
だからだろう、自分の中にあった怒りを感じなくなったセツナは、差し出された手を握り返した。
「フンッ。今度は圧倒してやる」
「いいだろう」
激しい激闘の末、二人は和解した。
何事もなく、事は穏便に済んだ。
――おぉ、なんかウマく行ったっぽい…
望んだ展開ではあったが、こんなにうまく行くモノかと、久遠は驚いていた。
どこか肩透かしを食らった気もするが、まぁいいだろう。
無事に済んだ二人の事よりも今となっては、「つーか、ダムダムうるせぇ」と、虎徹たちが話している間もずっとバスケットに興じていたスイカの方に久遠は苛立った。
「久遠、左手はそえるだけだぜ」
ぎこちないフォームで放ったスイカのシュートは、リングにかすりもせずに外れた。
体育館には、授業を終えて部活動に励む学生が集まってきた。
そんな体育館に、部活やサークルに所属していない久遠や虎徹、そもそも学生ですらないスイカやセツナたちの居場所は、無いに等しい。
四人は、体育館を出た。
時刻は午後四時過ぎ。夕飯に学食で何かを食べようという時間でもない。何か甘い物でもつまみながら学内のどこかでお喋りしようなどという考えを持つ者など、四人の中にはいなかった。
校内でやることが無いのであればどこかへ行こうと、久遠は先頭を歩き出した。言葉は交わさなかったが、他の三人も久遠について行く。来た時は正門から入って正門前のイチョウ並木の通りを歩いたが、ただ校内から出るのであれば、律義に正門を通る必要はない。体育館から近場にある出入り口に向かって、久遠を先頭とした一行は歩いた。
正門前の通りは、建物に沿って自転車置き場を設け、さらに車がすれ違える程の広さがある。だが、久遠たちが今歩いている通りは、そもそも車が通ることを想定していない、けれども車一台なら問題無く通れるよ、その程度の広さだ。
だから、歩いて帰ろうとする久遠たちには何も問題はない…はずだった。
問題は、道ではなく一緒に居る面子にあった。
「むぅ…」
アゴに手をあてて何やら思案顔をしたセツナが、歩みを止めた。
突然立ち止まったセツナに合わせて足を止め、男三人は振り返った。
「どうしたよ?」
スイカが訊くと、視線を下げたままセツナは答えた。
「いや……もしかしたらイケるかもしれない、そう思ってな」
「イケる?」
何のことか解らず、虎徹は眉をひそめた。
しかし、久遠とスイカは、セツナの発言の意味がなんとなく解っていた。
セツナは元々 侍の下で修業をしようと人間界へやってきた。現在の日本に侍と呼べる人物がいるかどうかは判然としないが、セツナが侍を求めて人間界に留学してきたことは、本人の口からも聞いている、事実だ。
魔物が人間界に来るには、魔力の源である〝魂″に封印をかけられる。人間界で魔力を使おうとするのであれば、人間から魔力の源である魂の力を分け与えてもらうのが通例である。
しかし、どの魂でもいいわけではない。
久遠とスイカも今日初めて知ったのだが、魔物と人間の間で『適合する魂』というのがあるらしい。
だから、セツナが何を考えているのか、二人は解った。
セツナは、虎徹に憑依できるかどうか見当をつけようとしている、と。
「やってみる価値はあるな…」セツナが呟いた。「最悪ダメでも、この男、丈夫そうだ」
「おい、何か不穏な計画が洩れ聞こえるが…」
悪戯しようとする子供に釘を刺すように、久遠は言った。
しかし、まるで聞こえていないかのように、実際 意にも介してないのだろう、セツナは気にしない。
よし、と決断したセツナは、一度アゴを引くと、虎徹に憑依しにかかった。
空気に溶けるかのように、セツナの身体が白く煙状になっていく。
その白煙が、虎徹の周囲を覆った。
「お、なんだ?」
一人だけ状況を飲み込めていない虎徹が煙にのまれ、小さく驚いた。
煙になったセツナと、その中の虎徹。二人がどうなったのか、煙の外に居る久遠とスイカには見えない。
そんな、セツナが虎徹に憑依している最中に、そういえば、と久遠とスイカは思った。
スイカが久遠に憑依した時は、久遠ベースの外見に、髪の毛に深紅色のメッシュが入ったり、牙や鋭利な爪が現れたりと、所々にスイカの要素を感じるような姿となった。二人を足して二で割った、という程ではなく、久遠寄りではあったが、どちらの要素も持った姿であった。
では、この場合は?
身長百七十位で華奢な身体つき、長い白髪のセツナ。
身長百八十近い細身だが筋肉質、短い黒髪の虎徹。
似通った体型である久遠とスイカの二人と違い、虎徹の方がセツナよりも一回りくらい大きい。それに、髪型も髪の色も、まるで違う。
さらに決定的に、性別が異なる。
この二人が融合した時、その姿はどうなるのであろうか。
セツナが憑依し始めた時は関心が薄かった久遠とスイカも、異なる二つのモノを混ぜたらどうなるのか、その実験結果がどうなるのか予測がつかないと思った時、興味を示した。
煙が晴れてくる。
すると次第に、どうなるのか、という期待が二人の中で膨れ上がった。
しかし、白煙の中にいる、「ふぅ…」と一息ついた、道着と袴に身を包み、腰には刀を差して、長い白髪を結い上げた、その姿は、ただのセツナだった。
「虎徹どこやったぁ!」
思わず、久遠は叫んだ。
「私の中だ」誇らしげに口元に笑みを浮かべ、セツナは、親指を立てて自分の胸を指した。「私と一つになった」
「いやらしい言い方するな!」
「していない。貴様の頭の中が卑猥なのだ」
軽蔑の眼差しを向けられ、久遠は「ぐっ…」と黙った。
魔物に紹介した友人の姿が消えた。
その緊急事態に、久遠は、あいつなら大丈夫だろうとは思いつつも、紹介してしまったという責任感も僅かにあり、少し慌てた。
「おい、セツナ」
「確かに感じる」
虎徹の無事を確認しようとしたが、しかし、セツナの耳に久遠の声は届いていなかった。
電池の入ったおもちゃとは、こういう感覚だろうか。セツナは、身体の内からエネルギーが湧いてくるのを感じ、嬉しそうに微笑んだ。
「虎徹どこやった、こら!」
「この者の魂は、私の魂の波長と合う」
「聞けぇ、おい!」
一際声を大きくし、久遠は言った。
すると、「ん?」とセツナが反応を見せた。
「虎徹どこやったって訊いてんだよ!」
久遠は訊ねた。
が、セツナが反応したのは久遠の声にではなかった。
「貴様は、今、私の中にいる」
「あ?」セツナが目も合わせず、会話もかみ合わないので、眉間に皺を寄せる久遠。
「虎徹ってヤツと話してんだと思うぞ」
久遠よりは状況を把握できているスイカが、そう教えた。
『あんたの中ってのは、どういう意味だ?』セツナの中から、虎徹が訊いた。
「どういう意味も無い。そういう意味だ」
『理解するのは難しいな…』
「全てを理解する必要はない。一つの肉体と魂、そこに二つの精神があって、主導権を私が握っている状態、それが今だ」
『ほう』
「肉体を動かすエネルギー源が魂であり、肉体を動かすのが精神だ。操縦かんは一つしかない、その一つを私が今は握っている」
『なるほど…』
虎徹は、なんとなく理解した。
無重力とはこんな感じだろうか、不思議な浮遊感がある。水中にいる感覚に近いが、息苦しくはないし、水中にいるような抵抗感も無い。
おや、と思い、見付けたのは窓のようだ。
そこからは、外の様子、セツナが見ている光景が見えた。
いつもと同じ目線で見ているはずなのに、違う世界に映って見える。というか、いつもと同じ目線ではない気がする。おかしいな。
その時、虎徹は気付いた。
『あれ? 俺の身体は?』
自分の身体だと思っていたモノが、先程知り合った女性、セツナの身体だった。
どうりで視線が十センチ近く低くなっている。
戸惑う虎徹だが、それがどうしたとばかりに落ち着いているセツナが、「だから、貴様は私の中だと言っただろう」と言った。
『俺はてっきり、肉体ってのは俺のモノを指すのだと…』
「バカを言え。動かすのは、私なのだぞ。普段から鍛錬を積んで慣れた身体でいくのが当然であろう」
『…ふむ、一理あるな』
虎徹は、納得した。
「あれ、会話成立してんのか?」スイカが訊いた。
「知らね」久遠は、答えた。
二人は、虎徹が中に入ったセツナから離れ、どこぞのヤンキーのようにウンコ座りでしゃがんで雑談していた。
「俺達にはセツナの声しか聞こえないけど、結構な無茶言っていると思うぜ、あれ。頭ついていっているかね、虎徹ってヤツは」
「さあ。雰囲気で理解すんじゃね?」
「雰囲気って…。身体まで変わって、憑依どころの騒ぎじゃないぜ」
「俺だって若干変わったし」
「若干だろ? あれは、消滅に近いぞ」
「消滅じゃないだろ。中にはいるっぽいし」
「冷たいな、友達だろ? …てか、久遠、テンション低くない?」
「なんかセツナと喋っていると疲れる」
「やっと久遠にも俺の苦労が伝わったか。面倒くさいって言うか、なんか、暴言浴びせられたり無視されたりしていると、怒りも湧いて来なくなるよな」
「なぁんか、やさぐれ」
「「はぁ~」」
二人は、深く溜め息を吐いた。
なんか面倒くさいな、と気だるさを感じていた二人。
「おい」
無気力になってうな垂れている二人に、セツナが声をかけた。
「呼んでいるぞ、久遠」
「お前だろ」
「俺なワケ無いじゃん」
「そこの二人」
と、セツナが呼ぶので、二人ともかと諦め、重い腰を上げた。
二人並んで、セツナと向き合う。
「なんだよ?」
「ふっ」
セツナが意味深に微笑した。
セツナが何を思っているか知らないが、その微笑みから少なくとも良い予感はせず、久遠は身構えた。
「貴様」セツナは、スイカを指差した。
「俺?」
「貴様は隠していたようだが、私は知っているぞ。魔界の王には子がいて、その子の名が『スイカ』ということを。どこかで聞いたことがある」
「思い出してみろ。そう遠くない過去の記憶だと思うぞ」呆れ顔をした、久遠が言った。
「さっき久遠の家で俺言ったし!」
やっぱり聞いていなかったのかよ、と責めるような勢いでスイカは言うが、それもどこ吹く風で、「貴様、確か名を『スイカ』といったな?」とセツナは自分のペースで話を進めた。
「…ああ」渋い顔をして、スイカが頷く。
「まさか、貴様が魔王の子か?」
「ああ。実は、そうだぜ」
「…私の眼に、曇りはなかったな」セツナが呟いた。「やはり、ここは良い修業の場となりそうだ」
「あ? 修業?」
何を言っているのだ、と久遠は眉根を寄せた。
しかし、直後、久遠の表情が凍りつく。
久遠が言い終わるが早いか、セツナがスイカに斬りかかった。
一閃―――――。
風が頬を撫でた。
気付いたら、久遠の横で、セツナが刀を振り抜いていた。
刀が通ったのは、スイカのいた所だ。
「スイカっ!」
まさか斬られた? スイカが真っ二つになり鮮血を噴き出している、そんな嫌なイメージが脳裏をよぎり、久遠はバッと首を横に振った。
「あっ…っぶねぇな!」
間一髪、上体を後ろにそらし、斬撃を避けたスイカが、セツナに怒鳴りかかった。
スイカが無事だったことにひとまずホッと胸をなでおろし、久遠も、突如として狂気に走ったセツナの事を、睨むように見た。
しかし、当のセツナは、涼しい顔をしていた。
「ふん。やはり、この程度ならかわすか」
刀を鞘に納めたセツナは、「そこの男」と久遠を指差した。
「あ?」
「貴様が、スイカのパートナーであろう」
「……大家だ」
「今そこで見栄張るなよ」
あくまで対等以上であろうとする久遠に、スイカがつっこんだ。
「肩書など、なんでもいい。魔王の子の真の力を引き出すことが出来る人間が、貴様であるかどうか、答えろ」
セツナに訊かれ、久遠は「知らん!」ときっぱり答えた。
「むっ?」
「成り行きで一緒にいるだけだ」
「なるほど」独自の思考回路で、セツナは理解した。「否定はしない、か…」
「あ?」
「ならば、戦え!」
「なんでそうなる? どんな頭してんだ?」
ふざけるなと怒り、まくし立てる久遠。
腰に差した刀の柄に手をかけ、戦闘態勢をとるセツナとは対照的に、何故闘わなければならない、意味が分からない、と久遠は不満気だ。
が、しかし、「上等だぁ!」と両手の拳をぶつけ合わせ、スイカはヤル気のようだ。
「いきなり斬りかかられて黙っちゃいられねぇ! それに、こちとら、第二話からいきなり出番なしかと思ってヤキモキしてたとこだ!」
戦意をたぎらせるスイカは、威勢良く「いくぜ、久遠!」と声を張り上げた。
しかし…。
「…やだ」
久遠が、断った。
「えっ?」と、出端をくじかれ、唖然とするスイカ。
「だから、やだ」
「なんでだよ?」
「だって、下手したらヤベェ事になんだろ?」留学のしおりを読んで悪魔の憑依にはリスクがあることを知った久遠は、魂の危険を察し、憑依されることを断った。「んなの、勘弁、御免こうむるわ」
久遠は、嫌だと言う。
しかし、はいそうですか、と納得することは、スイカには出来なかった。
「なんでだよ!前は、大丈夫だっただろ!」
「前は、前だ」
説得しようとするスイカをまともに相手にしようとせずに、久遠は冷たく突き放した。
「前が大丈夫だったから今回も大丈夫って、プラス思考で行こうぜ」
「ムリ。 前は、第一話ってことでテンションが上がって、なんかノリで出来ただけかもしれない。テンションがハイの時って、何でも出来そうな万能感を持ったりするだろ?」
「だったら、今回もテンション上げてけよ!」
率先して盛り上げようとしているのか、スイカは大声を出した。
しかし、久遠の眼からはヤル気というモノを感じられない。夕飯どうしようかな、と別のことに意識を飛ばしているかのように気迫を感じさせず、ぼんやりしている。
アホな顔をしていて、やる気の無い久遠の態度に不満を募らせるスイカ。だが、怒りはグッと堪え、「大丈夫だって」と言った。
「根拠は?」
「だって、ほら、本来は一話だけやる予定だった番外編をもう四話もやってんだぜ。それだけの時間が、俺達の信頼関係的なモノや、なんやかんやを強くしている可能性もある気がしないでもない」
「今更ながら番外編とか危うい事を言うし、所々ふにゃふにゃな理由だな」
久遠は、呆れ顔でつっこんだ。
しかし、スイカの説得がまったく効果が無かったワケでもないようだ。
この状況から逃げられそうにないと観念したこともあるのだろう、久遠の中に、しぶしぶで、しかなねぇな程度のものではあるが、やる気が芽生えた。
スイカと、彼に焚きつけられた久遠、二人の男に戦意が生じたのを、セツナは感じ取っていた。
「安心しろ、峰打ちで済ませる」
「ああ言ってくれてる事だし、やるぜ、久遠」
そう言うと、スイカの身体が空気に溶けた。
煙となったスイカが、久遠の周囲を包む。
憑依――。
煙が晴れると、黒いマントに身を包み、髪の毛には深紅色のメッシュが入っていて、爪や歯が鋭く尖った、スイカが憑依した久遠の姿があった。
『ほら、できた』
喜ぶというより、だから言った通りだろうといったような、何処か得意げなスイカの声が、久遠の頭の中でした。
「…まぁな」
『それに、向こうと違って、ちゃんと久遠の要素も残してあるだろ』
スイカに言われ、久遠は、自分の身体を確認するように、見た。
さすがに顔まで確認は出来ないが、自分の見た目が変化しているとは、あまり思えない。少なくとも、性別を変えられたような心配はないし、虎徹と違って、自分の意識の方がスイカよりも強く表に出てきているのを感じる。
一安心すると、嫌だと思っていたことも前向きにとらえることが出来る。
「残ったのか、残してくれたのか、どうか…?」久遠が呟いた。
『…引っかかる言い方するな』
「深い意味はない」
『浅いと?』
「…目の前の魔物は、姿形を自分のものにしたり、意識が表に出てきたりと、ずいぶん憑依する力が強いのだなと思って。…どっかの魔王の子と違って」
『品性の問題じゃないか?』久遠に皮肉られたが、力量不足だと言われたことを認めたく無く、そういう気持ちをおくびにも出さず、スイカは『俺、魔界の王の子だし』と言い返した。
「遠慮深いですねぇ~」
嫌味ったらしく久遠が言うので、我慢していたスイカも不機嫌になった。
精神世界で、久遠とスイカが、火花を散らす勢いでにらみ合っていた。
しかし、ケンカをしている場合ではない。
「覚悟は決まったか?」
と、セツナが訊いてきた。
その一言で、そういえば闘わなければならない相手がいた、と久遠たちは気を引き締めた。
「気を付けろよ」緊張感の漂う声で、スイカが言った。「斬られかけた時、マジでゾッとした。あれは、半端モノには出せない、本物の殺気だった」
おかげで本能的にかわすことが出来た、とスイカは微笑する。
が、久遠は笑えなかった。
両者が、向かい合う。
今にも爆発しそう緊迫感はないが、それでも、互いに集中して相手の事を見据えている。風の音すら聞こえる静かな緊迫感が、辺りを包んでいた。
どうしようか? 久遠は考えた。
比喩ではない本物の魔物が、自分たちに敵意をぶつけてきている。人間離れした運動神経を持つと感じる者とは、会ったことがある。虎徹も、その一人で代表格だ。しかし、人間ではない者を相手にしたのは、初めてだ。
凄いな、そう感心する余裕すらない程に、久遠は対処法を必死に考えた。
このまま無策でつっこめば、返り討ちにあうだろうことは、目に見えている。どんなにポジティブに考えても、無傷で済むイメージは、湧いてこない。
しかし、絶体絶命というわけでもない。
セツナが峰打ちでしか攻撃してこないのであれば、死ぬことはないと、恐怖心はいくらか薄らぐ。感じる恐怖が少なくなれば、いくらかでも希望を見出すことができ、活路を開けそうな気にもなる。
だが、久遠が微かな勝機を見出そうとした時…。
「魂をもっとぶつけて来い!」刀を鞘に納め、軽く腰を落とし、居合切りの構えをするセツナが、力強く言った。「そうして、刀を研ぐのだ!」
「さっきまでと言っている事が違うんだけどぉ!刀を研ぐとか、ものっそい斬る気満々なんですけど!」
思わず、久遠は叫んだ。
大丈夫だと思っていたのに、全然大丈夫じゃなかった。その衝撃的な事実をつきつけられ、久遠の中の怒りや不安、焦りが一気に増大した。
『だ、大丈夫だって』取り繕うように、スイカが言った。『魔物の中には、魔力を火や水のような別の性質に変化させることが出来るタイプと、魔力によって単純に身体能力を引き上げることが出来るタイプがいて、セツナは、たぶん後者だ』
「だからって、身体能力が物凄いヤツが刃物振り回したら、かなりの恐怖だろ」
『心配するなって。あいつの刀、あれ、切れ味はたいしたことないから』
セツナに職務質問掛けていた警察官の言葉を思い出し、スイカは言った。たしか、切れ味はさほどない、竹光のようだ、と言っていた。
「木刀だって殴られたら怪我するぞ。カッターで刺されたら、間違いなく大怪我だ」
『そうかもしれないけど、真剣よりはマシだろ』
「マシってなんだ!」
「ふっ…」声が聞こえないスイカと久遠の会話を、まるで聞いていたかのように、セツナが、その顔に余裕を浮かべて微笑した。「見くびるな。刀は武士の魂だ、と聞いたことがあったのでな。私は、こっちに来る際、自身の魂に封印をかけるとともに、一緒に刀にも封印をかけたのだ。その刀の方の封印も、この人間の魂の力を得ることによって解放することが出来る…はずだ。竹光と揶揄されたままだと思っていると、痛い目をみるぞ」
「おいっ!」
責めてくる久遠に、若干慌てながらも『だ、大丈夫だって』とスイカは応えた。
『あいつの言っている事は、まぁ、理解出来るぜ。鋭い切れ味を出す為に、刀を打つようなイメージで魂をぶつけ合わせて、刀を薄く研ぎ澄ませようってことだろ。けど、魂をぶつけ合わせるなんて、まして、斬撃の勢いにも耐えきれるだけの強靭な刃物を研ぐなんて芸当、そんな簡単にできるワケ無いし…』
一朝一夕で出来ることではない、そんなことは有り得ないから、とスイカは言う。
しかし、
『こうか?』
「そうだ!それでいい!」
と、セツナは満足気に笑った。
「できてるみたいだけどぉ!」
『えぇ!』
予想外の事に、スイカは驚愕した。
「だからヤなんだよ」と、顔をしかめる久遠。「虎徹なら、どんな無理難題ふっかけても普通にやってのけそうだからよぉ!」
『そうは言っても、限度ってあるだろ。普通の人間としてのさぁ!』
「普通じゃねぇんだよ! 『やったことなくても、お前の運動神経ならバク転くらいできるんじゃねぇの』ってけしかけたら、平然とバク宙するようなヤツなんだよ!」
予想外のピンチに久遠、そしてスイカも慌てた。
動揺している久遠とスイカに追い打ちをかける様に、セツナは、居合切りを撃つ構えをとっていた。放つ気迫も、お喋りはここまでだとでも言うように、久遠の頬を刺すようにピリピリと空気を震わせている。
本気の居合切りを仕掛けようとする相手を前に、久遠は恐怖を感じた。
勝負はおそらく一瞬で決まる、そう久遠は直感的に判断していた。こんな恐怖、一瞬で終わって欲しいという願いも込めて。
さて、どうなるかな?
斬られるか、避けられるか。
――…あれ? これ、勝ちの目なくね?
そう気付くと、久遠の中の焦燥感が増した。
仮に一太刀目を避けられたとしても、続けざまに攻撃されようものなら、丸腰の自分たちは逃げの一手しかないだろうから、すぐに追いつめられることは容易に察しがつく。
そうであれば、ちんたらしている余裕はない。
先手必勝、もしくはそれに限りなく近い方法で勝利を掴むしかない。もしも、勝利を掴むなんて自惚れるな、と何処かの誰かに言われるのなら、無残な敗北を避けられるだけでも充分に満足です、そう言い返そう。勝てなくても仕方ないと諦めてやるが、重傷を負うようなこと、ましてや死ぬことなんて絶対に避けたい。
だけど、どちらにせよ、どうやって?
考えるが、いざ戦況をイメージしてみても、バンソウコウで済む程度の傷であってくれ、という願いしか湧いてこない。
「いくぞ!」
セツナが、言った。
マジかよ、と戸惑い焦る中、覚悟を決め、この時しかない、と久遠は思った。
相手の攻撃が居合切りだとわかっている、最初のこの一撃目以降はどう攻められるのか全く予想できない。ならば、長期戦は望ましくないし、その一撃目でどうにかするしかないぞ、と久遠は自分に言い聞かせた。
また、同時に、バンソウコウ買ってあったかな、と自問した。てゆうか、なにフツーにその女に協力してんだよ、あとでぶっ飛ばすぞ、虎徹…無事だったらな、と虎徹に対する恨みなんかも思った。
そんな、頭の中にある『思考という名の箱』をひっくり返したかのように一瞬にして色々なことを思った久遠は、そのひっくり返して出てきた思考の中に、妙案とも思えるモノを見つけた。
これだ、と直感して久遠は叫んだ。
「後ろだ!スイカ!」
スイカが中にいる久遠と、虎徹が中にいるセツナ。
悪魔と人間のタッグマッチは、一瞬で勝負がついた。
両者が交わっていたのは、本当に一瞬の出来事だった。両者がぶつかったと思ったその直後に、その片方が倒されていた。
「『後ろだ』って言った意味、よくわかったな…」
『…ふっ、誰だと思っている?』
得意げに、スイカが言った。
倒れていたのは、セツナだった。
地面に仰向けに倒され、空を見ながら、セツナは、今の一瞬に起こった信じ難い出来事を振り返った。
斬りかかった瞬間、目の前で爆発が起こった。
その爆風で吹き飛ばされたのなら、まだ解る。いや、ちょっとやそっとの爆風なんて、そよ風と大差ない、そうは思うが、爆風は爆風、時としてどんな生物でも滅ぼすような『自然』という強大な力を後ろ盾として持つ風が爆ぜるのであれば、倒れるのも仕方ないと納得しよう。
しかし、爆発は、自分の目の前ではなく、眼前にある標的のその向こう側で起こった。
何を? そう思った時には、すでに倒されていた。
「刀を持った相手を前にして、その分のリーチというハンディキャップは無視できない」疑問に思うセツナの方には眼もくれず、久遠は言った。「居合切りを避けようとして後ろに引いても、刀を抜くタイミングを少し遅らせればいいだけ、またすぐ間合いを詰められて斬られる。それでは引く意味が無い。抜き身の刀を振りまわすようなヤツの間合いになんて、おっかなくて入りたくもねぇ」
『ならば、どうすればいいか…?』
答えを知りながら問うようなスイカの声に、久遠は答えた。
「刀を抜く前に、間合いに入ればいい」
どうってことはない、というように久遠は答えたが、冷静に考えると無茶な賭けに出たなと怖くなる。
刀での攻撃が怖いのであれば、刀を抜かせなければイイ。
相手が居合切りを仕掛けようとわかっているのだから、その手を抑えればいい。
ならば、やることは一つ。
そう覚悟して、久遠は「後ろだ!スイカ!」と叫んだ。
いくら魔界の王の御子が憑いているとはいえ、相手も魔物。「御子」なんて言ってはみたが、そいつに全幅の信頼を寄せているワケでもなく、どちらかといえば「お子ちゃま」と茶化してもいいような、そんな相棒だ。上手くいく確信なんてなかった。
しかし、なんとか上手くいったようだ。
『俺に指示をするっていうことは、俺にしかできない事を命令するため…つまり、俺の技を頼りにしているってことだ』得意げに説明するような口調で、スイカが言った。『俺の技で久遠が知っているのは「スイカ・ボム」だけだ。俺に下がる気は毛頭ない…が、それを武器にただ前につっこんでも、勝ちの目は薄い。「爆発」という俺の技の特性と、下がりたくもない「後ろへ」という指示、その二つを併せ考えれば、導き出せる答えはしぼれてくる』
「相手が刀を抜くよりも速く前に進めばいい、それが答えだ」
刀を持った相手が怖いなら、刀を抜かせなければいい。しかし、居合切りという速さにモノを言わせる技を仕掛けようとする相手に、そうすることは容易ではない。容易ではないなら、策が必要だ。そう考えた久遠は、手持ちの武器で使えそうな、スイカの持つ技である『スイカ・ボム』を利用することにした。『スイカ・ボム』は、つまりは爆弾を作る技だ。爆弾と聞けば危なさを感じるが、前に使用した時に力をセーブすることも可能だということを聞いて知っていた。
ならば、その爆発の力を利用する術もあるのではないか?
確実性はないが、久遠は可能性を感じた。
危険性が少ない、そう思いたい爆発が背後で起こる、その爆風の推進力を得て、相手の意表を衝くような速さで間合いを詰める。
居合切りという技の性質上、刀を振ろうとする右の手が、必ず先に出てくる。
刀が鞘から完全に出てしまう前に、その右手を抑えることが出来れば、勝機を見出すことも出来るのではないか。刀を抜く前の手を抑えれば、それはつまり攻撃の手を封じることも同じで、後は何とかなるんでないかい?
「攻めてくる相手に対し、あえて攻めに転じることで相手の攻め手を潰す」
『皮肉かね…虎徹の卓球スタイルがヒントとなったぜ』
居合切りしようとしてくる相手に対し、その右手首を掴み、その勢いをも利用して投げ倒したスイカと久遠は、ふぅと一息ついた。
例えばテンションが高い時や無我夢中である時、後で思うと奇跡的だと思える様なことでも、やってのけることもある。
テンションが高かったのか、問題無く人間に悪魔が憑依できた。
無我夢中であったのか、人間に憑依した悪魔を倒すことが出来た。
あ~よかった、と久遠はホッと胸をなでおろした。
ピリピリと張り詰めた緊張感があった勝負の場に、少しだけいつもの和やかな空気が戻った。
だが、
「まだだ!」
倒されたセツナが、上半身だけを起こし、言った。
「まだ負けていない! 私は、まだ戦えるぞ!」
「んだ、まだやる気かよ…面倒くせぇな」
『俺等の完全勝利でいいじゃねぇかよ』
負けん気が強いセツナを迷惑そうに、久遠とスイカが呟いた。
二人は、自分達の勝利を主張した。もういいじゃないか、そうセツナに言い聞かせようとする様は、まるで実力差がかけ離れている子供を相手にする大人のような、そんな余裕や「やれやれ」と言った感じがする。
ちょっと前まで総毛立つような身の危険を感じていたが、それも過去の事。
今となっては、上の立場から、何だって言える。
もういいじゃないか。ごちゃごちゃいうなよ。俺達が勝って、お前らは負けたじゃないか。敗者は黙って、勝者の締めの一言を聞いていればいいんだよ。それで第二話は終わりにしようよ。
そういう見下すような思いが、二人にはあった。
しかし、セツナは食い下がる。
セツナのことをうるさいなと思い始めた、そんな時だった。
『負けたくなという思いは、確かに大切だ』
セツナの中で、虎徹が言った。
熱くなった気持ちを冷ますような冷静な虎徹の言葉で、セツナにも落ち着きが見え始めた。
『大切だが、負けを認める事も大切だ』
「敗者は黙れ、そういうことか?」
『違う。負けたくないという思いは捨てず、敗北の悔しさも忘れず、負けを認めるのだ』
「負けを、認める…?」
『そうだ。今の自分を認め、しっかりと高みを見ろ。自分の今いる所を見失わずに上を向き、歩みを止めなければ。絶対高みに近付ける』
「……高み…」
『上を見続け、さらに高みに立ちたい。そう思わないか?』
そう言われ、セツナは考えた。
ゆっくりと自分を見つめてみた。
そして、徐々に戦意を鎮めていった。
「あれ?」
虎徹とのやりとりを知らない久遠とスイカは、何故セツナが大人しくなったのか謎に思った。が、ようやく負けを認めたか、と自分達の力であるかのように誇らしく思っていた。
勘違いである。
二つの身体が、四つに戻った。
「あ~、疲れた」
無駄に疲れたな、スイカは思った。
久遠も同じように感じていた。
そんな疲労感を滲ませる二人の傍らで、セツナが、虎徹に対して「これからよろしくな」と手を差し出していた。
「…む……」
よくわからないが、その手を握り返す虎徹。
まさかセツナが本格的に自分の所を留学先に決めたなんて知る由もない。
理解できないといった面持ちの虎徹に気付き、久遠が言った。
「なんか色々説明足りなかったみたいだけど、とりあえず、まず…その女、魔物なんだわ」
「おっ…おぉ…」
「侍に憧れる女で変わったヤツだけど、悪いヤツじゃないから、たぶん、きっと。なんか お前のこと気にいったみたいだし、ま、ひとつよろしく頼む」
これでいいかな?
言ってから、久遠は不安に思った。
責任はないはずだが、中途半端に関わった以上、無責任なこともできない。
これで良かったかな?
そう思ったが、
「お、俺もまだ弟子をとる程の身ではないのだが…」
ちゃんと理解していないようだが、『魔物』という単語をスルー出来る程の男ならば、任せて大丈夫だろう。
そういうことにした。
「よろしくな、虎徹」
「…む……」
新たな魔物と人間のパートナーが、握手を交わした。
「てか、『悪』の字も増えてないし、今回は骨折り損だよ」
スイカは、愚痴った。
しかし、
「俺の所で一緒に暮らすのか? この娘が?」
「留学なのだから、そうであろう。見知らぬ土地で野外に寝泊まりするのは…」
「心細いか?」
「キャンプだ」
「…たくましいな」
と、みんなに無視された。
「いーんですけどねーべつにぃ」
無視された上に、帰って行く三人に置いていかれたスイカが、不貞腐れた。
新キャラが出ました。
虎徹くんとセツナちゃんです。
よろしくお願いします。




